テロリストを護送せよ
2020.05.27 後書きに人物紹介を追加。
2020.08.13 脱字を訂正
「少しは感情を隠したらどうです?」
牢の中からセリ・フェンネルにそう言ったのは、先日騎士団が壊滅させたテロリスト集団『神託の徒』の生き残りの一人だった。
名を、パパラチア・コランダムと言う。
複数の分野で名を馳せた天才である為、才能を惜しまれ死刑を免れた男である。
しかし、『神託の徒』から王国が受けた被害が甚大だったのは、彼の発明した兵器によるものだった為、セリはその判断を軽蔑し・怒りを燃やしていた。
パパラチアに対しても、正義感から酷く嫌っていた。
家族・親戚・友人など、誰も被害を受けていないからと彼の監視役に就けられたが、死刑にしてしまえば此奴の側に居ずに済むのにと、常々思っていた。
「自分が笑いかけて貰えるとでも思ってんの~?」
そんな事は言っていないが、セリは、愛想を良くしろと言う意味だと解釈した。
「解りやすい人は利用し易いですよ。精々気を付けなさい」
何の感情も抱いていないように見える目で、パパラチアは言う。
セリは、この目で見られるのが嫌いだった。
まるで、無機物か何かを見ているようで、同じ生きた人間だと思われていないと感じる。
「あんたにそんな事言われたくないし!」
テロリストのくせにと、頭に来て叫ぶ。
「大体、どう騙されたって、あたしがあんたを逃がす筈ないでしょ!」
荒々しい歩き方で立ち去るセリを、パパラチアは何の感情もなく見送った。
数日後の事である。
セリは、パパラチアを王立研究所まで護送するよう命じられた。
勿論、彼女一人ではなく、他の監視役も一緒である。
「パパラチアを貴族のように変装させ、貴方達は護衛の従者として振舞うように」
セリとしては、大罪人のパパラチアを貴族扱いなどしたくなかったが、上官に逆らう訳にもいかない。
「承知しました」
何時も微かな笑みを浮かべて感情の読めない上官は、何時も通りの表情でセリを見ていた。
パパラチアがいる牢は城の地下に在った。
変装して城を出れば、誰も彼が罪人とは気付かないだろう。
「貴方達は、カツラを被らないんですか?」
この国では珍しい橙色の髪を隠す為に黒髪のカツラを被ったパパラチアは、服だけ取り換えたセリ達にそう尋ねた。
「あんたじゃあるまいし、必要ないもん」
「フェンネル。罪人とは不必要な会話をするな」
セリは仲間に注意され、パパラチアの所為だと彼を睨む。
厳重に守られた大貴族のように城を出たパパラチアは、馬車に乗る直前、何かに気付いたように物陰を一瞥した。
「さっさと乗ってよ」
セリは小声で促す。
不機嫌な表情を隠しもせずに。
「貴女は、何時も貴族相手にそんな態度をしているんですか?」
「そんな訳ないでしょ」
馬車が走り始めると、パパラチアは窓の外を見ながらセリに話しかけた。
「知ってますか? 私って、狙われているんですよ」
「馬鹿にしてんの? そりゃ、狙われるでしょうよ。何人殺したと思ってんの?」
セリは苛々としながらも答えた。先程、不必要に話すなと言われたにも拘らず。
堪え性の無いセリに、監視仲間は、諦めた様な眼を向けた。
「貴女は、普段、愛想が良いそうですね」
「だから、何?」
「近年、この城の地下牢は使われなくなり、誰も入っていなかった事から見張りもいなかったでしょう」
「何が言いたい訳?」
関係の無い話に、苛々が募る。
「ですが、私を捕えたその日から、地下牢へ続く階段前に見張りが立つようになったら? 私が其処に収容されていると思うでしょうね」
確かに、そう考える者もいるだろう。
しかし、地下牢にパパラチアがいると判ったからと言って何なのだと、セリは思った。
「地下牢へと続く階段を見張っていれば、珍しい女性騎士が目に付くでしょう。何度も目撃すれば、どのような人物か調べるでしょうね」
何故女性騎士だからと調べられなければならないのかと、セリは女性差別に怒りを感じた。
「貴女を利用して私に近づこうと」
「あたしは、金で職務を放棄したりなんかしない!」
本音を言えば、死刑にならないこの男を誰か殺してくれれば良いのにと思っているが、自分が責任を取る羽目にはなりたくないし、この場で本音を言う訳にもいかない。
それに、口にした事もまた本音である。
正義感の強いセリには、金に目が眩んで悪事に加担する人間だと思われるなんて我慢出来なかった。
「普段愛想の良い貴女が、高位貴族と思しき男に不機嫌を露に話しかけるのを見たら、普通怪しみますよね。本物だったら、ただでは済まないのですから」
セリは不安になった。
何か、大きなミスをしてしまったような気がして。
直後、轟音と共に衝撃が馬車を襲った。
「敵襲!」
外にいる仲間の声と戦闘の音に、セリは何が起きたのか理解する。
「フェンネルは、コランダムを見張れ!」
中にいた仲間が扉を開けて飛び出した所で、待ち構えていたのか攻撃を受けて倒れる。
「コランダム博士だな?!」
「あああああ!!」
セリは夢中で襲撃者に攻撃魔法を放ち、短剣を抜いて追撃に飛び出した。
しかし、襲撃者の方が、個々の力量と人数が上だった。
長い様で短い戦闘が終わり、襲撃者の一人は再び馬車の出入り口に向かった。
「コランダム博士。一緒に来て貰うぞ」
男が見たパパラチアの顔に、恐怖は無い。
何の感情も浮かんでいない。
「勝利を確信するには、早いですよ」
そんな表情を浮かべている男に、パパラチアはそう忠告した。
「ガッ?!」
しかし、男が言葉の意味を理解するより早く、背後から魔法の槍が心臓を貫いた。
「間に合いましたね」
倒れた男の向こうで薄笑いを浮かべて立っているのは、セリの上官であった。
名は、コウ・ヒスイと言う。
王国最強の攻撃魔法の使い手と名高い。
「やはり、囮でしたか」
自分を欲しがる反政府組織を誘き寄せる為に、今回の移送が行われたのだろうと彼は気付いていた。
「本当は、アジトまで泳がして一網打尽にしたかったのですが、貴方を連れ去られれば私の責任になりますし」
コウは、残念そうに肩を竦めて諸手を挙げる。
「彼等は捨て駒ですか?」
パパラチアは、馬車から出てコウに近付きながら尋ねた。
辺りでは、コウの部下達が後始末に動き回っている。
「人聞きの悪い。彼等が、思いの外無能だっただけですよ」
実際、彼等が完璧な変装をして貴族の護衛らしく振舞っていれば、襲撃者達は気付かなかったかもしれない。
もし、地下牢から出て来るところを目撃されていたならば、結果は変わらなかっただろうが。
「団長……」
弱々しい声に視線を向けると、自身の血溜りの中に倒れているセリが此方を見ていた。
「おや。生きていましたか」
コウはセリに近付く。
「残念ですが、回復魔法の使い手を連れて来なかったんですよね。これ以上苦しまないよう、止めを刺して上げましょう」
セリは、死にたくないと訴えたかった。
「私が言う事ではないですが、将来ある若者を殺して良いんですか?」
そう尋ねるパパラチアだが、彼にとってはセリが殺されようがどうでも良い。
ただ、コウが、苦しむセリを思い遣るとはとても思えずに聞いてみただけだ。
「まともに変装も出来ない馬鹿者なんて、要りませんよ」
セリは、漸く気付いた。
コウの目は、パパラチアと同じ。
人を無機物か何かだと思っている目だと。
慈悲で止めを刺されるならばまだしも、ゴミの処分のような感覚で味方に殺されるなんて。
パパラチアは、死刑にならないのに!
セリの頭を怒りが支配した。
最期の力を振り絞り、パパラチアを殺す為に魔法を使う。
「グアアアッ!」
しかし、コウに心臓を貫かれた為、発動せずに終わった。
「王都を守る騎士団団長を殺害しようとは」
発動しなかった為に誰がターゲットだったのか判らなかったが、コウはそう決め付ける。
何故なら、『此処には、大罪人パパラチア・コランダムはいない』のだから。
襲撃された『高位貴族』を守って命がけで戦った彼女に、『彼』を狙う動機は無い。
「この殺人未遂犯は、それに相応しい始末をするように」
「はっ」
部下にそう命じたコウは、パパラチアを連れて城へ戻って行った。
その後の調べで、セリの友人の一人が襲撃犯の一味であった事が判明した。
その為、セリが彼女に情報を漏らし、それを基に襲撃がされたと考えられた。
セリの態度で『パパラチア』と気付いたと考えるより、余程確実性が高い話だ。
問題は、セリが、情報を漏らしただけなのか・共犯なのかだった。
しかし、彼女は、『王都を守る騎士団団長を殺害しようとした』。
その為、セリは、組織の一味か・組織に属さない協力者と考えられた。
セリは、襲撃犯に口封じで殺されたかけたが、組織への忠誠心・或いは、組織の思想への共感から、組織の最大の敵と成り得る王国最強の騎士を殺害しようとした。
それが、最終的な結論であった。
人物紹介
☆セリ・フェンネル
10代の少女。
騎士団に所属する数少ない女性騎士の一人。
愛想が良く・口が軽く・正義感が強い性格。
☆パパラチア・コランダム
高位貴族コランダム家の嫡男だったが、後を継がずに出奔。
宗教系テロリスト組織「神託の徒」に所属し、新兵器を開発した。
コランダム家は、彼がテロリストになる前に正式に縁を切っていた為、御咎め無しとなっている。
もうコランダム家の人間ではないが、出奔前から天才だと有名であった為に未だにその名で呼ぶ者も多い。
☆コウ・ヒスイ
高位貴族ヒスイ家の次男。
王国随一の攻撃魔法の使い手。
「神託の徒」の大半は、彼の広範囲攻撃魔法により死亡した。