サイド:『偽り。』
ここは【ファルビル王国】、王都【スターズ】にある闇市・・・その名から連想できるように、普通は流通しないようなものを売買する違法な市場です。
それは、粗野な者たちから、高貴な者たちまで、幅広集まる場所・・・
表舞台では出回らないような稀な代物が色々と出回り、出品される物は煌びやかな価値あるものが多いですね。
特に競売に出品されるのは驚くほどに素晴らしいものばかりです。
数ある闇市では偽物も出回ることが多いようですが、ここの市場では徹底的に価値のないものは出回ることがまずないと言われています。
恐ろしい目利きのスキル持ちがいるのでしょうね。
・・・私が初めて闇市を訪れた時は本当に感動したものでした。
生まれて初めてでした。
感動のあまりその日は寝られなかったので、このまま興奮が止まず、これから先もずっと眠れなかったらどうしようとまで子供時分には思ったものです。
・・・もちろんそんなわけはなく、翌日にはしっかり寝られたという落ちもありますが、それでも闇市の商品をこの目で見たくて、お父様に頼み込んで闇市に何度となく足を運びました。
そして、闇市に行くたびに同じような症状を引き起こしました。
1日くらいすぐに眠れないのは全く苦ではなかったです。醒めぬ興奮で頭の中がほわほわする感覚は、形容し難いものです・・・もしかしたら最近王都で流行っているという大麻や覚醒剤といったものを使ったらこんな感じなのかもしれませんね。
比較的近くにある【メルの街】でも、大麻、違法薬の噂は聞こえてきます。
噂ではふわふわして得も言われぬ快楽に襲われるとか。
それを聞く限り、私にとって輝かしい品々を見ること、手に取ることはその感覚に近い。
薬を使うよりも安全な方法で私は、快楽に溺れたい。
・・・でも、こんなこと誰にも話すことはないですね。
それはお父様にだってお母様にだって、伝えたことはありません。
本当の私を知る仲の良い友人と言える存在もいないので、本当に誰にも言えない趣味になってしまいました。さながら疑似違法薬を摂取するような気持ちです。
闇市自体が違法なので、大差ないといえばないのですが、違法薬と違って体には直接的には影響が出ません。
だから、闇市が法に抵触している可能性がある物品をやりとりすることもあるということを棚に上げる形ではありますが、連れてきてくれたお父様には本当に感謝してます。
でも、自分の好きなことを誰にも話せないというのは少し切ないですね。
でも仕方ないんです。
・・・私という存在は、孤独でなければならないから・・・
そもそもこうやって1人闇市場に訪れることでも十分に満足できるので、そういう共感できる仲間は求めてはいません。
ちなみに、子供の頃から素晴らしい工芸的な剣や盾、杖などそういうものも好きでしたが、中でも特殊なスキルのあるような高ステータス武器というのは気持ちが昂ぶって、疼いてしまいます。
そして今まさに、うずうずしている最中です。
テンション高めのそんな私に話しかけてくる者がいた。
「あんた、また今日も見物か?」
テンションが急降下です。
話しかけるのはやめてほしいですね・・・
声の発生点を見れば、殿方が1人、壁に寄りかかっていました。
背格好や年齢は大体、おじさん・・・アラハと同じくらいでしょうか。
ぶっきらぼうな態度で接してくる相手と対話するのは面倒なんです。
カッコつけてるつもりなんでしょうか?
闇市だからこういう人もいる、と捉えてしまえばそれで終わりでしょうけど、一流作品、いやそれよりも素晴らしい品々を前にして、品のないような人間が居ていいのか?そんなふうに考えてしまう自分がいるのかもしれません。
猫被りな表向きの私であればしっかり挨拶を交わしたことでしょうね。
でも今の私は他人を寄せ付けない存在です。
「ふん。何をしようが勝手だろ」
一瞥して、歩みを止めず目的地に向かいます。
敵を作りそうな対応だが、ジュライアという存在はそういう、男という設定だ。
半ば無視された男は舌打ちをしていたが、特に手を出す様子はない。
それもそのはず。
闇市内でのいざこざはご法度だから、です。
外で出会ったときには注意が必要ですが、闇市の中であれば問題ありません。
まあ今日は特別この格好なんですが・・・【メルの街】以外では基本的にこの格好はしていませんので問題は起き得ませんね。
我ながら完璧です。
ちなみに、予定としてはジュライアに話しかける奴が悪いという風潮まで持っていこうと思っています。
それが私の身の安全にも繋がるわけですからね。完璧な作戦です。
このやり方が結局、仲間を作れなくする要因にもなっているんでしょうけど・・・そんなことは今は置いておきます。
仲間がいたほうが楽しいのだろうことはわかっていますが、私という存在はそれを許しません。
お父様からは闇市に行くことは表向きは止められていますけど、覆面を被り着膨れに着膨れして名前や身分を偽って、なるべく喋らず、喋るとしても粗野な対応をしているから身元がばれることはないでしょう。
お父様には迷惑はかけたくありませんからね。
さて、今日の私の仕事は友人・・・もとい、悪事仲間に託された武器を秘密裏に競売にかけることです。
私は目的地までたどり着くと、いかにも質の良さそうな生地の黒スーツを身につけた初老の男性、ラバリアさんに声をかけました。
貴族顔負けの品格。まさに闇市で品々を扱うに値する人物です。
闇市では一番話しかけやすかったので、お父様に連れてこられた時もラバリアさんとは話をしたことがあります。
お父様もラバリアさんとは笑顔で話していたのも大きいかもしれません。
ここへ来るたびに私はラバリアさんとは話していました。
そんな彼に私は今日も話しかけます。
「おい」
少しはドスの効いた声になったでしょうか?
さっきもそうですが、結構頑張って絞り出しているので、あまり長いことは喋れませんけどね。
「・・・ああ、これはこれはジュライア様。今日はどうされました?」
こちらに気がつくととてもその辺で闊歩している闇市にいる人物とは一線を画する佇まいで、優しげな微笑みで名前を呼んできました。
だけど、私はそんな相手であっても態度は変えません。
これぞジュライア、です。
「これを競売にかけたい。手数料は競売で競り落とされた額から差し引いてくれ。万が一売れなかったら後で払おう」
「手数料は先払いといつも申し上げておりますが、ジュライア様なら仕方ないですね。売れないわけがないという自信がありありと感じられます。モノはどのようなものでしょうか?」
話がわかる方でありがたいです。
さて単刀直入に話をすることになってしまいましたが、・・・さて本題です。
アラハに言われたスキルが本物かどうか人気のないところで確かめてみましたが、本当でした。
一回剣を振るだけで妙に疲れるのは、スキルを発動する際になんらかのエネルギーが吸われているためでしょうね。
常時ステータスを見る術は持っていないのでわかりませんが、私の微妙なステータスだからわかったのかもしれませんが、明らかに何かが減った気がしました。
元々、一部を除いてほとんど一般人レベルにステータスが低い私でも使えるくらいですから、消費量は多くはないのでしょう。
しかも直接的に攻撃に使えそうなステータスはオール一般人と言っても過言ではありません。
それでこの威力となると、話はかなり大事に至ると予想しています。
だからこそ、私はこの剣を高額、いえ、類を見ないほどの額で売りつけなければならないと考えています。
ちなみに、自分で持ってきたお金をジュライアとして支払うのがなんとなく嫌でした。
特に理由にはならないかもしれませんが、あくまで個人的な遊びなので、お父様から頂いたお金を使いたくないというのが根幹にあるのかもしれませんね。
なので、本来はこんな道理が通るはずはないのですが、ラバリアさんは今回も「困りますねぇ」と苦笑しながらも私の言った通りにしてくれるようです。
さすがは融通の効く殿方です!
以前、知らずに私が後払いを要求してしまい、そのままその条件が通った直後、他の者が同じようなことを言ったときにはその場で闇市で雇われている傭兵に摘み出されていました。
なぜかは知らないですが、私はきっとラバリアさんに気に入られたんでしょうね、ということにしておきました。
昔から他人には気に入られやすいんです。少なくとも、表向きは。今は裏の顔なので、気に入られやすい要素は皆無なのですが、その時の私は深いことは考えませんでした。その後も特に考えていませんけどね。
これは甘いのでしょうけど、ラバリアさんは悪い人間ではない・・・と、私は本気で思っているのです。
私はアラハから聞いた話を伝えてから、剣を手渡し、名残惜しい気持ちを捨ててその場を後にしようとしましたが、ラバリアさんは笑いながら話しかけてきました。
「そういえば聞きましたよ?聖法が使えるんですってね?それも猛毒を一瞬で解毒できるほどの聖法だとか」
一瞬どきっとした。
ラバリアさんはどこから情報を仕入れているのだろう?
そんなに時間も経っていないであろう噂まで仕入れているのだ。
聖法は私のステータスで使える唯一の武器ともいえるスキルです。
考えてみれば、そもそも聖法自体使える者は少ないので、たしかに話題にもなるかもしれません。
ラバリアさんのいう噂はアラハのせいで巻き込まれたアレの話でしょうね。
本当に、アラハには困ったものです。巻き込まれた挙句、私のとっておきまで周知する羽目になってしまいました。
本当に困ったものです。
なぜか悪い気はしませんでしたけど。
「なんのことだか」
それに、実際あの時は解毒は使ってないのです。
あの件での聖法を使った云々というのは事実ではないので惚ける以前の問題なのですが、色々これに関して喋るのも面倒です。少し機嫌悪そうに対応にしておきました。
「まあまあ、そう怒らず。あなたの話はここ最近よく聞きますよ。今まであなたのような方は噂ですら聞いたことがなかったですが、どこから来たんですか?」
にこにこ朗らかに笑いながら私に正体に関する話題を振ってきた。
今までこんなことなかったのですけどね・・・
というより、よく考えればラバリアさんは私の正体に本当は感づいているんじゃないかとさえ思えます。
「どこだっていいだろ」
よく考えたらまずいです。
私の身分を探られた。お父様に飛び火するかもしれません。
いや、実際は別にバレてもどうってことはないんでしょうけど、お父様が数日はふてくされてしまうことは間違い無いでしょう。
なので、ばれたくないです。
それに、ジュライアという存在が架空のものであると広まり、中身の人物がばれれば・・・アラハとは今までの関係ではいられなくなってしまうかもしれない。
「そんなに秘密が多いとなると、調べたくなってしまいますよ?」
にこっと笑う渋く、良い雰囲気のある男殿方なのですが、中はだいぶ黒い気がしますね。
心の中はまっくろけっけ、です。
「探ったところで何も出てきはしないさ。ただの太った男だからな」
これは嘘ではない。
覆面でも剥がない限りはばれないでしょう。
色々と操作してありますからね。
こんな格好なりに噂にもならないようにと妙な行動はさけていたんですが、噂になる原因は大概アラハのせいです。
あとでまた文句くらいは言ってやります。
ラバリアさんはさらに話を掘り下げて来ようとするが、私はこれ以上話していては良くないと判断して、その場を無言で去ることにしました。
全く。面倒です。
ラバリアさんはどうして急に探ってこようなどしてきたのでしょうか。
たしかに、聖法は特筆すべき点かも知れませんが、ラバリアさんが自ら探ろうとするほどのものでもないだろう。
そんなことを考えつつも闇市の会場を後にした。
さてさて、今度の競売が楽しみです。
ニヤニヤしてしまっても、覆面でばれないっていうのが嬉しいところですね。