そう焦るな。若人よ
この黒猫姿は、あくまで仮の姿だと言う。
下界で行動する上での一時的な仮衣だと。
「はぁ。それで、一体何の用でその下界に降りてきたんですか?」
私がそう聞くと、サタケさんは目に見えて狼狽えた。神とは思えない見事な狼狽えっぷりである。
「そ、それはまあ良いではないか! ともかく君は、僕の『オトシモノ』探索に協力してくれるのだな⁉」
あからさまに話を逸らされた。
まあ、さして興味はないからいいけれど。
「はぁ、それは別にかまいませんが」
なんせ神のお願いだ。断れるはずがない。「神様なら普通それくらい自力でどうとでもできるでしょ」と思わなくもないが、多分無理なんだろう。これ以上狼狽えさせるのもかわいそうだし。
「それで、具体的にどうすればいいんです? その『オトシモノ』っていうのは、どんなものなんです?」
「そう焦るな。若人よ」
「時間がないと言ったのはあなたでしょうに……」
いちいち偉そうな神であった。
「探してほしいものは他でもない。僕の数多持つ楽器のうちでも最高級の音色を持つ横笛だ。名を『遊楽』」
「ゆうらく?」
「遊ぶに楽しいと書いて、『遊楽』だ」
「ほお。何だかいい名前ですね。楽しそう」
「うむ。そうだろうそうだろう。なにせ命名者は僕だからな」
サタケさんはさらに前足を器用に使い、「大きさはこんくらい」と示してみせた。
その大きさは私たち人間が使っている一般的な横笛とそう変わらない。そしてそれは今のサタケさんの身の丈ともそう変わらなかった。
「ていうか、それサタケさんには少し大きすぎないですか? 持てるの?」
「これは仮の姿だと言っておろう! ほんとの僕は高身長で超イケメンなんだからな! 沙良ちゃんなんてきっとイチコロだ!」
「うーん、高身長はあんまり趣味じゃないなぁ。どっちかっていうとショ……いえ、なんでもありません」
うっかりイケナイ性癖を漏らしそうになったところで、慌てて口を噤む。そして代わりに、
「落とした場所に心当たりはあるんですか?」
するとサタケさんは、器用に前足を組み合わせた。本当に人間が腕を組んでいるような感じだ。
「それがよくわからんのだよ。何となくこの辺に気配は感じているのだけれど」
「この辺って、この学校のこと?」
「うむ。ここの敷地内にあることは間違いないと思う」
自信ありげに彼は言う。よくわからないけれど、神的第六感でもあるのかもしれない。