カタリナの過去⑤
「これさえ、完成しなければ……」
目の前には透明な器があり、何かがかき混ぜられている。
彼は現在この場を離れており、私は見ているように頼まれていた。
先日の言葉の意味を考える。
恐らく彼はこれを完成させたら出ていくつもりなのだろう。
一時的な滞在をほのめかす言葉は何度も聞いた。
私はその言葉を聞いていたにも関わらず、そのことについて深く考えなかった。
手が伸びる。もしこれをひっくり返してしまえば彼の努力は無駄になる。
だが、完成が遠のいた分また一緒に過ごす時間を得られるかもしれない。
強烈な誘惑が私に襲い掛かってくる。
彼と一緒にいたい。私は彼が好きなのだ。
これまでも優しくしてくれたし、そんなに怒られないかもしれない。そう考えると徐々に手が伸びていく。
やがて、私の手が器に触れようかとすると……。
「カタリナ。何してるの?」
「えっ……?」
彼が戻ってきて怪訝な顔をしていた。
「それ、触れた人の魔力が通っちゃうから君だけは触れないように言ったよね?」
そう、失敗させる方法は簡単だった。私が触れることでこの液体には魔力が通り反応してしまう。そうすれば意味を失うと注意されていた。
「あっ…………」
初めて見る怒った彼の姿に血の気が引く。私は激しい後悔とともに涙を流した。
「それで、どうしてあんなことしたの?」
目の前には液体が入った器があった。
「僕がこの数週間ほとんど寝ないで頑張ってたの知ってるよね?」
その結果としてアイテムが完成した。
「ごめん……なさい」
スカートを強く握りしめる。完全に嫌われた。そのことが思考の大半を支配する。
「僕はカタリナが軽はずみにそんなことするとは思っていない。何か事情があったんでしょ? それを話してほしいだけなんだ」
自分の作っている物を台無しにされそうになったのにまだ私に優しい言葉をかけてくれる。そんな彼だからこそ私は…………。
「これが完成しなければあなたとまだ一緒にいられると思ったから……」
「僕と? どうして?」
「私のこの痣をみればわかるじゃないですか! 私は周囲から化物扱いをされているんですよっ! そんな私と嫌な顔せずに話してくれるのはあなただけなのにっ!」
違う。そんなことを言いたいんじゃない。私が彼に抱いている感情それは……。
「あなただって! 本当は私のことを醜いと思っているくせにっ! だからさっさと離れるつもりなんじゃないですかっ!」
口汚い言葉が次から次へと出てくる。私は自分が情けなくて目に涙を浮かべる。
そんな私に困惑していた彼だが…………。
「悪かったよ。まさかそこまで追い詰められているなんて思わなかった」
頭に感じる暖かさ。彼は優しい目で私を見ると頭を撫でてくれた。
「僕はカタリナの痣を醜いと思ったことはないよ」
「嘘ですっ! だって、男の子たちは私に石を投げつけて嫌な顔するんですよ」
こんな痣がなければと何度思ったことか……。
「嘘じゃない。それだけは誓って言えるよ」
「だったら……証明してくださいよ」
至近距離から彼を睨めつける。
「いいけど、どうすれば信じてくれる?」
そんな彼に対し私は。
「本当に私が醜くないというのならキスをしてください」
「えっ?」
その言葉に心臓が痛む。やはり彼も私のことを心の奥では醜いと思っていたのがはっきりしたからだ。だが……。
「それは……ちょっと……」
これまで見たことのないような年相応の顔をすると取り乱し始めた。
「その……女の子に急にキスしろと言われたら流石に照れる」
「えっ? ええっ!?」
次の瞬間。私の顔が熱くなった。彼はこんな醜い私を一人の女の子として見ていてくれたのだ。
彼は視線を激しく動かすとやがて観念して溜息を吐き、
「このことは二人だけの秘密だからね?」
そう言うと顔を近づけ額にキスをしてくれた。
「カタリナ?」
恥ずかしそうにする彼の顔を見た私は涙を流し両手で顔を覆うと……。
「ごめん……なさい」
彼に謝るのだった。
「さあ、飲んでみてよ」
私が落ち着くと、彼は作っていたアイテムを私へと差し出した。
「これを飲めば私の痣が治る?」
彼が作っていたのはリバイブポーションという錬金術の最高峰のポーションだった。
このポーションは虹薔薇を材料に様々な工程を経て完成させるのだが、最後に魔力を混める工程が残されている。
そして魔力を混めた本人には効果が及ばないのがポーションの特徴なので、彼はあれほど激しく怒ったのだ。
これまでの努力も全て私のためだった。その言葉を聞いた瞬間、私はこれまでよりも強い感情を彼に抱いてしまった。
「やっぱり、急にこんなこといっても信じられないよね?」
彼は私にそう言うと頬を掻きながら寂しそうな顔をする。
「いえ、私はあなたを信じますよ」
目の前で液体を飲み干す。すると身体が熱くなり変化が起きる。
「くっ!?」
テーブルを転がった器が地面に落ちて砕ける音がする。
私は身体を抱くとその熱さに耐える。
どれだけの時間が経ったのか、熱が収まり汗がびっしょりと流れる。
私は着ていたローブを脱ぐ。そして違和感を覚えた。
「腕が……」
これまでは痣があった醜い腕。そこには白く綺麗な肌があったのだ。
「どうやら成功したみたいだね」
ほっとした声が聞こえる。顔を上げると彼が嬉しそうに笑っていた。
「あのっ!」
リバイブポーションのお蔭で私は呪いから解き放たれた。私をむしばんでいた痣は消え去り、身体も軽くなっている。
私は彼に返しきれぬ恩を感じ言葉にしようとするのだが……。
視界が歪み彼を見ていられない。涙が零れ声が出ない。
泣きじゃくる私の頭を優しく彼が撫でてくれるのだが、一向に涙は止まらなかった。
「あり……が……とう……ごじゃ……ます」
この日。私は二度目の生まれ変わりをした。




