7-2
「綴戯…その、無事か?」
「な、なん、とか…」
あのとんでもない乗車体験はそのスピードもあってすぐに終わった。
とは言え走行中は内臓全部吹っ飛ぶんじゃないかと思ったし、停車時の衝撃もまた酷かったしでもうフラフラである。
ちなみに非力な私ではあの中でポールに掴まり続けるなど当然不可能で、発車の瞬間咄嗟に七尾さんが捕まえてくれたおかげで難を逃れた。
慣れなのか鍛えてるからか彼はあの中でもどっしり座っていたよ。山か何かかな??
まったく…危うくこんな平和な日常でデス数が加算されるところだったよね。どうせ生き返るとはいえ皆のトラウマ待ったなしだ。真っ昼間からスプラッタは良くない。いや、夜でも良くないけど。
とりあえず、能力者がこういう製作や設計に向かないことは良く分かった。
いくら何でも人命まで興味対象外はまずいと思う。
でもきっと人命に重きを置く人は逆に製作への興味が無いのだろうな。
こう考えると能力者だけでこの島を取り仕切るのって本当に大変そうだ。
「お姉さん大丈夫ですか!?水買ってきましたよ!!」
「ありがとう二菜ちゃん。わざわざごめんね」
彼女から受け取った水は良く冷えていて、ごくりと流し込めば乗り物酔いに似た軽い悪心も一緒に飲み込めた。
ボトルに浮かぶ水滴がポタリと地面に落ちて吸い込まれるように、すっと落ち着いていく心地に小さく息を吐く。
と、視界の端でぷるぷると震える姿を見つけてぎょっと目を剥いた。
「すみませんホントすみません小生がもっとちゃんと教えれば良かったと言うか綴戯さんがあの衝撃に耐えられる筈が無いの失念してましたすみません」
「ちょ!?至くん!?大丈夫!大丈夫だから!ね?」
余程私が吹っ飛びかけたのが衝撃的だったのか、しおしおと萎れた彼はむしろ私より顔色が悪いと思う。
非力な私のせいと言うか大元を言えばあの車両の製作者のせいであるから、まったくもって至くんは悪くないのだけど…
「と、とにかく!もう私は元気だから!案内の続きをお願いしたいな?」
ふらつきそうなのを根性で抑えながら座っていたベンチから立ち上がり、私は煉瓦で舗装された地面をカツリカツリと踏み鳴らしてビルの建ち並ぶ街を指差す。
「そうですね!ずっとここにいても仕方ないです!ほら、至くん!」
二菜ちゃんに肘でつつかれながら私を上から下まで眺めて少し悩んだ後、至くんはコクリと頷いてくれた。
「そういや五月雨はどうした?」
「ええと、何かを買いに行ってくるって…あ!五月雨せんぱーい!」
ブンブンと手を振る二菜ちゃんの視線を追えば、カサカサと白い袋を揺らした祈ちゃんが早足でこちらに向かって来ている。
まったく息切れもなくやって来た彼女は、私の様子を見て安心したように笑い袋を開けた。
「どこに行ってたんですか?」
「き…気分転換にと思って皆にアイスを買ってきたん、です」
中から取り出されたのはまるでキャンディのような可愛らしい包装がされた色とりどりの棒つきアイス。
見覚えのあるパッケージに私はあ、と声をもらす。
「これ、昔食べたことある。溶けにくいっていうご当地のアイスだよね」
「は…はいそうみたい、です。ち…丁度コンビニでフェアをやっていた、ので」
色々な味に迷いながら無難にいちご味を受け取り、パクリと一口齧る。
普通のアイスとは違う独特の食感に懐かしいなと微笑んだ。確か蒟蒻が入っているんだっけ?
皆は初めて食べるのか不思議そうな顔をしながらも、パクパクと食べ進めるあたり口に合ったようだ。これ美味しいもんね。
アイスですっかり気分が回復したところで、私達は本来の目的に戻るべく街並みに足を踏み入れる。
「ここは主にお店とか病院がある区画なんです!」
「まぁこの島での生活の基盤ってとこだな」
確かにビルや建物の看板には見覚えのあるロゴがちらちら見えるが、その割に建物内には店員らしき人の姿は見当たらない。
「無人の販売店…?」
「はい!ちなみに商品も本物じゃなくてホログラムの展示ですね!盗難防止です!」
言われて近くの店を覗いてみれば確かに服がハンガーに引っ掛かっておらず、映像が浮かんでいるだけなのが分かった。
そんな映像が本物のように陳列された店内には店員の代わりに端末が一台真ん中に立ち、恐らくあれで買い物をするのだろう。
「こ…ここで注文すればその日のうちには配達ロボットが南の倉庫にある在庫から届けてくれ、ます」
「言ってしまえば通販と変わり無い。まぁ届くのは早いからな。わざわざここを利用する奴らは意外と多いぞ」
「確かに、普通の通販じゃすぐに必要な時困りますもんね」
「離島なので余計に時間がかかりますからね!」
本土の通販だとどんなに早くても2日はかかる事がほとんどらしく、どうしてもの時は『転移』の人に協力をもらって直接買いに行くしかないのだとか。
それを考えればさぞ助かるシステムだろう。
「店員がいれば普通の店みたいに出来るんでしょうけどそんな人手はありませんって言うか能力者には店番とか向いてないですしかといって一般人を雇うわけにもいかないらしいので」
「じゃあ服屋以外も全部こんな感じ?」
「こ…コンビニや食料品店には一応職員がいますけどあとはそう、ですね」
まぁコンビニはその場で受け渡し出来なかったら意味がないからね。
全然コンビニエンスじゃなくなってしまう。
東京に行った日に七尾さんから聞いた必要最低限の生活用品以外は通販頼り、というのはこういうことだったんだね。
「あれ?そういえばカフェとか飲食店もあったけど…それはどうなってるの?」
「自動販売機形式です!!」
「お金入れてボタン押せば注文した料理が自動調理されて出てきますね小生はよく使いますが味は悪くないですよ」
自動調理なんかもあるんだ…昔噂に聞いたことはあったけれど初めて見たかもしれない。
三年という月日がもたらした技術力の差か、はたまた能力者側と一般人の技術力の差なのか…
どちらにせよ、人手を無くすという観点においてはこの都市は随分進んでいるみたいだ。
だけど…
私は案内をされながらぐるりと街を見渡して、そっと胸に手を当てて少しだけ目を瞑った。
…静かだ。
目を開ければ成る程確かに都市らしい店やビル、あちらこちらで存在を主張する広告や看板が賑やかさを醸し出すようにあるのだろう。
しかしその実こうして目を閉じてしまえばそれらの幻は消え去り、残るのは不自然な静寂ばかり。
客引きする人間の声もあちらこちらと店巡りをする足音や服を自分に当ててみたり試着したりする衣擦れもなく、かといって自然が奏でる音楽もほとんどないこの場所は…どことなくすぅすぅした物足りなさを感じずにはいられなかった。
二菜ちゃんと至くんが東京ではしゃいでいた理由がよく分かる。
品物が珍しかったからだけじゃない。
ここが街の基準ならば、あの生命力に満ちた喧騒と無条件にワクワクさせるような空間そのものが新鮮で堪らなかったのだろう。
「あれ?綴戯さんにゃ?」
キャンプ用品の店に案内するとノリノリな二菜ちゃん達について歩いていると不意に名前を呼ばれて振り返る。
「あ!!本当っす!やほー!」
「先輩方や先生もいますねぇ。こんにちはぁ」
声の主達はすぐに見つかって、ひらひらと手を振ればわっとワンコのように駆け寄ってきてくれた。
「マオちゃん、瀬切くん、門倉くんこんにちは」
「「「こんにちはー!」」」
「ややっ!後輩ズよ、我々というかお姉さんに何用であーる!!」
「いや熊先輩何キャラっすか」
仲良く学園指定のジャージ姿で現れたのは二菜ちゃん達の1つ下の学年、高等二年生の子達である。
テスト期間中に随分打ち解けた彼らは皆人懐っこく、私を見かけると必ず駆け寄って挨拶をしてくれるくらいには仲良くなれた。
「外で綴戯さんに会うなんて奇遇だにぇ!」
「あはは、私基本引きこもってるからね」
「にゃにゃ!レアキャラに遭遇とは今日は良いことありそうだにゃ!」
黒いおかっぱに一本長く三つ編みを後ろに垂らしている、一番最初に声をかけてくれた子が猫夜鈴ちゃん。
能力は八丸くんと同系統の『変化』だけど、手の先や足の先を変えるくらいしか出来ないと前に頬を膨らませながら教えてくれた。
「綴戯さんアレ乗ったっすか!?びゅーんってやつ!」
「地下の乗り物?なら乗ったよ…死にかけたけど」
「え!?アレめっちゃ楽しくないっすか?」
オレンジの短髪をツンツンと跳ねさせた活発そうな子は瀬切与武くん。
能力は『付与』で生き物以外に三分間何かしら状態を与えられるらしく、彼はRPGのように自分の剣に炎や雷を付けて戦うそうだ。
「ふわぁー…」
「門倉くんテスト大丈夫だった?」
「三つくらい途中で寝ちゃって赤点でぇす」
そしていつもゆるーい気配を漂わせアッシュグレーの髪をウルフカットにしている彼は門倉合歓くん。
前にお世話になった『転移』の能力者である。テスト期間中もよく図書室で居眠りして八丸くんにイタズラされていた。
「お前達はこんな所で何をしているんだ?」
騒がしさが増した事に顔をひきつらせながら七尾さんが尋ねると、三人仲良くにっと笑顔を浮かべて声を揃える。
「「「パーティーの準備でぇす!」」」
「パーティー?」
楽しそうな響きのそれに何故か至くんと七尾さんがげっそりした顔でまたか、と呟いた。
どうしたのかと首をかしげれば二菜ちゃんと祈ちゃんも私同じような仕草をしながら至くんへ説明を求めるように視線を投げる。
「こいつらは毎年テストが終わる度に男子寮でパーティーだと大騒ぎして寮長や寮母さん果ては担任に拳骨食らっているんですちなみに小生は五月蝿すぎて死ぬので避難してます」
「あ!だから誘いに行くといっつも留守なんすね!」
私はうわぁと内心至くんに同情した。
少しの付き合いでも二年生三人組の騒がしさは知るところなのに、それがパーティー騒ぎとなったら…音に敏感な彼にとってはそれこそ戦場のような騒音だろう。
「酒もなしによくあそこまで騒げるなとお前達の去年の担任がぼやいていたぞ」
「「「えへへ!」」」
「褒めてないからな」
「「「え!?」」」
「ふふっ!」
皆息ピッタリで思わず笑ってしまう。
二菜ちゃん達もそうだけど、やはり同じ学年の仲間と言うのは特別な絆があるのかな。
…そりゃ、言い方は悪いけどふるい落とされるように減っていく中で助け合いながら生き残ったのだろうから当たり前か。
と、不意にマオちゃんがキュピーンと効果音が付きそうな目で私をロックオンし、猫のように音もなくすそそそと距離を詰めた。
「にぇ!にぇ!今回は綴戯さんも一緒にやるにゃ!絶対楽しいにゃ!!」
「え?わ、私!?」
「そうだにゃ!しかも綴戯さんがいれば先輩もチョロっと釣れるのにぇ!!」
「「ぐっ」」
にまぁと悪い顔をしたマオちゃんが首をかしげながら二菜ちゃんと至くんに視線を流せば、二人は図星だと言いたげな表情で口をきゅっと結ぶ。
彼女の先制攻撃が入ったのを見計らったように、門倉くんがぱちぱちとゆるーく手を打ち鳴らす。
「いいねぇ。熊ちゃん先輩のお祝い込みで皆さんどぉでしょお」
「「異議なーし!!」」
すっかりきゃっきゃとはしゃぐ彼らのペースだなと苦笑しつつ、でも実は楽しそうだな、なんて思ったり。
後で二人にどうするか聞いてみようかな。本気で嫌そうなら止めておくけど…なんとなく、満更でもなさそうに見えるんだよね。
何だかんだ後輩は可愛いのかな。
「っていうか熊先輩が赤点無しとかマジなんすか?」
「ふっふっふ!!ホントだよ!!証拠だってあるんだから!!」
胸を張ってそう言った二菜ちゃんは端末を取り出してじゃん!と画像を皆に見せている。
写真に撮るなんて余程嬉しかったんだろうなぁ。
ほら至くん、そんなに呆れた顔しないであげて。
フムフムと画像を見た二年生達は何やらこそっと話し合い、至極真面目な顔をした瀬切くんが代表として口を開いた。
「採点ミスじゃないんすか?」
「なんで!?酷くない!?」
「と…当然の反応だと思う、よ。わ…私も未だに信じられない、し」
いや皆容赦ないな。
二菜ちゃんがお餅のようにぷっくぅと頬を膨らませて拗ねてしまい、至くんにぽんぽんと慰めてもらっている。
七尾さんは二年生達に本当の事だと説明しているけれど、それでも皆半信半疑といった顔をしていた。
一応納得の体をとったマオちゃんがそういえばと祈ちゃんに向き直る。
「そちらの美人さんはどちら様にゃ?」
えっ!?と二年生以外の面々が目を見開く。
瀬切くんも分からないと言いたげに首を捻っているけど…あれ、祈ちゃんって二菜ちゃん達の1つ上なんだよね?なら面識は…あ、髪型のせいか!!
と、困ったように視線を彷徨かせる祈ちゃんをじぃっと見ていた門倉くんが不思議そうに垂れた眼を瞬かせる。
「二人共何言ってるのぉ?五月雨先輩でしょお?」
「「え!?五月雨先輩!?」」
くわっと眼を剥いたマオちゃんと瀬切くんが五月雨さんに詰め寄り、物凄く不躾にキョロキョロと上から下まで忙しなく視線を動かした。
「あ…あのそんなに見ないでほし、い」
「「本当だ!先輩の声だ!!」」
びゃっ!と飛び上がった二人がぼんやりしている門倉くんを盾にガクブルと震えている。
「せ、先輩に一体何が…!!」
「にゃにゃ!もしや恋!?恋ですかにゃ!?」
「え!?そ…それはその…」
ポッと可愛らしく赤くなった祈ちゃんが指を弄りながらチラッと私を見た。
意味深なそれに二年生達がまぁ、とスクープを目撃した奥様のように口に手を当てて目を丸くする。
「…デキてるにょ?」
「ち、違うからね!?誤解だから!」
「う…ふふふふふ!」
祈ちゃん、さては楽しんでるな?
気を落ち着かせるようにこほんと喉を鳴らし、私は門倉くんに目を向けた。
「門倉くんはずっと気付いてたの?」
「え?そうですよぉ?」
さも当然と言いたげに頷く彼はのんびりしているように見えて意外と鋭いのかもしれない。
「良く分かったにぇ…アタシ五月雨先輩の顔初めてちゃんと見たからほんと分かんなかったにゃ」
「だっていつもとかわらなくなぁい?」
「は?いやいやめっちゃ髪切ってるっしょ!?」
かみ、と復唱するように呟いた門倉くんは再びじぃっと祈ちゃんを見て、にへっと笑った。
「へー!気付きませんでしたぁ」
ピシリと空気が凍る。
瞬間、彼と祈ちゃん以外の心は一致した。
それは一番ダメなやつ…!、と。
前言撤回。これはもはや鋭いとか鈍いとかの次元じゃない。普段彼はどこを見て人を判断しているのか甚だ疑問である。
ヒヤリ、と空気の顔色が見えるのだとしたら明らかに青ざめているだろう冷たい感覚に、背中を嫌な汗が伝う。
恐る恐る祈ちゃんに目をやると、あらゆる感情を削ぎ落としたような顔で門倉くんを見ていた。
こっわ。"あっち"ですら見た事ないよその表情…
「あ、ああああアタシ達この後任務入ってるんだったにゃ…!」
「そそそそそうっすね!ちょい早いけど準備!準備しに帰るっす!!」
「えー?まだゆっくりした…ぐぇ」
「「では!!また後程!!!」」
さすがにヤバイと思ったらしい二人が門倉くんのジャージの襟をひっつかみ、先程の乗り物かと思うようなスピードで走り去っていく。
「あ、嵐みたいな子達だなぁ…」
「熊ヶ峰が大人しく見えるとかいうバグが発生して小生滅茶苦茶困惑してるんですけどっていうかこのブリザード残して逃げるとか最悪です後でシバきます」
"後で"シバくと聞いて、思わず至くんを見ながらパチパチと瞬いた。
だってそれってつまり…
「パーティー行くの?至くん」
「どうせあいつら諦め悪いですし何より綴戯さんが行くなら小生に行かないという選択肢はありませんね」
「二菜も面白そうなので行きます!」
ぴょこんと二菜ちゃんが無邪気に跳ねる姿に毒気を抜かれたのか、極寒の気配を出していた祈ちゃんはふぅとため息をついてそれを霧散させる。
そして、にこりと笑みを浮かべた。
「わ…私も顔を出すことにしま、す。お…お話したい、ので。う…ふふふふふ」
「「ひぇ」」
「あ、はは…祈ちゃん、程々にね?」
とりあえず今日が門倉くんの命日にならないことを願うよ。
「お前ら教師の前でよくもまあ堂々と…頼むからやるなら他に迷惑かからないようにしてくれよ」
「善処します!!」
「そ…それ遠回しに出来ないって言って、る」
皆でクスクス笑い合いながら私は七尾さんに向き直り、ふと疑問に思ったことを尋ねる。
「皆"この後"任務だって言ってましたけど、怪異って神出鬼没らしいのに来るって分かるんですか?」
「あぁ、いやそうじゃないんだ。そう出来れば良いんだがな」
ガリガリと頭の後ろをかきながら、七尾さんは苦笑した。
彼曰く、能力者は基本後手に回るしか無いのだそう。
索敵に向いた能力者が日夜あちこちを見回っているとは言え、全国くまなく監視するにはその目は足りなすぎる。
だから相応の被害が出たり、不可解な現象や痕跡があると噂されたりした場所へ出向いて怪異を"見つけ出す"というのがほとんどなのだそうだ。
「"見つけ出す"…怪異も隠れたりするの?」
「はい!!怪異が出てくるのはお食事の時だけです!!」
「お食事…」
「見境なく暴れ散らす奴もいますけど大体はどこかで息を潜めて人を襲う時だけ縄張りを徘徊する奴ばかりですし賢い奴はもっと巧妙に隠れたりしますね」
驚いた。怪異には縄張りがあるらしい。
ほとんどの怪異はその一定範囲から出ることはなく、だからこそ索敵の役職の人達はその縄張りを突き止めて依頼という形で本部に報告しているのだとか。
「いくら隠れてようが能力者が出向きゃ大概の怪異は出てくるからな」
「わ…私達を襲った怪異も元々近隣でそれらしい報告があって調査中の怪異だったそう、です」
「ああ…成る程。能力者が三人もいたら絶対出てくる訳だね」
本来はその怪異の力まで調査して初めて正式な依頼になるらしく、八丸くんが倒した怪異はまだ依頼にはなっていなかったそうだ。
「実はな、力の調査までするほど慎重になったのは一ノ世が管理者に付いてからなんだ」
「アイツが、ですか?」
「の…能力者の死亡率を下げるため、です」
「昔は報告と本来の情報が違う事が多くて今よりもっと大変だったんですよ!!」
「まぁ代わりに今は索敵部隊への負担がヤバくて大変そうですけどおかげでこっちは予定外の強敵とかいうイレギュラーはなくなりましたので助かっていますね」
そっか、怪異の縄張りだけ調べたってそれがどれ程強いのかなんて当然分かるわけがないものね。
憶測だけで強さを測って依頼を出していたのなら…いつかそれがもたらす悲劇は私でさえ想像に難くなかった。
そんな綻びを一ノ世が改善したというのだから正直驚きを隠せない。
あんないつも面倒だ何だと言ってるくせに…
真面目かよと考えかけてその三文字の似合わなさに身震いする。
「ついでに、索敵の連中がもし新規の怪異出現を捉えたら一ノ世や他数人の実力がある奴に都度アラートが入るようになっているんだ。だからアイツらが暇だったり気分が向けば依頼に出す前にすぐ行って討伐してくれる事もあるぞ…たまにだが」
「い…依頼も調査の手間も減ってありがたい話、です」
東京の時は正にそれだったのだと七尾さんは教えてくれた。
まぁあれは確かにありがた…いや、あの時はむしろ被害地増えてなかったか?
とはいえ気まぐれだろうが一体分でも依頼や調査が減らせるなら、人手不足を嘆く能力者にとってはそりゃ喜ばしいことなのだろう。
「でも…一ノ世にはそこそこ負担じゃないですか、それ」
「はは…アイツはな、あれでいて仲間思いなんだよ」
「仲間、ね」
そういえば"仲間が大事"って台詞を本人から前に聞いたことがあった。
今の話を聞いていれば、いくら似合わないとは思いつつアイツが他の能力者を思って行動しているのだろう事は察しがつく。
けれど、それならば…
一ノ世が仲間思いだと言うのなら、そんな"アイツ"が仲間を道連れにしてまで世界を壊した理由は一体何だと言うのだろう。
「あ!お姉さん!キャンプ用品店ありましたよ!!バーベキューセット買いましょう!」
「いやそれは借りる予定だから要らんぞ」
浮かんだ疑問はどうせ今はまだ分かりようもないのだろうと、浮かべた笑顔の下でそっと飲み込んだ。
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色々買い物をしたのに手ぶらという違和感に苛まれながらも、私達は日が暮れつつある都市を歩く。
夕日に彩られて赤く光る煉瓦を敷き詰めた舗装に並ぶ私達の影法師は、我が物顔で道いっぱいに伸びながら仲良く並んで揺れている。
「はー!楽しかった!!久しぶりの解放感でした!!」
「お前テスト期間中は勉強で缶詰めだったし終わったあとも不安だ不安だと布団被ってぶつぶつ言いながら篭ってたからそのうちキノコでも生えるのかと思ってた」
「に…二菜にも繊細な一面があったん、だ。びっくり」
「どーゆー意味ですか先輩!!!」
目一杯はしゃぎ、歩き回ったにも関わらず元気な三人を見て若いなぁなんておばさん臭い事を考えてしまう。肉体的には私も若いはずなんだけどね。
「はぁ…若いな」
うっかり口に出したかと思わず手を当てたが、言葉を落としたのは私ではなく隣でげっそりしている七尾さんだった。
東京での帰り間際も同じ顔していたなと思いつつ、やはりその雰囲気は草臥れたサラリーマンにしか見えないなと小さく笑う。
「お前達、暗くなる前に森を抜けたいからそろそろ帰るぞ」
「「はーい」」
「…」(コクリ)
そっか、学園には線路が繋がっていないから徒歩になるのか。
疲れた体に鞭打つような気分ではあるものの、アレに再度乗車するよりははるかにましかと割りきった。今乗ったら絶対意識飛ぶ。
そういえば、と私はある方角に視線を投げる。
ここから見える城塞を思わせるような高い灰色の壁とその上から見える塔のような建物は一体何なのだろう。
「き…北側が気になります、か?」
「え?」
成る程あの壁の向こうが所謂北側とやらなのか。
確か『叡智の鳥籠』があるらしいって事は聞いたけど…
「あー、さすがに用事なく北には案内出来ないな」
「いえ!行きたい訳ではなくて、あの壁と塔が気になっただけというか…」
というかあんなに分かりやすく壁に囲まれているのだから容易に出入り出来る場所だとはさすがに思わないし、深入りしたくもない。
「あの塔は本部とか呼ばれる能力者の中枢機関でお偉いさんが住んでたり島の事とか本土とのやり取りとか任務の報告とかまぁとりあえず色々やってるところです」
「至くん雑!!」
「うっさいよ馬鹿小生興味無いんだから仕方なくないっていうかむしろお前はもっと詳しく知ってたりするわけ?」
「え?えっとー、地下に『叡智の鳥籠』がありますね!!」
「あ、それ本部の地下にあるんだ?」
そりゃ前に祈ちゃんが言ったように特別な許可が必要な筈だ。
組織の中枢に組み込まれているというなら間違いなくただの大図書館で済む訳がないじゃないか。
「ほ…他にも北の大部分は研究施設が占めていま、す」
「うげ、研究施設…」
「はは、そう警戒しないでくれ。バッチや眼鏡みたいな便利道具を作ったり、発電施設も兼ねてるから島のエネルギー源になっていたり、あとはまぁ怪異の研究をしている場所ってだけだ」
七尾さんはそう言うけれど、私はどうにも研究施設と名を持つ機関は信用できそうもない。
少なくとも本土のそれらは、人に役立つ研究の裏で良からぬ実験をしている事がほとんどであったのだと色んな場所で捕まる度に偶然見つけた資料などで知ってしまったから。
何より…私を"こう"したあの気色悪い何かもどこぞの研究の産物なのだから警戒に越したことはない。結局あれの出所は分からなかったからね。
うん。深入り云々を抜きにして北側にはあまり行きたくないかな。
「あ!あと北側には一ノ世さんとか役職持ちさんの居住区もありますよ!」
「OK!絶対に行きたくない!」
アイツに会う確率が1%でも上昇するなら絶対にその土は踏みたくない。
笑顔で即答した私に皆が苦笑を浮かべる中、七尾さんが私の後ろに視線をやって僅かに顔を歪めたのが見えた。
どうしたのかと瞬き振り返る前に背後から声が掛かる。
「おや、これは奇遇だね」
思わず肩を跳ねさせて距離をとると、そこには年齢を感じさせる皺をそこそこに顔へ刻んだ、しかししゃんと立つ姿に弱さを見せることのない初老の男が気の良さそうな笑みを浮かべていた。
その葦葉色の瞳が彼が能力者である事を如実に語っているけれど、"あちら"と合わせても見たことのない人物である。
一体どちら様かと皆に視線を向けてみても、二菜ちゃんや至くん、祈ちゃんも小さく否定を返すのみ。
しかし七尾さんだけは一歩前に出て、丁寧な礼を男へと向けた。
「ご無沙汰しております。老公」
「なに、楽にして構わない。そちらは生徒かね」
「はっ、私が受け持つ高等部最高学年と卒業生…それと」
「ふむ」
仕立ての良いさながらヨーロッパの貴族を思わせるような服を服に着られるでもなくきちんと己が物として纏い、七尾さんが普段以上に固い声で応対するあたり今しがた話していた北側のお偉いさんとやらだろうか。
男の目がひたりと私に向けられると、その柔和な笑みの中に隠しきれない濁りを見た気がして体を固くする。
「君は噂に聞く一ノ世の子飼いの"記録者"かね。彼が拾ってきたという」
「…」
はぁ?とドスの利いた声がもれそうになるのを気合いで堪え、苛立ち含めたあらゆる感情を愛想笑いで出来た皮でくるんで覆い隠した。
一瞬こちらを見定める光をちらつかせた瞳に映った色は、彼を見たままに気の良い人と呼ぶには相応しくないのだと教えてくれたから。
嘲りか侮蔑か知らないけれど、不快感を見せた輩へ心を開く価値などない。
というか、一ノ世の奴…!拾ってきたって何!?どんな紹介してるわけ!?
アイツ私の事犬か何かと思ってないだろうな!?
内心でぎゃあぎゃあ喚きながらチラッと七尾さんを見れば、気は進まなそうな顔をしながら小さく頷かれた。
仕方がない。嫌な上司だろうが従わざるをえないのはいつの世も変わらない社会人の宿命だろう。
私は僅かに前へ出て、張り付けた笑顔のまま体が忘れかけていて些か自信がない礼をする。
唸れ就活の記憶。
「お初に御目にかかります。私、学園で司書をさせていただいている綴戯と申します」
「ああ、聞いているよ。なかなかどうして利口そうな子じゃないか」
「恐縮です」
嬉しくねぇよと内心べっと舌を出す。
というか、私は名字だけとはいえ名乗ったのにも関わらず、男は名乗る気配すらないとは何事か。
化けの皮を被る技術より先に礼儀を学んだ方がいいぞ。
なんて、こういう輩は自分より上の人間には当たり前のように媚びへつらう術を熟知しているのだろうけれど。
あー…ヤダヤダ、アイツの台詞がうっかり移りそうだ。
と、じろじろ私を見ていた男はさも良いことを思い付いたと言いたげに目尻の皺を嫌味たらしく深めて口を開いた。
「私の飼っている"記録者"が最近寂しがっていてね。良かったら遊びに来てはくれないかな」
「え…」
普通に嫌だが、男の言葉には尋ねているようでその実疑問符など付いていない。
つまるところ、来い、と言われているのだ。
七尾さんが僅かに眉間へ皺を寄せたのを見て、私は口を開く。
「ご存知の通り私は自由を持たぬ身です。監視者を連れてもよろしいのでしょうか」
「綴戯…」
「勿論、構わないよ」
私は男に一礼をして、身を寄せ合うようにしながら大人しく成り行きを見守っていた二菜ちゃんと至くんに向き直った。
「お、お姉さん、あの…っ」
「…」(オロオロ)
「ふふっ!大丈夫、パーティー…が何時からか聞いてなかったけど、それまでには帰ってくるよ。二人は二年生達のお手伝いをして待っててくれる?」
心配してくれている二人に嬉しくなって、つい固くなっていた表情が緩んでいく。
こんな良い子達を大人の下らない腹の探り合いに巻き込むつもりなど更々ない。
彼女達は私と七尾さんを交互に見やり渋々ながらコクリと頷いてくれた。
「絶対に帰って来てくださいよ!約束です!」
「…」(コクコク)
「勿論。パーティー楽しみだしね」
今にも泣きそうな二菜ちゃんと真剣な顔をする至くんに今から戦地にでも赴くような気がしてきたな…いや、ある意味間違っていないのか?
「わ…私は護衛なので御一緒し、ますね」
「「え"」」
「い、祈ちゃん!?」
次は祈ちゃんにと思ったら彼女は先に先手を打って来た。
偉い人がいる手前いくつものように騒ぎはしないものの、二菜ちゃんと至くんがズルいズルい!と目力だけで訴えている。
「…綴戯、本当にいいのか?」
こそりと七尾さんに耳打ちされ、私はきっぱり頷いた。
そりゃ、本音を言えば面倒な予感しかしないから絶対に行きたくはないけれど…
こういった手合いにはひとまず逆らわない方が懸命であることくらい、あらゆる伝記や物語に文字として記されているものだ。
それに…虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言う。まぁこの場合入るのはタヌキの穴だけど。
「何かあれば必ず助ける」
「も…勿論私も守ります、から」
「…ありがとうございます」
さて、それでは能力者のお偉いさんの巣穴に潜入といきましょうか。
…なんてそれらしく気合いを入れた私が再びあの乗り物で悲鳴を上げたのはほんの五分後の事だった。
なんでお偉いさん含め皆平然と乗ってられるのか心底意味が分からない。




