えっと、すいません。覚えれられないのでサタケさんでいいですか?
「ふぇ?」
私の口から変な声が漏れた。
それが皮切りだった。黒猫は俊足で私の眼前まで肉薄し、
「ぼ、僕のことが見えるのか⁉ 僕の声が聞こえるのか⁉」
「え、ええ、そうですけど」
――いや、といいますか……
「しゃべったあああっ⁉」
私は全力でのけ反った。
夢見た光景ではあった。小さな頃に見たアニメで森の動物たちとお話しできる主人公がいて、そういう存在に憧れたこともあった。そんなことがもし可能なら、きっと世界は途方もない広がりを見せることだろう。
しかし、実際にこうして目の前で喋られてしまうと……
――いやいやなにこれ超怖ぇよ! 怪奇だよ! とんだ化け猫だよ!
「おい、僕の声が聞こえるのだろう⁉ 何とか言ったらどうなんだ!」
「容赦なしかっ! ちょっとくらい心を落ち着かせる時間くれてもいいんじゃない⁉」
しゃーしゃー言いながら毛を逆立たせ、その黒猫はべらべらと喋った。
「時間がないんだ! でもよかった。これまで会った人間はみんな僕のことを認識すらしてくれなかったから」
「え、じゃあ、私以外には君のことが見えないってこと?」
「ああ、君が初めてだ」
なるほど、それでこんなに荒ぶっていたわけか。白々しいあの呟きも、半ば以上はやけくそのもので、まさか返答があるとは思ってもいなかったのだろう。
でも、それは理解できるのだけれど、なんと言うか、いやはや。
「本当に、私にしか見えないの? こんなにはっきり見えてるのに? どう見ても普通の猫にしか――」
「君のいう普通の猫は、しゃべったりするのか?」
もっともだ。
こうして喋っている時点で、この子は普通の猫ではない。
いまいち現実感はないが、とりあえずは納得するしかないだろう。もしこれが夢なら、そのうち覚めるはずだ。それまではこの状況を楽しむことにしよう。
「で、なんだっけ? 『オトシモノ』を探してるんだっけ」
「お、おお。存外切り替えが早いな。だがその前に、君には言っておかねばならないことがあるようだ」
「え?」
黒猫はコホンと咳払いし、居住まいを正した。
「言葉遣いには気を付けたまえ。僕はこの世界の〝音〟を司る神、天目伊古志那寒竹尊なるぞ」
「……へ?」
一瞬、言っている意味がわからなかった。
私が茫然としていると、黒猫くんは続ける。
「要するに、僕は神だ。天目伊古志那寒竹尊だ」
「は、はぁ。アメ、イコシ、ナ、ノ、サタケ……。えっと、すいません。覚えれられないのでサタケさんでいいですか?」
すると黒猫くん――以後サタケさん――は、真っ黒な毛をハリネズミの針のように逆立てて、怒り心頭プンプン丸である。ふしゅーと勢いよく鼻息を噴き出し、続けてこうのたまった。
「このバチ当たりくんめ!」
神の鉄槌が今下る。
ぷにぷに肉球による幸せパンチが雨あられと私に降り注いでくる。




