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人は見かけによらない、それを体現した男?


新ロングソードを手に持ち、ふと考える。

何故こんな強力な武器が突然僕の元に手に入ったのだろうか?いわゆる戦具と呼ばれるようなものだ。


何故?っていうのは勇者の湖を見つけたからとか、タージャボルグを見つけたからとかそういうことじゃなく・・・


ふと思考が一時止まる。

迷宮内を出入り口に向かって歩いていると、誰かが会話する声が聞こえ始めたからだ。


迷宮【メルストークスの魔窟】から地上へと戻る途中の道、冒険者が壁に寄っかかって会話していたりする。


ここ【メルストークスの魔窟】は冒険者ギルド支部の内部に繋がっている。そのためか、出入り口近くにはこうして冒険者がたむろすることがある。

待ち合わせや何となくそこにいれば知り合いが人が通るからだとかそう言う理由だ。


聞こえてきたのもおそらく冒険者たちの声だろう。


ちなみにほぼ全ての迷宮は冒険者ギルドの真下に位置している。国が迷宮を管理している地域もあるので、全て、ではないけどね。

というのも、迷宮ができた場所に冒険者ギルドが大概できるからだ。


まあ出入口を陣取るためだね。魔物が溢れてきたら大変だしね。

もちろん、迷宮のない場所にも冒険者ギルドはある。



なんにせよ、大概は冒険者でない限りここの迷宮に入ることはできないため、【メルストークスの魔窟】は冒険者が独占している。


冒険者ギルドの真下に位置する迷宮は全て同じ状況だ。まあそもそも一般人が入りたいと思うような場所でもないため、誰も文句は言うことはない。

誰が好き好んで魔物の巣窟に入りたいのかという話なのである。


すでに地下2階の迷宮を破壊するほどの痕跡があったことはギルド支部に戻る前から話題になっていた。

ずいぶんと話が早いもんだ。みんな暇してるな。


近頃、一定数は冒険者ギルド支部にいつも居座る状態になっている。

いわゆる『冒険者らしい仕事』・・・ある程度強い魔物討伐の依頼も激減しているためだ。


仕事を選ばなければそれなりに依頼数は今でもあるのだが、そういう類の依頼は単価の安いもの、つまり弱い魔物討伐の仕事だ。

冒険者にとって自分が勝てるギリギリのそれなりに強い魔物が出ないなら依頼を受けないことが多い。プライドの問題もあるだろう。


時間潰しにくらいで低ランクの依頼もやるかもしれないが・・・冒険者は安く多く仕事をするのを嫌う。


そもそも冒険者ギルドは報酬格差を発生させるためにランクを設定し弱い魔物は単価を安くしている。

冒険者に限らず、格差を出し差別化するのがこの世界の常識的なところがある。


そのためか現状、ランクの低い仕事10回するのと1つ上のランクの仕事を1回するのとは報酬が同じくらいだったりするのだ。とはいえ、それは今後あるであろう改定後もあまり変わりなさそうだ。


これが冒険者の報酬・・・才能と努力と危険に対する報酬が高いということだ。

実際、3級以上の冒険者のランクになると一般人では対応できない案件・・・知識や技術、装備が必要になることが多い。また、その者が命を落としかねないというのも忘れてはならない。


さらに言えば、そのような者たちが居なくならないようにするため、1つ上のランクの冒険者の報酬が10倍近くあるのは目標設定にもなるので、高過ぎるとは言えない価格だろう。


報酬がやたら低くては、誰が好き好んで、安い報酬で危険に立ち向かわなければならないのかという話だ。

たとえ今は報酬を下げていったことで冒険者が離れなかったとしても、今後はどんどんいなくなるのは間違いない。旨味がないのだから。


やりがいだけで仕事をしているわけじゃない。装備や知識や技能に金をかけ、時間をかけて勉強をしたりコネを作ったりして、それで成り立っているのだ。


そういうことを軽んじて報酬そっちのけでやりがいだけをプッシュし出したら『おしまい』なのである。


逆にいえば、報酬の引き下げとは、そういった者たちの過去、現在、未来の価値を下げる行為ともなりかねない。


なにしろプライドを貶める行為であり、唯一残るやりがいも減るというものだ。見栄や誇りを重んじる冒険者にはちょっとの変化が許しがたいだろう。


・・・冒険者が居なくなる、減ることによる損失の大きさを考えなければならない。


だからこそ、今回の引き下げで大ダメージを受けるのは価値の低い技術も知識も装備もあまり必要ないランク1、2などの低級の冒険者なのだろう。


ただ・・・報酬が低いところをいくら下げてもさほど財政に変化などないのだが、上部のお偉いさんが仕事してる感を出す為てのが大きいのだろうな。


それに、極端に多くの仕事をせず、月に数個の比較的報酬の良い依頼しかこなさずに生計を立てていたような人間にとっては、例え冒険者らしさという見栄を捨てても嫌なものなのだろう。何度も言うが、見栄や誇りにうるさいのが冒険者だ。


そんなわけで、ギルド支部内は冒険者が居座っていることが多くなったと言われてる。仕事待ち、なのである。

魔物が減っているため総じて大きい依頼がなかなか出ない。


安くても良いから安全で最低限稼ぐことを求めている僕が例外なのであって、これがいわゆる冒険者の普通であってはならないとはなんだかんだ僕も思っている。それなら傭兵や自警団などに皆行くことだろう。少なくとも冒険者よりは安定だ。


傭兵は金を持つ個人に雇われた兵、自警団は町に雇われた兵というニュアンスで、成功報酬である冒険者ほどの自由度はないが月給という形で固定のそれなりの給与が支払われる。


冒険者の仕事単価は比較的高く、市民から人気を集めている冒険者だっているくらいなので、冒険者の市民権は高い。


・・・もちろん僕は例外ですけどね。一般人からも【ろくでなし】と罵られるくらいだ。ある意味市民権あるかどうかも怪しい。


そんな冒険者という職業なのに、安売りし始めたら終わりというものだろう。

しかし財源がないため、コスト削減の波に押し負けるのが低級の冒険者。まあ格差社会においては妥当か・・・より生産性の高い上位の存在を維持するには必要な措置だろう。

ただ、下が切らても、コストがそもそも下がりようがないから次は上の方にコスト削減が波及していくということに、気が付いている者はいないかもしれない。


そもそも最下位の報酬はとてつもなく少ないのだから。


今回、全国の冒険者ギルドが低級の魔物討伐報酬を激減させたらしく、どこの国の冒険者ギルド支部に行こうとも同じ状態になっているらしい。


報酬の減少に持っていくということは、世界全体、すなわち国々が補助金を出し渋っているということだろう。


あまり知られてないが、ギルドは持ち出し金として簡単な魔物討伐を行わせていたが、実のところ、国が一部補助金を出している。


たしかに、魔物の数が減りギルドも持ち出しをしたくないということもあるのだろうが、それなら国が出せば良かった話である。

だが、それがなかったようだ。


魔物が減ってきた途端にシステムが変わったところを考えると、むしろ国も補助金を減らした、もしくは出さなくなったと考えるのが妥当か。


となると、世界全体の国家の財政問題や衰退も関わっているのかもしれない。その辺は誰も何も思わないのだろう。まああっているのかもわからないし、僕の妄想に過ぎないのかもしれない。国の財政が大変ですよ、なんて、一般人が知るはずもないのだから。

何故、低ランク冒険者の報酬が下げられるのか納得のいく根拠などの情報はないので、妄想するしかない。


さらに妄想するなら、もしこれでも補助金が出ている方で、今後、さらに減らされたらどうなるのだろう?


安さを求めて価格競争した結果にも限界がある。


そもそも冒険者が何と価格競争するのかも定かではないのだけれど。

客を寄せようとして次々と差別化を図るべく無料サービスを提供していった多くの店が数世代でことごとくつぶれていき、結局最後に残った店も値段を上げるに上げられず衰退して、一度完全に潰えてから新たな店がしめしめと大体元の価格に戻して売り始めるなんてのもよくある話だ。


無料サービス合戦は害悪でしかない。


数年から十数年は耐えられるかもしれないが、それ以降はどうにもならない、何の犠牲で成り立ち、持続性に欠ける手を沢山打ったところがその事業での最大手となった場合、他のところはどうにもならず破綻するだろう。


そればかりか、取引先の格下に無理を強いていたことによる安さだったのであれば、目も当てられない。その業種だけでなく、多くのところに被害は飛び火する。


経済のお偉い学者が、その方式が良いと言おうとも人間という生物を活かす簡単から見れば、それは、駄目なのである。滅びの連鎖を生み出す論理なのである。


なぜそんな話をしたのかと言うと、今まさに冒険者も一部無料サービス業になりつつあるようだからだ。


割を食うのは低ランク、すなわち低級冒険者。無料サービスで仕事をさせ、上に上がるまで頑張ってね。とさも当然かのようにするつもりなのだろう。


例え最初だけ、とはいえそれら対価の不払い。

それだけでも未来の3級以上の冒険者になる可能性のある冒険者の報酬を減らすこと繋がるのではないか?

今は良くても今後、長期で見た際にはあまり良い影響を生むとは思えない。


さらに財源が減れば、もう低級冒険者ではカットする場所がない。そもそも報酬はもともと多くないのだから、そんなところをカットしても仕方ないのだが、格差社会ゆえにそれは仕方ない。

ついに上位の冒険者の報酬が減らされることになる。


最初にも考えていたが、報酬が減ったら冒険者は減るだろう。すぐには減らないかもしれないが突き詰めれば、それこそ冒険者不足で国がその内滅ぶのではないか?とか思ったりする。



財政の悪化、そこからくる補助金のカット。それが負のスパイラルとなりこれが衰退の始まりとなる。あまり知られてはいないが、歴史を見れば明らかである。


・・・かつて人間の平均寿命は100歳と言われていた時代があったらしいが、現在ではどこの国を見ても見る影など、まるでない。


現在の平均寿命は50歳を余裕で下回る可能性すらある。正確なことはわからないが、下手したら40前半かもしれない。

早々に亡くなる者が多いというのもあるが、それにしたとしても過去の世界の半分以下の寿命だ。


なぜこんな差が生まれたのか・・・?


ある時を境に過去の文献などは消滅していて、長寿に至る技術も伝わっていない。



しかしその境目はわかっている・・・ある境目、それは魔王の誕生によるという。



何が長い寿命の要因だったのかはもはやほとんど分からないが・・・少なくとも口伝によりわかっているのは魔物が魔王の誕生とともに突如として現れたということだ。

ここで信じがたいのが、魔物が居ない時代があったということだが、それは置いておこう。


寿命の大幅な低下は魔物の出現により、弱者である高齢層などが生きられないことが要因だと思われているが、僕が一番事実らしいと思うのは、人間の健康を維持していた医術者も根こそぎ居なくなったことがさらに大きな要因だと思う。


ただ、どっちが先に起きたことなのかはわからない。


医術者は聖法師とは違い、誰でもある程度の知識と技術、設備があれば医術者として仕事ができたという。聖法師は生まれつきや信仰によるところほとんどで真似しようとしてもまず聖法は使えない。


そして、医術は聖法と違い、その場しのぎではなく継続的に治療ができるシステムがあったおかげで世界は健康で長寿な者が多かったのだとか。


ただ、口伝により伝わっていたのは各国は財政悪化などの理由により医術者の地位と報酬を下げ、報酬が全く仕事量に見合っていない状態になり、劇的に次代の担い手がいなくなって来たところに、魔王の襲来、そして魔物が跳梁跋扈し世界は滅びかけた、というのが知る人ぞ知る歴史らしいのだ。


歴史自体を学ぼうとする人も少ないし、知ってる人も少ないんだけどね。識字率も低いから余計そうなってしまうのだろう。僕も本で読んだくらいでそんな詳しくないけど。


それを考えると、医術者と同じように、国でも街でも個人でもなく、幅広く民を救ってきた冒険者の報酬を下げ続ける流れが来るのだとするならば、それは過去の世界で言う、健康と長寿を守っていた医術者と同じ道を辿ることになるのではないだろうか?


つまりは、また、世界の崩壊が今も近づいているのかもしれない。

悪しき魔王は滅ぼされたが、またすぐにでも現れてもおかしくはない。


何度も魔王が現れては勇者によって滅ぼされているのだから・・・魔王がいつ現れたっておかしくはない。


僕はそう思う。だって、現に『タージャボルグ』が現れているし、新ロングソードだって、なんの脈絡もなく強引なまでの偶然で手に入れてしまったことだって、その前触れなのではないだろうか。


魔王の出現までに間に合わせようと神が急いでいるかのような・・・でも、だとしたらなぜこんなおっさんを勇者に・・・



ふと、振り向いてクラリスに視線を送ると、クラリスは騒いでいる冒険者たちに目もくれずに澄まし顔で僕の後ろをついてきていた。


先ほどから、冒険者たちの前を横切るたびに少し僕の陰口を叩かれていたのだが、クラリスは何も行動するでもなく、表情に出すでもなく、ただ黙っていた。


今度は特に何も主張しようとは思わないらしい。それは僕にとってもありがたい。

僕が目立って良い試しはなかった。大概いじめに発展するからなぁ。ついでに金まで盗られた時はもう、討伐された魔物の気分てこんな感じなのかなって思ったよ。


僕の中でこの現象をオヤジ狩りと名前をつけた。

二度とオヤジ狩りは御免である。



ギルド支部まで上がってくると、すぐにギルド内換金所に向かい魔核を換金したところ、なんと6ユル。銭貨6枚だった。

なるほど・・・完全体のスケルトンなら以前は2枚相当だったのだが、今では1枚扱いらしい。不完全体は2体で1枚と、ギルドの報酬低下は事実になっていた。


まずいな・・・想像以上にかなり報酬は下がっている。いきなり半額とは・・・下げすぎじゃない?

クラリスの強さであれば多少の強敵であればなんとかなるだろうから、今後知識や技術を身につけていけばしばらくは大丈夫だろう。


だけど、ちょっとやそっと今まで通りに僕が頑張っても今の生活はできるかも知れないけど貯金ができない。これでは老後がどうにもならないのだ。


僕は換金所の嬢に尋ねてみることにした。

運良く、そこにいたのはいつも嫌な顔せずに僕の集めた魔核を換金してくれる数少ない嬢だったから聞きやすかったというのもある。この嬢でなければ、また次の機会に聞いていたことだろう。


「あのさ、今回、報酬下がったよね。今後も下がるって言ってたけど、どのくらい下がるのかな?予定とかわかる?」


嬢は愛想笑いを浮かべながら、丁寧に対応してくれた。


「今回は低級魔物は半額、銭貨1枚に満たない分は切り捨てということになっています。次回の換金規則の改定は来月ですね」


来月?!


「ず、ずいぶん早い対応だね、その時の換金レートは?」


「まだ施行されてないので確かなことは言えませんが、アラハさんには重要なところですよね、今のうちにお伝えしておきます。ただ、まだ施行されていないので、ナイショですよ?」


この嬢は僕のことを良くわかっている。

その上でアドバイスという意味をこめて教えてくれようとしているのだろう。


「構わないよ。どうなりそうなの?」


「予定では、低級魔物には特殊な事情を除いて報酬は出なくなります」


目の前が真っ暗になりそうになった。いくらなんでもそれは・・・いや、話は最後まで聞かないとな・・・


「・・・特殊な事情というのは?」


「新規の冒険者が最初の1年間のみ当ギルドから報酬が出ますが、レートは現行のさらに半分です。それも当分の経過措置であり、今後はそれもなくなる可能性が高いです。また依頼人がギルドでない場合も報酬は出ますが、あまり期待できません」

「期待できないというと、どういうことかな?」


今までもいくらかギルド以外からの低級魔物の討伐依頼はあったが、それもなくなるということだろうか?


「低級魔物の討伐は1から2級冒険者では毎月一定数倒すことが求められ、達成できなければ罰金になります。なので、今までも依頼はほとんどなかったようにこれからも同様にまず依頼されることは多くはないでしょう。それに、出たとしても、依頼の実行で報酬が出て尚且つギルドからのノルマを達成できるなら依頼を受ける方々も出てくるでしょう」


罰金?!それが嫌なら強制的に労働させるのかよ!それが冒険者なら当然ということにして無賃金労働をさせるということか!?あまりに酷い!!


今の内容が現実になったら今まで通りに過ごすことはまず不可能だ!

となると、僕であれば3冒険者に無理を押してでも昇格して、身の危険を孕む内容に少なからず手を出さなければない・・・!


これでは冒険者は国を、民を守ることが義務のようではないか。あくまで今まではある意味矜持を持って、いわゆる『冒険者らしさ』を誇りに思って依頼をほとんどの冒険者は依頼を行なっていたはずだ。本来、そこに義務はなかったはずだ。


その違いは大きな影響を生むのではないだろうか?

義務・・・それを強いることが多くなればなるほど、人間として、生き物としてのパフォーマンスは下がるのではないか?少なくとも僕は下がる。命わかけさせられるのだから。


そもそも、義務が多いとなるとやりたくない職業という意識にも繋がるだろう。

仕事内容に義務が当たり前になっているような世界は、洗脳された世界なのだ。

ちょっとでも逸脱すれば、責任がー!罰金がー!など、無駄ないびりのようなことが発生する。


正直、世の中を悪化させるのはいつも義務、責任だと思う。


僕は義務や責任て言葉が嫌いだ。

義務や責任をまっとうするから報酬が支払われるのであって少しでも基準を満たさないのであれば報酬を受け取るなど言語道断!と云々言い出す奴も嫌いだ。


仕事したら出るのが報酬なのであって、無賃金のサービスを含むすべての義務をこなして初めて報酬が出るだの言い出すのは違うと思うのだ。


義務や責任とは最後は報酬を払わないための材料でしかなくなってしまう。

ある程度ちゃんとやってるつもりが前提の僕からするとそもそもそんな縛りがいらないからね。生きるのに精いっぱいですし。


実際これに反発する冒険者は多いんじゃないかと思う。義務と言われて喜ぶのは一握りの変人くらいだろ。


思った通り、大方の冒険者はあまり報酬減の影響を受けないようだが、やらなくてよかった仕事の追加には苛立ちを隠せない者も出てくるだろう。

今はまだ情報が出回ってないから問題は出てないが・・・


となると、数ヶ月後単位では世界全体で冒険者は一定割合がいなくなる可能性も出てくるか?兵士や傭兵、自警団などに流れる可能性はあるけど、それでは動きがだいぶ変わる。


自由度がないのだから。

防御の手薄な町でなんらかの事件が起きたとしても、動ける人間が居ないのであれば助けるという動きもかなり遅くなる。


それでは、危機に瀕した人間の助かる命も助からないだろう・・・


・・・僕も、本来であれば別の仕事を探さなければならなかったはずだ。


正直、クラリスにも出会わず、『タージャボルグ』もない状態でこの報酬減に出くわしていたら、即座に僕は近くのパン屋さんにでも、この年で恥を忍んで弟子入りでもしようかと思っていたくらいだ。


今は、クラリスをある程度面倒見たいし、それに『タージャボルグ』があるから、なんだかんだ冒険者として活躍の可能性も残されている・・・ただ、勇者という肩書きがつくのであれば、死地へと赴かねばならない場面にも出会すか・・・


いや、本当に・・・僕が勇者とはとても思えないけど。おっさんだよ?足腰ちょっと来てるよ?


それはさておき・・・このタイミングでの冒険者ギルドの規則改定はあまりに絶妙だな。

僕が安全な生き方をすることを拒むような展開。まるで何かに仕組まれているかのような、そんなタイミングだ。


「・・・となると、これも『タージャボルグ』のせいかもしれないな」


「え?なんでしょうか?」


換金嬢が小首を傾げたが、「なんでもないよ」とだけ言ってクラリスと共にその場を後にした。



新ロングソードに目を落としつつ、僕はこれを使っての勇者らしくすべきなのだろうか?と思い始めていた。

だけど、こんな危ないもの、下手したら文字通り自滅しかねない。操作誤って僕自身が木っ端微塵とかもありえるところが怖い。とても怖い。



無言で共同生活住居に戻ると、クラリスを部屋でストレッチなどをして今日は休むように伝えた。

クラリスも何か考えていたようで、何やら真剣そうな顔をしていた。


「あ。クズパンはまだ余ってるから夕食はそれを食べて良いよ」


「わかりました!アラハさんの分も取っておきますね!」


「僕のは良いよ、用事があるからさ。悪いけども、今日は外で食べてくる」


「そうなんですね・・・もしかして、怒ってますか?その、私が騒ぎ立てたこと」


クラリスは、僕が他の冒険者に笑われたのは自分のせいだと思っているのかもしれないが、それに関しては怒っちゃいない。

僕が怒るというか困っているのは、報酬の引き下げの方だ。かなり大問題なんだよなこれ。


「いや、それに関してはもうクラリスが理解してくれたと思うからなんとも思ったないよ、今後のことについて考えてたんだ、いろいろとね。クラリスの特訓メニューとか、今日の夜ご飯のこととかね」


「!・・・わかりました!って!ずるいですよー!今度連れて行ってくださいね!」


何がわかったのかわからないけど、笑顔のクラリスを背に、僕は家から出た。


・・・ふぅ。今日、僕は飯抜きかな。


今後の上記も加味して、あまりお金は使わないに越したことはない。アイツが奢ってくれるとも思えないしな。

今から会う予定の男のことを思い浮かべて苦笑してしまう。


そんなことを思いながら、1人である場所に向かっていた。

もう1時間もすれば暗くなるなぁ。そんなことを考えていると突如妙に高めの声に話しかけられた。


「おう。てめぇだろ、変な奴に俺のこと教えたの」


おっと、これはこれは、向かう途中で目的地で落ち合うはずの人物と遭遇したようだ。


声だけでもわかるが・・・、声をかけられた方向を向く。

顔は黒の覆面で隠して、全身は革製の服でコーディネートしていろが、手袋等も使い、素肌が見える箇所はどこにもない。

言えることがあるとすれば、ぱっと見ははち切れんばかりにかなり太っている。そのくせ、声は妙に高いんだよな。

勝手な想像だが、歌とかうまそうだなと思う。


「おぉ、ジュライア。いつも思うけど、その恰好て暑くないの?」


「うっせえわ。そんなことより、あれなんだったんだよ?いきなりチンピラに『解毒聖法使ってくれ』とか言われたんだぞ?!おめえが絡んでるんだろ?」


そうだった。危機を脱するために、ジュライアに強盗を差し向けたのたのはとても記憶に新しい。


「察しがいいな、その通りだ、こっちもいろいろあったからな」


「俺は全治1ヶ月の怪我を3週間くらいで回復するようにするくらい力しかねぇんだぞ!めちゃくちゃ焦っただろ!!たっく!ほらよ、あいつから巻き上げた金だ。半分やるよ」


「さんきゅ!さすが。・・・ニエルガ貨4枚か。増えてるな」


強盗に渡したのはニエルガ貨3枚だったはずだ。ニエルガ貨で8枚も巻き上げたのかよ・・・


「そりゃ、毒じゃないだろうなってのがわかった瞬間に足元を見た取引してやったからな。はっはっ!」


不法侵入してきた男はお金がないとか言ってた気がするんだが、・・・無理やり出させたか。意地の悪い男だ。・・・僕、恨み買ってないだろうな?


「悪どいなぁ。そのうち刺されるぞ?」


「おめぇに言われたくねぇよ。つーかよ、だからこんな格好してんだろ?危なくなったら脱げば別人に成り変われるからな」


別人になるほど結構着膨れしてるのか?

いや、たしかに着膨れもしてそうだけど、流石に脱いでも小デブだろうと思ってしまう。


「さすが、そういうところ俺も見習わないとな」


「てめぇはどうせやらねぇだろ。てか、聖法使えるのはばれたくなかったんだが。どうしてくれんだ?」


とか言いながらそんなに困っちゃいないのだろう。以前僕が彼の聖法を見たのも、わりと人のいる前だったし、隠そうともしていなかったと記憶している。それでもまあ形式的に謝るに越したことはない。


「聖法自体使えるどうかなんて今回は関係なかったろ?」


「だが、あの場では使えることにしないといけなかっただろうが!」


「まあまあ、悪かった、謝るよ。こっちも大変だったんだから許せ。まあ迷惑料として、ニエルガ貨1枚をやるよ」


そう言ってさっきもらったニエルガ貨幣を1枚投げてよこした。それを受け取ると不機嫌そうだが受け入れてくれた。さすが、何だかんだ理解のある奴で助かる。


そんなに長い付き合いでもないのだが、割と分かり合える仲だと思っている。この町に10年以上暮らしてきて、ここまで打ち解けた人間はジュライアが初めてだった。

まあ、思っているのは僕だけかもしれないけどね。


「ちっ!たっく、しょうがねぇな。ん?・・・で、他にも用があるんだろ?目的地に着いてねぇけど、用ってなんだ?謝りに来たんでも、金を取りに来たわけでもないんだろ?」


相変わらず察しの良いことだ。

もちろん謝るために呼び出したりはしないし、金を貰うためというのも考えてなかった。それにしても、呼び出したその日に来てくれるとは思わなかったけどね。


ジュライアとの連絡手段は、特定の合図で呼び出すことにしている。

今日、というかいつも、特定の合図で呼び出すのだが、その方法というのは、僕の家を囲う塀の上、特定の場所に大きめの石を乗っけておくと、それを見たジュライアは開店から夜の栄え出す時間に入るまでのどこかで【ヤールドの酒場】に行くということになっている。


なんで直接家に来ないのかっていうと、僕が日中はいないのと、夜はジュライアが外に出たくないからだそうだ。

僕の家で待ってるのは嫌だし、酒場なら多少夜になっても行っても良いということらしい。


逆に、僕が乗っけた覚えもないのに石が乗っていたらジュライアが呼んでいる、ということだ。


まあそんなことより本題だ。


「あぁ。闇市に売って欲しいもんがあるんだよ」


「闇市?あぁ・・・そういやてめぇ、闇市の出入り禁止喰らってるもんな」


「あの時は暴れざるを得なかったからね。まあわかるだろ?わかってくれたまえ」


以前に人助けのつもりで闇市で一度暴れたんだが、その時に二度と出入りするなと言われたのだ。破れば半殺し以上にはされる気がしている。


「まあ、あれはてめぇらしいなと思ったよ。・・・これからも頼むぜ、お人好しのパートナーさんよ。で、ブツは?」


「あぁ、そりゃどうも、こちらこそよろしくな。・・・それは酒場についてからでいいか?」


周りにはそれなりに人がいるからあまり外では離したくないし、家はクラリスがいるから避けたい。


ジュライアは無言で頷くと歩くペースを速めた。


この時間、まだ人気のない【ヤールドの酒場】にたどり着くと、僕はさっさとロングソードだったものを取り出した。


悩ましいところではあったが、今の僕では、いや、この先ずっと先まで考えてもこの武器の使えているビジョンが思い浮かばなかったのだ。


少し振り回しただけで大惨事になりかねない武器など、持っているだけ具合が悪い。


今後生き抜くために必要かもしれないとも考えたが、間違いなく使いこなせない。


タージャボルグよ、もっと良い感じに使い勝手の良い武器なら考えるが、これじゃ無理だよと、家に置いてきた武器に脳内で無意味に話しかけておく。


それに、これを売ったお金で一生働かなくて良い説まであるわけだから、売る選択肢しかないでしょう。

そんなことを考えていると、だ、ジュライアが何やらまくしたて始めた。


「・・・ふーん?・・・見た目、なかなか良いじゃねえの。いつものロングソードじゃないと思ったら。やっぱりそれがブツか。迷宮とかで見つけたのか?それとも街中で?もしかして奪ったのか?買ったわけじゃないだろ?見りゃわかるぜ、なかなか見ないような素材だもんな。まさか何か特殊なスキルでも付いてたりするのか?付いてるわけないか。いや、まて、付いてるとするならどんなスキルだ?ごほっ!!」


質問の多いやつだな。最後、()せてるし。今、言われたそばから何聞かれたのか忘れてったわ。

ジュライアに水を勧めながら、勝手に説明することにする。



「【メルストークスの魔窟】の未踏と思われる場所で手に入れた」


ガタっと椅子を動かして俺の方を見ている、と思う。ほんと顔見えないからよくわからんけど。てか、最近もこんなことありましたね。


「な!てめぇが未踏?!てことは21階層か!?下層に行けるほど強くはなかったろ!!危ねぇことすんじゃねぇよ!」



現在【メルストークスの魔窟】は20階層まで踏破されているが、そこにいるやたらと強い魔物がその先へと続く道を塞いでいるとか・・・まあ僕がいけるわけがない場所である。


こいつ、意外とお節介なんだよな。ぶっきらぼうな口ぶりこらは想像できないが、なんだかんだで優しい奴である。


「まあ、気にすんな。危ないことはしてないはずだ。魔物とは戦わなかったしな」


知らないところに転移してたけど、無傷で済んだし、あ。スケルトンを倒したくらいだが、それも剣を手に入れた後の話だ。


「だからってなぁ」


「おいおい、ジュライアは僕の母親か?大丈夫だったから気にしないで良いさ・・・で、まあ、その剣はスキルがついてる。薙ぐと剣先から衝撃波が出る。それも見たことも聞いたこともないレベルに高威力だ」


正直、昔話で聞いた勇者剣と言われた武器の内容もなかなか凄い話ではあったが、目の前で起きた事は昔話の比ではないほどの威力だった。


「たっくよ。てめぇがどうなろうとまあ・・・構わねぇっつの・・・それは置いといて、・・・嘘だろ?その武器の性能だと、冒険者が持てるような武器というより、勇者が使うような武器じゃねぇか所謂、戦具」


「いやそこは構えよ。って、まあそれは置いといて、そうなんだよ。戦争に使えるような道具は持っててもしょうがない・・・僕には扱いきれないからな。売りたい。だが、その辺のルートじゃ売ろうにも売れないしな。売れたとしても僕じゃ値段も結局二束三文で叩かれそうだし、もし高値で売れたとしても今度は僕の名前が知られたくない」



こんな高ステータス武器を手に入れたなんて知れたら、無駄に噂になるし、売れたとしても僕には身を守る術もない。


「なるほどな・・・わかった。売ってやるよ。報酬は折半な」


サラッと当然のようにそうジュライアは言ってのけた。

てか、がめついな・・・折半かよ。


「・・・わかってる。いつも通り頼むぜ」


闇市は珍しいものであればギルドを通すより高く買い取ってくれる傾向が高いため、何だかんだ利用していたのだが、今となってはジュライアを通すしかない。


もちろん、ジュライアを通すといつも売り上げが折半になるため、闇市くらいでしか取引できないようなモノや闇市でないと高く売れない代物以外は冒険者ギルドでの換金嬢のところで換金するけどね。



依頼とは別に換金というシステムがあるが、どうもギルド側が安く買ってどこかに高く売っているようだ。どこかは知らんけど。


ただ、最近は魔核の換金レートが悪くなるよりも以前から迷宮でドロップしたアイテム、迷宮産の武器・・・武具など、それと滅多に出ることはないが戦具は徐々に換金レートが悪くなっていた。ずいぶんと武器の販売差額で利益を上げたいらしい。


今後は闇市の方が換金率が高いものが増えていくことだろうから、冒険者として働いていくならジュライアとの繋がりは切れそうにもない。


ジュライアが契約成立とばかりに手を差し出し、覆面越しにもわかるようににやりっと笑うので僕もそれに答えて、にやりと笑い返す。


他人が見たらこの光景をどう思うだろう。

悪役の密会、とかだろうか?

少なくとも見た目がアレなジュライアのせいで、僕だったらそう思う気がする。

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