なぜ牧野部長は私のようななんの取り柄も無い奴を選んだのか
よろず部部長として、今回だけは失敗できなかった。
目の前の水晶玉を仇のように睨む。しかしその先に見えるはずの『坂下君のハンカチの落とし場所』が一向に現れようとしない。
妙である。なんてこった。
確かに私佐々野沙良には超現象染みた超能力など備わってはいないし、この水晶玉は父が酔っぱらった勢いで怪しげな露店から二束三文で買ってきたものだ。
むしろこの水晶玉の向こう側に『坂下君のハンカチの落とし場所』がちらとでも映った日には、興奮のあまり鼻血を噴き出してぶっ倒れるかもしれない。
でも、もう失敗はできないのだ。
よろず屋業は信用が命だ。
先代部長、牧野辰俊大師範が作り上げた威光は大きい。
解決した事案は数知れず。
学生の落し物探索などはお茶の子さいさいで、一時学内で話題になっていた『あいうえお順に先生の車にラクガキがされていく』という謎の事件が発生し、次はいよいよ体育教師権田浦創源のクラウンがやられるぞ、これはシャレにならんぞ、血の雨が降るぞ、とやばいやばい言いながらも皆なんだかんだでわくわくしていたとき、我が部長はその犯人を特定したのだった。
犯人は事務の吉田さんだった。『むしゃくしゃしてやった。誰のでもよかった』とのこと。
以後余罪を追及すると、彼は学校の池で勝手に金魚を飼っていたことを沈痛な面持ちで零した。その池は今では学生の憩いの場となっている。
話しを戻そう。
端的に言えば、先代が凄すぎた。
その凄まじいまでの手腕に誰もが魅了された。
たとえどんなに困ったことがあっても、よろず部にいけばなんとかしてくれる。学内にはそういう空気があった。両親や先生の前に、まずよろず部のところに悩みをもってくる生徒がほとんどだった。
そしてその悩みを本当に解決してしまうのだから、その実績がまた新たな顧客を呼び、一部水面下では宗教じみた信仰集会までできてしまうほどだった。
牧野辰俊次世代神説が吹き荒れたことはあまりにも有名である。
またまた話を戻そう。
ようするに、現状よろず部に対する期待値が、超高いのである。
この前なんか捨て犬を持って来て、『一言言ってやりたいから、この子を捨てた飼い主を教えてくれ』である。
――いや、わかるわけないじゃん。
しかし依頼人の反応は『牧野さんなら余裕だったのに』ときた。『牧野さんなら次の日には住所と電話番号を調べてきて、「五時にアポとっといたから。今では捨てたこと後悔してるそうだから、喜んでいたよ」と笑顔で言って去って行く』だそうだ。しかしあの人なら本当にやりかねないから困る。実績に裏打ちされた信頼は揺るぎがたい。
しかし当たり前のことだが、先代が凄いからと言って、次期部長である佐々野沙良もすごいとは限らないのだ。
鷹が鷹を生むとは限らないように――いや現実には鷹が生むのはむしろ鷹に限るが――凄い人の跡継ぎが絶対的に優秀だとは限らない。むしろそこが難しいのだ。
優秀な跡継ぎを残してこそ、その先代の役割は完全に果たされたというものだが、牧野部長はそういうことに一切頓着しなかった。
いつだって自分一人で解決して、私たちに入り込む余地を与えなかった。いじわるしているわけではない。むしろ超いい人だと思う。
しかしその過程に入り込む余地が物理的にないのだ。その事案を聞きつけたときには、もうすでに解決している。『部長、例の件ですが』『ああ、もうやっといた』そんな会話が何度あったことか。いや、かっこいいけども、私だって少しくらいは活躍の場が欲しかった。あのときの無力感といったらない。
私佐々野沙良も、牧野部長の圧倒的な解決力に魅かれてここに入部したのだ。あの人の右腕として働いてみたい。
そうしたら、こんな私でも少しは成長できるかもしれない。そんな期待を抱いて私はここの門を叩いた。
ここの入部条件は厳しかった。あのカリスマ性に魅かれてここに入部したがった者は私以外にも大勢いたが、そのことごとくが跳ねのけられた。
そしてそんな中、牧野部長は私の入部を認めたのだ。
変な話だが、我が校――私立夕静海高校の受験に受かったときよりも嬉しかった。なんせ倍率は四十倍近くだ。他の数多くの芸達者で優秀そうな人たちを差し置いて、私はあの牧野部長に選ばれたのだ。
これはきた、と思っても致し方あるまい。
なにせ神に選ばれたのだ。
中二病ではない。
確かにそういう時期もあったが、あれは麻疹みたいなものだから仕方ない。中学のうちに掛かっておかないと高校で変にこじらせたりするのだ。いや、それはどうでもいい。問題は、なぜ牧野部長は私のようななんの取り柄も無い奴を選んだのか――