4-5
「まったく君ねぇ…無理しすぎだよ」
「返す言葉もございません」
見た目は優しい笑顔のまま、しかし絶対零度の気配を纏って保健室の椅子に座る東雲さんに、私はベッドの上でしゅんとしながら正座している。
反省しているからデスクに乗っている手錠を速やかにナイナイして欲しい。
大樹くんを送り届けた直後、限界を迎えてぶっ倒れた私を七尾さんが大慌てで運んでくれたみたいなのだけど…
チラリと部屋の入り口を見れば、見事に壊れた扉が見える。
もう普通に開ける気すらありませんでしたとばかりに張り倒されているけれど…たぶん七尾さんがぶち破ったんだよね、あれ。
何度やれば気が済むんだと東雲さんがぶつぶつ呟いていた辺り、いつぞや一ノ世が言っていた備品破壊記録の話は本当だったのだろう。
「まぁ七尾くんが慌てるのも無理無いね。良く生きていたものだよ」
「えへへ」
「褒めてはいないからね」
とん、と怪我の状況を書き込んでいたカルテをペン先で叩き、東雲さんは隠すことなくため息をついた。
書かれている文字を目で追ってみれば、刺創、打撲、内臓損傷、骨折、筋肉の断裂、神経損傷…なんかもう文字列が痛い。
「気を失っている間に『回復』を使わせてもらったけど…大丈夫そうかな?」
「あ…は、はい。今は嘘みたいに痛みがありません」
『回復』と聞いてひきつった私の顔を見逃さなかったのか、東雲さんが困ったように笑う。
「『回復』もやはり…か」
「そ、うですね…すみません。治してもらっておいて、こんな…」
「いや。大丈夫だよ。あちらも初日に"見た"から分かっていたみたいでね。むしろ逃げ腰だったくらいだ」
東雲さんの能力は『回復』ではない。
その能力の使い手は確か綺麗な女性…だった筈だ。
まぁ、戦場を癒す存在などではなく死体を量産する反乱軍であったけれど。
《痛いのも苦しいのも、嫌ですよね?ね?だからわたくしが全て消して差し上げます。大丈夫。だって死んでしまえば、全部なくなりますでしょう?しょう?》
《あ"ぁぁぁァぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!》
過剰回復による組織崩壊。
人を治せるその力で、"アイツ"は平然と人を殺していたのだ。
ふんわりした髪を揺らし、ぐるぐるとどこを見ているのか定まらない視線のままどこか病的なゾッとする笑みを浮かべて。
「っ…」
フラッシュバックした"記録"に体を震わせて、今は跡形もない傷を撫でる。
気を失っていて良かった。恐らく面と向かってじゃ無理だったもの。
能力かけられた瞬間吐く自信がある。
「あの、すみません。ありがとうございましたと、伝えてもらっていいですか」
「勿論。しっかり伝えておくよ。きっと喜ぶ」
いつかはきちんと自分の口からお礼をしたいけれど、今は甘えさせてもらおう。
少し…いや、正直かなり疲弊してしまっているから勇気が湧かない。
と、東雲さんが言いにくそうに、しかし興味を隠せない様子で口を開いた。
「ところで、君の身体は不老不死だったよね?…傷は治せないのかい?」
あぁ、成る程。もっともな疑問だ。
しかし私はふるふると緩く首を横に振る。
「自分の意思では出来ません」
「ならば勝手になら治る、と?」
「そんな便利なものじゃなくて…コレは、いわば再読み込みみたいなものなんですけど」
私の不老不死は"記録"の能力に結び付いている。
まず前提として、私の体の情報…その大元は『ソノヒ』の時点で固定された。
これが所謂すべての原点。
正確なサイクルは知らないのだけれど、私はある程度生きると強制的に現在の体へ原点の情報が上書きされる。
分かりやすく言えば、時計の秒針が一周して頂点に戻るより先にその針を巻き戻すのだ。
そうして、細胞組織全てが『ソノヒ』の…22歳の私へ戻る。
記憶や"記録"は能力故に巻き戻ったり失われないまま、ね。
これが不老の理屈。
では、その上書きの前に私の体に致命的なダメージが入ったらどうなるか?
「原点のセーブデータとは別に、私の体の状態は常に"記録"でオートセーブされています。不死に使われるのはそちらです」
「原点には戻らないのかい?」
「はい。だから、厄介なんですけど…」
何らかの理由で死んだ際、私の体はオートセーブの"記録"を元に損傷を受ける"前の"状態に上書きされる。
首が落ちて死んだなら首が落ちる前。
脳が潰されたなら潰される前。
毒で死んだなら毒を受ける前。
私が即死だろうが跡形なくバラバラにされようが、死の瞬間に髪の毛一本血の一滴…どころか、細胞1つさえ残っていればオートで発動して死ぬ前の私に戻るのだ。
それを防ぎたいならコンマ一秒のタイムラグ無しに私の全てを消滅させるしかない、と思う。
現実的に不可能だけどね。
だって、何処かの部屋の隅に落ちた髪の毛まで消せる?無理でしょ。
現に一ノ世のブラックホールを食らった時とか、全然違う場所で生き返った事があるし。
「問題なのは"前"というのがほぼ死の直前ってところですね。例えば、まず死なない範囲で腹を刺されたとします。次にもう一度腹を刺され、それが致命傷で死んだ場合…最初の傷は治りません」
「…成る程。つまり、死の原因以外は治らない訳か」
「そうなります」
「それは…使い勝手が悪いね」
本当にな。
だってどんなにボロボロでも、残った傷の痛みはそのままにこの力は私を何度だって生かすのだ。とんだ拷問だよね。
「つまり、今回みたいな怪我は適応外で…だから…治してもらえたこと、本当に、本当に感謝してるんです!」
きゅっと拳を握りしめ、思わず前のめりで言い募る。
さっきは失礼な反応をしてしまったけれど、あの痛みを取り除いてくれた感謝は本物なのだと、伝わってほしい。
と、私を落ち着かせるようにポスポスと頭が撫でられる。
「分かっているよ。君の思いは疑っていないからね。それに、感謝と言うのなら…僕、いや、僕達も皆、君に心から感謝しているんだよ」
「え?」
きぃと椅子から腰を上げて東雲さんは真っ直ぐ私に向き直ると、綺麗に頭を下げた。
「仲間を…七尾くんを助けてくれてありがとう」
「え?七尾さん???いや、あの私、何も…」
大樹くんの事ならまだ分かるけど、何故七尾さん?助けたどころか助けられた側なのに。
分かりやすく首をかしげる私に、東雲さんは再度椅子へ腰を落ち着けながらいかにも学校の先生らしい顔をして微笑んだ。
「君は知らないか。能力者はね、確かに強い力を持つけれど…その代償として、精神が人一倍不安定なんだ」
「不安定…」
「人間味が欠落している、というのかな。基本的にはあらゆる事に無関心でね。大体の人、物、事柄は背景だ。ただ反対に、興味を持てば常人より遥かに心を注ぐ。それこそ、たかが1粒の硝子玉でも億を越える秘宝のように扱えるくらいには」
さらっと笑顔でとんでもないカミングアウトをされた気がする。
成る程確かに不安定、というか振り幅が異常すぎやしないかな。いっそ怖いのだけど。
「…両極端ですね」
「勿論、普段はある程度取り繕っているよ」
ならば皆も無理をして私に付き合ってくれているのだろうかと落ち込みかけて、ストップがかかった。
「少なくとも僕や熊ヶ峰くん、九重くん、七尾くんが君に向ける感情は本物だよ。それは信じて欲しい」
柔和な笑顔を捨て、ひたりと私を見る瞳は嘘偽り無い。
むしろ少しの怯えを孕んでさえいることに気付き、目を瞬かせる。
そして今日までの皆の様子を思い出しながら小さく頷いてみせた。
「嘘じゃないことは、分かります」
「十分だよ。ありがとう」
彼らを心から信じるのは難しいけれど、私がそうと感じた事なら…自分ならまだ信じられるから。
こほん、と東雲さんは気を取り直すように軽く咳払いをこぼし、人差し指を立てる。
「さて、それを踏まえた上で聞いて欲しい。能力者にはね、人か物か信念か、それは個人によるんだけど…何か1つ特に強烈に依存するものがあるんだ」
「依存、ですか?」
「そう。それがないと生きる意味を見出だせない、自分の精神を保てない、狂ってしまう…そんな楔のようなもの。僕らはそれを"世界"、なんて言い方もするね」
世界と聞いて、思わず"アイツ"の言葉を思い出した。
「七尾くんの"世界"は元々奥さんで、そこに息子さんが加わったんだ。けど彼女を失った今、彼の"世界"は息子さんただ一人。もし彼までが失われたら、七尾くんの心は壊れて、"七尾晴樹"は死んでいただろうから」
やはり、"アイツ"の分岐点はあの事件だったんだと理解する。
私はてっきりあれが切欠の1つかと思っていたけれどそうじゃなくて…その、たった1つの事件がすべてだったんだ。
大樹くんを失ったその瞬間。
それこそが"アイツ"の『ソノヒ』だったんだね。
「だからね。本当にありがとう」
それを理解したから、今度はその言葉を素直に受け取れた。
…
東雲さんに絶対安静を三回復唱させられた後私は己に宛がわれている図書室へ歩を進め、アンティークな彫刻が施されている扉を開く。
瞬間、マシになってきたとはいえまだホコリっぽい独特の香りが、しかし何故か懐かしく鼻を掠めていった。
「…あぁ、帰って、来たんだ」
呟いて、ひどく驚いた私は指先で唇に触れる。
いつの間にかここは私にとって"帰る場所"になっていたらしい。
あぁ参ったな。
1人で勝手に嬉しくなって…恥ずかしいじゃないか。
何となく熱い頬をパタパタと扇ぎながら、談話スペースの一番大きなロングソファにぼふんと座った。
途端、重くなる目蓋に頭を振る。
滅茶苦茶疲れたし今すぐにでも泥のように眠りたいけれど…
適当な紙とペンを持ち出して、今の状況を整理する。
何故、今日大樹くんの事件が起きたのか…それを考えたかったから。
この世界は『ソノヒ』が起こらなかったパラレルワールド。そう思っていたけれど…そんなに単純な話じゃないのかもしれない。
決定的だったのは今日の事件だけど、それ以前にも違和感はあったのだ。
例えば、そう。初日の話。
私が一ノ世に怯えて隠し通路に逃げようとしたあの時…
〈"まだ"そこにはないよ。隠し通路〉
アイツは、"まだ"出来ていないと言った。
後から聞くと年内くらいには作る予定だったのだとか。
けれど、私が"あちら"で隠し通路を知る切っ掛けになった学園の地図は『ソノヒ』より二ヶ月程前に記されたものだった。
つまり…それより前には既に通路が存在していたという事。
例えば、カフェの話。
"あちら"であのカフェが開店したのは私が大学三年になる少し前のこと。
つまり、『ソノヒ』から数えれば一年半程前の話だ。
けれどこちらでは…"まだ"オープンしていない。
例えばクレープ屋のニュース。
あれは『ソノヒ』と同じ年の話だった。
大学の講義中に端末に入ってきて親友とショックを受けたのを覚えているから間違いない。
それが、こちらではつい先日起こった。
ちなみに日付は全然違う。
そして今回の大樹くんの事件。
ニュースを見たのは確か、『ソノヒ』より一年前の冬頃。
つまり、この世界で数えるとおよそ四年も前に起きていた筈の事件になる。
事件の内容を考えれば同じ事件と思ってほぼ間違いはない。
場所も手口も、被害者の名前も…確認したら全て同じだったから。
自惚れではなく、"私"というイレギュラーがいたからこそ違う結果になったんだと思う。
私は返しそびれた端末であらゆるニュースや新聞記事を調べ始めた。
私が覚えていることと、こちらで起こったこと。
可能な範囲でまとめていくと、違和感は明確な形をもって浮かび上がる。
内容はまったく同じ事象なのに、年月日だけが出鱈目なのだ。
ただ…一つだけ、その出鱈目にも共通点がある。
「…これ、ほとんど全部私が知るより"後"にズレてる…」
誰かの不倫騒動も、どこぞの紛争も、有名人の死も、適当にピックアップしたニュースの数々は一部を除いて全てが記憶している時間より約三~五年後にズレ込んでいるのだ。
それだけじゃなく、世界大戦も偉人が偉業を成した年もすべて私の覚えた年号よりほぼ五年後になっている。
こんなのいくらサンプルが少ないからといってただの偶然で済ませられる話じゃない。
ちなみに一部というのは、芸能人の誰かが妊娠したとか第一子が誕生したという報道や、子供が出来たからという理由の結婚に関する報道。歴史の人物達の生年月日。
ソコだけは不自然なくらいズレがなかった。
つまり…大きな外枠はズレているけれど、その中にいる人間の始点は"あちら"と"こちら"でズレが生じていない。
だから一ノ世達の年齢に違和感を感じなかったんだ。
でも、だとしたら…
一連の考察の末、恐ろしい事実が浮かび上がる。
もしも…もしもこの考察が本当だとするならば、ここは『ソノヒ』が起こらなかったパラレルワールドなどではなくて…
「"まだ"『ソノヒ』が訪れていないパラレルワールド…?」
カランと持っていたペンが滑り落ち、図書室を転がった。
ならばまたあの地獄は訪れるのか?
二菜ちゃんや至くん…一ノ世達が世界を壊すのか?
私はまた、また…!!
震える手を握りしめて、ふと七尾さんの手の暖かさを思い出した。
ちがう。
ちがうぞ、綴戯栞里。
ここは、"まだ"生きている。
そりゃ、ただ時間の流れに任せたら…その先にあの世界があるのかもしれない。
けれど、少なくとも…七尾さんの『ソノヒ』は来なかったじゃないか。
能力者と接した。
皆が皆私の知る話の通じない破壊者なんかじゃないかったのだと知った。
ならきっと、そうなる理由があった筈だ。
自分が壊れ、世界を壊すと決めた何かがあった筈だ。
それが、皆の『ソノヒ』が"まだ"起こっていない世界だというのならば…
彼らを知ることで私は、私の知る『ソノヒ』を止められるのかもしれない。
「…っは、あははは!!」
傲慢で結構。自己中心的なのは今更だ。
私はただ私の為に、来るかも定かではないいつかの未来を壊すと今そう決めた。
「待っていろ、お前ら!!」
これは、まだ来ぬ『ソノヒ』と"アイツら"を止める…私の勝手な『復讐譚』だ。
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NO side
「はー…うっざ。超疲れた」
一ノ世久夜は己の癖っ毛をわしゃわしゃとかき混ぜながら、勝手知ったる学園内を歩いていた。
窓からチラチラと見える、己の瞳に似た月をどこか忌々しげに睨みつける。
今回事を起こしてくれた連中を然るべき場所に引き渡し、上に報告ついでに綴戯栞里の監視の不備をそれっぽく誤魔化し、能力者の血縁者データのセキュリティ強化を指示し…
とにかく予定外の仕事が増えた久夜はそこはかとなく不機嫌だった。
こんな時は友人と飲み散らし、職員寮の連中全員寝不足になるくらいに騒いでやろうと迷惑極まりない事を思い立ち、そのわりに当人は手ぶらでやってきた次第である。
この場に栞里がいたのなら、間違いなくゴミを見るような眼差しで罵倒したことだろう。
さて、個人の部屋まで押し入る気満々だった彼はしかし、職員寮に足を踏み入れてすぐの談話スペースで見つけた目的の人物に首をかしげた。
そんな久夜を見つけた保健医…東雲四恩はひらりと手を振り、労いの言葉を紡ぐ。
「やぁ、一ノ世くん。お疲れ様」
「あー…ハイハイ。ねぇ四恩サン?ひじりんさ、どうしたのこれ」
コレ、と指差されたのは既にチューハイの空き缶まみれで突っ伏している三神聖であった。
寝てはいないらしく、ずびずびと鼻をすする音がする。泣いているらしい。
四恩は聖の背を撫でながら困ったように眉を下げた。
「それがね…三神くん、今日孤児院に行く日だったらしく…」
あ、察しと言わんばかりにストンと表情を消した久夜はすぐ様逃げようと踵を返そうとするが、それよりも早く聖が彼の腕を掴む。
それはそれは滅茶苦茶に力が強かったらしく、ミシリと骨が鳴る音を四恩は聞いた。
「いんちょう、きらいって」
「え、何?なんて?」
むくりと上半身を起こした彼は目にいっぱいの涙をたたえ、そのせいか炎に似た色彩の瞳は海に沈んでいるよう。
そして少しの間をおいて、彼はただでさえべしょべしょな顔を歪めながらわぁっと泣き出した。
貴公子フェイスが完全に台無しである。
「いんちょう、うそつきって、きらいって、かおもみたくないって、さいてーって、い"わ"れ"まし"た"ぁ"ぁぁぁぁぁぁ!!」
「うっわ面倒くさ」
「こら一ノ世くん!」
「あー…ハイハイ。大ダメージなわけね。よしよーし」
ダァン!ダァン!と凄まじい音を立ててテーブルを叩きながら泣き喚く姿に、その場にいた二人は頭痛がしてくる。
聖はそもそも酒に強くない。
チューハイ一本で千鳥足になれるくらいには弱いのだ。
が、何かにつけて嫌なことがあるとこうして女子か?と思わせる可愛らしい空き缶を積んで喚きだす。
端的に言って、面倒くさい。
久夜はもう今すぐにでも帰りたいし寝たいと、隠しもせずにため息をつく。
数分前までこの友人を酔わせて遊ぼうとしていたくせに酷い手のひら返しであった。
普段ならケラケラ笑い続けるだけだからいいのだが、こういう時はいただけないのである。
「ゆるしません…ゆるしません…ゆるしませんからぁ!!」
ギャン泣きが終わったと思いきや、次は丑三つ時に藁人形を持って歩きそうな程不穏な怨嗟を垂らし始める始末。いっそ鮮やかな変化である。
そういや昔ねりねりしたら色が変わるお菓子あったな、と久夜は現実逃避しながら能力で空き缶潰して遊び始めた。
「元凶。許しません」
急に放たれた言葉がしっかりしたものに変わり、お?と久夜は眉を上げる。
聖のやけ酒は酔い方こそ酷いものの、ある程度デトックスが済むと会話が可能なくらいには落ち着くのだ。酔っ払いである事実は変わらないが。
「ほーん?…ならさ、何か分かったわけ?」
指示出しや七尾晴樹の息子ならびに栞里の捜索…聖が学園に缶詰になったそもそも原因は栞里に付く筈の監視が外れていたことである。
そしてそれは、久夜としても大変気になる話題であった。
「ひく。伝令のすれ違いはぁ調べましたよ。ねー、四恩さぁん。ひく」
「そうだね。じゃあ僕の方から話そう」
苦笑しながらも説明を引き継いだ四恩はこほんと気持ちを切り替える。
「僕は自白剤を用いて、三神くんは『判定』の能力者に協力してもらって…伝令係と九重くんの両者に尋ねたんだ」
「ぶはっ!何それ本気じゃん!んじゃさ、もう結果分かったんでしょ?」
ギラリと獰猛な色を宿し、猛獣が喉笛に噛みつく寸前の顔で久夜は笑った。
彼は自分の指示を蔑ろにされたことが何より気にくわなかった。
それによる被害も出ているのだから怒りももっともだろう。
しかし…
「ひく。どっちもぉ、白」
「は?」
もたらされた情報は、久夜の求めるものではなかったわけだが。
ミシッと教員寮全体が悲鳴を上げたように軋む。
しかし彼のフリーフォールのような機嫌の変化に慣れている聖は、酔っ払い特有の据わった目をしながら肩をすくめた。
「伝令がぁ九重さんに伝えたのも"真"。ひく。九重さんが指示を受け取って無いのもぉ"真"です」
「精神や記憶に異常は無さそうだったから…考えられるのは伝令が九重くんだと思って伝えた相手が別物だった、とかかな」
「はー…面倒くさ。それさ、接触したの本土だったんでしょ?お手上げじゃん」
久夜はどかりと聖の隣に腰掛け、彼の飲みかけのチューハイをかっさらって一気に飲み干す。
「うげ、まっず。アルコールしょぼ」
こんなんじゃ嫌な気分を飛ばしたくても酔うことも出来やしないと嘆息し、久夜は空き缶を放り投げた。
四恩の笑顔がピクリとひきつったが珍しく大目に見てくれるらしく、説教は飛んで来ない。
「取り敢えず九重はさ、しばらく護衛から外すよ」
相手がどんな手口を使ったにせよ、少なくとも至を騙る事は出来るのだから。
しかし、聖は別の事が気になってパチパチとあまり開いていない瞳を瞬かせた。
「おやぁ、"護衛"ですか?ひく。"監視"、ではなく?」
からかい混じりにそう言うと、久夜は聖の予想と違ってどこかハッキリしない面持ちでモゴモゴと口を動かす。
長年の友として付き合いがある聖ですら、己の感情をはかりかねているようなその表情を見るのは珍しい事だった。
「…アイツ、栞里さ、七尾センパイを守ってくれたわけじゃん」
「まぁそうですね」
あの久夜がからかったりふざけてではなく、明確な意思をもって栞里、と…個を呼んだ、だと?
四恩と聖がその事実に驚く暇もなく、久夜はガタンと立ち上がりながら不敵に笑った。
「だから少ーしだけ、株上げてやろうかってさ!」
そのままもう帰ると言い放ち、言葉に違わず職員寮を後にした後ろ姿を二人は呆然と見送る。
どのくらいそうしていただろう。
風にでも吹かれた空き缶がカランとテーブルから落ちる音に、二人は漸く再起動を果たしたのだった。
「…酔いが醒めました。え、今の久夜で合ってます?八丸の『変化』じゃないんですか?」
「気持ちは分かるけど…失礼だよ、三神くん」




