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それはまるで、この世のものではないかのような

 次の日の放課後、私は『雅楽再解放部』の部室を訪れていた。

 部室棟の二階、一番端の小さな部屋が彼女らの部室だった。


「これは……わたくしもこれまでに一度も見たことがありませんね」


 度の凄そうな眼鏡をかけたその部の部長、紀國(きのくに)さんは、私が持ってきた一本の笛を興味深そうに見つめた。

 昨日、私の部屋で見つけた笛だ。見覚えのない、しかしそれを目にした瞬間言い知れる焦燥感を沸き立たせた謎の笛。


 その謎を解くため、ひとまずここ『雅楽再解放部』にこの笛がどういうものなのかを聞きにきたのだ。


 しかし、紀國さん率いる部員一同の表情は険しい。とても珍しいものを見るように、普段お淑やかそうな彼女らがああでもないこうでもないと騒いでいるのは新鮮ではあったが、私の期待していた反応とはやや違っていた。


「装飾も凝ってますし、パッと見はとても『龍笛』に近いものです」


 紀國さんは顔を上げて、私に向かって言った。


「りゅうてき……ですか?」

「『龍笛』とは、雅楽で使われる管楽器の中でも実に広い音域を持つ楽器でして、そこから『舞い立ち昇る 龍の鳴き声』という言葉が生まれ、それが名前の由来となったと言われてます」


 紀國さんは流れるようにつらつらと語った。

 さすがは『雅楽再解放部』部長さんである。


「しかしこの笛には、何か違和感があるといいますか……」


 そう言いつつも「いえ、その言い方には少し語弊がありますね」と彼女は気まずげに続けた。


「どういうことですか?」

「ええと、それを実際に確かめてみたいんですけど……あの、もしよろしければ、この笛、わたくしが吹いてみてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい、もちろんです」

「では失礼しますね」


 そう言って、紀國さんは私の持ってきた笛を手にした。そして正座のまま背筋を伸ばし、上品に口を近づける。

 そして彼女はそっと目を閉じ、静かに息を吸い、それを吹き込む。


「………………………………む?」


 私は思わず呟いた。

 いつまで経っても、その笛が音色を放つことはなかった。

 紀國さんはそのまま息を吹き込むのを止めてしまい、取り出したハンカチでその笛の歌口(吹き込み口のことらしい)を丁寧に拭った。


「こういうことです」

「どういうことです⁉」


 私はバカみたいに質問を重ねた。


「佐々野さん、この笛を吹いてみたことはありますか?」

「あ、いえ、全然です」


 なんとなく、今まで吹いてみる気になれなかったのだ。初めて目にしたときの、あの焦燥感が気がかりだった。


「試しにやってみてはいかがですか? 迂遠(うえん)な物言いばかりで申し訳ないですけど、それが一番手っ取り早いと思いますよ?」

「でも私笛なんて、リコーダーもろくに吹けませんよ?」

「大丈夫です。音を出すだけなら小学生でもできます」


 そう言って、紀國さんは笛を差し出した。

 私は仕方なく、それをおっかなびっくり受け取る。


「そんな簡単に壊れたりするものじゃないですから、大丈夫ですよ」

「は、はい」


 私は紀國さんの見よう見真似でそれを横向きに構え、歌口に口を添えた。軽く息を吸い、そして吐く。

 しかし音は出なかった。私はムキになって今度は思いっきり吹き込んでやったが、それでも全くダメだった。


「これは……」

「とても不思議ですよね」


 目の前の紀國さんが呟く。

 不思議なんてものじゃない。

 

 ちゃんと音が出ないとか言うレベルではないのだ。吹き込んだ呼気がそのまま笛の中で消滅してしまっているような――楽器うんぬんの前に、その一個体としての存在、物質としての言い知れぬ違和感を感じる。


 そう、言ってしまうなら。

 それはまるで、この世のものではないかのような……


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