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とある神様のおもてなし狂想曲  作者: 楽土 毅
エピローグ 70億分の
65/70

ペットが飼えないなら、佐々野を飼えばいいじゃない

 私立夕静海高校の前には、長い長い緩やかな一本の坂道がある。


 そこは自転車を押して登るのが通例だ。男子の一部にはここを自転車に乗ったまま上がってしまう猛者もいるが、私なんかには絶対に無理。

 というかこの坂には(まこと)に苦い、しかしちょっとだけ甘い思い出なんかがあったりする。


「ん、どうしたんだよ佐々野。変な顔して」

「変な顔て……」


 ひどい言われようだ。そりゃちょっとぽけっとしてたけど。


「いや、ちょっと昔のこと思い出してたの。昔って言っても一年前くらいのことだけど」

「なあにそれ?」


 反対隣にいた三春が、それほど興味もなさそうに尋ねてきた。でも、自分的に話したい内容だったので、話すことにした。


「高一のときのちょうど今ごろ、学校の帰り道にさ。ここの坂を自転車で下ってて、怖い人たちとぶつかりそうになったの。それですごい怒られて、『いーしゃりょう! いーしゃりょう!』ってコールしながら急に囲んできて、それがすごくこわかった」


 あのときの恐怖は想像を絶するものだった。その人たちにとっては、ちょっとからかってやろうくらいのつもりだったのかもしれないけれど。


 しまいには『金がないなら、体で払ってもらっちゃおうっかなー』みたいな、もはやそれを聞いただけで、「あ、こいつクズだわ」とわかってしまうようなことをほざきだす始末だ。そのころにはすでに私の目はうるんでいた。


「でもそこに牧野先輩が現れて、あ、私はこのときに初めてあったんだけど――誰もが見て見ぬふりするなか、あの人だけが助けにきてくれたの」


 私はお祈りでもするように右手と左手を握り合わせ、あの瞬間に思いを馳せる。それだけで頬に熱がこもり、胸が高鳴って行く。あのときの恋心にも似た憧れの思いは、未だ私の中で(くすぶ)っているのかもしれない。


「威嚇してくる男の人たちに物怖じもせずに、穏やかに笑いながら『嫌な犯罪が増える季節、この時間帯には警察官の方々がこの辺にパトロールにやってきます。ここに警察の方に来られて困ってしまうのは、あなたがたの方ではないですか』って言って、追っ払ってくれたの」


 あのときの頼もしさと言ったらもう、簡単には言い表せない。元々美形の牧野先輩だけど、あのときは七割増しでかっこよく見えた。


「その後家まで送ってくれてさ。後々聞いたら家は真逆の方向だったのに、そんなこと少しもも言わずにだよ」

「で、それでメロメロになって、あわよくば恋仲になってやろうと『よろず部』に入ったわけか」


 佳香が悪戯っぽい笑顔を浮かべてそんなことを言った。なんたる無礼か。


「違うもん。私もそんな風に人を助ける立場になれたらなって、思っただけ。大体私のは恋と違うし、ただの憧れだよ」

「それはなんか違うの?」

「全然違う。まあそりゃかっこいいとか思うときもあるけど。でもそういうのじゃなくて、なんかあれだよ。私にとって牧野先輩は偉人みたいな。信仰対象って感じ?」

「なにそれ怖い」

「い、いや別にそういうんでもないけど。もういいや……なんて言ったらいいのかわかんない」


 牧野先輩と恋人になるなんて、想像もできない。高嶺の花なんてレベルではないのだ。奴がいるのは天空の城だ。どんなに抗ったって届きやしない。


「そう言えばさ、『よろず部』に入部したがった子って他にも結構いたって聞いたけど、結局入れて貰えたのは沙良だけだったのよね?」


 自転車を押しつつ、三春が尋ねてくる。そこに佳香も乗っかった。


「私らが入ったのは、佐々野に誘って貰ってからだしな。じゃあ純粋に牧野が認めたのは佐々野だけってことか」

「あ、うん、まあそうなるのかな」


 何気なく答えつつも、内心てれてれだ。しかしそんな気分を三春が一瞬で消し去った。


「どんな手使ったの? 枕?」

「違うし! 牧野先輩がそんなことするわけないでしょ! 私もしないし!」

「じゃあなんなんだ? 正味佐々野って低スペックだし、入れるメリットねぇだろ」

「それは言い過ぎでしょ。沙良だってやるときはやる子だと思うし」

「そのやるときはいつ来るんだよ」

「さぁ、知らんけど、五年後くらいじゃない?」


 ここは泣いてもいいと思う。自分としては大親友だと思っている二人に、真剣な表情で自分の存在意義を否定されているのだ。私の居場所はどこにあるのだろう。誰か私を見つけて。


「うひ……ぐす……」

「って泣いてるし! おい結木お前言い過ぎだろー。佐々野泣いちゃったじゃねぇか」

「あんたも言ってたでしょうが……」


 私が俯いてひっくひっくしていると、佳香が頭をぐりぐり撫でてきた。


「やーでも佐々野ってなんか母性本能をくすぐるんだよな~。頑張ってるのに空回りしちゃうところとかさ、放っておけない感じあるよなー」

「それは全面的に同意するわ」

「もしかしたら牧野もそんな感じだったんじゃね? 部室にペットでも飼いたいな~、でも普通のペットは世話大変だし……あ、そうだ! じゃあペットっぽい部員を入れよう! って感じでさ」

「ペットが飼えないなら、佐々野を飼えばいいじゃない」

「なんか雑用もしてくれるし、見てて飽きないし、マスコットとしては最高。マジ一家に一台」

「え、それはほめ過ぎじゃない? 食費や学費だってかかるのよ?」

「それもそうだな。コスパ的にはペットの方が優秀か」

「うわあああああああああああああんっ!」

「「あ、」」


 私は泣き叫びながら坂道を駆け上がった。もういやだ、もう聞きたくない。こいつらはもう友達じゃない。これからはたった一人で生きていく。『よろず部』だって私一人で……


「んにゃ!」


 運悪く転がっていた空き缶を踏んづけてしまい、私はバランスを崩して転倒してしまった。しかも押していた自転車に乗っかるような形で転んでしまったため、みぞおちにフットペダルが突き立った。超痛い。


「あーあー、大丈夫かよ」

「沙良、ケガしてない?」


 佳香と三春が慌てて駆け寄り、声をかけてくれる。


「うん、だいじょぶ」

「よしよしいい子だ。立てるか?」

「うん……」


 佳香が私の体を支え、三春は私の自転車を起こしてくれた。そして私の体を見回し、傷口を見つけたのか、そこにハンカチを巻いてくれた。


「もうちょっとで学校だから、そしたら保健室行きましょ。そこまで頑張れる?」

「……うん」


 そこからはほとんど無言で、私はしくしく泣きつつ、三人並んで坂道を登った。



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