3-3
「き、緊張するなぁ」
歴史を感じさせる校舎は然程大きいわけでもないのにどっしりと存在感を滲ませており、思わず尻込みをする。
子供達の声や活気が漏れ出ていて一等明るく見えるそこは、教えられた目的地に間違いないのだろう。
そっと己の姿を確認して息を吐いた。
仕立ての良いスーツは恐ろしい程ピッタリで、平然とそれを渡してきた七尾さんに冷や汗を流したものだ。
高そうと思ったのは勿論なのだけど、いつの間に、とか、何故サイズを、とか…ね。
新卒の社会人のように服に着られてる感は多少あるものの、取り敢えずきちんとメイクで武装はしたのだし…今更ビビっている場合じゃない。
「よし!行きますか、授業参観!」
事前にもらった保護者用のセキュリティパスで校門を通過する。正直これだけでドキドキだよ…
当たり前だけど、授業参観を"する"側なんて始めてだからね。
校庭を抜けて校舎に入れば、ズラリと並ぶスリッパと幾つもの大人の視線に気圧された。
若い見た目の私を怪訝に見る人が多いみたいだね。
まぁ、うん…小さいのは分かってるよ。色々と。これでも二十代半ばの筈なんだけど一応…あぁいや、不老のせいで見た目は22で止まってるんだっけ。
それにしても、と振り返る。
今日も今日とて監視の人の姿が見えないのだけど…またこの前の至くんのように、隠密の訓練な感じなのかな?
てっきりあの本屋さんに対して限定だと思ってたんだけど。
「…ま、いっか」
キンコーンと鳴る予鈴に思考を切り替え、慌てて足を進めた。
ざわざわ、そわそわと此処彼処の教室から子供達の声が聞こえる。生命に満ちた音だ。
そのありふれた幸せをそっと噛み締めながら目当ての表札を探す。
「あ、2-5。ここだ」
よかった間に合ったかな。
ホッと息をつき、見つけた教室の扉を開けようとして…手を止めた。
「なぁなぁ、大樹ん家はこねーの?」
「架純ねぇも史彦にぃも仕事なんだ」
「じゃあ父ちゃんは?」
「お前の父ちゃんヒーローなんだろ?見たい見たーい!」
「え、あ…お父ちゃん、忙しいから」
「えー?なんだよそれー」
「ヒーロー来ないの?」
「ヒーローとか、嘘なんじゃない?幼稚園の時も来なかったじゃん」
「ち、ちがうし!お父ちゃんはヒーローだ!」
子供達の無邪気な言刃。
「ほら、あの子よ成宮さんとこの」
「あら?でも、七尾って名字よね?」
「なんでも、亡くなった妹さんの子供を預かってるんですって」
「まぁまぁ…旦那さんは?」
「会いにも来ないそうよ」
「あら、可哀想に」
「無責任よね」
「子供が可愛くないのかしら」
「…っ」
大人達の心ない言刃。
きっとこういうの…始めてなんかじゃ無いんだろうな。
それでも尚、彼は七尾さんを信じてあの快活な笑みを浮かべられるんだもの…強い子だよね。
1つの深呼吸の後、私は遠慮なく扉を開けた。
部屋中の視線が刺さる中、ただ1人真ん丸な目をした彼に笑って手を振る。
「大樹くん!お待たせ」
「し、栞里ねぇちゃん!?」
がたーんと椅子を倒しながら大樹くんが駆け寄ってくる。
ボスっと抱き着いてきた小さな体を根性で抱き止めた。
「な、なんで…?」
「ごめんね。隠すつもりじゃなかったんだけど…私、お父さんの知り合いなの」
「え!?そうなの!?」
「それで頼まれて代わりに来たんだけど…ご不満かな?」
「ううん!お父ちゃんより嬉しい!」
「そ、それはお父ちゃんが泣いちゃうかな…」
というか、私が殺される。
"記録"の中の"アイツ"がア"ァン!?ってメンチきって来るから止めて欲しい。
まぁ、杞憂だろうけど。
「…お父ちゃんは、やっぱ来れないの?」
何だかんだ言っても、大樹くんの一番は七尾さんだから。
「お父さんはね、本当は来たいくせに真面目な人だから…お仕事休めなかったの。ちなみに、今三徹目だって」
「さんてつ…?」
おっと、さすがに分からないか。
けど周りの親御さんはうわっとひきつった顔をした。
うん、引くよね。私も東雲さんに聞いた時正気か?って思ったから。
ただでさえ学園の数少ない教師で多忙なのに、ここ数日は昼夜問わずに任務も入れまくっているらしい。
東雲さん曰く、昔から考えが煮詰まるとよくそうするのだとか。私のせい…かな。
「えっと、いっぱい人を助けてるってこと!」
「おおお!やっぱお父ちゃんはすげー!」
「そうだよ。大樹くんのお父さんは凄いんだから」
子供らしく傷みのない髪をさらさらと鋤いて、ポンポンとその背を叩く。
「さ、今日はそんな凄いお父さんに大樹くんが凄い所を見せる日だよ。私がバッチリ"記録"しておくからね」
チラリと端末を見せれば伝わったのか、興奮気味に頬を紅潮させて拳を握る。
因みにこれはただのブラフだ。授業参観で撮影は御法度だもの。
そもそも私が"記録"するのに媒体は要らないからね。
「がんばる!」
「うん。見ているよ」
気合い十分でそそくさと席に戻った大樹くん。
その、しゃんと伸びた背は成る程七尾さんそっくりだと思った。
だから私も見習って、他の子や周りの親御さん達の好奇の視線の中で真っ直ぐに立っていよう。
私にも大樹くんにも七尾さんにも、恥ずべき所は何も無いのだから。
キンコーンと再び懐かしいような鐘の音が響き、心なしか教室の空気がシャキッとする。
さて、今日ばかりは存分に"記録者"として働きましょう。
瞳の色を隠す眼鏡の奥で、パチリと瞬いた。
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終業の鐘を背に、私は校門の近くに寄り掛かりながら大樹くんを待っていた。
他の保護者さん達は今頃先生と面談をしているのだろうけど、さすがにそれは私では荷が重いからね。
後日成宮さん夫婦が来て行う事になっている。
昼は過ぎ、しかしまだ日暮れには遠いだろう明るい空に浮かぶ雲をぼんやり眺めている。
こんなに穏やかな時間が有限なのだと、昔の私は知らなかった。
今はただただ一秒すらも尊いけれど。
連絡用の借り物である端末で時間を確認しようとして、たまたま入っていたニュースが目に留まる。
このニュース…そう言えば、朝二菜ちゃんが騒いでいたな。
ーー…
〈あー!!また嘘の報道してるっ!!〉
図書室で今日の身支度をしている最中、二菜ちゃんの声が外の廊下から響いた。
心配になって扉から顔を覗かせると、彼女は端末を睨み付けて頬を膨らませている。
〈二菜ちゃん?どうかした?〉
〈わ!?すみませんお姉さん!おはようございます!あのですね…!〉
私の様子を確認しながらそっと距離を詰めた二菜ちゃんは、端末を操作して1つのニュースを開いた。
それは怪異事件と称されたニュースで、首のない遺体が川から3つも見つかったとか…え、怖。
〈これ、怪異の仕業じゃありません!〉
〈え?そうなの?〉
〈はい!名探偵二菜が証言します!!〉
〈んくく…!いや、名探偵ならそこは推理じゃないのかな〉
第3者の声に揃って目を向けると、バインダーを小脇に挟んだまま東雲さんがクスクスと笑っていた。
たぶん職員室での朝礼帰りだろう。
〈さて、今の話だけど…熊ヶ峰くんの言うとおりソレは怪異の仕業じゃないよ〉
そう断言した東雲さんの顔が一瞬冷たく見えて驚いた。いつも優しい顔なのに…珍しい。
〈えっと、どうして分かるんですか?〉
〈あのですね!怪異ってあれでも凄く凄く律儀なんです!!〉
いや、あの化け物における律儀とは…?
通訳を求めるように東雲さんを見れば、彼はいつもの柔和な表情でぴっと指を立てる。
〈怪異はね、殺した獲物は基本的に指1つ残さず食べるものなんだよ。力をつけるためにね〉
〈はい!だからこんな風に沢山のお残しはしないんです!!せめて残っても目玉の一つとか鼻の骨一欠片ですよ!!〉
首なし死体の文字をなぞり、ふんす!と二菜ちゃんは鼻を鳴らす。
〈怪異が食べないのはそれが既に死んでいた場合ですね!怪異は自分が仕留めた新鮮な死体しか食べませんので!〉
〈意外とグルメ…〉
〈んっ…くく!〉
どうやら死体漁りはしないらしい。
まぁ確かに…そうでなければ外国の土葬文化圏のお墓は大変なことになるもんね。
〈まぁつまり、これが怪異事件なら…死体がここまで残っているのはおかしいってことだね〉
〈きゅーいーでぃーです!!!〉
ー…
「ふふっ」
どん!と胸を張った元気な彼女の姿を思い出してつい笑みをこぼす。
でも…つまりこの事件の犯人は怪異の存在を隠れ蓑にして逃げているかもしれないって事だよね。
端末をしまいながらそれはそれで怖いなと思い…ふと気付く。
「…あれ?」
なら、あの事件は…?
《先日、埼玉県日出路市で怪異事件と思われる事件が発生しました。現場となった廃墟の地下室には大量の血痕、更には子供のものと思われるバラバラの遺体が複数残っており…被害者は…》
大量の血痕…これは確か身元不明の男性のもの。
血液だけが現場に残っていたなんて怪異事件なら良くある話だし、まだ分かるんだ。
でも、子供のものと思われるバラバラの遺体…それは複数残っていたのだとニュースは言っていなかっただろうか?
怪異は、殺した獲物は指1つ残さず食べる。
そして既に死んでいるものは食べない。
それはつまり…
「子供達は、怪異より前に死んでいた…?」
それもバラバラの状態で。
「っ!?」
恐ろしい思考に沈みそうになった私を、きゃらきゃらと特有の高く明るい声が引き上げた。
見れば、いつの間にか校庭ははしゃぐ子供達の活気に満ち満ちている。
あ、帰りのHR…いや、小学生的には帰りの会?それが終わったみたい。
カラフルなランドセルの色彩がひとつふたつと通り過ぎていった。
「栞里ねぇちゃーん!」
「あ…お疲れ様、大樹くん!」
私を見つけるなり息を弾ませて飛んで来た大樹くんに笑顔を向ける。
突っ込んで来なくてよかった…今の勢いを支える自信は無いもの。
笑顔を浮かべながらも内心で汗をかいていたのは内緒である。
「待っててくれたんだな!」
「うん。お家まで一緒に行こう」
「やった!手、つないで!」
「勿論」
大樹くんを無事に送り届けるまでが今日のミッションだからね。
この目で玄関の扉が閉まるのを見るまでは、たとえ嫌がられても着いていく所存である。
繋いだ手をゆらりゆらりと揺らしながら、私は今まで地面に縫い付けていた足を動かした。
「なぁなぁ、ねぇちゃん!今日のおれ、どうだった!?」
「えっと、積極的に手を上げていたのはすごく良かったよ!花丸!でもノートに落書きしてたの…見てたからね?」
「げ!?」
分かりやすくしまった!と顔に張り付けた彼にクスリと笑う。
私も授業に飽きたらよくやってたな…大学生になってからも。
いや、うん、話が退屈な教授はどこにでもいるというか…あはは、お恥ずかしい…
「お、お父ちゃんには内緒!!」
「だーめ。大樹くんが間違えてた所も含めてしっかり報告します」
「えー!やだやだ、カッコ悪いじゃん!」
自分の過去を棚に上げてつーんとすまし顔で言えば、大樹くんは繋いでいる手をぶんぶんと振り回しながら抗議した。
まって、やっぱり力強いわこの子。私の貧弱な腕とれない?大丈夫?
「…ねぇねぇ、栞里ねぇちゃん。お父ちゃんってさぁ、どんな感じ?」
暫くふざけ合いながら歩いていると、大樹くんが控えめにそうきりだした。
どんな…か。私だってまだ"七尾さん"の事を知ろうとしてる途中だから…
「取り敢えず…苦労人かな」
「くろうにん?」
「あっごめんね忘れて!」
いけないいけない!
ヒーローに憧れる年代の子に大人のブラックな現実を突き付けるのはよくないよね。
「七尾さんは凄く頼りになる人で、それから…一生懸命な人だよ」
「強い?カッコいい?」
「そりゃ……っ!!」
勿論と言おうとして、私は大樹くんに向かって振り上げられた"何か"を見た。
そこからはもう、考えるより身体が先に彼を抱き込んで…
ガツン
「…!?…ねぇちゃ…!!」
脳を揺らす衝撃と鈍い音、それから大樹くんの悲鳴の中…私の意識は黒く塗りつぶされた。
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NO side
「おや?」
三神聖は向こうから現れた人影に形の良い眉を上げた。
口を開きさえしなければ存在感の酷く薄い学園生…九重至である。
ほぼ初対面に近いが、一応聖は学園のお偉いさんであるため彼の事はよく知っていた。
至も聖の存在に気付いたらしく、ペコリとお辞儀をして見せる。
「やぁ、お疲れ様です」
事情を知る聖が極自然に手を差し出せば、そこへちょんと控えめな指が乗せられた。
「………」(お疲れ様です三神さん)
「もう仕事は終わったのですか?随分早かったみたいですね」
「………」(えぇまあはい別段難しいものでもなかったですし)
至の答えを聞いた聖はいつも浮かべている笑顔のまま、スッと目を細める。
何かがおかしい…そう直感が囁いたのだ。
感じた違和感を言葉にしようと口を開く前に、また別の良く通る声が彼を遮った。
「あー!!至くん!三神さん!こんにちはー!」
ぶんぶんと手を振りながら駆けてくる様はさながら犬のようで、聖と至は揃って笑みを溢した。
片方はひきつった作り笑顔ではあるが。
ききっと音がしそうな急ブレーキをかけ、少女…熊ヶ峰二菜は頬を上気させたまま至にずいっと顔を寄せる。
「至くん、もう仕事終わり!?」
「…」(コクリ)
「そっかー!なら、お姉さんも帰って来てるって事だよね!!」
「…え?」
「え???」
ハテナを飛ばし合う二人の姿…正確には、訳が分からないと言いたげな至の様子に、聖はやはりこれはおかしいと作り笑顔を曇らせた。
「九重さん、貴方今日は司書さんの監視の筈ではないのですか」
「………!?」(は!?いや小生知りませんっていうか今日の任務は一ツ星三体の討伐だけしか言われてないんですが!?)
「あれ?至くんじゃなかったの?あれれ?じゃあじゃあ、お姉さんは…!?」
これはまずいことになったと悟った聖は、すぐさま頼りになる…かは時と場合による友人へと端末を繋いだ。
数回のコールですら待ちきれず、つまさきがとんとんと床を叩く。
心なしか顔色の悪い至と二菜がそれを見守っていた。
〔あー…ハイハイ。こちら一ノ世だけどさ、何?ひじりん急にどしたの?〕
ピッと繋がったやる気の無い声に僅かな安堵をこぼす。
繋がらない可能性だって高いのが一ノ世久夜という男だからだ。
と、安心している場合ではない。
早いとこ用件を伝えないと彼は容赦なく通信を切るし、しばらく出なくなる。
聖とて伊達に長年付き合ってないのだ。友人の性格は良く分かっている。
「今日の司書さんの監視、誰がついていますか」
〔は?九重でしょ。アイツに頼むよう手配したし〕
「その九重さんですが、任務の連絡など受けていないそうで…今、ここにいます」
〔…あ"?〕
画面越しでも感じる怒気に至と二菜は体を震わせた。
能力が届く筈ないのにぐんと空気が重さを増す。
〔何?どういうことさ。九重〕
「ど、どう言うことも何も小生本当に任務の連絡受け取っていないっていうか普通に討伐任務を入れられたから違う人が担当だと思っていました」
可哀想なくらいに真っ青な顔色や表情、瞳の様子を至極冷静に見やり、聖はふぅっと息をついた。
「久夜。嘘では無さそうですよ」
〔…真偽は後回しだ。取り敢えずさ、アイツ今1人って事なんだよね?〕
「そうなりますね。どうしますか?」
〔はー…面倒くさ。どうせ逃げ出す力もないし、死なないんでしょ?別によくない?〕
「上にバレたら更に面倒ですよ?」
〔はー…うっざ…〕
と、不意にガシャーン!とけたたましい破壊音が久夜の後方から響く。
ぎょっと目を丸くした聖、至、二菜に対し、久夜だけはうんざりした顔でため息をついた。
〔センパイさ、そんな顔するくらいなら自分で行けばよかったじゃん〕
「おや、七尾先輩も御一緒でしたか」
〔そ。ストレス発散期らしくてさ、四ツ星殴り倒してるわけ。俺マジで暇ー〕
「御愁傷様ですね」
クスクスと笑う聖を余所に、二菜と至は会話の異常性に気付いて冷や汗を流す。
聞こえる破壊音と過去形ではない"殴り倒してる"と言う言葉から察するに、あちらは戦闘中と言うことだ。
しかも四ツ星。
自分達なら会敵した瞬間に死を悟る相手。
それを前にしてなんて事の無いように通話する久夜に、そして驚く様子もない聖に二人は畏怖を感じたのである。
〔あー…面倒面倒。取り敢えずこっち終わったら『転移』で行くからさ、先にそっちから人向かわしといてよ〕
「分かりました」
プツンと通話が切れると同時に、二菜と至は聖へ詰め寄った。
その二人の表情に、答えの分かりきっている問いをする。
「行ってくれますか?」
「「はい!!」」




