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4章:七尾晴樹のアネクドトス


平等に死と破壊という絶望が振り撒かれ、鉄臭さと煙と僅かな腐臭が漂うもはや何処なのかも定かではない瓦礫の街。

そこに、小石の転がる音がこだまする。


ポコン。コロコロ。

ポコン。カラカラ。


《わるいやつめ!わるいやつめ!》


泣く手前の震えた子供の声が虚しい音の合間に混じる。

拙い言葉ながら、罪人を咎める響きは酷く重い。


ポコン。コロコロ。

ポコン。カラカラ。


《おまえなんて、すぐにヒーローがやっつけてくれるはずなんだぞ!》


子供の吐き捨てるその言葉が、信頼ではなく己に言い聞かせている響きであることが悲しくてたまらない。

これは希望ではなく、願望なのだ。


ポコン。コロコロ。

ポコン。カラカラ。


《ヒーローがきてくれるんだ!ヒーローが…!》

《や、止めなさい!》


悲鳴に似た母親だろう女性の声が、子供の言葉と小石を遮った。

ガタガタと震えながらもその千切れかけた腕で宝物を囲い、"わるいやつ"を睨み付ける彼女の瞳は羨ましいくらいに強いものである。


《…ヒーローなんて、来ねェんだよ》


まるで案山子のようにただひたすら棒立ちで石を受け止めていたソイツが、ポツリと呟いた。

ギシリと軋むような音を立てて返り血塗れの拳が握られる。

まずい、と思った。


《ヒーローなんて!!来ねェんだよぉぉぉぉ!!!》

《止めて!!っあ!!》


女性へと振りかぶられたそれを思わず全身で抑えようとして、しかし当然そんな事が出きる筈もなくもろともに吹っ飛ばされる。

『怪力』でもないくせにとんだ馬鹿力だ。

本当に怪物だとか怪人なんて表現がお似合いだよね。


《っカハッ!!》


全身を容赦なくコンクリートの残骸に打ち付け、コプリと血を吐く。

私の体を受け止めたそれが耐えきれず崩れていく音が背後で聞こえた。


あぁ、内臓までやられたみたい。痛すぎる。最低だ。

骨は…確認するまでもないかな。単純骨折、粉砕骨折、複雑骨折…とにかくバリエーション豊かに折れまくっている事だろう。


ギリギリの意識を繋ぎ止める。真っ赤な肉塊にすがり付き、わぁわぁと泣く子供の声がぐわんぐわんと聞こえたけれど…

すぐに、ごしゃりと耳を塞ぎたくなるような音がそれを断ち切った。


あぁ、ごめん。ごめんなさい。


じゃりじゃりと足音が近付いてくる。

珍しい。いつもなら放っておかれるのに。

霞む視界に、元は上質な物だったろうくすんだ革靴が映る。


《テメェも死ね。ヒーロー気取りが》

《…余程、嫌いなん、だね。ヒーロー》


ころころと喋る度に血が喉で転がった。


《あぁ、大嫌いだよ》


なんだよ、泣きそうな顔しやがって。


ごしゃりとあの子と同じ音を聞きながら、私はまた死んだのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「っ…う」


悪夢のように再生された"記録"と、ガンガンと痛む頭に吐き気を覚えながら目が覚めた。

ふらつく頭を支えようとして、手が縛られていることに気付く。


薄暗い視界と、コンクリートの壁。

ここはどこ?まさか"あっち"に戻ってしまったの?違う。違う筈だ。けど…


「っは…ハッ、カヒュッ…!」


先程見た悪夢に刺激され、ノイズ混じりの"記録"が現実へ侵食してくる。

儘ならない呼吸に生理的な涙を浮かべながらも、現状の手掛かりを探るべく視線を動かした。


今ここで思考を止めるのは愚策。そのくらいは分かる。何か、何かないの…?


ボロボロの室内だ。

ヒビの入った天井からは蜘蛛の糸のようにぷらんと電線が垂れ下がり、床に散らばる放置された家具の残骸は人に使われていない月日を嫌でも感じさせる。これは、廃墟か何かだろうか。

と、見覚えのある姿が目に止まる。


「…っ、大樹、くん?」


縄で縛られてくったり横たわる姿に、"こちら"の現実感が急速に戻ってきた。

クリアになった思考が、叫びそうになった私を止める。

落ち着け。落ち着け…!!


強張った身体をずりずり引き摺りながら大樹くんの方へ向かってみれば、暗くてよく見えなかったけれど他にも数人子供らしき姿が横たわっているのが見える。

…よかった皆息はしてる。気を失っているだけみたいで、目立った外傷も無ければ血の匂いもしない。


皆を起こすために声を掛けようと思ったけれど、開きかけた口を閉じて頭を振った。いけない。焦りは禁物だよね。

だって、下手を打てばあっという間にパニックになってしまうだろうから。

これは間違いなく誘拐や拉致…誰かの悪意で引き起こされたものだ。

なら、犯人や監視の人間が近くにいると考えた方が自然だから…今すぐ騒ぎを起こすのは得策じゃない。


私は大樹くんにピッタリ寄り添いながら、少しでも情報を得るべく目を凝らし、耳を澄ませる。


窓も何もないこの部屋は恐らく地下室。

だだっ広く、しかし物だけはやたら多いここは倉庫代わりだったのか。

しかし、今私達のいる場所含め意図的に片された空間は、別の用途で使われているのだろうことは想像に容易い。

何せ冷静になってみれば、酷く饐えたような匂いも鼻につく。

私の"記録"がよく知っている匂いだ。

間違いなくこの部屋では…死体が生まれている。


カツカツカツ…


「っ!!」


頭上から足音が響き、肩を跳ねさせた。

誰かが真上の階にいる。犯人か、はたまた別の人物か…いや犯人が妥当だな。


「今回の収穫はどうだ?」

「へぇ!ガキが5人と若い女が1人でさぁ!」

「上々だ。全員、"アレ"か?」

「勿論!女は分かりやせんが、例のガキと一緒でした」

「いいねいいねぇ!」


幸い天井は思いの外薄いらしい。聞き取りにくいが、聞こえないこともない程度だ。

微かに拾える会話は男二人分の声。

子供が5人。若い女…は私の事で合っているよね。

ただ、"アレ"って何のことなのかな。


「化け物の子供なんざ生きてる価値もねぇ。だが、金にはなる」

「へぇ!バッチリと"バラして"くだせぇ!」

「勿論。ボスの依頼通り臓物は勿論首腕指足何でも好きなパーツに分けてやるさ」


ぞわりと全身が粟立った。

臓物や身体をバラす…って、つまり、殺されるって事じゃないか!

そんな裏社会的な話、本の中だけだと思いたかったよ。


「で、女は?どうすりゃいいんだ?」

「へぇ!貧相な体なんでボスの玩具にはなりやせん。好きにしてくだせぇ!…っと、通信だ。はーい…」


まって、物凄く失礼なことを言われてる気がするのだけど…悪かったな貧相で!

っと、いけない。イラついてる場合じゃないよね。クールダウンクールダウン。チッ。


とにかく、このままじゃマズいことは確定した。

間違いなくピンチだ。

正直なところ私は死なないだろうけれど…子供達がバラバラ死体にされる。


「…子供、バラバラ…?」


ふと頭に荒唐無稽な予感が過る。

待って、でも、そんなことがあるのだろうか?

だって…日付も年も滅茶苦茶じゃないか。

でも、でもこれって…


〈〔先日、埼玉県日出路市で怪異事件と思われる事件が発生しました。現場となった廃墟の地下室には大量の血痕、更には子供のものと思われるバラバラの遺体が複数残っており…〕〉


廃墟、地下室、子供のバラバラ死体。

あり得ないと断じるには、あまりにも似すぎてる。

もしもこの予感が当たっているのなら…


私はそっと大樹くんを、他の子供達を見る。

ひとつふたつと深呼吸を繰り返し、震える体に鞭打って立ち上がった。

ぱさりと考え事の間に解いた縄を地面に落とす。縄抜けは一般教養だよ。


「…絶対に、死なせない」


弱い私の精一杯の覚悟と虚勢を、"記録"の中で救えなかったあの子供がやってみせろと嘲笑った。


「…大樹くん。大樹くん」


上の動きが無いことを確認しながら、小声で彼を揺り起こす。

小さな身体が身動ぎをして、うっすら開いた目が私に焦点を合わせた。


「…ん…え、ねぇちゃ…!」

「しぃ!ごめんね!」


慌てて大樹くんの口を塞ぐ。ごめん!本当にごめんなさい!


「あのね、今悪い人が上にいるの。見つかると怖いから、静かに出来るかな?」


目を丸くしてチラリと上を見たのち、彼はコクリと首を縦に振る。

カタカタと小刻みに震える体をぎゅうっと抱き締めた。


あぁ、こんな事ではこの子の恐怖は抑えてあげられない。

だから…私は…


「大丈夫。ヒーローは来る。そうでしょう?」


大樹くんの瞳を真っ直ぐに見つめ、ただ自信たっぷりに笑った。

私は、彼の信じる"ヒーロー"を信じ抜かせる。


「…っ、うん」

「よし。じゃあ…皆にも声をかけようか。大樹くん、私に力を貸してくれる?」

「あたり前じゃん!」


大樹くんの縄をほどき、私は彼と共に他の子を起こしていく。

ちなみに、最初に声をかけるのは必ず大樹くんに任せたよ。

皆面識は無いらしいけれど、見知らぬ大人が突然視界に入るよりはましでしょうから。


勿論皆最初は怖がり、悲鳴を上げそうになった子もいたけれど…大樹くんが持ち前の人懐こさでするりと懐に入り込み、大丈夫だ!ヒーローがくるから!と説得していた。

コミュ力ってやっぱり大事なんだね。


「大樹くんありがとう。さすが!カッコよかったよ」

「へへへ!栞里ねぇちゃん、次は何したらいい?」


次か…さてどう行動しようか。

首を捻ろうとしたところで、男の子の1人がぎゅむっと片足に抱き付いてきた。


「リーダーのお姉ちゃん。怖い人…青いオニいさんがくるの?」

「それは来ないかな…」


青いオニいさんって何?

あ、結構レトロなホラーゲームにいた敵だっけ…いや君何歳?

内心驚いていると、今度はぎゅむっと女の子二人に手を握られた。


「こわいよぅ、リーダーのお姉ちゃん」

「リーダーのお姉ちゃん、お家に帰りたい」

「えっと、取り敢えず"リーダー"って言うの止めようか」


重荷なのは勿論だけど、なんかいたたまれない。変なプレイを強要してるみたいじゃないか。


「なんで?栞里ねぇちゃんがリーダーだろ?」

「…レッド(リーダー)は大樹くんに譲るよ」


ほんと!?やった!と小さく拳を握って喜ぶ彼が、今この最悪の中で眩しく見える。

まだ小さなその手が震えているのを知っているよ。

それでも明るく振る舞おうとする大樹くんを私は優しく撫でた。


それにしても…1人様子がおかしいな。

声は出さないよう必死だけど怯え方が尋常じゃない女の子。

臆病、とは少し違う。

他の子みたいなふわふわした恐怖じゃなく、"正しく"状況を理解している…気がする。


早速リーダーシップを発揮したのか、大樹くんが女の子に気付いて心配そうにそっと近付いた。


「なぁお前大丈夫か?すっげー震えてるぞ」

「だ、だって、私殺されるっ、わた、私が…能…者の、孫だから…」

「は?」


それはどういう意味かと問おうとしたところで、ふと上の声に気付く。


「じゃ、ぼちぼちボスんとこ戻るんで。ブツは後で受け取りに来ますわ」

「はいよ。…さぁて、仕事の時間だな」


マズい。動き出してしまった。

とにかく私に出来るのは時間稼ぎだ。何せ自慢じゃないけど戦闘力皆無だもの。

勝利条件をあえて提言するのなら…"ヒーロー"の到着と言ったところか。


さっと室内を見やる。

ロッカーは…狭いな。タンスは使えそうにない状態だし。

テーブルと椅子を集めてみる?いや、露骨すぎてバレバレだ。


ふと、壁際にある比較的きれいな棚が目に止まる。

上は硝子戸のついた棚。真ん中に引き出しを挟んで、下は木製の両開きの扉がついた収納スペースになっていた。

上はダメだけど、下の収納部分は…いける。


「皆、かくれんぼをしようか。今から悪い人が来るけど、絶対に出て来ないこと。声も出さないこと。さぁ、あそこに隠れよう」


子供達は顔を見合わせ、コクリと頷いた。

皆をいい子と撫で、1人ずつハグをして送り出す。


あの怯えた女の子はそんな私をじっと見つめ、頑張るねと小さく口にした。

ぎぃと嫌な音を立てる扉を開けば、中も思いの外綺麗そうだ。

多少狭いし暗いだろうけどそれは我慢してほしい。


さて皆中へ隠れ、最後の1人は大樹くんだ。

彼は棚へ足を踏み出そうとして、こちらを振り返る。


「なぁ、ねぇちゃんは…?」


動こうとしない私を不審に思ったみたい。

不安の色を見せた瞳に、精一杯の笑顔を浮かべた。強がりだ、なんてバレてなきゃいいけれど。


「大丈夫。ほら、早く」

「…うん」


何が大丈夫なんだか。

既に足が震えているくせに、情けない。

でも、地獄は待ってくれやしないからね。

足元に転がっていた椅子の足を拾い上げ、私はそっと移動した。


カツンカツンと音が近付いてくる。

階段でも降りているのだろう。


扉近くで棒を構えながら、子供の1人が持っていた端末をチラリと見る。

私の借り物は没収されていたけれど、小学生程度の子供が持っているとは思わなかったのだろう。

相手さんが迂闊で助かった。


「…圏外」


とは言えやはり地下室。電波が届いていない。

でもさっき上の男に通話が届いていたのは確認してる。

なら、可能性があるとすれば…


ハッと顔をあげる。

近付く足音がすぐ側で止まったからだ。

バクバクと破裂しそうな心臓を深呼吸で押さえ付けながら、カチャリと鍵の回る音に神経を集中させる。タイミング勝負だ。


やがてドアノブが動き、扉が薄く開いて…


今だ!


「っ!!!」

「おっと!あぶないねぇ」


男が現れると同時に振るった棒はいとも容易くいなされた。


「はは!活きが良い嬢ちゃんだ、な!」


そのまま手から弾かれ、少し遠くでカツーンと落ちる。手首滅茶苦茶痛いんだけど、最悪。


けれど…問題ない。悔しいけれど、はじめから分かっていたことだ。

この無意味な奇襲の目的は…成功してる。


じんじんと痺れる手をおさえながら、私は男から距離をとるよう後退った。


「縄をほどくなんて悪い子だ」

「おあいにく様。縛られる趣味は無いんだよね」

「それは残念」


闇に紛れそうな真っ黒いスーツ。くるくるナイフを弄ぶ手には入れ墨がちらつき、こちらを馬鹿にしたような捕食者の瞳は暗く淀んでいる。

あぁ、嫌だな。"アイツら"を思い出す。


「…私達をどうするつもり」

「解体するのさ。丁寧に、生きたまま」


ペロリと舌なめずりをした男は恍惚とした表情を浮かべてついっとナイフを宙に滑らせた。

薄闇でもぼんやり光る銀色が、ゾッとするような冷たさを帯びている。


「世の中には物好きが多くてねぇ。臓物の需要は勿論、手やら足のパーツをコレクションする特殊な趣味の輩共もいるのさ」

「下衆が…!」


よくもまあ平然と言えるものだ。

人の命を易々と売り物に出来るだなんて、そのイカれた感性に吐き気を催す。


男はゆるりと辺りを見渡し、にやついた顔をそのままにわざとらしく首をかしげた。


「それで?だぁいじな商品はどこかな」

「変態人殺し野郎に教えるとでも?」

「やだなぁ!俺は人殺しじゃない。俺がバラすのは…化け物だけだ」


ギラリと不気味な瞳に凶悪な光が宿る。


「教えてやるよ。あのガキ共はなぁ、能力者っつー化け物の血が流れてやがるのさ」

「…は?」


能力者の、血縁…?

確かに大樹くんはそうだ。お父さんが七尾さんだもの。

それにあの女の子も…孫だと言っていた。

なら他の子達も近しい親族に能力者がいる子供…?


その割にはあの子以外理解していなかったというか、全然そんな様子はなかったように思うけれど。

とにかく、"アレ"と彼らが濁していた言葉の意味がハッキリした。


「そいつらのパーツはな、それはもう高く値がつくんだよ!!特に臓物なんてアヤシイ研究機関がいつだって、いくらだって欲しがってる!」


研究機関と聞いて嫌な記憶が過る。

私もあの世界で、死なないのを良いことに好き放題人体実験されていた身だ。


そもそもこの身体が能力者やら不老不死にされたのだってなんだか分からない研究の産物なんだよね。

それはつまり怪しい研究が『ソノヒ』よりずっと前から行われていた訳で…


こんな事が…沢山、あったのかな。

ただ能力者の血縁ってだけで、罪もない人達が"あんな目"にあっていたのかな。

考えただけで胸がキリキリ痛む。だってその、死にたくなるような痛みを知っているのだから。


「同じ人間なのに…」

「あんな力をもった奴らなんざ、化け物と変わらねぇだろ!!俺は見たんだ!!軽々と建物を壊したり、体から火ぃ出したり!!あんなのが身近にいると思っただけで恐ろしい!!生きてるのが間違ってる!!そう思うだろ!?」


男のその叫びは、もしかしたら過去の私なら頷けたのかも知れない。

何せあの悪魔のような連中へ似たような暴言を吐いた事なんて、1度や2度じゃ済まないのだから。


でも、今は…違う姿を知ってしまった。

少なくとも、二菜ちゃんを、至くんを、東雲さんを、七尾さんを…一応一ノ世や三神も。

こちらに来て接した皆を、私は化け物と罵るつもりは無い。

だって彼ら彼女らは…確かに人間だったから。


けどそんな皆をこんな下衆男に分かってもらおうとも思わない。


「…お前が能力者を嫌いなのは分かった。けど、この子供達はやっぱり間違いなく一般人で、関係ない。お前が嫌う能力者ではないんだから」

「はぁ?化け物の血が流れてんなら力があろうがなかろうが一緒だろ!!殺して何が悪い!!!俺ぁ世のために化け物を駆逐してやってんだ!ハハハハハハ!!!」


七尾さんの言っていた怪異以外の危険が、今よく分かった。


危険なのは、"人間"だ。


馬鹿だな。それは私が一番良く知っていたじゃないか。


「それで?」

「…っ!?」


前動作もなく近付かれ、ぱっと視界に銀線と赤が散る。

咄嗟に腕で防いだけれど…かなりスッパリいかれたな。何、あの切れ味。


まあ"アイツ"のチェーンソーよりはマシか。

無事な片手で傷口を抑えるも、深すぎるのかぼたぼたと血が指の隙間から流れていく。

クルクルとナイフを遊ばせながら下卑た顔で男が嗤った。


「悲鳴1つあげないなんて、可愛気ないねぇ」

「私を啼かせたいなら、お前の言う化け物になって出直しなよ」


私に絶望を振り撒けるのは、今も昔も"アイツら"だけだ。"アイツら"以上の最悪なんてあり得ないし、そうであって欲しい。


「ハハハハハハ!ほんっと可愛く…あん?」


ポコン。コロコロ。


男に向かって飛んできた小石が、奴に弾かれて地面を転がった。

見覚えのある光景に冷や汗が背をつたう。


「栞里ねぇちゃんをいじめるな!!わるいやつめ!!」

「大樹くん!?どうして…!!」


棚の開いたあの嫌な音はしなかった。

ならば彼は始めから、私の目を盗んで違う場所に隠れていたのだろう。しまった、やらかした。


「やぁやぁ!化け物の子供くんじゃないか!会いたかったよ!」

「なに言ってんだ!お父ちゃんは化け物じゃない!!ヒーローだ!」

「…笑わせるなよ」


まずいと思い、咄嗟に大樹くんを抱き締めてそのままの勢いで転がる。

肩に鋭い痛みと熱が走り、同時に大樹くんの息を飲む音が聞こえた。


「ねぇちゃん!?血が…!」

「大丈夫だよ。後ろにいてね」


無理矢理笑って彼を後ろに庇う。私が生きて受け止められるうちはこれが一番合理的だ。


「化け物がヒーロー!!ヒーローだって!?ハハハハハハ!傑作!!あー気持ち悪い!!どっちかと言えばヒーローは俺だろ?化け物退治してるしなぁ!」


ゲラゲラと笑う男は狂気に満ちていて、悪びれる様子もなく好き勝手言い放つ。

あぁ、こいつは自分の残虐性と欲まみれの行為を正当化して酔いしれているんだ。


気持ち悪い、はこっちの台詞だよ。


「能力者を相手取る勇気も無いくせに、よく喚くね」

「は?」

「もう一度言う…この子達は何も力の無い一般人なんだよ!!お前は()()()()()()で、弱虫だ…っ!!」

「黙れよ」


低い声が聞こえると同時に、黒い足に思いっきり蹴り飛ばされた。

ガシャーンとガラクタを薙ぎ倒しながら倒れた私に、泣きそうな顔の大樹くんがすがり付く。必死に私の名前を呼ぶ声は既に涙声だ。


彼はぎゅっと眉間にシワを寄せ、似合わない負の感情を乗せて男を睨み付けた。


「化け物は…化け物はおまえだ!!わるいやつめ!!怪人め!!これ以上ねぇちゃんにひどい事するな!!!」

「おーおー、一丁前にヒーロー気取りか?」


尚も噛みつかんと口を開く大樹くんの目を覆い、何とか身体を起こす。

かつての私に似た目を…彼にはさせたくない。


「た、いきくん。大丈夫だから」

「でも、ねぇちゃん…ボロボロじゃ」


このくらい、ボロボロなものか。

内臓も骨も無事なら軽症も軽症。痛いけど。


ふらつきながら立ち上がる私に、男はひゅうと口を鳴らす。

遊ばれているのは十分に分かってる。

でもそれが今はありがたい。

だって本気になられたら…私なんてあっけないものだろう。情けないけれど事実だからね。


「ハハハハハハ!しぶといねぇ。なーんでそんな頑張るのかなぁ?大人しくしてりゃ俺、痛くないようにしてやるのに」

「私、ロマンチストだから助けを待ってるの。ね?大樹くん」

「そ、そうだ!おまえなんて、すぐにヒーローが来てやっつけてくれるんだからな!!」


血を流しながらもクスクスと笑ってみせる私と元の調子でわぁわぁ叫ぶ大樹くんに、男の顔に苛立ちが浮かんだ。


心折れない私が、私達が面白くないのだろう。

こういう輩は被害者の泣きわめく声や助けを乞う悲鳴が好物なのだ。よく知っている。


だから、絶対にそうしてやらない。


「チッ…化け物だろうがヒーローだろうがなんでも良いがな、助けなんて来やしないんだよ!!!」

「いいえ。くるよ。ここに」

「夢見る馬鹿が!!第一ここが分かるわけ無いんだよ!今までだって何人もここで捌いてきた!だが、バレたことなんて無いんだからなぁ!!」


ここだ。

ここが私の勝負どころだ。

こくりと生唾を飲み込む。ここで失敗したら勝機は限り無く薄くなるけれど…

背に庇う大樹くんの温もりに勇気を貰いながら、"届け"と願って声を張り上げる。


「ここは、埼玉県日出路市5丁目23番地の廃ビル地下室」


きぃんと閉めきられた室内に自分の声が反響する。

限界まで見開かれた目が、皮肉なことに人間らしさを宿しながらこちらを射抜いていた。


「…は?な、んで?」

「私の記憶、なめないでよね」


やっぱりそうだ。私の予想は間違っていなかった。

理屈も何もまったく分からないけど、これは…あの事件そのものなのだ。


こんな酷いものが真実だったんだ。

ならば元の世界でこの真実を知った"アイツ"は…どう思ったんだろうな。なんて。


まぁいいや。今はこっちに集中しよう。

おかげで更に気合いが入ったからね。


私が、大樹くんの言葉を嘘にはしない。

大樹くんの信じる物を、嘘にはさせない。


「ヒーローは来ます。そうでしょう、七尾さん!!」


七尾さんを間に合わせる事が、力の無い私に唯一出来ること。

スーツの上着を脱ぎ、大樹くんに被せた。


「大樹くんお願い。何があっても、そのまま動かないで。私の為に」

「わ…かった」

「良い子」


彼を朽ちたテーブルの影に隠して、私は右手を翻す。

男が、息を飲んだ。そりゃそうだろう。


「『開示(オープン)』」


フワリと現れた本のページがひとりでに捲られていく。

やがて溢れていく文字が空間を歪め、地下室一帯を瓦礫の街へ変貌させた。

"記録"の幻影。

これでそうそう大樹くんや子供達を見つけられないし、何より…


「な…!?お、前…その目!!!!」


今までは暗くて見えなかったのだろう。

黒い虹彩に咲く藤色の瞳は、他の能力者に比べて目立ちにくいからね。


「御明察。お前の嫌いな"能力者"だよ」

「化け物…っ!!」


飄々としていた男に怯えの色が混ざり、じゃりっと一歩下がった足が偽物の瓦礫を鳴らす。

そのまま戦意喪失してくれるなら楽なのだけど…そうはいかないよね。


「クソ!!こ、ろす!!!殺す!!」


見渡す限りの幻影に逃げ場が無いとでも思ったのだろう。

男は今までの遊びの雰囲気を霧散させ、ナイフを逆手に持ち変える。

さっきの蹴りから察してはいたけれど、格闘を組み込むタイプか…正直辛いな。


まぁ取り敢えず、これで注意は私に引き付けた。

あとは…何とか逃げ続けよう。というかそれしか出来ない。


「やってみせろ。お前に私は、殺せない!!」


この身をもって時間を稼いで、私は…"彼"を"アイツ"が憎む程憧れたヒーローにしてみせる。


これは…私から"アイツ"への『復讐』なんだ。

絶対に負けられるものか。




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