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初演・中の参幕ー鍛錬ー

・ セントミュージカルの城は、 ドイツ風の建築様式である。

正門の向こうには長めのグリーントンネルがあり、 通り抜けると その先には庭園がある。

右手の階段を上れば城内に入ることができるが、 一般人はそこで衛兵に停められる。

その為、一般でここに入ってくる大抵の人間は城内ではなく、 庭園の奥にある、階段下の広間を目指している場合が多い。


『それ』がいつからその場所にあるのかわからない。 


祭儀場も勝てた広間には、 奇妙で巨大な像があった。


全身白い大理石で作られており、 細長の胴体には死体のような無機質な顔が二つ。 人間で言う肩や腰に当たる部分に、ネジや歯車のようなものも埋まっている。

左右合わせて6本の手が生えており、腰から下はすっぽりと地面に埋まっている。


異質で子供は怖がりそうだが、 どこか神秘的ともされ、 祭りの時には必ず人が集まる。


一説には古代の演劇の神を模した像だと言われるが、 その真相を知っているものは、今では国王と皇太后のみだと言われている。

 

人々は、この像が秘めている謎と神秘に敬意を込めて、それを機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナと呼んだ。


男は、木の下までやってくると、現代におけるスマートフォンによく似た機会を取り出す。

トランシーバーのようなザラザラとした音が流れると端末からは野太い男の声が聞こえた。


『調子はどうだ?』 


端末から聞こえる声に、男はしわがれた声で答える。


「上々ですよ。素体の表現者たちも、順調に育っている。後はこの下にある『切り札』を()()()のみ。」


声だけならば老人のようにも聞き取れるが、フード付きの黒いコートに全身すっぽり覆われており、そのシルエットをうかがい知ることはできない。


『抜かるなよ…… あの異物の侵入といい、ここのところビオトープに不調が目立つ。』


「ヨゼフはもうすでに勘付いて(・・・・)いますが……加藤伊織は安全でしょう。異物は王国の建国記念祭までに始末します。」


通信が切れると、 男は右手の中に自らの内なる力を集中させる。

エネルギーは、大地に当てられた手のひらを伝い、 黄緑の閃光となって魔方陣を描く。


「さぁ……目覚めなさい。機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナよ……。」


セントミュージカルを王国覆う、影の悪意。大いなる闇の陰謀が、男の放つ魔力の地鳴りとともに、静かに忍び寄っていた。


※※※※※


シズクが稽古に参加したのは、伊織のアパートに越した翌日の事であった。

立ち位置としては伊織の弟弟子で、ソードオラクルの預かり。朝早くから集合住宅地下の稽古場に集合し、過酷なレッスンに挑んだ。


「シズク!声上げる!」


「すいません!」


「シズク!そこのセリフもうちょっとじっくり!」


「はい!!」


「あの小僧……よくやるねぃ。」


芝居のこととなると手を抜かない伊織。あまりのスパルタぶりにヨゼフでさえ若干焦ったが、シズク自身は、大変そうにしつつも充実して見えた。


四天王劇団といえども、運営費用は馬鹿にならない。国のお墨付きがあっても、役者の生活というのはなかなかに困窮を極めている。


伊織はその状況にはこなれていたし、シズクも一言も文句を言わなかった。

ここで頑張ることが、自分の記憶を取り戻し、 元の世界へと戻るヒントになると信じて疑わないらしい。


かくいう、伊織の方にはその未練はなかった。


所属俳優の寮を獲得できる上に 食事も共同風呂もある。

舞台役者としてこれほど景気のいい団体は、元の世界にはなかった。


親と縁を切ったような形でこちらの世界に飛ばされてきた伊織にとって、唯一元の世界に関する関心ごとといえば、 亡き親友の事だけだった。


河妻鳴波。


元の世界で所属していた、劇団リビドーの看板女優。芝居の実力は伊織以上で、 プライベートでは彼女と仲が良かった。


ある時参加したバスツアーの事故で、 気が付くと二人ともこの世界の平野に倒れていた。

そこからは無一文でセントミュージカル王国に入門。


あわや両者とも行き倒れのところをヨゼフに拾われ、数ヶ月の間ソードオラクルで鳴波と伊織の新星二枚看板で活躍した。


あの日、 彼女がこの街から姿を消す日まで……。


「で、鳴波の能力をあのシズクって坊やが持ってると……。」


一足先に休憩に出たニーナとシャギは、 興味津々といった具合にシズクを観察している。


「ビビったよ…… マジで青いジャンヌダルクだった。」


「たまさかよく似てる別の演術ってことは?」


「ねェな。そういうパターンも聞いたことはあるが…… だったらあの素人ぶりをどう説明するよ。」


シズクの芝居の筋は悪くなかったが、それにしてもあまりに経験が足りない具合だった。

伊織のスパルタ教育は、そうした苛立ちから来ているところもなくはなかった。


「聞けば、あれ以降キネマリングは1ミリも反応しねーって言うじゃねえか。 その状態で鳴波のジャンヌ・ダルクを……となりゃ、まぁ少なくとも普通の演劇戦士じゃねーのは確かだ。」


水筒を仰ぐシャギだが、 彼の脳裏には一つの気がかりがあった。

なぜ、このタイミングでその気がかりを思い出したのかはわからない。


いつもは酒を飲むとよく舌が回るヨゼフが、唯一口を閉ざした話題があった。

デウス・エクス・マキナの話である。



「異なる世界のものを呼び出すとか、死んだ命を元に戻すとか……色々言われてるよな……。」


「なんの話よ。」


ニーナが訝しげな顔で聞き返す。


「デウス・エクス・マキナ。」


「 だから何よ……シズクは あの気持ち悪い御神体のせいでここにいるっての?」


「下手すりゃ……伊織と鳴波もなんじゃねえか?」


さらりとした性格のニーナは、頭をもたげてため息をつく。


「 ばかばかしい……あんなのただの迷信よ。」


「ならどっから来たと思う?海外から?ボートも何もなしに?」


「セントミュージカルだってめちゃくちゃ広いじゃない。今までたまたま接触がなくて、でもどこかに住んでた。それだけよ。」


「3人とも記憶がなかったのは? 3人とも平野でヨゼフさんに拾われたのは?伊織と鳴波に至っちゃほぼ同時に。」


「それは……」


「ニーナ……俺さ……。」


ジャギは一瞬、『それ』をクチに出すべきか、迷っていた。

あまりに突拍子もなく、支離滅裂で、バカバカしく、現実味のない考えだったのだ。


サバサバしたニーナでなくてもバカにして当然の、妄想臭さのオンパレードな思考。

それを口にせざるを得ないほど、彼の頭の中は今、違和感で埋め尽くされていた。


ジャギは、セントミュージカルの鍛冶屋名門、樫村家に生まれたが、工房では兄の類稀なる才能にコンプレックスを覚え、18を境に家出。


その後、金もなく路頭に迷っていたところをヨゼフとソードオラクルに拾われ、数年の修業を経て演劇戦士いて覚醒した……。


という、自分のバックボーンをしっかりと記憶に刻み付けてある。

いま抱いている考えは、そうしたバックボーンを根底から覆す可能性すらあった。


「俺さ……この世界は」


この世界は実は、作られたものだと思う。


シャギがやっとそれを口に出そうとした時、稽古場に大きな音が響いた。

ヨゼフの『拍手三つ』は、ソードオラクルにおける『稽古終了』の合図だ。


全員が手を止め、ヨゼフの周りに固まって集合する。


「次回公演は間もなくだ。全員よくなっちゃアいるが、油断するな。上級生は下級生のトレーニングもぬかるな。質問があればオレ、シューバ、ドレイクのところまで行け。以上、解散。」


ポケットから煙草を取り出すヨゼフ。それに合わせて全員立ち上がり、ある者は居残り練習、ある者は自室での自主トレ、ある者は食事や酒盛りに出かける。


唯一動けなかったシャギは、先程からずっとこちらを凝視しているヨゼフの、何とも言えない視線に戸惑っていた。


※※※※※


解散後も、伊織のスパルタ訓練は続く。


「ブルータス!お前もか!!」


「違う!」


「ブルータス!!お前もか!」


「違う!」


「ブルータス!!!お前もか!!!!」


「ち~が~う~!」


「どう違うんですか伊織さん!!てんで分かりませんよ!!」


基本的に伊織に反抗しないシズクだが、ついに集中の糸がプツンと切れた。


「馬鹿ね!!アンタ今友人に裏切られてんのよ!?それじゃまるでお芝居じゃない!」


お芝居(それ)が僕たちの仕事じゃないですか!」


「半人前のクセにナマ言ってんじゃないわよ!!」


シズクの上達の壁もそうだが、伊織は『何が悪いのか』をロクに説明しない。説明することを避けているのか、組上がっていないのか……。いずれにしても、講師としては致命的だ。


最もヨゼフは、そんな弱点を保ちあっている二人が衝突することで、新たなる演劇の境地を発現させることを期待していたのだが……。


「やめだやめだ! 伊織、てめえは俺が教えたことを何もこいつに受け継いじゃいねえな! まるでなっちゃいねえ!」


「そのなっちゃいない私に預けたのはヨゼフさんじゃない!」


「あーその通りだ!まさかここまで無鉄砲だと思わなかったからよォ!」


しばらく睨み合う二人だが、やがてヨゼフは外に出る準備をし始めた。壁にかけてあったコートを着ると、 二人も付いてくるようにと促した。


「てめえらニ人、付いて来い。どっちの弱点もいっぺんに教えてやるぜ。」


※※※※※


町外れの集会場では、この日イベントがあった。

オペラ歌手の名家、 マニータ家の跡取り娘、カーナのオペラコンサートである。


「カーナのチケットなんて、ヨゼフさんどこで手に入れたのよ。」


セントミュージカルで一番のコンサートホールで、月に一度行われるカーナのコンサート。

演劇戦士でこそないものの、その表現力は演劇四天王の猛者どもをしのぎ、 人気は折り紙つき。


定期公演のチケットも半年先までぎっちりである。


「お前が以前がカーナを救った時、プロデューサーから招待されてたんだよ。」


そういえば、と伊織は指を鳴らした。以前、どこから紛れ込んだのか、公会堂が魔物たちに襲われた時。

逃げ遅れたカーナを救ったのが、緊急出動した伊織だった。


衣類二人はプライベートでも食事をする仲になったが、 あまりその件での話をしない。 なぜならその任務で、大切なものが一つ消えているからだ。


受付嬢はヨゼフの顔を見るなり、奥にいたスーツの男に話を通し、3人は VIP席に招待された。


「それにしても、その方は演劇戦士じゃないんでしょ? 僕の参考になるんですか?」


「小僧てめー、俺に意見するとはいい度胸だな。そんなもんは、てめー次第に決まってんだろう。」


シズクが釈然としないまま開演のブザーが鳴ると、ピエロによく似た男が 一度お辞儀をし、マイクスタンドをステージの真ん中に突き立てた。


「きた……。」


伊織が固唾を飲むと、ステージ上にカーナ・マニータその人が来た。



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