言葉は選べよ。事の次第によっちゃ私は全力でお前を殴るぞ
「じゃ、じゃあ私もいったん自分ちに帰るから。じゃあな」
「あ、うん」
やおら自転車に乗り、漕ぎ始める。
その様子を面白そうに見ながら、私は三春と顔を見合わせ笑っていた。
しかし、不意に私たちの前方で自転車のブレーキ音が響く。
不思議に思って前に向き直ると、佳香は自転車を止めていた。そして静かに前を見据えている。私と三春は慌てて佳香のもとに駆け寄った。
「何、どうしたの?」
「お前らは下がってろ」
佳香の温度の低い声。
彼女のその声色に緊張がかき立てられた。これはマジのときの声だ。
私は佳香の鋭い視線の先へと目をやった。
そこには一人の男が立っていた。闇夜のもとではよく見えないが、何やら高楊枝を口に咥え、背中にはマントよろしく学ランを羽織っている。
そして彼の手には、一本のギターが。
「待っていたぞ」
その声には聞き覚えがあった。聞いたのはつい昨日だ。しかしそれを遥か昔のことように感じるのは何故か。
「私が怪我をさせた報復か?」
佳香が尋ねると、男は高笑いである。その笑いにもひどく聞き覚えがある。相手を挑発するような、小ばかにするような笑い声。
「『正義部』初代部長、坂下正義がそんな無粋なことをするか!」
「じゃあ何の用だ。まさか告白でもするために待ってたなんて言わねぇだろうな。冗談じゃねぇぞ。お前だけはもう生理的に無理だ」
「俺だってお前みたいな暴力女は願い下げだ。俺はお淑やかな女の子が好みだ」
「知るか。それより用件を言え。ただし言葉は選べよ。事の次第によっちゃ私は全力でお前を殴るぞ」
「まあ落ち着け。俺が待っていたのは、お前じゃない」
坂下くんはそう言い放ち、その視線を佳香から――
私に向けた。
「用があるのは、お前だよ。『よろず部』部長佐々野沙良」
睨むような目つきで私を見据える。寒気がした。
「……そうか」
答えたのは私ではなく、佳香だ。その頃には坂下くんに向かって突進していた。支えを失った自転車が独りでに地面に倒れる。
「よっしーっ!」
しかしその静止の言葉は届かない。彼女はぎりぎりと力強く拳を握っていた。こうなってはもうダメだ。私なんかには彼女を止められない。
「心配すんな。こんなヤツ一発で沈めてやる」
確かに佳香は無敵だ。でも、それはあくまで素手同士なら。坂下くんは一度彼女にノされて、その強さは身に染みているはずである。なのにこの余裕はおかしい。
恐らく何か奥の手があるのだ。一番考えられるのは……
――何か武器を持っている?
そこまでは思い至った。しかし、まさか。
その武器が、彼の持つギターだなんて。この一瞬後まで考えもしなかった。
「コードフリーク。『グラビティ』」
一瞬だった。
坂下くんがギターを奏でた瞬間、つんのめるように佳香は倒れた。
さらに、すぐに起き上がろうとするも、彼女にはそれができないようだった。まるで何かに全身を抑え込まれているような。生まれたての小鹿のようにふらふら起き上がっては、再び倒れ込んでしまう。
「よっしーっ!」
私は無我夢中で駆け出し、倒れる佳香のもとに飛びつく。彼女は苦しげな表情で地面に突っ伏していた。




