表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある神様のおもてなし狂想曲  作者: 楽土 毅
地獄マラソン
23/70

逃亡の先に展望は見えない

 最初に感じたのは床の熱さだった。

 いや、床ではない。もっとごつごつしていて――これは岩だ。


 私は目を開け、周りを見渡す。

 その様はまさに私の空想上にあった地獄そのものであった。


 硫黄のような異臭漂うマグマの川があり、険峻(けんしゅん)豊かな切り立った岩山があり、幾千万の針が並ぶ見るも痛々しい大地があり、そこを歩かされる罪人たちがいた。


 ――やばい、どうしよ……地獄来ちゃった……


 確かに私は虫を殺したこともあるし、友達にひどいことを言っちゃったこともあるし、お母さんの言いつけを破ったこともあるし、テストで赤点をとったこともいっぱいある。


 でも、これはあんまりではないか。


 あくまで自己評価だが、佐々野沙良はそれほど悪い人間ではないはずだ。学校をサボったりはしないし、『よろず部』なんてものに入って、自分なりに人の役に立とうと頑張ってもいる。その成果はともかく、姿勢としてはそう悪いものではないはずだ。


 なのにどうして、そんな私がこんな目に遭わなきゃいけないというのか。

 論じるまでもない。なんもかんもあの変態黒猫が悪いのだ。


「おい急げ! 逃げちまうぞ!」


 どこかからドスの効いた声が飛んでくる。私は反射的に、その方向とは逆の方へとやおら駆け出した。

 そして岩陰に隠れる。


 果たして現れたのは、黄色いパンツを穿()いた小鬼たちだ。私はここぞとばかりに「小鬼だ。小鬼がおる」と呟いてみる。


 これでもう死んでも悔いは無い。いや、それはさすがにうそだけど。私ここから生きて帰れたら、きっと『ジブリ部』に遊びに行くんだ。そんでこの冒険譚(たん)を聞かせるんだ。猫の恩返しならぬ、(あだ)返し。地獄はほんとにあったんだ。


「さっきの放送って三門様からだよな⁉」「ああ、御前(おんまえ)からここに直接罪人を送り込んだって!」「その罪人はどこに行ったんだ! もしかして逃げたんじゃないのか⁉」「当直員は何してたんだよ⁉ 二人は常駐しているはずだろ⁉」「ちぃーッス」「あれぇ、先輩方どうしたんスか~?」「おいバイト! 当直の任務ほったらかしてどこ行ってたんだ⁉」「ぶっとばすぞ! まったくこれだからゆとりは!」


 地獄でもバイトとかゆとりとかがあるらしい。ていうか地獄でのゆとりってなんだよ。ゆとっとる場合か。


 ――ともかくここは離れた方が良さそうね。


 幸い小さくて黒い体だから、この薄暗い空間では見つかりにくそうだ。ここは慌てずゆっくりと、見つからないことを最優先に逃げることにする。忍び足で岩肌を歩き、しかしその片足が運悪く熱気の噴出孔に――


「にゃあっつああっ⁉」


 我に返った頃には遅かった。「おい、今声がしたぞ!」「ぜったい逃がすな!」私はもう半泣きになりながら全力疾走を開始する。


 後ろからは複数の小鬼たちが必死の形相で追いかけてくる。文字通り鬼の形相。上手いこと言っている場合ではない。実際怖くてたまらないのだ。


「やだぁ! こっちこないでぇ!」

「そうはいくかこの犯罪者!」「逃がしたら俺たちが罰受けるハメになんだよ!」

「誰か助けてよぉ! お母さん! 牧野せんぱい! みはるん! よっしーっ!」

「逃げればその分罪は重くなるぞ!」「今のうちに素直に捕まれば逃走のことは不問にする! 大人しくお縄につけ!」

「やだやだぜったいやだ! 私悪くないもん! 悪いのはサタケさんだもん!」

「そんな事情は知らん! 三門様の(めい)は絶対だ!」


 小鬼たちに泣き落としが効くことはなさそうだ。

 こういうことには慣れてるのかもしれない。


 絶望が支配する。

 どのみちこのまま逃げたとて、いったいどうやってもとに世界に戻れようか。言ってみれば、私は檻の中で逃げ回っているようなものなのだ。この逃亡の先に展望は見えない。


「責任――とってよ……」


 私の呟きは泣き声交じりだった。

 このままなんて絶対嫌だ。罰を受けるのが嫌というのもあるが、それ以上にもとの世界に何としても戻りたい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ