第一級魔笛奏者
まだ十六年しか生きていないのだ。
ろくに恋もしてないし、保育士になる夢も叶えていない。『よろず部部長』の役割もあるし、お母さんとお父さんにまだ何も返せてない。牧野先輩とまたお話ししたいし、佳香と全国行脚する計画もまだ全然煮詰まっていない。
そして、三春とは仲直りができてないままだ。
「私のこと――勝手に巻き込んで……」
涙で霞む視界の中に、『よろず部』四人で集まっている光景が浮かぶ。
小さな部室。かつては当たり前だった何気ない日常のとある一幕。
文庫本を読みふけっている三春に、爆睡している佳香に、一人勝手に依頼をこなす牧野先輩。
そんな自由人たちを必死にまとめようとしている――私の姿。
大変だった。いつもてんてこまいだった。でもそんな日常がたまらなく愛おしかった。
だから私は、そんな『よろず部』をどんなことをしてでも守りたいと思ったのだ。
「私のファーストキス――奪っといて……」
小鬼との差がつまりつつある。地の利があるのだろう。幾度も行き止まりに捕らわれつつも、私は猫本来並の機動力で逃げ続けるが、小鬼たちの運動能力は人間のそれよりも遥かに高かった。
「本当に神様なら、私のこと助けてよ!」
笛の音が聞こえた。
聞き覚えるのある曲だった。
決して力強さはない。
しかし伸びのある音色は私の耳にすっと入ってくる。
曲調も関係あるのだろうか。お母さんが昔歌ってくれた子守唄のような、いつまででも聞いていたいと思える染み渡るような優しい曲。
翼をください
「沙良ちゃん!」
上。
横笛を吹きながら空を飛んでいる佐々野沙良がいた。
制服を着たままの、中身はきっとサタケさんの私が背中に光の羽をはやして、妖精さんよろしく飛び回り、私を追いかけてくる。
「ごめん、手が離せないから、自分で乗っておくれ!」
「……うん!」
掬い上げるように私の目の前を滑ったサタケさんの背中に、私は飛び乗る。するとサタケさんは引き続き『翼をください』を奏で、一息に天高く舞い上がった。
「くそ! 何者だ⁉」「あれは『魔笛』じゃないか⁉」「でもあんなにも自由自在に……間違いなく第一級魔笛奏者だぞ⁉」
小鬼たちが騒いでいる姿が、まるで冗談のように、みるみるうちに小さくなっていく。
サタケさんはさらに高度を上げて、息苦しいまでの熱さを持つ地獄の大地から離れて行った。