じゃあ、この前駅前で見た、サッカーサポーターたちの度を越えた乱痴気騒ぎの話を――
「俺はこれから『正義部』設立の申請書を生徒会に出してくる。そのおりに、今お前がやったことを洗いざらい報告させて貰うからな。覚悟はしておけ」
「わ、私が何をしたと⁉」
「とぼけても無駄だ! 証人はたくさんいるんだ! 罪なき依頼人の頼みを、適当な嘘でごまかしやがって! 仮に今の俺が本当に純粋にハンカチを無くしてここに来ただけだったとしたら、お前は俺を救うどころか、もうどうしようもないと無下に切り捨てただけだったんだぞ!」
「ぐっ……」
ぐうの音もでない。ド正論だ。
私のしたことは最悪だった。あれなら「私にはわかりません。ごめんなさい」と素直に謝った方が幾分もマシだった。
「荷物まとめとけよ。恐らく来週には『よろず部』は廃部になり、ここは『正義部』の部室になるんだからな」
へなへなと腰の力が抜け、私はパイプ椅子に腰を落とした。力ない眼で坂下くんの顔を見上げる。彼は第一ボタンだけを止めた学生服をマントよろしく勇ましく翻し、「正義は勝ぁ―――――――つっ!」と声高らかに叫びながら我が部室を後にした。
そして静寂。
私は茫然としていた。窓の外から運動部の掛け声が聞こえてくる。
「やっちゃったわね」
不意に言ったのは、ついさっきまで我関せずだった部員の一人、結木三春である。彼女は読んでいる文庫本に未だ目を落としたままだ。
「他人事みたいに言わないでよー! もう、みはるんなんで助けてくれなかったの⁉」
私が泣きそうになりながら言うと、三春はようやく顔をあげてこちらを見た。しかしその顔は何とも言えない呆れ顔だ。
「あれは助けようがないって。沙良の言動に救いが無さ過ぎた。同じ部活にいることが恥ずかしくなったよ」
「わぁーん! そこまで言わないで! 自分でもわかってるからさー!」
「あと沙良は単純過ぎ。今時の男子高校生がハンカチ落としてわざわざこんなとこまで相談にくると思う? 百パー罠じゃん。それじゃないとすれば沙良に気があるとかだけど、まああの感じだとそれは無さげだしね。多分沙良のこと虫よりも嫌いだと思うし」
「い、嫌よ嫌よも好きのうちっていうじゃん!」
「いや、嫌いなもんは嫌いでしょ。沙良は玉ねぎ好き?」
「大っ嫌い!」
「そーゆーこと」そう言い捨て、三春は私から視線を外した。「ま、私は好きだけどね」
「え、わ、わたしのことを?」
「いや、玉ねぎが」
そして三春は突然思い立ったように文庫本を閉じて、学生鞄に仕舞い、椅子から立ち上がった。
「え? どこいくの?」
私が聞くと、三春はさらっと言うのだった。
「帰るのよ」
「まだ部活は終わってません! 六時までは依頼受け付けてるんだから、それまでは残ってないと!」
「どうせ誰も来ないって」
「そんなのわかんないでしょ! ともかく部長命令です! 一人でいるのは寂しいので私と一緒に残りなさい!」
「……はぁ」
三春はそんなため息を漏らした後、結局私の隣に戻って来てくれた。
「みはる~んっ!」
「まあ、家に帰ってもすることないしね。その代わり沙良何か面白い話して」
「お、面白い話⁉ え、ええとねぇ……。あ、じゃあ、この前駅前で見た、サッカーサポーターたちの度を越えた乱痴気騒ぎの話を――」
そんな具合にだらだら喋っている間に、六時がやってくる。
その間に新たな依頼人が現れることはなかった。