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とある神様のおもてなし狂想曲  作者: 楽土 毅
戻る日常、残る違和感
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近くでみるとまつ毛長いんだね

 校庭に乗り込む頃、ほとんど日は暮れてしまっていた。

 部室棟に入る前に、一応駐輪場を確認すると、私の自転車はちゃんとあった。私は首をひねりつつ、改めて部室棟を目指す。


 部室棟には未だに活気があった。

 さすがは部活動が盛んな学校だ。

 新入生が入ったばかりだというのもあるのだろう。途中で『メリケンサックサク部』の南さんに会った。


「沙良ちゃん、今日はありがと。今度は『エリンギのもっともおいしい食べ方』について研究するから。よかったら遊びに来て」とのこと。もはやメリケン粉が関係ない。


「う、うん。楽しみにしてるね」


 私は苦笑いで返し、また歩き出す。そして『美丘部(※女子禁制)』の部室の前を通りがかったとき、意味不明な会話が聞こえてきた。「ちっぱいちっぱいちっぱいって! ようするにお前らはロリコンなんだろ⁉」「違うわ! 大人な女性が、それでもちっぱいのがいいんだよ! 偉い人にはそれがわからんのです!」ごめん、私にも全然わかんない。まあわかりたくもないけど。


 そしてようやく部室棟三階に辿り着く。『よろず部』の部室にはなぜか明かりがついていた。そういえば佳香には留守番を頼んであった。


「うそ……こんな時間までいてくれたの?」


 私が帰ってくるのを待ってくれていたのだろうか。まさか、と思うも、それ以外には考えれれない。私は慌てて駆け出し、部室のドアを開いた。


「あれ……みはるん……」


 佳香の姿はなく、部室に残っていたのは――三春だった。彼女は並べてある机の前に座り、右手にはシャープペンシル、その手元には、宿題があった。

 あの吹奏楽部の子たちが置いていった宿題だろう。


 それを三春がやってくれていたのだ。

 たった一人で。


 あんなに反対していたのに。それにもかかわらず、性懲りもなく私が安請け合いしてしまった宿題を、しかし彼女はやってくれていたのだ。

 私は胸が熱くなった。


 しかしよく見ると、彼女は船を漕いでいる。眼鏡の向こうの二つの目はそっと閉じられていた。

 私は彼女の眼鏡をそっと外した。何かの拍子に前の机にでも倒れ伏してしまったら危ないから、という配慮もあったが、久しぶりに彼女の寝顔が無性に見たくなった。


「はは、寝顔かわいい」


 三春は眼鏡をとると、とても幼く見える。寝顔であればなおさらだ。見ているだけで心が洗われる思いだった。愛おしい。


 私は三春の頬に手のひらをそわせた。すると彼女はくすぐったそうに震え、それでも私の手に頬を押し付けてきた。なんだこの可愛い生き物。今度は柔らかそうな唇に触れてみる。柔らかかった。指先にかかる彼女の鼻息がくすぐったい。


「みはるん……近くでみるとまつ毛長いんだね」


 きっと私はどうかしていた。どういう過程を経て、そういう結論に至ったのかが私にもわからない。でも、なぜかそんな考えが思い起こってしまっていた。


 ――上書きしようかな。


 そして、はたと気づく。


 ――って……上書き?


 私は動きを止めた。


 ――私、誰かとキスしたことなんてあったっけ?


「ん? あれ? 寝ちゃってた……」


 目の前の三春の目が徐々に開いて行く。

 そしてほとんどゼロ距離にいる私の顔をまじまじと見つめていた。


「何してんの?」

「な、なななななななんでもないです!」


 ほんとどうかしていた。あと少し遅かったら私は一線を越えるところであった。


「め、眼鏡したまま寝てたから! 危ないと思って、外しててそれで!」

「そう、ありがと。でもそれなら起こしてくれたらいいのに」

「そ、そうだね! これからはそうするよ! うん!」


 私は顔を真っ赤にしながら、言い訳がましく(まく)し立てた。

 そして沈黙。私はその頃になって、三春とケンカしていたことを思い出した。


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