それにしてもちょっと不用心ではないですかね?
「ここがリーンさんやラケシスさんが住むアパートですか」
隣町で治癒を終えて戻ってきた翌日。カタリナはお付きの神官に断りを入れるとリーンたちAランク冒険者が住むアパートを訪ねていた。
「お土産は町のお菓子にしたけど気に入ってもらえるでしょうか?」
これまで同い年の友人に恵まれなかったカタリナはやや緊張しながら用意したお菓子を見る。
家庭の事情で物心つく頃は周囲から疎まれ、聖女としての能力を開花させてからは皆掌を返してカタリナの機嫌をとろうした。
そんな事情もあってカタリナは自分の身の回りの人間には決して気を許すことはなかった。
だが、今回の慰労で知り合ったラケシスやリーンはカタリナに対し飾らない態度で接した。その裏表のない実直さにカタリナは珍しく心を許したのだ。
「えっと、入らせてもらいますねー」
門からアパートまでは結構な距離がある。特に呼び鈴のようなものが見当たらなかったので、カタリナは恐る恐る中へと入って行った。
「すんすん。いい匂いがする……って! これってもしかして虹薔薇じゃないですか!?」
アパートに向かう途中に庭をみたカタリナはそこで幻と呼ばれる虹薔薇が咲いているのを発見した。
「うわぁー、懐かしいなぁ。あの時はじっくり見れなかったけど本当に綺麗」
花弁を指でなぞる。触れた場所から花が傾き雫が落ちる。その瑞々しい様子に虹薔薇が完璧に育っているのを感じる。
カタリナは鼻を近づけ虹薔薇の香りを楽しむと……。
「それにしてもちょっと不用心ではないですかね?」
虹薔薇は錬金術の材料に使われる超レアアイテムだ。こんな誰でも入れるような場所に無造作に咲いているのはまずくないか?
「あっ、カタリナ様きてたんだ!」
「リーンさん。お邪魔しています」
カタリナがそんなことを考えていると、リーンが現れて手を振ってきた。
「また会ったわね」
カタリナの名前を聞いたラケシスは相変わらずのむすっとした表情を浮かべては、リーンのあとからカタリナに近づいてきた。
「ラケシスさんもですね。御無沙汰しています」
「ん」
相変わらずのラケシスの態度なのだが、来客をもてなすということで緊張しているのだった。
これまで人を避けていたので、同世代の友人を家に招待するのが初めてだったのだ。
「ところでカタリナ様。こんなところでどうしたの?」
リーンはなぜカタリナがこんな場所で止まっていたのか首を傾げた。
「こちらの薔薇園なのですが、大変素敵かとは思いますが防犯意識が甘いのではないかなと思っていました」
こんな場所に虹薔薇が咲いていると知られたらその日のうちに泥棒が入って根こそぎ盗っていってしまうだろう。
「ああそれね。アパートの管理人さんが育ててるんだけど、普段は部外者には見えないように魔法の壁が起動してあるんだよ」
ラケシスに虹薔薇を吹っ飛ばされて以来、アースは虹薔薇に被害が出ないように隠蔽と防護の魔法陣を薔薇園に施した。
今回それが解除されているのはリーンが呼ぶという来客に楽しんでもらうためだ。
「それにしてもこの花がなんなのかわかるんだ?」
虹薔薇は錬金術の材料としては知られているが、幻と言われる花だけに実物を見た人間は少ない。
リーンやラケシスにとって「アースが大切に育てている綺麗な花」程度の認識でしかなく、実際価値があると知る人間は少ない。
「ええ、以前に見たことがありまして。今の私があるのはある意味この花のお蔭かもしれません」
愛しい物を見るように虹薔薇を愛でるカタリナ。
「その話聞きたいな。教えてくれない?」
リーンの言葉にカタリナは頷く。本来であれば人に語るような話ではないが、それならば口にしないのが正解だ。
「あんたが変わったきっかけか。興味はあるわね」
目の前のリーンとラケシスは友人だ。それならばここで自分の過去を打ち明けてみるのもいいかもしれない。
「ではお菓子も用意しましたのでお茶でも飲みながらお話しましょうか」
カタリナは初めて打ち明ける自身のことについて、心臓がドキドキするのを感じながらアパートへと入って行くのだった。




