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初演・ 中の肆幕

・ その姿を見て、この世の天使だと人は言う。

栗色の毛は肩で綺麗に切り揃えられ、華奢な体つきと色白の肌。 クリッとした丸い目、うっすらとした紅色の唇……。


白い絹のドレスがよく似合う彼女が、もし演劇戦士であったならば背中に美しい翼を生やし、魔物は皆、戦う間もなく魅了され、戦意を削がれるであろう。


カーナ・マニータは、人々を虜にするにふさわしい、そんな人物であった。


彼女はうやうやしくドレスの両端をつまんでお辞儀をすると、腹の部分に手を当て、その美声をホール中に轟かせた。


ただ響く声というだけなら、伊織達の心にはそこまで響かなかっただろう。彼女はその世界に生きていたのだ。

草原、湖、夜の帳……。


森羅万象に思いを馳せる作詞家たちの魂を、彼女はその身をもって現しているのだ。


観客たちを夢見心地にしたまま、実に四曲を歌い上げ、彼女は舞台袖にはけていった。


「これが……!」


「国宝級の歌声ってことね……さすが。」


シズクと伊織が感嘆の溜息をもらす中、ヨゼフは淡々と受付でもらったパンフレットをまとめている。


「あの娘は確かに演劇戦士じゃねーが、 生まれながらあの一族には浄化と防御の演術魔力が備わってると聞くな。

今の娘は、 表現力も歴代の当主と比べて抜きん出てると言うが、 なるほど噂に違わぬステージたった。」


「ヨゼフさん……! 僕分かりました!」


「あん?」


「これが……本当のお芝居なんですね!!」


何か目の覚めた様な顔のシズクだが、非常にもヨゼフはその頭に拳骨を飛ばす。


「ったぁ~い!!」


「テメエ、俺らの仕事をつくづく舐め腐りやがって!いいか、たかが表現者一匹の仕事見て『正解』がつかめりゃあ、誰も苦労は……。」


「僕ちょっと、カーナさんに挨拶してきます!」


ヨゼフの説教をはねのけ、そそくさと駆け出すシズク。伊織はにやりと笑いながら不貞腐れたヨゼフを見る。


「年寄りの金言が通じなくて残念ですわ。ヨゼフ先・生♥」


「やかましい!オレは先にBARへ行ってる!さっさと挨拶に行かねえか!!」


「ハイハイ。あ、シズク~!面会は舞台袖じゃなくてロビーよ!」


急いでシズクの後を追う伊織。中々広い会場なので、迷子になると面倒だ。


座席に一人置いて行かれたヨゼフは、ため息を一つ零し、タバコを吸おうと外に出た。まだ場内でアンケートをしたためる客が殆どで、物販のあるロビーはまだ混んでいない。

出るなら今だ。


ーと、ズボンのポケットからライターを探っていたヨゼフは、前方から来た誰かの方にぶつかった。口にくわえていた煙草が落ち、ヨゼフはしゃがんで拾おうとする。


「おっと、こいつは失礼。」


頭上から、低い男の声がした。自らを覆う男の影から、大柄でガタイのいい人物に見える。だが、ヨゼフが驚いたのはそこではない。

ヨゼフに詫びるその男の声に、聞き覚えがあったのだ。


「いや、こちらこそ申し訳ない……。」


「なァ、あんた……。」


呼び止めたにも関わらず、 相手はそのままホールの中へと入っていった。

ヨゼフが見送ったのは、その大きな背中だけにもかかわらず、その醜悪な笑い顔がよく見えた気がした。


その姿を最後に見たのはもう何年か前になるが、警戒心とも憎悪ともつかない複雑な感情の中で、その男の動向をヨゼフはずっと危険視してきた。


「こんなトコで会うたァ、何の偶然だ?四天王劇団が一角・劇団ビーストファング代表……ジャッカル・リオ・西村……!!」


※※※※※


しずくはひたすらに彼女を探した。ホールの閉館時間が来てしまうまでに、ありったけのことを聞かねば。

あれは、声を作っていたとかそういう問題ではない。その技術もゼロではないのだろうが、 彼女は魂をダイブさせていたのだ。


その技法を編み出すために何が必要なのか。 断られない範囲で、思いつく限りの質問を投げてみよう。


伊織が止めるような声がした気がしたが、 かまわず舞台袖に向かって走る。

薄暗い廊下を走っていた時、 分厚い鉄の扉にさしかかった。ゆっくりとドアを開けると、そこには布で汗を拭くカーナの姿があった。


探し求めていたあこがれの表現者に出くわした驚きで、しばらく声が出ないシズク。


カーナの方も彼に気づき、一度会釈をしたものの、やはり戸惑っているらしい。


「あの……あなたは?」


「あの……その…… ごめんなさい、僕はあのその……!」


「ったく。」


背後から伊織のため息が聞こえてきた。彼女はようやくシズクに追いつき、 カーナに渡す差し入れを持って来た。


「テンパるならアタシが来るまで待ちなさいよ!ここ、ちゃんとした面会場所じゃないし……ファンにバレたら殺されるわよ?」


「すみません……。」


「まぁ……伊織さんのお知り合いでしたの?」


「そ。 こいつほんとそそっかしくてさ……。」


「も〜〜伊織さ〜〜ん///」


ばつが悪そうに伊織の服の裾を掴むシズクだが、今日の彼女は容赦なかった。


「 あの……それでですね!マニータさん! あの歌い方は一体どうやって……!」


早速質疑応答に入ろうとしたシズクだが、そこに伊織のげんこつが乱入する。


「質問はきちんと握手の列に並んでしろ!」 


「うぅ〜〜いたぁ……。」


「フフ……あらあら。」


親子とも姉弟ともどちらともつかない、そんな二人のやり取りを見て、微笑ましそうに笑うカーナ。


「ほら行くわよシズク、 私たちも並び直さなくちゃ。」


「は〜い。」


「近道しましょう。ステージに上がって、上手の階段を降りれば、そのままロビーに出られるんです。」


「マ〜ジ!?ありがとう助かるわ〜。」


「ご案内します。」


「お供します!!」


シズクは、その背中に食らいつくように後へ続く。


廊下を通りすぎてステージに出た時、 伊織はヨゼフからの差し入れを渡した。


「いつもすみません!ありがとう存じます。」


「いーのよ。ヨゼフ(あのひと)若い()大好きだから。 ほっとくと孤独死するから、また一緒に舞台でも組んだげて。」


「はい、 その時はぜひこのホールで……。」


「そいつは不可能って奴だなぁ……。」


いつのまにかカーナよりも前を走っていたシズクが、 なぜか転んで戻ってきた。

慌てて二人が駆け寄ると、彼の腹部には泥だらけの靴跡があり、誰かに蹴られたらしい。


言わずもがな、犯人は先程の声の主だろう。


「おいィ!おいおい加藤伊織ィ!そのガキャァ何だおい!クソ邪魔だな……。」 


嗄れてキーキーとした声が聞こえる。

スポットライトの光が当たる位置に、ゆっくりとその姿が現れた。


紫色のジャンパーに豹柄の腰巻を巻いた、小柄なモヒカンの男。 その後ろには、虎の毛皮のガウンと、 黄色のマントにジーパンという風変わりな格好の大男が控えている。


大男の方は金髪をツーブロックにまとめてあり、つり上がった目からは隠しきれない殺意が垣間見える。


伊織は彼らを知っていた。


「ウチの弟弟子に、舐めた真似してくれたわね!」


「弟弟子ィー!?おいおい冗談よせやぃ!天下のソードオラクル様が、そんなへなちょこ野郎にお稽古してるってのかァ!?」


「大きなお世話……それで何の用よ!!劇団ビーストファング!」


所属劇団(ソードオラクル)をけなされたことよりも、 シズクに蹴りを入れられた時点で、かなり怒りのマグマが煮えたぎっていた伊織。


「てめえ兄貴を目の前にその態度かァ!!偉くなったなァ!!伊織さ〜〜んよぉ〜〜!」


「火薬と猛獣に頼んなきゃ、数字も出せないチンピラがよく言うわ……!」


「んなぁ〜〜にぃお〜ぅ!?」


「もういいコバン……退いてろ!」


コバンと呼ばれた男は、大男に肩を押されて横に退けた。


彼に兄貴と呼ばれたその男こそが、 劇団ビーストファング主宰。 四天王劇団を束ねる、セントミュージカル最高峰の演劇者四人の一角。

ジャッカル・リオ・西村である。


「ソードオラクルに用はない。」


西村は伊織に一瞥を向けると、シズクがやっとの思いで立ち上がったのと同時に、後ろのカーナを指差した。


「カーナ・マニータ。このホールの経営者である貴様の父が、たった今ウチとの契約に違反した。」


温和だったカーナの表情が強張り、徐々に青ざめていく。


「契約……!?」


「ウチの所有する劇場で、お前のコンサートの宣伝をしてやる代わりに、売上金の6割を当劇団に献上する契約だ。」


「そんな…… 私はそんなの一言も!!」


「だろうな。今朝うちの伝書ガラス飛ばしたらお前の父上は 血相変えてうちの事務所に飛んできた。 契約を取り下げろとな。

バカ言っちゃいけねぇよ。ウチだって慈善事業でやってんじゃねえんだ。」


「でも……父が……そんな契約書にサインをするはずが……。」


「オイオイオイオイぃ!!テメーもうるせぇー小娘だなオイぃ!現に書類はここにあんだ!」


コバンが前に出ると、懐から、紫のリボンで巻かれた焦げ茶色の書類を出した。


『私、ニコラス・マニータは、 劇団ビーストファング様の 系列劇場にて、当ホールコンサートの宣伝をしていただく代わりとして、一公演毎の売上金の60%を納めさせていただきます。』


娘なら遠くからでもわかる、紛れもない父の達筆だった。日付は3ヶ月前。

これでは言い逃れのしようもない。


だがこれしきで折れる伊織ではなかった。

彼女とこの場に居合わせたことが、彼らにとって最大の不運と言えるだろう。


「 さっきから黙って聞いてりゃぁ!! そんな不平等条約をどこの団体が飲み込むってのよ!!」


「こいつの親父は契約書を飲んだ。だからこの紙がここにあるんだ。」


「 そんなわけでカーナさんよォ! お父さん説得しにうちの事務所まで来てもらおうか。」  

 

ビーストファングのツートップは畳み掛ける。

目の前にいるのがソードオラクルの看板女優であり、自分たちにも匹敵する王国最強(クラス)の演劇戦士であることがわかっている。


面倒を避けたいからか、一刻も早くこの場に立ち去り、自分たちのテリトリーにカーナを連行するつもりらしかった。


「オラ来いよ!お嬢さんよぉ!オラ!」


「きゃっ……離して!やめて!」


「やめねぇよ! 恨むならてめえの親父をだ!オラ来いやァ!」


「やめろ……」


初めて声を上げたのはー蚊の鳴くようにか細い声ではあったがー コバンに腹を蹴られ、息も絶え絶えのシズクだった。


「やめろ!!」

 

ふらふらの状態で、コバンの靴をつかむ。


「てんメェ……誰に物言ってんだガキコラァ!」


シズクを足で払い退け、彼の背中をグリグリと踏みつけにする。


「調子こいてんじゃねえぞてめえ!言ったよなァ!!?ソードオラクルにゃ関係ねえ!これはビーストファング(ウチ)稼業(ビジネス)なんだよ!!」


「 やめてください。彼は関係ありません!!」 


苦悶の声を上げるシズクに、堪らずカーナが叫び声をあげる


「なら俺達の命令に……文句はないな?カーナ・マニータよ……。」


したたかに、厳かに、 地の底から響くような声で脅しをかける西村。


しばらく経ってから、先に返答したのは伊織だった。


口で何か返事をするように早く、彼女は右足でコバンの顔面を思い切り蹴飛ばした。

何の防御の構えも撮っていなかった彼は、目玉をひん剥き、 教学の形相で上手奥の壁まで吹っ飛んだ。


「はいはい、文句ありまーす。」 


「伊織さん……」


ステージの床に投げ出されたカーナは、心配そうに伊織を見ている。


なんてことをしてくれた、とでも言わんばかりの西村の眼差しに対し、伊織はカーナを指差して答える。


「私、この前のコンサートでこの娘のブロマイド100枚買ったんだ〜。」


「それがどうした。契約書が本物である以上、 このホールは今日持ってうちの劇団が差し押さえる。 」


「おおかた路地裏の酒場でピンナップガール使ってたらし込んだんでしょーが。いつもやってるみたいに。酔っ払った隙をついてさ。」


「どうやってそれを証明する?仮に証明できたとしてそれはうちのスタンスだ。 国の方は犯していない」  


「 だったらうちも、ソードオラクル(ウチ)やり方でやらせてもらうよ。」


伊織はジーパンの尻ポケットから銀の腕輪を出す。


()ろうや……演劇決闘(エチュード)!」

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