ー序章ー
何も無い真っ暗闇な空間。
男はふわふわと宙に浮かぶ様な心地に身をあずける。
意識はまどろんではっきりしない中、ゆっくりと重たい瞼を開ける。
目の前には、軍服に身を包んだ7人の男女。
―――お前がザンか。フフッ、目つきの悪い奴だな。
隊長のソーニャだ。女だからといって甘く見てくれるなよ。
これからよろしく頼む、ザン副隊長。
女の声は次第に遠のく。
男は瞼を閉じて、また開ける。
辺りは激しい雨と炎。硝煙と血の匂い。
―――ザン副隊長! もう、持ちません……! 皆、もう……ッ。
―――諦めんなッ! 俺が殿をやる、絶対に生き伸びろ! 死んでも死ぬんじゃねえぞ。
―――なっ!? ダメです、それじゃあ貴方が死んでしまうっ!
―――うるせえ、時間が無い行け! ソーニャを頼んだぞ。
肌で感じていた雨の冷たさや炎の激しい揺らぎが遠のく。
瞼を閉じて、開ける。
目の前には、軍服に身を包んだ7人の男女。
―――初めまして、隊長のザンだ。
お前らが何しでかして俺の部隊に来ちまったのかは知らねーが、この隊の理念は一つだ。
仲間を見捨てずに、生きて戦地から戻ること。覚えておけよ。
―――……ザン隊長。それだと二つじゃ……。
―――……うるせえ。
瞼を閉じて、開ける。
赤黒い空に、巨大な闇。そして、笑う7人の男女。
―――馬鹿野郎! 何勝手なことしてやがんだッ……。お前ら、俺の命令を聞けえ!
―――ザン隊長、すみません。身勝手な私たちを、どうか許してください。
今まで、ありがとうございました。さようなら。
―――……ッ! ふざけんなよ……ふざけんなァ!
もう俺は失わねえんだッ!俺が―――。
瞼を閉じる。
色も声も消え、また暗闇に包まれる。意識が深く深く落ちていく。
もう起きることもない。何も感じず、何も失わない。
「――――――」
しかし、そんな暗闇の中に小さな音が鳴った。
それは、か細く今にも消えてしまいそうな少女の声。
「―――――て」
男は闇に引っ張られる意識を必死につなぎ止めて耳を傾けるが、何を言っているのかは分からなかった。
それでも、男はその声を掴もうともがく。
もがいて、もがいて、暗闇の中をかき分けた。
その声が、
「――――けて」
何かを求めているように感じたから。
「―――助けて!」
男は目を見開き、意識を覚醒させた。
地に足が付く感覚を覚え身体の浮遊感が消えて無くなる。
眼前は、目を覆うほどの光の輝きで何も見えないが、次第に光は消え辺りの景気が男の目に入ってきた。
最初に目に飛び込んできたのは、輝く銀髪の幼女と幼女を庇うように抱く緑の黒髪の少女の姿。
二人とも衣服に小さな裂傷がいくつもあり、出血もしていた。
「グルルルル……ッ」
不意に、男は不愉快なうなり声と獣臭を感じ気配の方を振り向くと、見上げるほどの巨体を持つ蛇の頭をした四つ足の獣が、目を血走らせて警戒していた。
光の中から突然現れた男を見て気配を窺っている様子だったが、至る所から出血している男の身体を見やり、獣とは思えない醜悪な表情をその顔に浮かべる。
獣は獲物と定めた男にゆっくりと近づきながら、右前足に黒い靄を纏う。靄は段々と濃くなっていき、右前足全体を覆った。
そして、獣は黒い塊が纏われた右前足を振り上げ、けたたましい声を上げながら男目掛けて勢いよく振り下ろした。
悲痛な少女の叫び声が男の後ろから聞こえる。
しかし、男は獣も声も気に留めず、黒色ジャケットの下に着込んだ深緑色のプレートキャリアから何かを取り出し、迫りくる獣の一撃を前に、ただ静かに佇んでいた。
その瞳に鬼神の如き殺意を宿して。