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初演 上幕ー演術と、演劇戦士ー

町外れのカフェ『モランボン』には、2階スペースに伊織の所属する劇団ソードオラクル専用の稽古スペースがある。


主宰であるヨゼフの娘が経営しており、 一階カウンターの奥には小さなステージがある。

こちらは町中の劇団が予約可能だが、基本、ソードオラクルが月に1度、定期的に公演する位だ。


稽古場には、ソードオラクルの8名の劇団員が集っていた。

5歳ぐらいの少年少女もいれば、 若い男女、果ては老人もいる。


「なんだ伊織!遅かったな!」


「ホントよ〜!……ん?何その子、隠し子!?」


「オレちゃんのいおりんが隠し子〜!?そんなふしだらは認めねェよぅ!」


大柄な赤髪の男、シャギ・梶原と、紫髪の女性、ニーナ・小林、 金髪の先輩男優、ジョージ・天城が詰め寄る。


「ちょっと待って二人共!休憩入ったらちゃんと話すから……。」


伊織が帰宅して早々に、息つく間もなく稽古が開始された。


今月の演目は、ヨゼフ書き下ろしの脚本。『MOONLIGHT』。


大地主の令嬢である主人公の少女が、夜の街を散歩する物語。

少女はやがて、喋る謎の黒猫と出会うのだが、街を回っていくうち、それが実は生き別れの恋人であったと発覚する。


『アナタは、ずいぶん前からこの街にいるのね。』


主演の女性を務めるのは、ニーナ・小林。

伊織より二つ下だが、ソードオラクルに入って2年目の実力派女優である。


『この町をナワバリにして、もう三年になる。』


黒猫の台本を読むのは、ソードオラクル創立メンバーの一人でヨゼフの旧友、シューバ・薙元。

ダンディでよく響く声は、ソードオラクルの重要な戦力である。


『ではあなたは、どうしても行ってしまうというの……?』


『……明けない夜は、ないからな。優しい夢が覚めれば、朝日とともに現実がやってくる。』


『そんな!私がアナタをどれほど……』


稽古を見学しながら、シズクは感嘆のため息を漏らした。


手狭なカフェの2階スペースの稽古場が、閑静で神秘的な夜の街に変化した。


景色が、音が、匂いが、台詞となってその空間に現れる。

感情は空模様になり、 音色が空気に変わり、動作は生ける(キャラクター)の形を取る。


ものの例えではない。ヨゼフの描く新たな気配がそこにあった。

錯覚と言うならそうかもしれないが、そう言うには、あまりにもリアルだったのだ。


シズクの心に響いた理由は、それだけではない。


それは、ただの感嘆ではなかった。シズクの脳裏にフラッシュバックしたのは、今とよく似た風景ー。




高みを目指す者たちが、研鑽し合い、協力し合い、一つのものを作り上げようと集まっている。

全員が本を持ったり、 脚立に登ったり、歌い合わせをしたりしている。その風景は……。

そう、今と同じ、舞台稽古そのものだった。



キィン……!


チェーンソーの稼働音のような、怪しい音と共に我に返ったシズク。


「今……のは……!?」


「大丈夫?」


伊織が冷たいレモネードのカップを、シズクの頬に押し付けた。


「顔色悪いよ?」


「すいません。」


「なんでもかんでも謝んじゃないわよ。 こっちが気使う。」


それでもやっぱりどこか気がかりがあるようで、 遠慮がちにレモネードを飲むシズク。


「凄いっしょ、ソードオラクル(うち)のメンバー。」


「はい、とっても! まるで脚本の中にいるみたいで……。」


「これが数年前まで、存続すら危うい弱小劇団だったらしいわ。まあ今も人数は少ないけど。その『リアリティ』を武器に、国王お抱えの四大劇団の一つになったの。」


「四大劇団……?」




エチュードワールドにある巨大国家、セントミュージカル王国。

国土面積はおおよそ、アメリカ大陸三つ分。 人口約10億の、 名実ともにマンモス国家である。


アンダーノース山脈の向こう側には海があり、その向こうの大陸にも国があると言うが、 渡航が困難なためか、交易はあまり行われない。


この国において最大の武器となるのが、 経済力でも軍事力でも、 コネや権力でもない。

表現力、とりわけ全ての『芝居の根幹』足り得る『舞台表現力』が、この国で莫大な力を得るキーとなるのである。


有象無象の劇団が混在しており、団体の数は、国が把握しているだけで約250。


その中でたった四つ、演劇をこよなく愛する王家に認められ、業務提携を結んだ劇団を『セントミュージカル劇団四天王』と呼ぶ。


「250の中から選ばれる、たった四つのうちの一つ、ってことですか……?」


「人数はウチが一番少ないんだけどね。その役割は二つあって、 一つは王家の依頼に従い必要に応じて公演をすること。

もう一つは……。」


伊織が何かを言おうとした時。


ヨゼフの娘、サーシャが、慌てた様子で階段をかけ上ってきた。


「あぁ伊織ちゃん!うちのお父さんは?」


「ヨゼフさん出かけてるけど……サーシャちゃんどうしたの?」


「国の兵隊さんが店に来てて……緊急伝令だって!」


緊急伝令(・・・・)の単語に、ソードオラクルのメンバーは、一時稽古の手を止めた。


玄関に兵士が来ていたことで、『いつものことか』とその用件を理解した一同。

年少者達は荷物をまとめ始め、シャギたちは下に来ているという兵士の応対に向かった。


「ソードオラクルの皆様、稽古中失礼いたします!私、黒王軍第2副隊長のソラリスと申します!本日の伝令につきましては……。」


若い兵士が書類を読みあげようとすると、ジョージ・天城が 先立って店から出た。


「分かってるっての。いつもの肉体労働っしょ?オレちゃんたちにかかればちゃちゃっと終わるから、いつも通り避難誘導(・・・・)シクヨロちゃん。」


「はっ!……いつもありがとうございます!」


(避難誘導……!?)


シズクが二人の会話を不思議に思っている間に、 サーシャは着々と閉店の準備を済ませた。


「お前ら演術の銀腕輪(キネマリング)持った?」


ジョージが後ろにいるメンバーたちを確認する。


『支度』を済ませた彼とシャギ、ニーナ、伊織が、 先ほど伊織が化け鯨との戦闘で使っていた銀の腕輪をはめている。


「うっし……行くか。ヨゼフ司令搭の代理はシャギで良いっしょ? 俺ちゃん作戦とか立てんの苦手だからさ〜。」


「待って!オレは……!」


シャギたちのもとに、ソードオラクルメンバーの小さな少年が駆け寄る。


キッド・光円寺。 最年少だがニーナとほぼ同時期に入団しており、小さな体ながら殺陣の腕が見事で、ヨゼフから一目置かれている。


「キッドオメー、演劇騎士(アクター)に覚醒してねーだろ?」


残酷なまでにはっきりと、シャギが言った。


「分かってるけど……俺だって役に立てるよ!ここで頑張って修行してきたんだから!いつか好きな戯曲の力で戦いたくて……。」


「現にお前は無力だ。 戦う上では足手まといだろ。」


「シャギ、そんな言い方!」


ニーナが一喝するが、もちろん少年を思っての発言だ。


「いいかキッド、勘違いすんじゃねえ。 俺はてめぇのこと眼中にねーって言ってんじゃねえ。才能が開花するまで、お前は犬死すべきじゃねえって言ってんだ。」


厳しくも温かい目をしたシャギに頭を撫でられ、 仕方なく店の奥に引っ込むキッド。



「仕方ねーな。 一丁ぶちかますか。」


「待てお前たち!そんな勝手に……。」


あまりに手際の良い後輩たちを静止しに、古株のシューバが階段を駆け下りてきた。


「シューバさんは待っててくれない?この店に誰かしら戦える人いた方がいいし、第一あなたが出張ったら、1分経たずに終わっちゃうじゃない。」


「チッ…… またヨゼフに私が説教食らうぞ。」


ため息と舌打ちを同時にし、 頭を抱えるシューバ。


「まぁまぁ、今夜一杯奢るんで、勘弁してくださいよ。」


「ま、それでも秒殺よね、 私たちが揃ってるんだもん。」


「油断をするなよニーナ。さぁ……行くぞお前ら!」


シャギの号令に、残る三人は掛け声を合わせた。


「オウ!」












セントミュージカル王城には、 東西南北に四つの塔がある。


それは、『敵国』に対してのものではない。


山に囲まれており、攻め込みにくいというのもあるが、そもそもここ数百年、国家戦争というものが起こっていない。


なぜなら、この世界の人類そのものに、『別の敵』がいるからである。


魔物。


それを誰が『魔物』と呼称し、いつからこの世に現れたのか。

学者の間でも意見が分かれているという。


夕方に差し掛かった頃。それは国の西側の空を覆っていた。


真っ黒い人の影がそのまま浮き出たような魔物。黄緑色の硬い皮膚を持った、一つ目のドラゴン。

首が二つに分かれたキリン。

白い皮膚と赤い目玉を持った邪悪なカブトムシ。


有象無象の魔物たちが溢れ、西の空を覆い尽くしている。


厄介なことに、彼らの目的は『捕食』ではなく、『殺戮』なのである。


無論国王軍は応戦するが、 大した意味をなさない。


突撃隊の役を成す魔物、影の端役(シャドーマイナー)が 徐々に着陸。


西の門を越え、 市街地に入ろうとする。


それを止める者たちは、 彼らの足より早く定位置についていた。


「スタートダッシュ挫かれたな……。」


シャギが舌打ちをするが、 ニーナは余裕の態度を崩さない。


「どうせこの方角からしか来てないんでしょ?だったら、こっちから来るの全部潰せば勝ちじゃん。」


「ちょっと待ってニーナ、一人当たり何匹ぐらいやればいいの?あれ……。」


「力の続く限り全力で!どう、わかりやすいでしょ。」


「僕の見立てではどうも……数では劣勢なような。」


「ほらね、シズクもそう思っ……て!?」


伊織は本気で焦ってしまった。 モランボンで留守番をさせていたと思ったシズクが、 自分の真後ろにいたのだ。


「アンタ何やってんのよ!」


「いえ、伊織さんの戦闘フォーメーションに惚れ込んだので、見学させていただこうかと。お気になさらず!」


「バカなの!バカでしょ!バカ決定!これは遊びじゃないの!!さっきのよりでかいのもいるし…… どんだけ派手にやるか分からない戦争なの!」


「でも皆さんは、舞台俳優ですよね?何故こんな……。」


「私たちは四天王だって言ったでしょ? 王族の依頼に応じて公演する事の他にもう一つ、 仕事があるの!

そのもう一つがこれよ……国の平和を乱す、害獣を駆除する!」


数年間演劇に携わって生きてきた者の中には、ごく稀に、王宮直属の魔導師ですら到達出来ない、特殊な魔法を開花させることがある。


その名を『演術(アクトマジック)』。


この術を覚えたものは、特定の戯曲の(キャラクター)に扮して魔法を駆使することができる。

実を会得したものには、王家から変身ツール『演術の銀腕輪(キネマリング)』と 国家防衛の任務を与えられる。


「つっても、四天王劇団の中でも術に覚醒する奴はさらにほんの一握り。数の少なさで、俺たちゃ貧乏暇なしよ。」


シャギがボヤく中、 魔物たちの影はすぐ目前に迫る。


「本来ならそこに正座させて3時間説教するところだけど、 そんな暇もなさそうね。あんた下がってなさいよ!?」


伊織の指示に従い、 先頭が見える物陰に隠れるシズク。


「市街地への被害は絶対に避けたい。秒で片付けるぞ、お前ら」


「了解。」


伊織が返事をすると同時に、四人は一斉に腕輪に魔力を込める。


開幕(プリミエーロ)……。』


これまた四人同時に唱え、静かだが確かに、戦闘開始のゴングが鳴った。看板女優の伊織は、ハープ爪弾くような手つきでキネマリングによって生じる魔法の光を縫い合わせ、ソードオラクルの旗を出現させ地面に突き立てる。


翼を生やした天使の輪に、交差して突き刺さるニ本の剣。


ヨゼフが授かった『神託』を、物語を、そして剣を持って指し示す誇り高き劇団。

前途洋々とはいかないまでも、彼らの目に迷いはなかった。

風になびく旗とともに、伊織は高らかに叫んだ。


「劇団ソードオラクル!!西大門防御公演!!推して!!清く!華麗に!激しく!』


看板女優の口上が上がると、残り四人の演劇戦士は待ってましたとばかりに宣誓した。


『参ります!!!!』

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