私はこの瞬間、一生分のご加護を授かった
「凄まじく美味いな。そして、なんだか甘い……これは、佐々野の間接チッスの味か」
「すいません給仕さん、新しいスプーン下さい」
寒気のする言葉に私は目を覚ました。口の中の至福を噛みしめている坂下くんのことを踏みつけて、私は貰った新しいスプーンで食事を続ける。
そのときだった。
「しーんし、あーんど、しゅくじょーっ!」
テーブルの向こうから、サタケさんのそんな声がした。そちらに視線をやってみると、それぞれ楽器を手にしている幼い男の子や女の子が、その向こうにずらりと並んでいた。
それはまるで、『吹奏楽部』のやっている演奏会のようだ。
そしてその中央の先頭に、サタケさんの姿がある。ちっちゃな体に大きめのタキシードを着ている姿はもう我慢ならんほどにかわゆいが、さすがにここで飛びついて行くほど空気が読めない女ではない。私は居住まいを正し、席についた。ついでに膝をついたままの坂下くんにも、椅子に座るよう促す。
「この度ははるばる天上界までご足労いただけたこと、感謝する。ありがとうございました!」
「「ありがとうございましたー!」」
「そして数々のご迷惑をおかけしたこと、もう一度謝らせていただく。本当にすみませんでした!」
「「すみませんでしたー!」」
サタケさんの言葉に、周りの子たちは山びこののように続く。それは否が応にも昔の思い出を想起させた。
――え、なにこれ、お遊戯会?
いったんそう思い始めてしまうと、途端にどきどきハラハラだ。うちの子間違ったりしないかしら。家ではいつも落ち着きがないから、すごく心配。――って、私はお母さんか!
「それでは今から演奏を開始させていただく。僕がいうのもなんだが、第一級の魔奏者揃いの最強の楽団だ。そして演奏する曲は、僕の自作曲」
そう言って、サタケさんは『遊楽』を構える。その瞬間、得も言われぬ静寂が私たちを包んだ。
空気が一呼吸の間に一変したのだ。すさまじい緊張感である。それが思い出させるのは、高校受験の試験開始十秒前のあの感じだ。
「では、聞いておくれ。我々渾身の協奏曲を」
そこからは、夢のような時間が流れた。
楽器は詳しくないのでよくわからないが、サタケさんを初めとした和笛の一団が奏でる風流な音色は私たちを幻想的な空間へと誘った。かと思えば、端のほうに居並ぶ和太鼓部隊が力強い音で私たちの目を覚まし、新たな世界を作り出す。それに続くはバイオリンやビオラ、フルートなどの西洋風な楽器を始めとした大合奏だ。壮大にして、その一体感はまさに筆舌に尽くしがたい。ときおり盛り込まれるソロ、そこにつながるアンサルブルへの緩急も見事だ。
いつまでも聞いていたい。心からそう思えた。
この音の波に溺れてどこかへ流されてしまいたい。
しかし、どんなに素晴らしい演奏にも必ず終わりはやってくる。多分、実際には半時間くらい聞いていたのだけれど、私はそれがほんの五分くらいのものだったかに思えた。素晴らしい時間というものは実際よりも短く感じてしまうものだ。
そして、私は演奏をしている子たちのそれぞれの楽器が、光を湛えていることに気づく。その光は演奏終了とともに彼彼女らの頭上で収束し、それはやがて二つに分かれ、私と坂下くんのもとへとほわほわ飛んできた。
「こ、これは⁉」
「恐れることは無い」
私がそれを見てあたふたしていると、背後からミカド様がそう言ってくれた。
「あいつらからの贈り物だ。受け取ってやってくれ」
私と坂下くんは、そのままじっと待つことにする。するとやがて二つの光が私たちにぶつかり、この身を包んだ。
するとたちまち、体に力がみなぎるのがわかった。黒蛇との戦いで負ったちょっとした傷も一瞬で癒え、あっという間に疲れもとれる。今ならなんだってやれてしまう気がした。
「サタケさん、みなさん、どうもありがとう」
私が言うと、みんなが笑顔で頷いた。そして先頭にいたサタケさんもふっと笑ったが、その後静かに目を閉じた。
多分、私はこの瞬間、一生分のご加護を授かったのだ。この後の全ての幸運には、この最高のおもてなしが起因していたように思う。
彼は静かに、こういった。
「勇気と慈悲に満ち溢れた若き二人の明るい未来に、幸多からんことを」




