マズイ! 排出急げ!
「うう~、私のバカ……なんで忘れちゃうの?」
そんな風に自分を叱咤していた、そんなときである。
「はああ。困ったなぁ、誰か僕の『オトシモノ』の捜索を手伝ってくれないかなぁー。もし手伝ってくれたらとっておきの『ご褒美』をあげてもいいのになぁ」
聞えよがしに聞こえたのは、そんなセリフであった。机に突っ伏していた私は慌てて顔をあげる。そして条件反射的に溢れ出るのは、スマイル百点のセールストークだ。
「お、お待ちしておりました! 何かお困りでしたら喜んでお手伝いさせていただきま――」
と、そこで口が固まった。
今思えばであるが、確かに変な気がしないでもなかったのだ。
部室の扉は閉めてあったから、誰かが入ってきたのなら、何らかの物音で気づいていたはずである。
それでなくとも、私は依頼人のご到来には鋭敏だ。二階のトイレで用をたしてるときでさえ、「む、今誰か部室に来た気がするぞ。マズイ! 排出急げ!」と察知できるほどだ。
これまで恐らく、部室にやってきた依頼人に無駄足を取らせたことはほとんどないのではなかろうか。そこだけは、先代部長牧野先輩にも唯一競える強みである。
失礼、話がそれた。
要するに、その依頼人はちょっと変わった部類のものだった。本来ならドアを開けてやってくるはずが、その依頼人は、開け放してあった窓からひょっこり入ってきたらしい。
そして、多少の個人差はあれ、大体私と同じくらいの背丈があろうはずの身体は、ほんの子猫サイズで――。
というか、猫であった。
もっというなら黒猫である。
その黒猫は窓際にあるロッカーの上を四足で闊歩し、しかし何かに驚いたように口をあんぐりとだらしなく開け放ったまま、私の方を凝視していた。




