初演 中幕ーLEVEL SWORD ORACLEー
・演術の魔力がこもった腕輪から、眩い光があふれ、4人の体を包み込む。
「戯曲……『オルレアンの乙女』、私の名はジャンヌ・ダルク!」
「戯曲……『アリス・イン・ワンダーランド』、俺ちゃんはマッドハッター!」
「戯曲……『人形の家』、あーしはノラ!」
「戯曲……『地獄変』、 俺の名は良秀!」
伊織、ジョージ、ニーナ、シャギの順に変身完了し、 立派な演劇戦士に変わった。
「地上の雑魚どもから崩せよ!でかいやつは周りの小型が一匹残らず消されるまで動かない!」
3人は敵陣に飛び込み、バラバラの能力を、各々フルに活かして戦う。
CASE1:シャギ・梶原
「地獄変の絵師『良秀』は、 物の怪に取り憑かれたのではと噂されるほどの異常な芸術至上主義…… この戯曲の能力を得た俺も、 ある意味同じ穴の狢だ。」
良秀/シャギの衣装は、上半身がはだけ、体毛は猿のように増え、 勾玉の首飾りを背負って、 背中に炎の刺青が彫られてある。
武器は、 身の丈ほどもある巨大な絵筆。力自慢の彼は、 これをまるで木刀のように軽々と振り回す。
周囲を取り囲む下級魔族、 黒い人影の魔物、影の端役。
一点多勢に無勢だが彼は全く臆する様子も見せず、 自慢の大筆をぶんぶん振り回す。
美しく、よく書けている余りに、怪しげな噂の絶えない良秀の絵画。
豪快かつ神秘的な『創作』風景は、 それらの話を裏付けるのに十分過ぎた。
良秀を演じているシャギに、普段の感情の豊かさは少しも見受けられない
「安心しろ。いたぶる趣味はない。一撃で済ませるとしよう。」
絵筆に少しでも触れた魔物は、 なにやら赤い塗料のようなものが体に塗りつけられている。
『見たものしか、書くことはできませぬ!』
良秀/シャギの、台詞の詠唱と共に、 魔物たちの体に塗られた赤い塗料が光り、熱を帯び始める。
『出現屏風・地獄変!!』
2度目の詠唱と共に、赤く光った塗料は、魔物たちの体で着火し、 墨汁の気泡が弾け飛びでもするかのように、煙をあげて音もなく爆発した。
「許せよ、魔物達。これも、大切な俺たちの故郷たちの為……。
これにて……終演だ。」
数十の魔物たちに一撃で勝利したにも関わらず、そのあまりに悲しそうなシャギの目。
それは、 己が芸術を磨くためだけに、あらゆるものを犠牲にし、孤独に死んでいった良秀の戯曲の能力者には、おおよそ似つかわしくないものだった。
CASE2:ニーナ・小林
「『人形の家』のノラは 『愛』による『支配』から逃れ、自由を勝ち取る先駆者……あんたら怪物をぶっ潰して、 あーしら劇団ソードオラクルは更なる高みを目指す!」
ノラ/ニーナの衣装は、 白いドレスを優雅にまといながら、 全身を鎖と錠前でがっちり固められた特異な衣装。
よく見れば体の節々にマネキンのような線が入っており 関節は球体形である。
動きは俊敏というわけにはいかず、当然、魔物たちの格好の餌食となる。
魔物たちが、ノラ/ニーナに襲い掛かろうと、鋭い爪を彼女につきつけたその時。
『私はこの家では人形妻だったのです。』
桃色の、六角形の形をしたバリアが展開され、接触した魔物たちは電流のようなものが流れると共に爆発した。
亭主に支配されていた、『人形の家』の主人公ノラ。
不自由の対価に、一定の距離内での絶対的な安全を保障されている。
「結構破裂したね。安心しな、この結界が使えるのは一度きり。本番はこっからだからさァ……!」
それでも彼女は絶対的安全を捨て、自由を得る選択を取った。
今のニーナが彼女の能力を得ているのは、その選択ゆえなのかもしれない。
バリアに触れた魔物たちは次から次へと弾け飛び、 バリアが弱まったと思えば、 今度は身体の鎖が弾け飛んだ。
代わりに、巨大な黒い球体が足かせとなって出現。
安全を捨てたものに待っているのは、自由だけではなく危機だ。
『私一人でやらねばならないことです、だからこれで、お別れしますわ。』
2度目のセリフの詠唱と共にバリアは完全に消え去った。
足が動かない状態のまま、両手には一本ずつ大きな槍が出現。
槍は光輝き、ノラ/ニーナの身体程の大きさまで伸び上がった。
『聖書や教科書にもあなたが正しいと書いてあるでしょうけど、私には何の基準にもなりません。』
完全に伸びきった光の槍を、思いきり前に向かって投げつけた。
甲冑の姿をしたものや、カブトムシの姿をした魔物も、例外なく弾け飛んだ。
槍がどこかへと消えると、 今度は足枷の鉄球が ドロドロと溶け出した。
支配と軋轢から逃れ、自由と孤独を手に入れたのだ。
「お待たせ〜ん!あーしの演目のクライマックスよん!最後まで見てくんでしょうね〜?」
体を幾重にも巻きつけていた鎖が総て弾け飛び、錠前も姿を消した。 球体型だった関節は変身前のニーナと同じ状態になり、ノラ/ニーナは ここに人形ではない完全形態、『一人の貴婦人』となった。
背中に白鳩のような翼が生えた。
翼がひらくときの衝撃で羽が舞い散る。
『自由へと旅立つ翼』
羽は、地面に着地するとともに爆発し、 翼が広がると共に、衝撃波で国境のレンガがバリバリと音を立ててヒビを生やした。
国の巨大な壁をボロボロにするほどの衝撃波。
その威力と速さを前に、周囲の魔物で逃げられた者はいないだろう。
「これで、終演……かな。」
羽が完全に開ききると、すぐに消滅。
その時辺りには、ニーナ/ノラ意外、誰も立ってはいなかった。
「くっそ疲れたし〜〜!てかこれちゃんと給料でんのかな〜!……今日もありがとう、ノラ……。」
CASE3:ジョージ・天城
「その男は常軌を逸している。故に陽のあたる世界では理解されない、俺ちゃんと同じだよ。でも、だからこそ、てめーの大切なものを誇って生きる。それが俺ちゃんの芝居だ。」
マッドハッター/ジョージの衣装は、 ピンクのスパンコールのタキシードに、紫色のソフトハットというような出で立ち。
戦闘の際に纏うには、あまりに異色である。
魔物たちは当然、『今こそ首を取るチャンス』と、こぞって襲ってくる。
『誕生日じゃない日は364日もある。贈物は君達全員のものだよ。』
台詞の詠唱と共に、マッドハッター/ジョージが帽子を脱いだ。
帽子からは大量の白鳩が飛び出し、 自由気ままに大空を舞う。
よく見ると、体には時計の模様があり、チクタクと音を立てている。
殺戮の魔物としての本能が、目の前を飛ぶ白鳩を食い殺そうとした時。
ドォン!
魔物に食われた白鳩たちは、体内で爆発し、当然くらった魔物たちも跡形もなく弾け飛んだ。
「まさか……これで終わり、って思った? 俺ちゃんさ〜、そこまでケチじゃないから。」
鳩の羽が地面に舞っている。
その羽の一枚をつかんで、マッドハッター/ジョージは帽子の中に入れた。
『全くあいつときたらどこで何をしているのか……そら来たぞ、 紅茶はとっくに冷めてるがね。』
2度目に台詞の詠唱をし終えると、 帽子の中から突然、紳士服のうさぎが飛び出した。
うさぎは、マッドハッター/ジョージの足下に立ち止まると、突然くるくると回転し始めた。
『遅れた罰としようか。女王に邪魔される前に、お前にはそのしもべたちを追っ払ってもらう。』
回転し始めたウサギは一度思い切りジャンプする。
マッドハッター/ジョージの手の中に入った時、『それ』は、 白く、長い耳のような飾りがついた弓矢に変わっていた。
「聞く耳持たないだろうけど、言っとくよ〜ん。回避は無駄だからさ。思っきし楽しんだよね。」
弓を引き、矢を射った瞬間。
うさぎの幻影が現れ、逃げ惑う魔物たちを一体残らず貫いた。貫かれた魔物たちは胸元に大穴を開け、 やがて跡形もなく弾け飛んだ。
地上の小型端役魔獣達を消された怒りからか、 今度は大型の二首麒麟が 大口を開けてジョージに迫る。
キェアァァァァァァァァァ!
奇っ怪な雄叫びを上げて、何としてもジョージを食い殺そうとする。
「ああいう動物を殺すのは趣味じゃないんだけどな〜…… お前今、 俺ちゃんを殺そうとしたろ?」
かぶき者ながら筋の通った生き方を好む、慈悲と仁義の男。
ジョージ・天城。
彼は基本、敵を殺すことを好まない。
それが、ハナから勝てる相手ならなおさらだ。
その枷が外れる瞬間はただ一つ。
敵と自分の『状況的な立場』が対等になった時だ。
「お前に勝つのは簡単だが、俺ちゃんは役者。殺戮者じゃないんでね。 むやみに殺すのはまっぴらごめんだよ。
だが……。お前らがあくまで人を殺すってんなら、話は別だ。」
『花園の向こうには、赤の女王がいる。 恐ろしい女だ。
逆らえば、たちまち首をはねられる。』
最後の詠唱開始で、ジョージの勝ちは確定的なものになった。
再び帽子を脱ぎ、そこから取り出したのは白い薔薇。
マッドハッター/ジョージは、薔薇を手の中でこねるような仕草をする。
マッドハッター/ジョージの背丈の倍ほどの大きな杖のようになった薔薇は、今朝花開いたばかりの様な、純白の色をしていた。
『女王は、首をはねるときに剣とかギロチンを使う。恐いなぁ……全く。』
詠唱は完了し、今度は思い切り白バラの杖を振りかぶった。
ザン!!
キェアァァァァァァァァ!!
今度は断末魔のような叫び声をあげ、麒麟は戦闘不能となった。
もしその光景を、第三者が見ていたならば、何が起こったか理解できなかっただろう。
バラを振りかぶった直後、キリンの二つの首が切断され、地面に落下した。
『やがて赤く染まる白薔薇の魂!!』
二つの首を切り上げた 大きな薔薇は まるでトランプの兵士が偽ったように白から真っ赤に染まっていた。
「はい、終演っと。全く……何度やっても、殺すのは胸糞悪いや。」
「すごい……これが、演劇戦士!?」
物陰から見ていたシズクは、伝説か神話に出てくるような怪物たちを、まるで赤子の手をひねる様に圧倒する演劇戦士たちに、ただただ息をのむばかり……。
「正確には、戯曲を浸透させて、キネマリングを使いこなしたアクターだ。」
悠長に観察していたキッド。その時だった。
オオオオオオン!!
地鳴りのようなうめき声と共に、門の向こうから、さらなる強敵が現れた。
黄色の肌に、雲をつく背丈。手に持つ棍棒は岩をも砕き、大地を割るだろう。
頭頂部の角は刃のようにギラリと光り、大きな1つ目は、心の弱いものなら一瞬で睨み殺しそうだ。
「ウソだろ…… このタイミングで超大型……!?」
シャギの震える声。
別名『伝説種』とも呼ばれ、神話に語られる魔物、サイクロプスが門のすぐそばまで迫っていたのだ。
王国の前軍事力をもってしても、討伐は容易ではないとされるほど強大な力を持つ。
ある時は、防衛軍をもってしても中心街までの進軍を許し、都市の約20%が崩壊する事態となった。
劇団四天王の演劇戦士たちを総動員してようやく討伐することができたが、その際の国の被害は言うまでもなく甚大で、復興までに半年を要する事態となった。
「今からでも四天王達に連絡を……。」
「もうこっから姿見えてんじゃん?間に合わねーって」
ジョージに言葉通りだった。鈍足のサイクロプスといえど 今3人がいる位置まで到達するのに、もう数分とかからないはずだ。
招集をしに来たあの兵士には、『ソードオラクルの4名のみで対処する』と通達させてしまった。
まさか他のメンバーは、伝説種が近づいているなどとは夢にも思わないだろう。
と、ニーナがとあることに気づいた。
「あれ、伊織いなくね?」
「あいつならドラゴンを追いかけて行ったよ……飛行種はやつの得意分野だからな。」
「何ツー間の悪い……。」
とはいえ、あのドラゴンも伝説種。
放置しておけば大変なことになってしまうのは、サイクロプスと変わらない。
「何とかしなきゃ……で、どーすんのよ。」
「ニーナちゃん、決まってるっしょ?……俺ら三人で、何とかしなきゃ……ね?」
「アーア、 なんでこんなアホ揃いの劇団入っちゃったんだろ、あーし。」
「無茶と無謀はソードオラクルの伝統芸だ。ヨゼフさんから習ったろ?」
「え、うそ、あーし初耳……。」
「惜しむらくはドレイクさん置いてきちゃったことかなー。ま、余裕っしょ?」
三人が歓談している間にも、刻一刻とサイクロプスが迫る。
「よっしゃ、行くぜ?」
「「応!!」」
サイクロプスの殺意に満ちた眼差しが、すぐ頭上まで迫ったその瞬間ー。
ガシャァァァァァァァァァン!!
すぐ近くで傍観していたキッドとシズクにも、 何が起こったのかよくわからなかった。
ものすごい勢いで、サイクロプスが棍棒を振り下ろした瞬間。
その刹那という言い方が全く大げさではない、動きが見えないほどの速度であった。
魔物の大群ですら、破壊するのに数時間かかる大門を、一撃で粉々に破壊し、そこに立って街を守っていた演劇騎士3名を、一瞬のうちに変身解除させた。
「マジかよ……ソードオラクルのエース達が一撃って……」
キッド達は、当然目の前に転がって倒れている先輩達を案じたが、それ以前に自分達に迫っている魔物を何とかしなければ……という生命の危険も感じていた。
その時……。
背後から異様な気配に気付いた。いや、彼の背後にいるのは当然シズク一人なのだから、彼に決まっているのだが……。
余りにも大きな魔力、蛇口を目一杯まで捻った水道からの水を、 大きなバケツに溜めて行った時、爆発的に上がる水位のように、
魔力が格段に跳ね上がっていく。
「お前……!!」
意を決して振り返ったその瞬間。
シズクは、キッドの見たことのない姿になっていた。
髪と瞳が蒼く輝き、全身から蒼い魔力の蒸気が立ち込めている。
「何を……。」
質問しようとしたキッドだが、シズクは答える事なく、キッドの耳に慣れた呪文を唱える。
『開幕……!!』
突然、西洋の鎧を身に纏い、髪が金色に変色した。
左手に持つ旗は蒼。まさしく天空の色だ。
「ちょっと待ってて……すぐ終わらせる」
天使の翼の様に、背中の左右に羽をはやし、門の側へと飛び上がる。その背中を見ながら……キッドは思わず声に出した。
「ありゃまるで……『ジャンヌ・ダルク』……!?」
その頃、伊織は……。
『聖なる女騎士の裁き!』
「ウォァァァァァァァァァァァ!!」
「これにて終演……ありがとうございました。」
準伝説種の大型の魔物、ドラゴンを縦にバッサリ両断したジャンヌ/伊織は、次に国の大門前が目に入った。
「あれ……伝説種じゃないでしょうね!皆無事なの!?」
ドラゴンを塵に還しても変身を解かなかったのは、門の辺りに巨大な怪物の影があり、そいつが門を破壊した様に見えたからである。
「あれって……サイクロプス!?」
伊織がその姿を見たのは、これが初めてではなかった。
「よりにもよって、鳴波を殺したやつじゃないの……!」
伊織が門に近づく寸前……。
ドォォォン!!
耳をつんざくような爆音がしたかと思えば、蒼い光の刃のようなものが、サイクロプスの頭部を貫通。
ギュオオオオオオオオ!!
この世のものとは思えない悲鳴をあげながら、 頭を押さえて悶絶するサイクロプス。
体が白濁色になっているということは、魔物の絶命寸前のサインである。もう奴は助からないだろう。
「にしても……。」
伊織の目が異常でなければ、サイクロプスは今のたった一撃で、あのダメージを加えられたことになる。
「誰が来たのか知らないけど、あの技まるで……。」
「まさか……。」
背中の両翼に渾身の力を込め、 門の方へ向けて羽ばたく。
「鳴波……!?」
あまりに淡い希望を胸に空を駆ける……が、 そこにあったのは予想外の光景であった。
「シズ……ク!?」
バカな、そんなことはありえない、これはきっと何かの間違いだ。
そのように自分を納得させる伊織を、まるで嘲笑うかのような、目の前の光景。
屋根に登っていた彼は、 背中に翼が生え、 西洋の騎士風の鎧をまとい、 右手に剣、左手に青い旗を持っている。
何より信じ難かったのは、彼がまとっている演劇騎士の衣装。
それは、蒼い旗を持ったもう一人のジャンヌ・ダルク。
剣先から伸びる蒼く細い光は、レーサーのようにまっすぐ伸び、 目の前のサイクロプスの頭部を貫通している。
この姿になれるのは、たった一人。
今は亡き親友、川妻鳴波だけのはず……。
『ここは、聖なる魂を持った者たちの戦場です。邪なる者よ、早急に立ち去りなさい……。』
フランスの百年戦争の際、娼婦たちを追い払った彼女の、残酷にして堂々たる台詞の詠唱。
『蒼き聖者の排斥……。』
さらに分化した刃の光線がサイクロプスを襲う。
神の名のもとに、邪なる者を排除する力は、眩しく、強く、冷酷で、余りに鋭かった。
肩から足にかけてが、白い陶器の素材のようになり、 古びた建物が老朽化して崩れゆく様に、亡骸にひびが入ってゆくサイクロプス。
危機を脱し、魔物の討伐を達成した……。
そのはずなのに、ガラガラと崩れた門の近くから、その様子を見る伊織の目は、怯えと驚きに満ちていて、何より寂しげだった。
「勝ったな……。」
いつのまにか伊織の隣にいたヨゼフが、 崩壊しゆく魔物の亡骸を見ながら呟く。
「ねぇ…… あれって……。」
「あァ……。」
この一年間、伊織の前では口に出すことをはばかってきたその名前を遂にこぼした。
「鳴波の『ジャンヌ・ダルク』だ。」