それはお前が持ってちゃいけないものだ
「よっしーどうしたの⁉ 大丈夫⁉」
「なんか……よくわかんねぇけど、体が重い……なんだこれ」
佳香の額から玉のような汗が噴き出ていた。尋常ではない。
しかし私は何もできないでいた。
「よっしーに……なにしたの」
私は坂下くんに敵意のこもった目を向ける。
もともと昨日以来、彼にはけして良いとは言えない感情を抱いて私ではあったが、今となってはもうそんなレベルではない。確固とした憎悪を抱いている。
「『正義部』が聞いて呆れるわね。なにあんた。こうまでして『正義部』を作りたいの?」
私の言葉に、三春も続いた。彼女は、地面に膝をついている佳香の前に立ち塞がるようにして、坂下くんの前に出た。
「それともあれ? あんたが王様の『正義部』でも作りたいわけ?」
坂下くんは大仰に肩をすくめ、半笑いで答える。
「今時の正義の味方はダークヒーローな側面も持ち合わせておかなきゃやってられないのさ。それでも大義さえ見失わなければ問題ない。そしてその大義のためならば、汚れ役をも厭わないのが真のヒーローだ」
「あんた大丈夫? 何か大事な薬飲み忘れてたりしてない?」
「周りに理解されないのも仕方ない。俺は宿命と心得ている」
「まずは人の話を聞こうか」
「それにだ」
坂下くんは一転真剣な表情を浮かべた。緩やかな風が彼の羽織っている学ランを揺らしている。
「俺が今ここにいるのは、『正義部』を作るためではない。さっきも言っただろう? 俺が待っていたのは、お前だ佐々野沙良」
そう一言いって、今度は私の方へと視線を移してくる。
私は毅然とその視線に相対した。
「私に何の用?」
「お前の持っている笛をよこせ。それはお前が持ってちゃいけないものだ」
――……笛?
そこで、ピンとくる。
笛と言えばあれしかない。不思議なこと続きだった昨日のこと、私は自分の布団の上でそれを見つけた。あの不可思議な横笛である。『雅楽再解放部』の人たちにも吹くことさえできなかった、あの笛だ。
坂下くんはあれをよこせと言っているのだ。
正直意味がわからない。なぜあんなものを欲しがるのか。
だが、仮にそれを渡せば、坂下くんがこの場を引いてくれると言うのであれば……
「わかった。笛はあげる。だからよっしーに変なことしないで。あと謝って」
「笛を渡すのが先だ。あと俺は謝らない」
「なんで」
「俺だって何もする気はなかったんだ。先に飛び掛かってきたのはそいつの方だぞ。正当防衛だろ」
確かに佳香の方が先に手をだそうとしたが、それも坂下くんが彼女の怒りを煽るようなことを言うからだ。むしろそうなることを見越して煽っていたような気さえもする。
しかし、謝る気もない奴に無理やり頭を下げさせて、なんになろう。
「……わかった」
私は佳香の傍を離れ、放り棄てていた自転車へと向かう。そこの籠に入れてあった学生鞄の中をあさり、目当てのものを見つけた。
それを手に取り、佳香たちのもとへと引き返す。
「これでしょ」
私は笛を差し出した。いや、差し出そうとした。
しかし、その直前である。
その笛がいきなり煌々(こうこう)と光り出した。
水流のような光の帯が幾重にも流れだし、まるで生きているかのようにうねうねと動き続ける。そしてそれはやがて私の体を取り巻き始めた。
「え⁉ なに⁉」
「ちょっと沙良⁉」
目を真ん丸に見開いている三春。かなり驚いている様子だ。当然だろう。もうさっきからお互いわけがわからない。
「おい! なにをしている! 大人しく渡せ!」
「私はなにもしてない!」
怒鳴りつけてくる坂下くんに、私も必死で言い返した。
そのときだ。私は妙なものを見た。私の手のうちから流れ出す光の帯の隙間から坂下を見たとき。
その背後に、何か妙なものが――。
もう一度目を凝らす。
「……あれは」
黒い蛇だ。
坂下くんの肩や首の辺りに体を巻きつけ、そして彼の頭の上からひょっこりと顔を覗かせている、黒い蛇がいる。その赤い二つの小さな目と視線がかちあった。




