ー第一章(2/7)ー
クリムも慌ててサゾノフの後から教室に入ると、三十人近くの児童が机に教科書を開いて黙読しており、教壇の後ろにある黒板には、乱雑な字で、自習、と書かれていた。
児童達は黙読していた教科書から顔を上げると、一斉に視線をクリムに向ける。そこには、見慣れない人物に対する好奇心が顔を覗かせており、その視線を一身に受けたクリムは、居心地の悪さに耐えるよう制服のスカート裾を握りしめた。
サゾノフは、その様子に何を言うでもなく、クリムに自己紹介するよう向けた。
向けられたクリムは、一つ咳ばらいをして言う。
「初めまして。本日から一カ月の間、ノア先生の代わりに魔法学の授業を務めます。アリステラ魔法学園高等部二年のクリムです。よろしくお願いします」
緊張の解けない声色で挨拶をし、一礼する。
クリムが顔を上げると、児童達の様子は先程と打って変わり、熱のこもった眼差しを向けられていた。心なしか目も輝いているように見え、その変化に戸惑いを隠せないクリムだったが、構わずサゾノフは口を開く。
「ま、そういうことだ。ノア先生は、実家のご両親が腰痛めて、農業手伝うためにしばらく休みだからよ。その間はこの栄えある高等部生に魔法学の授業をお願いしてる。ちなみに、クリム先生は入学試験を歴代トップで通過してるからな」
「ええー!!!」
サゾノフの言葉を聞いた生徒達は、大きな驚愕の声を上げた。
隣の教室から、うるさいぞ、と男性教諭であろう声が飛んできたが、教室内のざわめきは消えない。しかし、彼らの驚きには理由がある。
アリステラ魔法学園は初等部から高等部までの一貫校だが、中等部から高等部に進学する際に学力試験が行われる。
七科目あるテストの内、一科目でも五割未満の点数があれば進学することが出来ないのだが、この試験の難易度はヴェスペルト屈指と言われ、毎年中等部から無事進学できる生徒は三割に届かない。
しかし、アリステラ魔法学園高等部に入学することが出来れば将来は約束される、と言われるほどの名門であり、ヴェスペルトに住まう子供達にとっては目指すべき指標の一つになっている。
その学園で歴代一位の点数を叩き出して入学した者が目の前にいると言われれば、対応も変わるし騒がしくもなるだろう。
「おーいあんまり騒ぐなお前ら。後で理事長に小言を言われるの先生なんだから」
「だって先生ぇ!」
一人の男子児童が抗議のこもった声を上げるが、サゾノフは取り合わない。
「だってもかってもないの。後で話す時間作ってやるから今は授業に集中しろー。だいたい、魔法習うの初めてなのに何で興味湧かないんだよお前らは。先生が最初に魔法を習った時なんかな―――」
「うわっ先生、その言い方ってオッサン臭いよー」
「え、マジ?」