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幕間:ある男の『ソノヒ』


その男…七尾晴樹が息子の訃報を知ったのは、一本の何気ないテレビニュースだった。


〔埼玉県日出路市で怪異事件と思われる事件が発生しました。現場となった廃墟の地下室には大量の血痕、更には子供のものと思われるバラバラの遺体が複数残っており…〕


任務帰りの自室でテレビを付けた彼はつらつら読み上げられていくニュースを当初"あぁなんだ、またか"程度に聞き流しながら、手元の報告書に記す内容を考えていた。


偽られた怪異事件など特段珍しくもない。

一般人の残忍な犯行を怪異に押し付けるのは本土の上層部のお得意であり、能力者側の上層部もそれを容認しているのだ。


多少は能力者の怠慢だ何だと批難はくらうが、こちらのお上は常々己らの立場の為本土のご機嫌取りに必死だから断りはしない。


他の能力者も勿論七尾も別にその事に関して思うことなんて特になく、好きにすればいいと思っているし僅かな興味すら湧かない。


だからそのテレビニュースも本当にただの音の羅列でしかない筈だったのだ。


〔…ちゃん…くん、そして、3歳の七尾大樹くん。他、血痕のみ見つかった男性は未だ身元不明です〕


続けて流れた被害者の名前に、彼の宝物の名さえなかったなら。


書類の束やら手荷物全てをその場にぶちまけて、彼はテレビにすがり付くように近付いた。

嘘であってくれと願いながら。


しかし繰り返された名に間違いは無く、他のニュース番組を見てみても事実は変わらない。


七尾は、初めて怪異の前に立った日のように情けなく震える指でもって息子を預けていた義姉夫婦に通話飛ばした…が、繋がらない。

しかし、代わりにメッセージが入っていたことに気付く。


ここ数日は私生活も任務も忙しく、ろくにプライベート用の端末など見ていなかった。

…それを、彼は酷く後悔することになったのだが。


三日前のメッセージには、"大樹が居なくなった"と支離滅裂な謝罪と共に助けを求める文が。


そして、今日のメッセージには…


〔え、あ、速報です。被害者の1人である七尾大樹くんの保護者であるご夫婦が自宅にて遺体で発見されたとの情報が…首を吊った状態で…名前は、成宮…〕


"ごめんなさい"、と。ただ、六文字。


もはや声も涙も出せ無いまま、こぼれた命と同じように彼の手から滑り落ちた端末は、カツンと無機質な音を立てて床に転がった。


それでも尚現実を受け止めきれなかった七尾は、亡者のような足取りで件の怪異討伐を請け負ったという能力者を訪ねる。


するとその人物は、七尾の有り様に酷く苦しそうな顔をしながら1つの端末を手渡してきた。


何でも、一般人の犯行である事実を隠蔽する為に処分するよう言われていたものらしいのだが、無感情にさっさと処理するにはどうにも踏み切れずに未だ持っていたらしい。


その端末のファイルには、1つの録音データがあった。


〔も、もしもし…!お…おかあさ、た、たすけて!こ、ころ…さ…っ!!〕


恐らく通話にしようとして操作を間違えたのだろうソレには、がさがさとした音の中に子供達の恐怖に怯える声が…


〔ハハハハハハ!化け物はみぃんな殺してやる!!喜べよ化け物共ぉ!お前でも人様の役に立てるんだからなぁ!!!〕

〔や"ぁ"!い"た"い"!!い"だい"よ"ぉ"!!〕

〔助け、て!!助けてぇ!!!〕

〔あ"、あ"、あ"、あ"、あ"ぁぁぁぁぁぁ!!〕


否、聞くに耐えない子供達の悲鳴と狂った男の声が記録されていた。

繰り返される絶叫と、泣き叫ぶ声と、ぐちゃぐちゃと血と肉をかき混ぜるような吐き気を催す音と、狂気の哄笑。


いくら他人に無関心な能力者とて耳を塞ぎたくなるような、そんな狂騒の中に…


〔わるいやつめ!!!〕

「…っ!!」


七尾の、宝物の声が聞こえた。


義姉夫婦から送ってもらっていた映像で何度も何度も彼が聞いていた声であり、間違えよう筈もない声。


〔おまえなんてヒーローがやっつけりゅの!〕

〔ヒーローぉ?ハハハハハハ!そりゃ傑作だ!!残念だがなぁ、化け物を助けに来るヒーローなんざいねぇんだよ!!〕

〔ヒーローはくりゅもん!!パパはきてくれりゅもん!!〕


ひゅ、と七尾の息が止まった。


〔パパ?ハハハハハハ!パパ!!パパか!!ハハハハハハ!来ない、来ないんだよ!!〕

〔くりゅもん!!ぜったいにきてくれりゅもん!!〕


止めてくれ、と七尾は端末の中で無情に再生される過去へ願って…しかしそれが叶う筈などある筈もなく。


〔残念だったなぁ?化け物〕

〔パパ!パパぁ!いたい!!いたいいたい!!い"や"ぁ"ぁぁぁぁぁ!!!〕

「ぁあ"ア"ァ"ァ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"%△#?%◎&@□!!!!」


幼子の壮絶な悲鳴に、七尾の深い深い絶望の谷底からうねるような絶叫が重なる。

到底人のものとは思えない獣の咆哮にも似た…文字に起こすことすら憚られるそれに、近くにいたのだろう能力者達が集まってきた。


「待っていてくれたのに!!信じていてくれたのに…!!!また。また。また!!!俺は、失ったのか…!!!」


そして仲間達は悟る。

今この瞬間彼の、仲間の、七尾晴樹の"世界"が、ガラガラと音を立てながら崩れ去っていったのだと。


「センパイ…!七尾センパイ!!やだ、行かないで…!!」


一番酷い顔をしていたのは、果たして誰であったのだろうか。



そうして七尾は心の歯車を錆び付かせ、完全に壊れた。

上層部によって『廃人(セペリオ)』認定された彼は"施設"へと送られ、その生命活動が完全に停止するまで管理されるものとなる。


ただのロボットのように食べて寝るの繰り返しの生活。

たまにふらりと意識が浮かぶ度に、七尾は色の無い景色に絶望してまた沈む。


そんな、無為に時間を消費し続ける中…死んだ心には過去の出来事が止めどなく浮かんでいた。


そしてある時ふと気付く。


「三…回…三回、だ」


大切な友、最愛の妻、宝物の息子。


それは彼が"一般人"に大切なものを奪われた回数であり、同時に彼が大切なものを守れなかった回数である。


瞬間、死んだ心に1つの問いがぼうっと蝋燭の火のように灯る。


"そんな奴らもこんな自分も…生きている価値があるのか?"、と


壊れた彼の答えはーーー"否"だった。


蝋燭くらいの灯火は油でも撒かれたように燃え広がり、何も無くカサカサだった彼の内を容赦なく焼いていく。

その焰を糧に、七尾は完全に意識を浮上させた。

真っ赤な怒りに染まった化け物として。


(すべて、すべて、すべてすべてすべてすべて…!!俺含めたすべてを壊さねば!!)


しかし、いくらがしゃん!!と"施設"の鉄格子を殴り付けようがそこから出ることは叶わず、かといって何も成せずに自害する事も彼には認められなかったが。


きっと己はこの怒りをぶつける事も出来ぬまま感情の炎で焼け死ぬのだろうと…七尾晴樹は思っていた。


「ね、一緒にさ、全部壊さない?」


『ソノヒ』、彼の後輩が手を差しのべるまでは。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


右も左も上も下もないまっさらなノートのように何もない空間に、とんでもなく雑な字で"ふくしゅー部屋"と書かれた張り紙の貼られた扉があった。


「何だここは」


その扉の前には物凄く柄の悪い男が1人。

名を"七尾晴樹"という。


「天国行きはあり得ねェとして、こりゃ地獄でもねェよな…」


怪訝な目で辺りを見渡すも、やはり扉以外は何もない。七尾はしばらく考えた後、やたら装飾の凝ったドアノブをひねることにした。

どうせ己は死んでいるのだから今更怖いものなどないと考えたのだ。


「…は?」


果たしてそこにあったのは、大画面のテレビと適当に置かれたソファやクッション、そして常識外れな量のお菓子や飲み物が乗った大きめのローテーブル。

例えるなら、家で映画鑑賞しようぜ!なセットであった。


しかも部屋と呼ぶには壁の類いは見当たらず、そのセッティング以外は先程までの空間と続きのようにまったく同じまっさらな世界。


「…は?」


七尾はもう一度同じ言葉を吐き出すしか出来なかったが、突如パチッと光ったテレビ画面に今まで胡乱げに辺りを観察していた目を丸くする。


《あの、おれ、強くなる!!》

「…っ、た、いき?」


そこに写っていたのは記憶よりもずっと成長した、しかし見間違う筈もない彼の宝物…失ってしまった筈の"世界"。


七尾はゾンビを連想させるふらふらとした覚束無い足取りでテレビにすがり付き、夕日だろう茜に縁取られた息子を淀んだ眼へと焼き付ける。


《おれさ、今日いっぱい助けられたんだ。栞里ねぇちゃんにも、ヒーローのおじさんにも!皆すげーカッコ良くてさ!》

「…っは…?」


ヒーローのおじさん!と七尾の息子が話し掛ける先にいる存在へ目を向け、彼は海からあがった魚のように下手くそな呼吸をはふりはふりと繰り返した。


無理もない。

何せそこには…まごうことなく"七尾晴樹"がいたのだから。


《おれ決めたんだ!強くなって…隣に並ぼうって!大好きなヒーローを、隣で見れるくらい強くなって、一緒に戦うんだ!》


ヒーロー。かつての七尾がなれなかったもの。

それなのに、画面の向こうの自分はどうだ?


幻にしてもたちが悪いと嫉妬の渦巻く顔で七尾は"七尾"を睨み、こんなテレビ壊してしまおうと拳を振り上げ…


《だから、その時は…一緒に立ってよ、おじ…ううん。…"お父ちゃん"!》


それは画面に届く寸前でピタリと止められた。

それは七尾がついぞ聞くことの出来なかった響きであり、何よりも望んだ響き。


〔パパ!パパぁ!〕


あの、七尾が聞いた最期の叫びとはまるで違う日だまりのような暖かさに、彼はテレビにすがり付いたままずるずると座り込んだ。


「あ、あぁ…っ!!」


ぼたぼたとまっさらな床に落ちていく雫は止まらなくて、七尾は泣き慣れない子供がするように声も上げられないまましゃくりあげる。

あれだけ狂って壊れたクセにまだこうしてガキのように泣けるのかと冷静な彼が頭の奥底で自嘲した。


「お前は、そんな顔で…俺を"父"と呼んでくれる筈だったのか…」


七尾の最愛にそっくりな、太陽を向く向日葵のように明るく真っ直ぐな笑顔。

彼が失ったものが、取りこぼしたものが容赦なく突きつけられるようで…内臓が引きちぎられるような痛みを覚えた七尾は己をかき抱く。


《ずっと、会い、た"かった!!助けに"、きてくれ"てあ"りがとう!!やっぱ父ち"ゃんは…おれの"一番のヒーローだ!》

《すまない、すまなかった大樹。会いに来るのが随分遅くなってしまって…!》

「すまない…っ!すまなかった、大樹!!助けに行って、やれなくて…っ!!」


二人の七尾の謝罪はしかし、真っ二つに道が分かれていた。

そしてこの光景は己が選びとれなかった"もしも"なのだろうと…そう思った刹那。


《ほら、見ているか、大嫌いな"七尾晴樹"》


思ってもみない"声"がテレビからではなくこの空間に反響したのだ。

七尾は目を丸くして辺りを見渡すも、声の主など何処にもいない。

しかし、その声が誰のものであるのかは…何故かすんなり理解できた。


七尾にとって"彼女"は哀れな女だった。

とはいえそれは同情ではなく、認識としてそう思っていたに過ぎないが。


七尾のように壊れた能力者の中でもとりわけ頭がおかしい彼の後輩に玩具にされてた一番の弱者。


それが、"彼女"。


何者でもあれず双方から虐げられ、いくら屠られても死ぬことすら叶わず…ただただ地獄を彷徨うだけの亡者。

それが、七尾の認識する"彼女"であった筈だった。


しかし…


《この"記録"はお前に送る私からの嫌がらせだ。そして、七尾さんに送る心からの祝福でもある》


その亡者が、まさに今、七尾晴樹へ牙を剥いたのだ。

画面に映る世界の中で眩しそうに"七尾"と息子の抱擁を見つめながら…"そこ"に、存在しながら。


"彼女"は弱かった。

しかし弱かった筈の"彼女"は死んだ七尾に、ここにいる彼が掴めなかった未来を側に携えてこう吐き捨てたのだ。


ざまぁみろ、と。


「チッ。胸糞悪ィ。テメェ、イイ性格してンじゃねェか」


理屈も何も分からない。

ただ分かったのは…やられた、ということだけ。

七尾はくしゃっと顔をしかめるがしかし、その表情は長く続かなかった。


「…ははは」


七尾の口から乾いた笑いがこぼれ落ちていく。

不思議なことに怒りも苛立ちもなく、ただただ可笑しくなって…段々その声が大きくなっていった。


「っはははははははは!!!あァ!全くとんでもねェ女だよ!テメェは!!」


逃げ場の無い"彼女"を朽ちた世界へ捨て、七尾や仲間は身勝手に死を選んだ(逃げ出した)

そんな自分達を許す筈が無いのは分かっていたが、まさかこんな形でやり返してくるなど誰が思うだろう。


七尾にとっての『ソノヒ』を覆し、そうあれなかった彼を否定してみせる、だなんて。


「地獄の鬼より容赦ねェわな」


七尾はドカリとソファに座り、缶ビールのプルをぷしっと景気よく開ける。

きちんと味ものどごしもバッチリなそれにまた可笑しくなりながら、彼は天井のない虚空を見上げて小さく呟く。


「なぁお前ら。どうやら俺らは安らかに眠らせてはもらえなそうだぜ」


おそらく増えるだろう住人を予想しながら、彼は"彼女"が掴んでいく新たな日常をテレビ越しに眺め続けたのだった。





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