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初演・ 中の弍幕ー入団ー

鳴波のジャンヌダルクが何故、異世界の少年シズクに宿っていたのか。

残念ながら、現状、確かめる術はないに等しかった。

そもそも戯曲の力自体は、生まれながらに備わるものではない。シズクのように、年端も行かぬ子供がーそれも訓練を受けてきたわけでもない彼がーその力を備え付けていること自体、イレギュラーなのだ。


それは本来、長年にわたる演技の稽古、武術の訓練を兼ね、自分にもっとも適合するたった一つの戯曲を見つけることで覚醒する代物。


他人と全く同じ意匠が発現することなど、ほぼ無いに等しかった。セントミュージカルの文化を形成した世代であるヨゼフさえも、そんな事例を見たのは今日が初めてだ。


現に彼は、シズクに現れたその衣装を見た瞬間。『鳴波の(・・・)ジャンヌダルクだ』と つぶやいたのだから。


「いずれにしても捨ておけんな。王宮からも、当分はソードオラクルで面倒をみろとのお達しだ。」


集合住宅の一階にある、ロビーの長テーブルを囲みながら、ヨゼフが決定を下した。

一番気乗りしなかったのはおそらく伊織であろう。


突然草原に現れた少年が、亡き親友の能力を持って自分の劇団に上がり込むことになったのだから。


「ホンット御上らしい……こっちの都合なんてまるで考えなしな決定よね。」


「だが伊織。その御上の言うことのどこに間違いがある?」


ふかしていた葉巻を指でつまみ直し、煙を伊織のいる方向へ向けた。 伊織は特に反抗もせず、ただ臭そうな顔で葉巻の煙を手で振り払う仕草をした。


「先の対戦以降、魔物の出現率も増えてる。あのガキがどこから来たのか知らねえが、捨て置くのが得策じゃねーのは俺も同感だがな?」


「私もここはヨゼフに同意しよう。」


やりづらそうな咳払いをした後、副団長のシューバが挙手した。


「預かるのはいいわよ?別に……ただ、運営費用とかは大丈夫!? ソードオラクル(うち)やってけるの?私の給料あるよね!?」


「落ち着け伊織……ウチで働かせて早二年……オレがてめェのギャラ払いそびれた事あったかよ?」


伊織は首をはっきりと横に振ったが、苦し紛れにポツリと一言。


「でも差し入れに戴いたウイスキー飲んだじゃん……」


聞き逃さなかったシューバは、ジトリとした目でヨゼフを見る。


「呑んだのか?」


「いや……あの」


「飲んだのかお前は?弟子の差し入れを?」 


一秒ごとに軽蔑の顔色が濃くなっていく、旧友ドレイク。ヨゼフは咥えていた葉巻を口から出すと、バツが悪そうにそっぽを向いた。


「考えられない」


「間違えたんだよ!!ホラ……この前四大劇団会議でもコニャックもらったろ!? あれと間違えて……てかあのコニャックはどうしたってんだよ!」


「あー……わりぃわりぃ! あれなら俺が飲んじまったよ」 


論点をすり替えようとするヨゼフの策略に、あっさり乗っかったのは、同じく創立メンバーのドレイクである。


「この野郎!ドレイク!」


「わ!やめろ!貴重な休憩時間に何をしやがる!」


ブスったれた伊織の顔に気付かないふりをして、プロレス技を仕掛けるヨゼフ。

横で見てみるシューバは心底呆れているらしい。


「ったく、あさましい連中だ。伊織、王都からの命令である以上、我々四大劇団はそれを遂行しなければならない。

予算や何かはオレがうまいこと管理するから、しばらく伊織のところで彼の面倒を見てもらえないか?」


「ま……シューバさんがそこまで言うなら……。」


この世界に来てすぐの頃、ヨゼフやドレイクやシューバ、ソードオラクルのメンバー達には世話になった。 それに彼は、自分の元いた世界からきたかもしれない。


ここでの生活が快適すぎて、特に未練などはないが、 亡き親友の墓 を地元に立ててやりたいという悲願があった。


彼と接していれば、それをかなえるヒントに行き着くかもしれない。


そして何より、同じ世界から来た事で手を差し伸べてあげたくなっていた。親友のようにここで不本意に果てる事なく、無事に元の場所へ帰れるように。


「そういえば……。」


伊織には、思い出したことがあった。彼に聞きたかったことは、それだけではなかったのだ。


※※※※※※


「僕が……伊織さんと?」


「そ、悪かったわねぇ〜美人女優と相部屋じゃなくて!」


我ながら意地悪なことを言ったとは思ったが、ぶっちゃけ機嫌が悪かったのである。

世話になった幹部たちからの頼みならと断れなかった自分にも、この状況で澄ました顔をして、まるで動揺していないシズクのことも、若干腹が立っていた。 

 

「いや……別に……僕は……。」


「フツーはさ〜?同じ部屋の二段ベッドで寝るってなったら、ドキドキしたりするもんじゃないの?私はそれには値しないってわけね?」


「……いや、だって伊織さん、そういう人じゃないじゃないですか。」


「なんですってぇ!?」


「仮に僕が変なこと考えても、伊織さん、お気になさらないと思いますけど……すいません違いました?」


墓穴を掘るとはまさにこのこと。 シズクが特に何もリアクションしなかったことで、やりやすかったのは自分なのに、 わざわざその好機をドブに捨ててしまった。


見かけに反し、彼のほうが何倍にも大人である。

ということを、たった一瞬のうちに思い知らされ、返す言葉がなくなった伊織はせめてもの反抗(?)に、下着姿のままベッドの下段にダイブした。


「あの……伊織さん。」  


上の段からシズクのか細い声が聞こえてくる。


「ありがとうございます。 僕のことを見捨てないでくれて。」


「子供が気ぃ遣うんじゃないわよ。調子狂うでしょ」

 

たしかに気を遣っているのかもしれないが、その言葉に裏はなさそうだ。

変に気まずい空気にしてしまったことを詫びたいが、 彼女はヨゼフににて若干不器用になっていた。


「でも僕伊織さんもちゃんと美人だと思ってますよ」


「うっさいわね、早く寝なさいよ!あんた預かり所属なんだから、明日の稽古も早いわよ?」


「はい!おやすみなさい。」


顔を真っ赤にして食ってかかる伊織。事実調子は狂っていたわけである。


シズクには、様々聞きたいことがあった。故に自分が面倒を見ることを決めた。

それを伝えるのがなんとなく心苦しい気もしたが、 気になって気になって眠れなそうでもあった。


「……おやすみ」


ようやっと搾り出すことのできた、その晩最後の言葉だった。

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