他でもない沙良ちゃんの頼み
ともかく今は音楽室に向かうことにし、最後の階段を上がる。
そして扉の窓から音楽室の中をそっと覗きこんだ。
するとある人と目があった。
その人――『吹奏楽部』部長の樫井さんは笑顔で寄ってきて、自ら扉を開けてくれる。
「よお、沙良ちゃんじゃねぇか。いらっしゃい!」
樫井部長は板前のような気さくな声で私を迎えた。そして続けて、「この間はあんがとな。演奏会のチケット売るの手伝ってくれて」
「いえ、あれくらい気にしないでください」
少し前に、『吹奏楽部』の定期演奏会を開催するに当たってのチケット販売を手伝ったのだ。
でも、あれは中々楽しかったし、いい経験にもなった。打ち上げにまで呼んで貰って、おかげで『吹奏楽部』にも友達がたくさんできた。こういうことがあるから、よろず屋業はやめられないのだ。
「むしろ楽しかったですよ。次もぜひ手伝わせてくださいね」
私が笑顔でそう答えると、心なしか樫井部長の目元がうるむ。
「……好きだ」
「へ?」
「ぶっ、ほっ、いやいや何でもない何でもない! 気にせんでくれ! それよりなんか用あってきたんか?」
「あ、えっと、はい。実は探し物をしていて……」
私はサタケさんの『オトシモノ』の特徴を話した。
特徴と言っても、大体の大きさと、横笛であるということくらいしかわからないが。
「そういうものが紛れ込んだりしてませんかね? 依頼人の子は数日前に無くしたそうで。見慣れない物が増えてるとか、なかったでしょうか?」
「横笛って言っても色々あるからなぁ。それってフルート? それとも日本的な奴かいな、篠笛みてぇな」
「ええと……確か」
私は肩に乗るサタケさんの方を見る。サタケさんは「どちらかというと日本的だね。龍笛に近い」と呟いた。
「だそうです」
「ん?」
樫井さんはきょとんとした顔で返す。
そこではっとした。樫井さんにはサタケさんの声が聞こえてないのだ。というかもし聞こえてたら大ごとになっている。私ってやっぱバカだ。
「えっと、龍笛に似てると言っていました」
「まあそうは言ってもレベルは違うがな。僕の『遊楽』の澄んだ音色は千里の山を越えて――」うんぬん。人と喋っているときは少し黙ってて欲しい。
「龍笛ねぇ。そういうのはうちじゃ使ってねぇからな。うちで使ってる横笛って言ったら、フルートとピッコロくれぇだ。逆に言えばそういうのが紛れてたらすぐに気付くと思うが……」
樫井部長は腕を組み、頭を捻る。ない頭を絞って必死に考えてくれているようだ。樫井部長も私に負けず劣らずの脳筋タイプである。
「ま、ともかく事情はわかった。あとで部員集めて、そういうの見つけたら『よろず部』に報告するよう言っとく。あとは倉庫も探して――『雅楽再解放部』にも声かけとくわ。奴らの方がその手の楽器には詳しいだろうしな」
思いのほかちゃんとした手段を考えてくれた。意外にも頼りになる人だ。まったく想定外である。樫井部長もやればできる子なのかもしれない。私さっきから超失礼なことばっか考えてるな。
「ありがとうございます。樫井部長って案外頼りになるんですね」
「やや、そんなことはない! 他でもない沙良ちゃんの頼みだしな。――ん、案外?」
「じゃ、私は失礼します。ありがとうございました」
私は一礼して、扉から離れる。
するとそれに引きずられるように、樫井部長が扉から身を乗り出してきた。
「あ、待って沙良ちゃん! このあいだのお礼も込めて今度一緒にメシにでも――」「だがいかに素晴らしい楽器と言えども、それに見合う演奏者がいなければその真価は発揮されんのだ。『遊楽』を使いこなせるのは僕を置いて他にはいまい。待っていろ! 『遊楽』! すぐに僕が見つけ出してやるからな!」
樫井部長がぼそぼそと何か言った気がしたが、サタケさんの無駄に熱い弁舌にかき消されてしまった。まあいいや、適当に返しとけ。
「はい、また今度」
私は音楽室を後にする。
すると背後から「マジでぇっ! やったぁ!」というバカでかい雄叫びが聞こえてきた。




