この滾(たぎ)る思いをどうにかして解放してしまいたい
横笛と言えば音楽室、というのは安直かもしれないが、他にアテもなかったのでとりあえずは自分の勘に頼ることにした。
音楽室は部室棟ではなく、東校舎の最上階にある。そしてそこに近づくにつれ、吹奏楽部員の演奏が聞こえてくる。
とは言ってもバラバラだ。その辺の廊下やら空いた教室やらベランダやらで、各々自分のパートを練習しているのだろう。ときおり知った顔もあって、私に気づくなり、演奏をやめて手を振ってくる者もいた。
「こないだありがとー! マジ助かったー、今度なんか奢るー!」
「おっけー!」
私は笑顔で答えた。
見よ。この人望。三春は良くないと言ったが、現にそれで助かっている人間もいるのだ。やや遠回りではあるが、これで私もいつかは牧野先輩のようなカリスマ的存在に――
「あ、『コンビニ』だ!」「わぁ、『コンビニ』が来たよ」「『コンビニ』って?」「なんか頼んだら何でもやってくれるんだって」「何でも⁉」
何やら傍でささやき声が聞こえる。
『コンビニ』? いったい誰のことだろうか。一見聞こえはいいが、何やら便利屋扱いされている節があるね。かわいそうに。きっといいカモにされているのだ。あーもうやだやだ。世知辛い世知辛い。
「ねぇねぇ沙良ちゃん、お願いがあるんだけど」
と、そんな中、女生徒数人が、何やらノートやプリントを大量に抱えて私のもとに走ってきた。私は笑顔で応じる。
「なに、依頼?」
「そうなの。実は私たち、コンクール近くて忙しいんだー。それでまた宿題お願いしたいんだけど、ダメかな?」
「むぐ⁉」
私は思わず後ずさる。この大量のノートやらプリントやらの意味が今にしてわかったのだ。
――これ全部私一人でやれと⁉ いや多すぎるでしょ! 夏休みの宿題かよ!
「あ、ご、ごめん。私も今忙しくて――」
「お願い……」「沙良ちゃん……」
やんわり断ろうとするが、彼女たちは目をうるうるさせながら私を見つめてくる。私はそんな視線からひとまず目を逸らすが。
「いや、だから、その、手が離せないから――」そこで視線を戻す。すると再び弱々しげなうるうる目とかち合う。私は怯んだ。「だから――部室に置いといてくれる? そしたらやっとくよ」
負けた……。
「やったーっ! ありがとーっ!」「さすがあの牧野先輩の後継者だよ!」「ほんっっと助かる! 借りはぜったい返すからね!」
彼女らは楽しげに『よろず部』部室のある部室棟へと走って行く。
その後ろ姿を苦笑いで見つめながら、私は大きなため息をついた。
本当に、このやり方でいいのだろうか。きっと今この状況を三春が見ていたら、またしても咎められるに違いない。自分自身ですらこの行いに疑問を抱き始めているのだ。
――てか『コンビニ』ってなによっ⁉ 私そんな呼ばれ方してんの⁉ いつでも誰でも気軽に手軽にみんなの便利屋佐々野沙良ってか、ふざけろよ! 私はそんなに安い女じゃないやいっ!
この滾る思いをどうにかして解放してしまいたいが、あいにく私だってそんなに子供ではなかった。そもそも自業自得だ。三春には自分から謝って仲直りしよう。どう考えても非があったのは私の方だ。