女の子にとっては大事なものなんです
「ならんっ!」
私は手を止めて、背後を振りかえる。
サタケさんがなんかめっちゃ怒っていた。
「振り落としてキャッチだと⁉ 君は神の楽器をなんだと思っている! なんとしても沙良ちゃんの手で直接取ってきておくれ!」
子猫一匹どんなに怒り狂おうと、こっちとしては微塵も怖くはないが、反省はした。確かに私が悪かったのかもしれない。それほど大切なものなのだろう。とはいうものの。
「いや、でも無理ですよ。あんな枝の先までいけるわけないじゃないですか。絶対途中で折れちゃいますって」
「沙良ちゃん体重はいくつだ」
「よんじゅ……て、何女の子に体重聞いてるの⁉ デリカシーなさすぎ! 紳士が聞いてあきれるわ!」
「む、そういうものか。天上に住まう者たちには、体重などあってないようなものだからな。これからは気を付けよう」
「よろしい」
――あれ、何の話だっけ?
「て、そうじゃなくて、要するに、私じゃなくたって、あんなところまであの細い枝を伝うのは不可能です。それこそサタケさんくらいの小さな体じゃないと」
すると、サタケさんは「ほう」と何かを思いついたような顔をした。
「なるほど。要するに沙良ちゃんの体が僕の体のようになればいいんだな」
「へ? ああ、まあ、そうなりますけど……」
――いや、さすがにそれは無理でしょ……もしかしてできるの? 神的ななにかで?
「よしきた。では沙良ちゃん。僕とキスをしておくれ」
「はぁ⁉」
唐突にもほどがある。文脈がつながらない。高い高い峰の先に断崖絶壁だ。
「急に何を言ってるんですか⁉ 清らかな女子校生を捕まえて、キ、キキキキキスって! 私はそんな軽い女じゃありません! 初めては大切な人とって決めてるんです!」
顔を真っ赤にしつつ一息に捲し立てると、サタケさんは「これだからガキは……」という顔で私を見上げてきた。
「接吻くらいがなんだ。こんなもの挨拶のようなものだろうに」
「女の子にとっては大事なものなんです! ていうかそもそも必要性を感じないし! 何が楽しくて紳士気取りの変態猫とキスさせられにゃならんのですか!」
ふん、と私はサタケさんに背を向ける。するとその背後で、
「必要性ならあるぞ」
「へ?」
そして振り返る。気が付けば子猫の顔が眼前にあった。
唇に冷たい感触。
怒る暇はなかった。次の瞬間に私の視界は、まるで渦に巻き込まれたかのようにぐるぐると回転し、最後にフラッシュのように瞬いたかと思うと、
――私は黒猫だった。




