どうして僕が泣かなければならないのですかね?
教会総本山は階級制の組織だ。
教皇を頂点に枢機卿が数名補佐をしており、その下に聖人や聖女などの人間がおり、組織を運営している。
「国の偉い人の治癒が終わったと思ったら次は街の治療院の慰労ですか、聖女というのは多忙なのですね」
カタリナは誰もいない私室で呟く。目の前には指令書が置かれており、彼女の今後の予定について書かれていた。
「それにしても総本山は息苦しくて肩がこります」
自慢の治癒魔法も当人には効果を及ぼさず、カタリナは自身の疲労にぼやきを見せた。
「それでも治癒の仕事だけならまだいいのですけど、男性のアプローチが……」
見た目の麗しさと相まって治癒に派遣された先での求婚は1度や2度ではない。
カタリナはその度に相手のプライドを刺激しないように断るのだが、それはそれで治癒をするよりも疲労するのだ。
「その点今度の慰労はまだ気が楽かもしれませんね」
なんでもテロに巻き込まれたせいで身体に一生消えぬ火傷を負った治癒士がいるらしい。話を聞くと自分とそう変わらない歳らしい。
「身体の傷は身につまされる思いです」
カタリナの瞳が揺れる。被害者の心境を推し量るといたたまれなくなったのだ。
無意識の内に両腕で身体を抱くと、ローブの下のシルエットが浮き彫りになる。年の割に豊かなそれをカタリナは自然とみると……。
「私も、あの人のようになれているのでしょうか?」
思い出すと笑みが浮かぶ。ここ数年の間忘れたことのない存在。思い出すだけで胸の内に暖かい物が流れてくるようだ。
「おや? 今回の慰労の前にスケジュールに数日の空きがありますね?」
ふとカタリナは移動予定を計算してみる。
すると、どう考えても数日程の予定がぽっかりと空いているのだ。
「もしかすると、多忙な私に対する休暇でしょうか?」
それならば余計な指摘をせずに甘えさせてもらうことにしよう。カタリナはそう考えると指令書を閉じるのだった。
「俺たち来週は外出しているから」
いつものように食事を摂っているとケイがそんな話をしてきた。
「長期の護衛の仕事か何かでしょうかね?」
ケイやリーンのパーティーはこの街の冒険者ギルドでは最高戦力だ。一定期間アパートをあけることがたまにある。
「実は指名依頼でね、しばらくは依頼主の護衛をすることになる予定だ」
「なるほど、そういうことでしたらその前に武器のメンテナンスと保存食の用意をしておきますね」
出張中のケイとリーンに不備が出ないようにアースはそう申し出る。
「いつもありがとうアースきゅん。リーンちゃんがいないからって寂しくて枕をぬらさないでね?」
「どうして僕が泣かなければならないのですかね?」
2人が抜ける間、羽目を外す気満々のアースは素で首を傾げる。
「そんなつれない態度も癖になるよぉー」
だが、リーンもこれまでの付き合いで学んでいるのか、アースの言葉にバッサリやられながらも特に気にすることはない。
「それにしても、要人の護衛ですか? 別にケイさんたちパーティーを指名しなくても良いのでは?」
ケイのパーティーはどちらかというとダンジョンやフィールドで活躍するタイプだ。街中での活動はそれを専門にしている冒険者が良そうなものなのだが。
「普通、こういう仕事は冒険者ギルドでも最高戦力に指名がいくようになっているのよ」
「そうなんですか?」
ラケシスの言葉にアースは首を傾げると。
「うむ、冒険者ギルドにおける高ランクというのはギルド側がそれだけ評価をしている証であるからな。逆に生半可なランクの冒険者を雇えば要人への礼儀がなっていなかったりと問題が起きる可能性がある」
「なるほど」
ベーアの補足説明にアースは納得する。
「ふふん、誰の護衛なのかは言えないんだけどね。私たちの名前にも箔が付くよね」
リーンが機嫌良さそうにそう呟く。冒険者にとって要人からの指名依頼をもらうということは一種の憧れでもあるのだ。
「色々話を聞けるかもしれないからね。お土産を楽しみにしていてよ」
「それは楽しみにお待ちしていますね」
リーンの言葉にアースは朗らかに笑うのだった。




