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とある神様のおもてなし狂想曲  作者: 楽土 毅
地獄マラソン
27/70

それが僕の犯した罪だ

 とある町の片隅に一つの家庭があった。父と母と、そして一人の娘。けして裕福ではないが、それでも笑顔に溢れた家庭だった。たまの休みに家族三人でデパートに出かけ、そこの屋上のレストランで食事をとって帰るのが娘の楽しみだった。


 しかし、その家庭にほんの小さなヒビが入ることになる。


 父の海外への転勤が決まったのだ。娘は国外への転校を嫌がった。母は家族は一緒にいるべきだと主張して娘を説得しようと試みたが、それを父が制した。娘の学生生活は邪魔したくない。俺は一人で行く。


 そして父が家を出る少し前のこと。例のデパートのレストランの閉店が決まったことを娘は人づてに聞いた。そして彼女は一つの提案をする。


 ――最後に家族三人で行こうよ。


 次の週末を待たずに父は日本を出る予定だったので、そこには平日の夜に行くことになった。娘は父に内緒で、ある一つのプレゼントを用意していた。ネクタイだ。今父が使っているそれはかなり傷んでいた。彼女はそれを知っていたのだ。


 母と娘は二人で先にデパートへと向かった。父からは「仕事の都合で遅れるから、先に行っててくれ」との連絡が来ていた。


 ――お母さんは時計でもプレゼントしようかしら。

 ――だめだめ、私のプレゼントのインパクトが薄れちゃうでしょ。

 ――あらこの子ったら。私に似て、やきもちやきなのね。

 ――別に、そんなんじゃないもん。


 口ではそう言いながらも、娘は楽しみにしていた。あのプレゼントを渡したとき、父はいったいどんな顔をするだろうか。父に物を贈ったのなんて、ほとんど覚えがない。もしかしたら泣いちゃうかも。あの人は案外涙もろいところがあるから。


 一方父は、仕事に追われていた。

 引き継ぎに時間を奪われたのだ。


 あのレストランはいったい何時までやっていただろうか。今日を逃せば、もう二度とチャンスはない。明日には日本を発つ予定だからだ。


 しかしもう間に合う気がしない。今から電話して謝ろうか。そしたら娘は怒るだろうか。

 それとも、じゃあお母さんと二人で食べて帰るね、とあっさり返してくるだろうか。怒られるのはつらいが、怒られないのはもっとつらい。


 結局電話をかける勇気は出ず、ようやく仕事が終わった頃には、閉店三十分前だった。

 レストランへ行くには、普通にタクシーで三十分以上はかかる。


 父は落胆した。

 とうとうやってしまった。携帯を見ると、メールが来ていた。妻からだ。それは一通ではなかった。


 ――レストランの前で待ってるから。

 ――まだお仕事かかりそう?

 ――何かあったの? 無理なら無理で連絡くださいね。

 ――我らが姫君はぷんぷんだよ笑。来なかったら許さないって。


 そして、まさにたった今、一通のメールが。

 それは娘からだった。


 ――ラストオーダーの時間来ちゃった。お父さんの好きなエビフライ、頼んどいたから。わたしのハンバーグが冷めちゃう前に来てください。


 父は携帯をぎゅっと握りしめる。そして返信した。


 ――すぐ行く。


 しかしどうしたものか。これからタクシーで向かっても、もはやぎりぎりだ。走って向かいたい衝動が起こるが、そんなものは問題外。それならタクシーで行った方がはるかにマシだろう。

 父は空を見上げる。


 信号も、道路もない。あまりにも自由の空を、羨ましげに見つめた。


 ――くそ……もし俺に羽があれば……きっと間に合うのに……


 そんな父の耳に、どこかからある音が聞こえてくる。


 ――これは……笛か? それに知ってる曲だな、確かこれは……



「あのままになんてできなかったのだ。気が付けば私は『遊楽』を奏でていた。あの人にどうしても翼を与えたかったのだ。結果父は間に合い、娘も喜んでいた。事情を聞いたレストラン側も常連だったその三人を目一杯もてなした。最高の結果だ。


 しかし神である僕には、僕のやってしまったことは大変まずいことでな。下界のものに施しを与える際には、事前に三門様に申請をして許可を得なければならない。しかしあのときはそんな暇などなかった。僕は三門様の命に背いたのだ。それが僕の犯した罪だ」


 サタケさんはフッと笑って、私の方を見た。


「僕はバカだな。沙良ちゃんもそう思うだろう?」


 私の目は疑う目だった。


「いや、うそでしょ」

「あれぇ⁉」


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