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18-2


「ようこそ、叡智の鳥籠(ノークトゥアム)へ!ですの」


『転移』してすぐのこと。

目の前にそびえていた重厚な扉がその重さを語るようにゆっくり開いた先…見えた景色に私は言葉を失って立ち尽くした。


「うげっ、相変わらず目ぇ回りそう」

「あらあら、この素晴らしさが分からないなんて…何とも憐れな獣ですの」

「あ"?」


二人の話し声が遠くに感じ、耳には入るものの頭には辿り着かないような感覚である。

それほどまでに私は静かな興奮状態に陥っていた。


五角柱の中に入り込んだようなそこは三階すべてが吹き抜けになっており、明るすぎず暗すぎない絶妙な加減の照明が高い天井から降り注いでいる。

その光を受け止める大理石の床は土足で踏むことを躊躇わせるくらいピカピカに磨かれていた。


調度品の一つ一つも凝っていて、合わせて一つの芸術品のようなこの空間は宮殿や教会の聖堂を思わせる美しく荘厳なものである。

しかし驚くべきは、ここが人をメインに据えた場所ではないという点だろう。


ここの主は…五面の壁すべてと規則正しく立ち並ぶ本棚を隙間なく埋めている"本"なのだ。


本、本、本、本、本本本本本本…見渡す限りの本の海。水の代わりに本で溺れそうである。

ここまで全方位本に囲まれているなんて…圧巻。その一言に尽きるね。

みっちり詰まっている様子は良く育ったトウモロコシみたいだ、なんて。


なんだここ、楽園か?


内装の雰囲気は図書室のアンティークより新しいものに思えるけれど、図書室より遥かに濃く香る古紙の匂いが見た目以上の年月を感じさせる。

そのちぐはぐさを例えるならば、様々な物語の中に在るエルフのようだ。


そんな中だからか、正面にあるエレベーターの存在はやたらと浮いて見えた。

とはいえ各階の移動はこれが主な手段らしく、五角柱の縦辺に沿って下りてきた卵型のそれから丁度人が現れる。


書さんと同じようなローブをまとったその人は、大量の本を抱えながら一階に並んでいる机の一つに腰を下ろした。


二階と三階はフロア中央が吹き抜けになっているせいもあり、本棚でスペースはいっぱいいっぱいになってしまっているけれど、その分一階の中央には多くの机と椅子が配置されている。

いわゆる読書スペースというやつだ。


そこは青々しい緑色を湛えた観葉植物達に囲まれており、中央には一体のホログラム像が堂々たる様子で鎮座していた。


「あの像は…フクロウ?」

「ええ、その通りですの」


大きく翼を広げた姿は今にも飛び立ちそうな程に精巧で、躍動する筋肉の盛り上がりや羽の一枚一枚までも見てとれそうだ。

どこか遠くへ狙いを定めた瞳は鋭く、理知的に煌めいている。

あれに睨まれたら体が竦んでしまいそうだ。


でも…何故にフクロウ?


内心で首をかしげていると、さも興味ありませんと耳をほじっていた一ノ世がこちらの疑問を見透かしたように口を開いた。


「ソレ、叡智の象徴なんだってさ。一般人の入れ知恵って聞いたことあるけど…違うワケ?」

「ええと…確かにそう描かれてる文献は見たことある、かも?」


何かの神話だったかな?知恵を司る神様と一緒に描かれていた事からそういう象徴だと言われるようになった、とか何とか。

でもその一方で、日本じゃフクロウは死の象徴だったりするワケだけどね…

まぁ、わざわざそんな無粋なことは言うまい。


「そこの野蛮な獣の言っていることも確かですの。けど、もう一つ別の理由がありますの」

「別の理由…?」

「ええ。古い文献によれば、彼の鳥は始祖様が生前最も好んだ鳥だとありますの。だから、この場所に設置されたんですの」


書さんは早口で語り、うっそりと笑った。

これまでの作り物は何だったのかと思うくらいの生々しい表情。

瞳をドロリと甘く溶かして熱に浮かされたように頬を上気させたその様子はかなり異様にうつり、私は不気味さに神経をざわつかせる。

取り敢えず目からハイライト消すの止めてほしい。


「…栞里、気を付けなよ?ここの連中って度を越えた始祖崇拝者ばっかだからさ」

「ひっ」


こそっと耳打ちしてきた一ノ世に反射的に鳥肌が立った。

忠告はありがたいけど不意打ちは止めてってば!くっ!無駄に声がいい!

あぁもう、平常心平常心…


「んん"!…始祖って、前に"女王"の話で出てきた…」

「そ。力継いでるっていう"女王"の事も変な目で見てくるから…バレない方がいいよ」

「うげ…」


それは絶対に避けたい。避けたい、が…

私にはどうすることもできなくない?

前に聞いた独特な気配ってやつも何も分かってないし…そもそも隠したり出来るようなものなの?


…よし。一先ず書さんとは程よく距離を取っておこう。ほら、流行りのソーシャルディスタンスってやつだよ。うん。


「お二方?いつまでもそんな入り口にいないで、こちらへどうぞですの」


言われて、内部の凄さに呆気に取られていたせいで一歩も足が進んでいないことに気付いた。

…このピッカピカな大理石は土足で踏んでも良いものなのだろうか。

実はスリッパとかあったりする??


「何やってんのさ。歩き方忘れた?」

「いや違うけど…何と言うか、畏れ多くて」

「はー…面倒くさ。そのままそこにいれば?」

「あ、ちょ!?薄情者!置いてくな!」


くだらないと言い捨ててズカズカ歩いていく一ノ世を慌てて追いかけ、固い床をカツンと鳴らした。

合わない歩幅を無理に近付けながら隣に並び、先導する書さんに続いていく。


どこへ向かっているのかと彼女の少し先に目を向けてみると、大量の本が大都会のビル群のジオラマと化している机が見えた。


ν(ファウ)、少々よろしいですの?」

「…え?…あ、γ(ユプシィ)…?」


彼女が声をかけたのは、先程エレベーターから出てきた男性である。

ユプシィ…というのは、書さんの愛称か何かだろうか?


「あれ…お客さん…ですか…?ども…」


ぽそぽそと紡がれる声は跳ね返る元気もなく地面に落ちていき、はっきり言ってとても聞き取り難い。

しかもローブのフードをすっぽり被り、猫背で指をもじもじ動かしていて…

うーん…暗い。


「はー…うっざ。暗いわ。キノコ生えそ」

「ヒィ!!」

「ちょっと一ノ世…」

「何さ、栞里も思ったでしょ」


思ったよ。思ったけども…口に出すのはどうかと思う。

ほら、ただでさえ丸まっていた背が畏縮して更に小さくなってしまったじゃないか。


「すいません。彼は昔からシャイなんですの」


いや、恥ずかしがってはいないでしょ…どう見たって一ノ世に怯えているようにしか見えないし。

…なんて、ツッコミは止めておこう。アイツの機嫌を悪くすると面倒なので。


「そ…れで…何用、です…かね?」

「綴戯さんにここの事を教えてあげて欲しいんですの。プレゼンというやつですの」

「はい…?ぷ…プレゼン…?」

「ええ」

「ボクが…??」

「そうですの。だって、此方(こなた)だけが喋ってても退屈させてしまいますの。それに、担当してる者から話を聞いた方が良いですの」

「ま…まあ…いいです、けど…えと…"ツヅリギ"って、確か…あなたが…気に…かけてた…」


顔は未だよく見えずとも、視線を感じたので軽く会釈をする。


「初めまして、綴戯栞里です。今日はここへ見学に来ました」

「見学」

「ええ、まだ勧誘中ですの。だからアピールがてらここの事を知ってもらえたらと思いましたの」

「へぇ…?まぁ、はい…分かりました」


台詞とは裏腹に今一つ状況が飲み込めていないような声色ではあったけれど、彼は読みかけだった本に革の栞を挟んで閉じ、改めて私に向き直った。


「えっと…ボク、ν(ファウ)って…呼ばれてます…本名じゃ…ない、けど…とりあえず…そう、呼んで…下さい」

「分かりました。よろしくお願いします、ファウさん」

「うん…じゃあ…その…この場所の、話を…えっと…ここは…中央書庫って呼ばれてる…区画…です」

「中央書庫…」

「そう…です…ここには、世界中から集められた本という本が…詰め込まれ…てて…えっと…まぁ、普通に…大きな図書館と…思って、いただければ…はい」


大きな図書館、ね。確かにその通りなのだろうけれど、"大きい"の規模が桁違いというか…

例えば一般的な図書館を公園とするなら、ここはさながらトーキョードーム○個分とかで表されるようなテーマパークと言っても過言ではない。


下手すると壁の一面だけでも、小規模な図書館程度の蔵書ならすっぽりおさまりかねないのだから。

それで言うと私のいる図書室なんて犬小屋レベルだ。


「中央書庫に、あるのは…普通の…一般的な…書籍で…その…一般人の…本屋に、並ぶような…本…広くて、浅い内容のもの…とか…雑誌や小説みたいなのが…まとまって…ますね…はい。えっと…専門書、とか…貴重な本とか…少しでも特殊な、ものは…また別の書庫に…それぞれ、まとめてあります…はい」


なんと!目に見えているだけでも凄いというのに、この本に埋め尽くされた壁の向こうにも小規模な書庫が並んでいるらしい。


ファウさん曰く、ぐるりと中央書庫を囲うように存在する小書庫は一階に九部屋、二階と三階に五部屋ずつの計十九部屋。

世界中の本を集めるとなるとそれでも足りないというのだから、人の歴史は凄い。


「ふふー、驚きましたの?」

「勿論です!情報が集まる場所で、本も沢山あるとは聞いていましたけど、まさかこんなに規模が大きいとは…!」

「ここの蔵書量は世界でも一,二を争うものですの。見つからない本はないとさえ言われていますの。…ここだけの話、あの本やその本の激レアな初版などもありますの」

「…じゅるり」

「うっわ、栞里の目ぇキラキラしてんだけど…どこにそんな要素あったのさ」


苦いものでも食べたように表情を歪める一ノ世を鼻で笑う。

分かってないなぁ、まったく!

どこにそんな要素があるか?全部だよ!!


こんなの、本の虫にはたまらない楽園(エデン)である。"記録者"が引きこもっていられる理由がよぅく分かった。


この蔵書達を好きに読んで過ごせるなら…少なくとも私ならいつまでだっていられる。

小難しい本だけじゃなく、最近のものらしいラノベやエッセイなんかもあるみたいだし、飽きるということはないだろう。


「此方もここに来て長いですけど…一日数十冊読んでいても、中央書庫の壁一面分すら終わっていませんの」

「えっと、長い…んですか?」


思わず疑問が口から滑り落ちて、慌てて手で隠す。

だって今の感じだと…とても数年程度のニュアンスじゃなかったぞ?

え?書さんって一体おいくつ…?


「栞里、そいつもう四十も後半なババァだよ」

「え!?!?」


嘘でしょ!?と続けて叫んだつもりだったが、驚きすぎて声は音にならないまま空気だけが間抜けに出ていった。


いや、だって…四十???しかも後半??


日にあまり当たらないからなのか色白な肌は近くで見てもキメ細やかで、シミシワどころか毛穴の一つも見当たらない。

確かに雰囲気だけ見るなら老成したような落ち着きはあるけれど…見た目はどう逆立ちして見ても私や一ノ世と変わらないよね…


混乱する私を余所に彼女は特に否定する様子もなく、頬に手を当てて呆れが多分に含まれたため息を吐き出すのみだった。


「あらあら、デリカシーのないこと…さすがは獣ですよ」

「や…まぁ、γ(ユプシィ)の見た目は…確かに…その…詐欺レベル、です…はい」


消え入りそうな声で同意を示したファウさんだったが、書さんにちらりと目を向けられると慌てて顔ごと目をそらす。

ひゅうひゅうと鳴りもしない口笛まで吹いているけど…いや、誤魔化し方下手か。


でもまぁ、これ以上この話題に触れるのは止めておこう。

藪をつついて蛇でも出たらたまったものじゃない。


「えぇと、蔵書の凄さは良く分かりましたけど…これだけの量、管理するのも大変じゃないですか?」

「勿論大変…です、けど…分担して…管理、してるので…はい」

「元々此方のγ(ユプシィ)や彼のν(ファウ)というのは名前ではなく、担当する書庫の区画を表していますの。此方達"記録者"の仕事の一つは割り当てられた書庫の本を守ること。紛失を防いだり整頓したり…このあたりは綴戯さんのお仕事と変わりませんの」


私と変わらないなんて軽々しく言うけれど、いやいやとんでもない。

ここにある背の高い本棚は一つでもかなりの量の書籍がおさめられているし、壁の一面なんかはもっと凄い。


一人当たりの担当区画がどのくらいかは分からないけれど、これが二,三あるだけでも下手したら図書室の蔵書を越えるし随分な重労働だ。

そんな思いが顔に出ていたのか、書さんは笑いながら首を横に振る。


「利用者が多いわけではありませんから、ゆっくりと自分の仕事が出来ますの。急ぎの仕事はほとんどありませんの」

「まぁ…利用者は…もっぱら…身内、だし…はい」

「そうなんですか?」

「そりゃそうでしょ。だってさ、ここにある本って今時ほぼ端末で見れるんだよ?わざわざ重いもん抱える必要ないって」


あぁ、言われてみれば確かにそうか。

古いものから最新のものまで、よほどコアだったりマイナーな専門書でもない限りは電子書籍化が進んでいる世の中だもの。

自分が根っからの紙媒体派だからうっかり抜けていた。


「獣の言う通り、専門書や特別な資料くらいしか利用者はおりませんの。なので実際は、書庫の管理より"記録"作業のほうが主ですの」

「その、記録作業というのは?」

「えっと…書庫の…本を、"記録"して…自分が…その…書庫と、同じになる…というか…はい」

「歩く書庫って感じ…ですか?」

「そーそー、コイツらに内容聞けば答えてくれんの」


成る程。そこは"記録者"ならではの仕組みだ。

聞けばファウさんの持ってきた本も、半分くらいは趣味ではなく"記録"用の物らしい。


「しっかし…栞里もだけどさ、よくこんな細かい文字ばっか読んでられるよね」

「ヒィッ!?」


いつの間にか音もなくファウさんの隣に座っていた一ノ世が、いかにもつまらなそうに頬杖をつきながらパラパラと適当な本を捲る。


一ノ世がすぐそばにいると気付いていなかったらしい彼は、呟きを拾うが早いか椅子をひっくり返す勢いで飛び上がり、素早く背凭れを盾にするように身を縮まらせた。

いや、全然隠れられてないけども…


「寄る…な…!悪…っ…悪魔め…!!」

「はー…うっざ」

「いやお前…ファウさんに何したの?凄い怯えようじゃんか」

「知らね」


大あくびをしながらの一言で切り捨てやがった…いやいや、そもそも一ノ世に聞くだけ無駄だったね。

だって、何かをやらかしたとてコイツがいちいち他人を気にするわけがない。

恐らくは本気で何の事?って感じなのだろう。


「キミ…はやく…早く、離れた…方が…いい…!…コイツは…悪魔、なんだ…!」

「それは分かりますけど、何があったんですか?」

「ぶはっ!!あっははははは!栞里ひっど!めっちゃ自然に同意すんじゃん!否定とかしてくれないわけ?」

「むしろどこに否定する要素があると?」


ただの事実だというのに、何故否定しなければならないのやら。

強いて言うなら…一ノ世は悪魔なんて可愛いものじゃなく、魔王だと思うね私は。


「あぁ…もしかしてあの件が原因ですの。あれは確かに酷い所業でしたの」

「はー…面倒くさ。何?俺が何したっていうのさ」

相変わらず一ノ世の機嫌は乱高下が激しい。

ついさっきまで私の台詞でケラケラと笑っていたくせに、瞬きの間に不機嫌を前面に押し出したその顔はもはや真顔に近かった。


ファウさんはそれに更に怯えを深くしてしまい、ガタガタと掴んでいる椅子ごと震えている。

おまけに悪霊退散、悪霊退散…!とぶつぶつ唱え始めた。

うーん…相当に心を乱しているようだ。

悪魔悪霊ときたら、そのうち悪鬼とかになるかもしれないね。似合う似合う。


一方で書さんは慣れたものなのか、ピクリとも笑顔の仮面を崩さぬままに口を開いた。


「この獣、以前返り血まみれでここに来たことがありますの」

「返り血まみれ…うげ」

「えぇ、えぇ!もうたちまち阿鼻叫喚になりましたの。大半の"記録者"がショックで倒れて病院に運ばれましたし、心臓が止まりかけた者もおりましたの」

「あー…ハイハイ。思い出した思い出した。つーかあれはさ、任務直後に呼び出ししてきたそっちが悪くね?俺だってクズの血とかきったねぇモンさっさと流したかったっての」


返り血そのままに来たっていう一ノ世には勿論引いたけれど、それを見ただけで病院送りになる"記録者"のメンタルの方がドン引きである。そこまでいくといっそ怖い。


「別にさ、血って言っても遠目に見りゃただの赤いペンキみたいなもんじゃね?何でアレだけで倒れられるのか聞きたいくらいだわ」

「"記録者"は…繊細…なんだ…!あんな、姿…見せるなんて…どうかしてる…!!…僕らは…血とは、無縁…なんだぞ…!」

「ほーん?だってさ、栞里」

「私に振るのやめて」


半笑いで投げられた台詞をぶっきらぼうに返して目をそらす。


血とは無縁、かぁ…

つい先日も体に穴開けたばかりの私とはそれこそ無縁な言葉である。同意できない言葉が耳が痛い。


返り血をベットリつけた姿が悪魔の類いに見えるというのなら、自前の血で赤く染まり、腕や足の一本や二本平気で失うような私は一体何に見えることだろう。クリーチャーか?


「つーかさ、指先ちょこっと切っただけで失神するようなそっちがおかしくない?一般人のガキでも膝ずる剥けで笑ってたりすんのにさ」

「あらあら、此方達"記録者"は尊いものですの。この身が傷付くなどあってはなりませんし、あなた達や一般人なんかと同じ物差しで測らないでいただきたいですの」

「はー…うっざ。何が尊いだか。毎度気持ち悪い持論だよね、ソレ」

「持論ではなく事実ですの。ね、綴戯さん?」

「ハハッ」


だから、どいつもこいつも私に話を振らないで欲しい。某夢の国のマスコットみたいな声が出ちゃったじゃないか。

そもそも体の方はどうであれ、私は彼女が"なんか"と蔑んだ一般人なのだが。


私からすれば死と痛みはもう隣人で、自分をちっぽけとは思えど尊いなど微塵も考えたことがない。

逆に、どうしてそこまで自分を肯定できるのか不思議なくらいだ。彼女には悪いが、私とは根本的に思想が交わらない。


気持ちを読み取ったのか視界の端で肩を震わせる一ノ世に苛立ちがつのった。

笑うなコラ。


しかし…環境一つでここまで考え方は変わるものなんだね。今それをしみじみと実感したよ。

目の前で何の疑いもなく書さんに同意を示すファウさんに寒気がした。


いつだったか…祈ちゃんが"記録者"を甘ったれと称したけれど、これはもっと別の何かだと思う。そんな可愛い言葉じゃ済まされないくらいに気味悪い何かだ。


「私は、怪我しても気にしませんね。血とかも大丈夫ですし…」

「「え!?」」


ここで私の"記録"を『開示』したら、序文(親友の死)だけでも機能停止に追い込めそうだな、なんて。


「あはっ!分かった?俺の栞里はヤワじゃないんですぅ~」

「お前のではない」

「他の、能力者って…どうして…こう…愚か、なのかな…キミ…大変、でしたね…。でも…もう、大丈夫…ですから…安心…してください…はい」

「えぇ、えぇ!今後綴戯さんの身はきっと始祖様の加護に守っていただけますの!」

「…ふはっ」


いけない。とうとう嘲笑が漏れ出てしまった。

だって…あは、"加護"なんて言うものだから。

そんなもの、絶望の前ではちり紙より薄っぺらいというのにね。


何も知らない子供の相手をしているようだ。

目に移るのは優しい幻想ばかりで、記録する者のクセに本物なんて何一つ見えてはいないのだろう。

ここもまた、アイちゃんがいたような箱庭だ。いや…そうか…"鳥籠"、なんだね。


「さて、そろそろ次の場所にご案内いたしますの。ν(ファウ)、ご苦労様ですの」

「あ…はい…じゃあ、頑張ってください…はい」


ホッとしたように肩の力を抜いたファウさんに小さく礼をしつつ、私達は再び歩き出した書さんの背を追いかけた。



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