ターゲットにしてみた
アニスちゃんは、ほとんど出てきません。
ベースを読まなくても話はわかると思います。
「パパ。お昼休憩入るから、ご飯ちょうだい」
「用意してあるよ。今日はプリン付きだ」
「やったー♪」
わたしは自分の昼食がのったトレイをカウンターへ持っていくとソロで冒険者をしているターゲットの男性の隣へ座る。
「ここで一緒に食べてもいいですか?」
いいとは言われていないが座っちゃう。
強制的に、わたしの隣人となった彼は喉を詰まらせそうになっている。
ヤバいヤバい。
カウンター隅にあるグラスに水差しから水を注ぎ男性に手渡す。
水はパパのお陰で常に冷えた状態だ。
男性は受け取ると一気に飲み干した。
「ありがとう」
「いいえ」
わたしはパパの作ったご飯を食べ始める。
「うん。パパ、今日も美味しいよ」
「そうだろう?クロエのは特別手をかけて作ってるからな」
パパは元冒険者。フツメン。平民だけど、わたしに激甘の強くて優しい大好きなパパだ。
ママはパパの強いところに惚れたらしい。
ママも平民だから自分を守れる男を複数捕まえる必要があったから冒険者として、それなりだったパパを夫にした、と言っていた。
でもママはラッキーなことに伯爵様に見初められた。
伯爵様は、ちょっとブサイクだけど権力も財力もある。
だからパパを第2の夫にして第1の夫を伯爵様にした。
それからは伯爵様のお家にべったりだ。
パパは仕方ない、と笑うけれどちょっと酷くない?
でもパパとの間に、わたしができた。
わたしは小さい頃からヘンな夢を見ていた。
いや、真っ昼間、起きてるときにも見えることがあったから夢だったり頭に流れ込んでくる情報だったり、気絶することもあったから、やっぱり夢?と思ったり...。
よくわからないけれど5歳熱に罹った時に一気に情報が詰め込まれた感じがする。
なんなんだろう。
その情報は明らかに、わたしの知ってる世界じゃない。
でも10歳になる頃には、わたしはこの世界の価値観と自分の価値観がズレてきていることに気付いた。
価値観を軌道修正しないとマズい、と思ったときには既に遅かった。
少しジタバタしたけれど、すぐ諦めた。
ただ、マズいと思ったのは一妻多夫であること。
自分を守るためには当然のことだし、別にいいんだけど、わたしにできるかな?と思ったのだ。
ママとパパを見ていて夫の誰かに愛情が偏ると他が可哀相、とか思っちゃうし、イチャコラしてるのを他の夫はどう思うか、とか考えちゃう。
この世界にはそぐわない。
でも、わたしは平民だし力のある貴族と結婚しないのなら複数の夫を持つ必要がある。
そうでなければ自分と子供を守れない。
だから伯爵様に貴族のお友達を紹介してもらったのだ。
でも好きになれなかった。
それに子爵家の次男とか、あまり財力のない人では結局同じことだ。
夫を1人だけ、なんて贅沢なことなんだと、すぐにわかった。
で、方向転換だ。
貴族を紹介してもらっても好きになれないのならダメだ。
財力があるとは限らないし平民でもいいから好きになれる人を探そう。
そして、ここでもう1つ。
わたしは美醜の感覚もズレてしまっていた。
それでもぽっちゃりなら許容範囲。痩せていてもいい。
多少ブサイクでもいい。ただ、すごいブサイクさんはちょっと、ねぇ...。ごめん。
でも好きになれるか、結婚してもいいか、と思うと今まで出会った人は二の足を踏んでしまう。
お陰で15歳成人直前だというのに婚約者の1人もいない...。
決してモテないわけではない。
この世界で、わたしはそこそこ可愛い方だ。
女性の少ない、そして我儘なのが女性、というこの世界、そんなに?我儘ではなくパパのお店を手伝う女の子がモテないわけがない。
そんなわたしが元冒険者のパパと、2人暮らしで何とかやっていけてるのは、パパのお友達に助けられてるのと、ママが心配して伯爵様の騎士を毎日のように寄越してくれるお陰だ。
パパのやっている食堂で食事をする、というテイだったり見回り、と称して来てくれる。
でも、いい加減、婚約者を1人くらい作らないと、と思っていた。
彼は、いつも1人だった。
誰かに話しかけられない限り話をしない。
それに、わたし好みの優しそうなイケメンだった。
この世界ではブサイク扱いだけれど...。
彼は人の少ない時間帯を狙って来ているようでカウンターに座ると日替わり定食を頼み、手早く食事をして、さっさと帰ってしまう。
彼が初めてお店に来たときは、わたしを見て固まっていた。
このお店は、わたし(お城以外で働く女性は珍しい)がいることで有名だったんだけど彼は知らなかったようだ。
わたしは注文を聞き、出来上がった日替わり定食を彼の前に置く。
わたしが近づく度に彼がビクッとするのでおかしかった。
帰るときも笑顔で「またいらしてくださいね」と言うと小声でごにょごにょ言って去っていった。
そのときは、「うーん、イケメンだけど好きになれないかなぁ」なんて思っていた。
その後も彼は何度か店に来てくれた。
そんなある日のことだった。
パパのお友達の冒険者の人たちと一緒に買い物をして戻るときのことだ。
護衛代わりについてきてくれていた冒険者の1人に「あれ?髪飾りどうした?」と言われた。
ママにもらった割とお気に入りの花の形の髪飾り。
頭に手をやると、あるはずの場所にない。
慌てて来た道を振り返り、少し戻ってみるが見当たらない。
多分、わたしのために伯爵様にお願いして買ってもらったものと思う。
高価な品だったし。
ついてきてくれていた人たちに断って行った店に戻ってみるが見つからなかった。
お店を出て、もしかして落ちてやしないかと下を向いて俯いてトボトボ歩いていたら声をかけられた。
「...あの、どうしたの?」
振り返るとイケメンの彼だった。
話をすると彼も探してくれる、と言う。
「ありがとう」とお礼を言って家に戻ったが期待していなかった。
良い品だったから、きっと誰かに取られてしまっただろう。
ママに謝らなければ。結構気に入ってたんだけどなぁ。
でも、それから2日後、彼は店に髪飾りを持ってきた。
白いハンカチに包まれたそれを開くと、確かにわたしの髪飾りだった。
驚くと自分は風の魔力持ちで、わたしの気配を辿った、と言う。
髪飾りを拾った老人が持っていたのを返してもらったらしい。
風属性が、そんなことできるなんて知らなかった。
わたしは魔力ないし、パパが水を冷やすことができる、ということしか知らなかったから。
この人いい人。好きになれるかも。冒険者というのは知っているけれどランクは何かな?
強いと嬉しいな。
わたしは彼をターゲットに定めた。