高いところが苦手な神様なんてのも聞いたことないけど
ああ、なるほど。確かに笛に見えなくもない。遠目でわかりずらいが、シルエットとしてはサタケさんから聞いた情報と合致する。
「とにかく近くまで行きましょう」
私はサタケさんを胸に抱え直し、その木の傍まで駆け寄った。高さは四メートルほどの木だ。幹は図太く、枝は横へ広がっている。
そしてその先にあるものは――いよいよ間違いなく笛だ。細い枝の先の先にちょこんとひっかかっている。
「サタケさん、どうです。間違いないですか?」
私は腕の中のサタケさんに尋ねる。彼はうるうると今にも涙を零しそうな感極まった目でその笛を見つめていた。なんかちょっとかわいい。
「ああ、間違いない。あれが僕の『遊楽』さ。まさかこんなところにひっかかっていたとは!」
「こっちのセリフですよ。なんなんです? あそこに登って笛を吹いてて、そのまま置いてきちゃったんですか?」
笛があんなところに自然に移動することなど、普通ありえないだろう。サタケさん自身で持って行かない限り、あんなところにひっかかっていたりはしないはずだ。
しかし、サタケさんの反応はどこか曖昧だった。
「え、あ、まあそんなところかな。それよりほら、早く取ってきておくれよ」
「え、私がですか⁉」
「決まっているだろう。僕があんなところまで届くもんか」
「いや、だから登ればいいでしょ。あそこに置いてきちゃったときみたいにさ」
「僕は高いところが苦手なの! 頼むからとってきておくれよ!」
なんじゃそら。
高いところが苦手な猫なんて聞いたことがない――と思ったけど元々猫じゃなくてこの子神様なのか。いや、高いところが苦手な神様なんてのも聞いたことないけど。
「はぁ、わかりましたよ。やればいいんでしょ。まあこう見えて運動神経はそこそこだからね。木登りなんて造作もない」
「おお、頼もしいぞ!」
私はサタケさんを地面に置いて、準備運動しながら木に近寄る。ごつごつとした節目もちらほらあり、枝もまばらに生えているので登るのはそう難しくないだろう。そして『遊楽』のひっかかっている枝は木の真ん中より少し上辺りだ。いける気はする。
「じゃあ、私が枝を揺らして振り落とすから、キャッチしてね」
そう言って、さて登ろうとした矢先であった。