ー第一章(1/7)ー
春朝の澄み渡る空気に鐘の音が響く。
連続に鳴る鐘の音を辿れば、貴族が統治する只人の公国〝ヴェスペルト〟の東、両脇に薄桃色の花をつけた木々が並ぶ緩やかな石畳の坂を上ったその先、横に長く構えた三階建て木造校舎へと行き着いた。
入口の門扉には、楷書体で〝アリステラ魔法学園初等部〟と記された表札が掲げられている。
門扉をくぐるとすぐに、よく均された砂利敷きの校庭が広がり、北に校舎、南に体育館が建っていた。
校舎は、中央部の屋根上に鐘、その下の壁表面に時計、更に下にいくと一階に昇降口が設けられていた。
鐘の音の残響が止む頃、代わるように校舎からはいくつもの音が生まれる。
黒板にチョークで板書する子気味良い音、落ち着いた良く通る大人の声、そして時折聞こえる快活な子供の笑い声。
校舎はそれらの音で満たされていたが、そこに新たな音が加わる。場所は三階の廊下で、二つの足音だった。
三階は、初等部五、六年生の生徒が割り当てられた教室が在り、一階、二階に比べて静けさが漂っている。
そのため、廊下を歩く二つの足音は、窓や壁に反射してやけに大きく響いた。
「クリム。そんなにソワソワするなよ。俺まで変に力入るじゃねーか」
足音の主である、不精髭を蓄えた白衣姿の男が苦笑いを浮かべ、隣を一緒に歩いているクリムと呼んだ少女に声をかけた。
少女は、肩に届かない緑の黒髪をせわしなく整え、切れ長の澄んだ大きな瞳には不安の色を濃く滲ませていた。誰もが目を引くであろう美少女然としたその端正な顔立ちもあいまって、どこか儚げな印象を受ける。
白を基調とした学生服を着こなすその襟元には、〝高特Ⅱ〟という学年章がついていた。
クリムは、男の言葉を聞いて、眉間にしわを寄せた顔を男に向ける。
「すみません、サゾノフ先生。私、大勢の前に立って何かを話す経験をしたことが無いので、緊張してしまって……」
昨日はあまり眠れませんでした、と言葉をこぼすと眉間のしわを更に深くして胸に抱くように持っていた教本に力を込める。
サゾノフと呼ばれた男性教諭は、美人が眉間にしわ寄せるとおっかねえなぁ、と不安を募らせるクリムを余所に暢気なことを考えながら、自身の寝癖のついた銅色の髪を無造作に掻く。
「最初だけだよそんなのは。やってりゃそのうち慣れてくる。ま、もう教室の前に着いたし。覚悟決めろや」
「ま、待ってください! 第一印象が大切ですのでもう少し―――」
「おーしお前ら静かに自習してんなー。新しい先生紹介するぞー」
「あっ……!」
何か言い訳をして教室に入ることを拒むクリムを無視し、サゾノフは自分が担任として受け持つ五年二組の教室ドアを開けて入っていった。