首根っこを掴まれた樫井部長
ここはどう切り出したものか。
宿題をやってくれていたということは、私を許してくれたと思っていいのだろうか。いやここはまず謝るべきか。でもどうしよう。どう謝るか全然考えてなかった。
「あのさ」
不意に三春が言った。寝起きの半眼で私の方をぽやっと見つめている。
「あ、うん、何?」
「ごめん、眼鏡どこ。見えなくて」
「あ、ごめんそうだよね! こちらです!」
私は慌てて、机に置いてあった眼鏡を三春に持たせた。彼女は髪を耳の後ろにやって、それをかけた。そして大きくあくびをしている。
――なんか……超普通……。
そう思った瞬間だった。
我が部室に複数の足音がどかどか近づいてきたかと思うと、そのまま中へと入ってきた。
その先頭には、佳香に首根っこを掴まれた樫井部長の姿があった。吹奏楽部の部長さんだ。
「ちょ、よっしー何してんの⁉」
「それはこっちのセリフ」
ぶすっとそれだけ言うと、樫井部長をそのまま私に向かって突き飛ばす。
これは何事だ。私はあたふたと周囲を見渡しながら、やがて目の前で俯く樫井部長の顔を覗き込む。
「あ、あの、樫井部――」
「すまんかったぁ!」
不意に樫井部長は大声で謝った。私は驚いてのけ反る。
――ていうか、なんか泣いてらっしゃる?
よく見ると彼の目元には涙がたまっている。それを拭い、樫井部長は続けた。
「沙良ちゃんの優しさに付け込んで、あれこれ雑用おしつけてしもうて、ほんますまんかった! しかも、吹奏楽部の中に、宿題まで押し付けるドアホがおったなんて……俺全然知らんくて、ほんまにすまん! 部の代表として謝るわ! この通りです!」
それが皮切りだった。彼の後ろにわんさかといた、他の部の部長さんや、かつての依頼者たちが次々に私に謝罪を述べてきた。
私はしばらくぽかんとしていたが、ようやく状況が呑み込めてきた。
きっと三春が佳香に事情を話して、それを聞いた佳香が「佐々野に雑用おしつけてんじゃねぇよ『よろず部』は便利屋じゃねぇぞオラぁ!」と怒鳴り込んでいったのだろう。それでみんな謝ってくれているのだ。
「あ、いえ。私は別に……私が安請け合いしちゃったのが悪かったんだし……」
「そんなことない! 沙良ちゃんはぜったい悪ない!」
樫井部長が言うと、周囲のみんなが「そうだそうだーっ!」と叫ぶ。なんだこれ。
「おい佐々野。こいつらお前にお詫びしたいそうなんだけど、なんかして欲しいことあるか?」
佳香が言った。
それに応えるように、みんなは私の方を見て、うんうん頷く。