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初演・中の禄幕ー迷走ー

・シアターでの伊織と西村の一悶着が決着しようかという頃。


町外れの酒場の戸を、 一人の四天王撃団幹部が叩いた。


「邪魔するよ。」


「おう旦那、今日は何にします。」


「重要な勝負があってね。気分を上げておきたいんだ。そう……ドラクーンフラムを一杯。」


「承りやした。」


劇団ビーストファングの制作、リザーディ・白石は、人を待っていた。

ビーストファングは豪快な殺陣や炎を駆使した大道芸が自慢。


そんな劇団に不似合いな位、彼はほっそりと弱々しい体格だった。

ビーストファングに詳しくない者は、彼が所属していることを怪しむ者さえいた。

それほどまでに体力勝負に向かない、彼の劇団での役割は、猛獣使いだった。

屈強な演劇戦士を10人殺したと言われる獰猛な獅子を、彼はたった一週間で火の輪くぐりのスターに完成させた。


それが彼の知略なのか、あるいは演劇戦士としての能力なのか、 答えを知る者は、この国にもほとんどいない。


「お待ち遠さまで!」 


「いただこう」 


ジョッキを仰いだ彼は、深く呼吸を落とし、ゆっくりと後ろを向いた。


「なんだ。来ていたのか?」


彼の真後ろのテーブル席に座る女性に声をかけた。

春天歌劇団のシンボルである、『雪の結晶と桜の花びら』のマークがついたローブで抜群のスタイルを覆い隠している。


わずかに見えている手首と太ももからして、色黒らしい。


「遅くなりまして申し訳ございません。」


「お気になさらず。春天歌劇団舞台監督、"闇猫"ルナティア殿。その節はうちの若い衆がご迷惑をおかけしたようで」


「お互い様です。どうせ仕組んらしたのでしょう?」


「おやおや、これまた随分と人聞きの悪い……。」


一見和やかに呑みと会話を進める二人だが、 劇団間の事情を知っている客たちからすれば、一触即発の雰囲気に肝を冷やされた。


「さておき、本日はどういったお話で?ルナティア殿。」


厳かに頷くルナティアは、懐から、金貨がたっぷり入った布袋を取り出した。


便()()を図っていただきたく……。」


「ほう……。」


※※※※※


一方、|サティ・ハルトマン・まどかの仲裁により、 劇団ビーストファングとソードオラクルの決闘、もとい演劇戦士としての大喧嘩は一時中断となった。

同じく演劇戦士の自分が単独で動けば四天王同士は一触即発の事態となる。あくまで仲裁であるためか、背後にセントミュージカルの兵士たちを引き連れていた。


「加藤伊織。この決闘は私の顔を立て、中断してもらう。お前達の取引も、一度白紙に戻してもらおう。」


「でも……!」


食い下がるのは伊織だけではない。規模拡大が掛かっている以上、西村も借りてきた猫でいるワケには行かなかった。


「ふざけるなハルトマン!春天(オマエら)は雑魚劇団どもから散々建物の利権やら版権やらせしめておいて、こういう時は保安官気取りか!? そんな勝手が通ってたまるか!!」


「根も葉もない噂だ……」


「何を……!」


ハルトマンの実に毅然たる態度にもまったく沈静化しない西村。

そんな彼に、ハルトマンはレイピアの刃先を向けた。


「これは私や歌劇団の判断ではない。王家の判断だ。テアトラルが解除されたら礼状の原文も見せてやるよ。」


「ハルトマン……さん」


「加藤伊織。貴様も西村もバリバリの条約違反だ。大人しくテアトラルを解除し我々に同行しろ。拒否すれば、実力を行使する……!」


公平性を保つ為に、両者に向けて言葉を突きつけるが、円としては主に西村に向けての警告だった。

実際問題、円にとっては暴れると彼のほうが厄介だが、西村とて今円と戦って勝てると思い上がる程バカではない。


そのまま「ステージ」が解除されると、三人はシアターの壇上に戻っていた。


座席に座っていたヨゼフは兵士たちに尋問を受け、舞台袖ではカーナが泣き崩れ、シズクがそれを必死に支えている。


「ちっ……!!」


「兄貴ィ!!」


舌打ちをする西村に、コバンが焦り駆け寄る。


「急に春天の連中が……それに、王宮の奴らまで……!」


「引き上げるぞ。」


今現在兵士たちの関心は、ソードオラクルにのみ向いている。

西村はコバンに告げると、裏口に急いで駆け出した。


「はい!?」


「現行犯を抑えられちゃァ、言い逃れも何も出来ん。ひとまずうちの劇場に戻って金を用意だ。

あの奥にいる兵隊の隊長黙らせりゃ、 最低限この現場はうやむやになるだろ。」 


「流石兄貴!俺たちに思いつかねー事をやってのけラァ!そこに縛れる!遊ばれるぅ!」


どこぞの奇妙な冒険のモブみたいな煽り文句と共に、ビーストファングの二人はシアターから姿を消した。


「アイツら……!!」  


みっともない逃げ方だと床にツバを吐きたくなる円だが、 相手は誇り高い騎士道の持ち主などではなく、相手は己が演劇のために手段を選ばない非道のチンピラだ。


今はひとまず、王宮と連携しソードオラクルの拿捕に専念する事にした。


「良かったの〜?サッチはそれで。」


頭上からとんでもなく丸い猫なで声がした。


「 いつも言っているだろう?危険だから梁に座るな。」


円は首の一ミリも上げることなく返事をした。

声の主の正体を知っているからだ。


寝室鬼没でよりにもよって天井から声をかけてくるような、何より彼女をサッチなどと呼ぶ奴は、この国に一人しかいない。


「降りてきて話をしないか。マリア・クラウ・ドロップ。」 


はいはーい。と軽めの返事をして、 天井の梁の上から、身軽くストンと落ちてきた少女。

白い水玉模様がついた水色のローブを纒い、 銀色のショートヘアが印象的な、春天歌劇団のナンバー2。

マリア・クラウ・ドロップだ。


「それで?サッチはあれで良かったの?」


「何が。」

 

腕を組んで無機質に返答する円だが、その端正な横顔には、明らかに不満が浮かんでいた。


「サッチが捕まえたかったのは、ビーストファングのボスでしょう?」


「個人的にあいつが好かんだけだ。 この場においてはソードオラクルの拿捕が優先。」


「で、今回はどのくらい助けてあげるの?」


我ながら意地悪な質問だ。と思いながらも、円の内面的な部分に隠れた柔らかさを掘り起こす楽しさを感じ取っていた。


「何の話だ。」


「分かってるくせに……」


お前にはかなわないとでも言うように、円はため息をついた。


「察しの通り、既に手は打ったよ。ルナティアを交渉に行かせてある。」


※※※※※


シアターの裏手にある医務室のベッドに寝かされながら、伊織はただ時計の針の音を聞いていた。

何を考えても、思考が暗闇に飲み込まれていく。

この先のこと、自分の演技のこと、ヨゼフや、仲間達のこと……。

 

何を考えても、『敗北』の二文字と溶け合い、伊織に見える世界を塞がれてしまう。


「アタシ……敗けたんだなぁ……」


ふと、掛け布団の中に埋めた膝に、『何か』の感触を覚えた。


ゆっくり顔をベッドの外側に向けると、 そこにはシズクが突っ伏して寝ていた。

膝に当たったのは、彼の前髪だった。


「ふぅ……」


シズクの頭をわしゃわしゃとかき回し、 再び寝転がる。


「聞いてよシズク。私ね、さっき負けたの。」


眠っている間の彼になら、自分の弱さを見せてもいいだろう。

そうでもしなければ、心が壊れてしまいそうだった。

 

「カッコ悪いでしょ?あれだけあんたを叱り飛ばしたのに、 結局、ビーストファング相手にこんだけボロボロにされて……兵隊さんも来るし、ヨゼフさんは尋問されて、ウチ多分、お取り潰しだよね。」 


ソードオラクルの話を口に出してから、無性に仲間達の事が心配でならなかった。

同時にヨーゼフと出会ってからの毎日のことを、 誰に言われた訳でもなく、伊織は思い出していた。


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