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さようなら……沙良さん

 それを顔面で受けてしまった私を横目に、悪戯っぽい笑顔で三春が言った。


「まあ佳香も丸くなったってことよ。これで世界も平和になるわ」

「この世のあまねく不幸の元凶は私と⁉ お前はそう言いたいわけだなよおしそこに直れぶん殴ってやる! 歯ぁ食いしばれやオラぁ!」


 そのときだった。


「ちょっとあなたたち! 騒がしいわよ! 部室イコール自分勝手に騒いでいい場所だと思ったら大間違いなんですからね!」


 不意に『よろず部』部室の扉がガラッと開かれる。


 その先に二人の女生徒が立っていた。

 二人とも知っている人である。


 奥手に天使のような笑顔を浮かべて立っているのは、現生徒会会長の宮部先輩。

 そしてそのほわほわした雰囲気とは対照的に、『今からこのシマは私が取りまとめさせていただきやすんで、そのつもりで夜露死苦ゥ!』と言わんばかりのケンカ腰で立つもう一人の女の子は、現生徒会副会長の三木杉さんだ。


 さきほど怒鳴ったのは、こちらの三木杉さんである。ショートカットの髪をふぁさぁっと逆立たせ、


「まったく……明日の『審問会』に召集がかかっているというのに、その前日くらい大人しくしていようと思わないんですか?」

「「すいません」」


 彼女だけは――。たとえ世界中を敵に回しても、彼女だけは敵に回してはいけないと分かっている私たち三人は、素直に頭を下げる。いや、厳密には佳香はそれを拒んでいたが、三春が無理やり頭を下げさせていた。グッジョブだ。


「私たち今すぐ帰りますんで!」


 私がそう続けると、三木杉さんが言った。


「そう。じゃあ早く閉じまりして。鍵は私たちが返しといてあげますから」

「や! そんな! 三木杉さん、いや三木杉様のお手をわずらわせるような真似は……」

「普通に三木杉でいいです! 同い年でしょう?」

「でも……」


 私が内心戸惑っていると、三木杉さんは腹立たしげに言い放った。


「変に(かしこ)まられるのは、嫌いです。私たちが目指しているのは、生徒一人ひとりと同じ目線で話し合える生徒会ですから」

「ほほー、いいこというねー。さすがカナカナちゃんだよー」


 何やら後ろの生徒会長、宮部先輩が笑顔でぱちぱち拍手していた。なんかかわいいな、この人。

ていうか……今……三木杉さんのこと、カナカナチャンて言った? あ、そういえば三木杉さんの下の名前って、夏奈(かな)だっけ。


 私らがぽかんと見つめている中、三木杉さんは顔を真っ赤にして宮部会長に抗議していた。


「か……そ、その呼び方は人前ではやめてくださいとあれほど!」

「あれぇー、そだっけ……でもいいんじゃないかなー。堅苦しい役職名で呼び合うより、こっちの方が」

「だめです! いけません! 同じ目線とはいえそれでもやはりある程度の品格と尊厳を持っておかなければ生徒のお手本にはなれませんしそんな生徒会には誰もついて来てくれませんましてやそのトップである会長と副会長が――っ!」

「わかったわかった、もうわかったよー。あの呼び方は二人きりだけのときにね」

「ちょ、だからそういうことも言っちゃだめです!」


 急に私らほったらかしでイチャイチャしやがりだした生徒会長と副会長である。

なんだこれ。


「ええと、じゃあ鍵閉めるんで、外出てもらっていいですか?」

「ああ、うん! ごめんなさいね⁉ ほら宮部会長! 外出ますよ!」


 ようやっと『よろず部』部室から全員が出払い、私は鍵を閉めた。その鍵は三木杉さんが本当に預かってくれた。


「本当にいいんですか?」

「いいですよこれくらい。ていうか『よろず部』は毎日ちゃんと鍵締めやってくださっていて、助かります。他の部なんて本当にもう適当なもんですよ」

「鍵締めてるかどうか、毎日確認してるんですか?」

「ええ。毎日。ちゃんとできてない場合はチェックして、『審問会』の際の付け入る材料にさせて貰うんです」


 悪人のような笑顔を浮かべる三木杉さんに、私は(ひる)む。ちゃんと鍵締める習慣つけといて良かった……。


「じゃあ、私たちは他の部室見回るんで。これで失礼します。明日の放課後はちゃんときてくださいね」


 そう言ってこちらに背を向け、三木杉さんは宮部会長と廊下を歩いて行く。

 その背中に向かって、私は慌てて声をかけた。


「あ、うん、ありがとう。気をつけてね。えっと……」


 三木杉さん、と言いかけ止めた。勇気を出してこう呼んでみた。


「夏奈ちゃん」


 びくっ! と三木杉さんに反応され、その反応に私もビビった。さすがにいきなり名前呼びはまずかったか。

 しかし、唐突に足をとめたままで、三木杉さんはほんのちょっろっとだけ顔をこちらに向けた。


「はい、さようなら……沙良さん」


 小声でぽしょりと言った後、再び彼女は歩いて行った。


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