奴はもうダメだ
でも、そんな彼女にも苦手分野はある。
対話だ。
相手の話を聞いて、その意をくみ取って、かけるべき言葉を返す。それだけで心理的に救済され、悩みを解決する依頼人もいる。しかし佳香はそういうのが苦手である。「はぁ? 言葉のキャッチボール? なにそれ美味しいのバカなの死ぬの?」状態だ。
そのくせ、変なところで察しがよかったりするのだけれど。現に――
『ははぁ~ん。お前さては結木とケンカでもしたな?』
佳香はいたずらっぽい声色で尋ねてきた。私は慌てる。
「ば、ばかなこと言っちゃいけんね! そんなわけありゃせんわぁ!」
『そうか。じゃあ結木に頼め』
わかっているくせに、佳香はそんなことを言う。いじわるだ。
「や、それは無理なんだって。みはるんは、その、用事があって……」
『へぇ、そう。そのみはるんは今私の隣で暇そうに本読んでるけどな』
「にょへ⁉」
うっかり変な声が出た。自分でもどこから出したのかわからないような声だった。
そしてそれを聞いた佳香はなぜか大爆笑である。
『ぶは! にょ、にょへってなんだよ! いや落ち着けお前冗談だからよ! にしても、ふはっ、にょへってお前!』
「と、ともかくよっしーに頼みたいの! どうせ暇してるんでしょ! 手伝ってよ!」
『はぁ? 暇じゃないわ! 超多忙だっつの! 今ダチの親父が抗争に巻き込まれて捕まってっから助けてんだよ! あらかた片付けたんだけど取り巻きがしぶとくてっ、このっ!』
「さっきからカチカチ聞こえてるはそれか! もう、花も恥じらう女子高生が学校サボってゲームセンターに入り浸って!」
『サボってねぇ! 放課後全速力で直行しただけだっつの!』
「部活は⁉ よろず部は今『審問会』にかけられようとしてるんだよ! 廃部の危機なんだよ!」
『はぁ⁉ ばっかお前それを先に言えよ! 大ピンチじゃねぇか!』
「やっとわかった⁉ じゃあ早く戻ってきてよね! 留守番頼むよ?」
『あ、今いいとこだからちょっと黙って』
「ばかやろうっ」
私は携帯の通話を切った。
奴はもうダメだ。しかしかと言って三春に電話する勇気も出ず、私は仕方なく部室のドアの前にひっかけている立札をひっくり返す。表面には『在室中。依頼がある方はどうぞ中へ』。裏面には『不在。依頼がある方は投書してください』。
当然、今ひっくり返したのは表だったのを裏にするためだ。
それを数秒見つめたのち、私は歩き出した。
まず向かったのは音楽室だ。