僕的に長生きする冒険者ってのはそういうことなんじゃないかな?
「ふう。災難は去ったな」
僕は尿意を改めて解放するべく汲み取り式便所に跨った。
やっぱり・・・一度止めるとなかなか出ないもんだな。やはり年か?
「というか、鼻まで押さえてたんですが?!殺す気ですか?!」
クラリスもまた便所にまたがって隣で喚きだした。
咄嗟のことでちょっと塞ぐところを間違えてたというふりをしたが、聖水に臭いとかがあった場合に気がつかれないためだ。意外と瞬時に判断できていた自分に驚きである。
「それはすまんかったな。でも、僕のおかげで災難から逃れられただろ?」
聖水に気が付かれないようにとりあえず話題を逸らすべく、僕は話題を逸らす。
「まあ、それはたしかになんですが・・・あの、手、濡れてませんでした?」
・・・うむ。気づいてしまったか。工作むなしく・・・濡れてるのはごまかせないよなぁ。
不穏な視線を僕に向けてくるクラリス。
あの時は緊急事態だったからな、仕方ないのだよ。でもさすがにバレたら当分関係性悪くなりそうな気もするので、やっぱり何としても、ごまかしたい!諦めない!
「ん?まあ気のせいだろ、もしくは手汗かな?僕も緊張したし、あ、濡れてる濡れてる!現在進行形だわ!緊張の汗だねこりゃ!たまんねぇよなぁ手汗!こりゃ全部強盗が悪いな!」
これは本当のことを言わないのが華だろう。それはおしっ・・・げふん。聖水ですよ、とは言いにくいし。
「手汗ですか?・・・それならしょうがないですね。・・・それにしても、私は猛毒なんて知らないですよ?」
うーん??と唸るクラリス。
・・・この子、今になってもあれが嘘だと気がついてないのか。
本当にこの子は冒険者として、いや、そもそもこの下世話な世界で生きていけるか不安だよ。今までにいったいどんな生活をしていたのか・・・
「もちろん嘘だよ、駆け引きってやつだ。今日は晴れてはいるが汗をかくほどの気温でもないのに、なんの偶然か見当もつかないが、雨水でも溜まっていたんだろう。ちょうど窓枠に触れたところだけ濡れていたからな」
偶然というか、まず間違いなく聖水なんですけどね。俺の愚息から弾け飛んだのが、思い返せば視界に映ってたと思う。朝だったせいで年甲斐もなく半分くらい芯が通ってる状態だったもんなぁ。
「なるほど!駆け引き、さすがアラハさんですね!勉強になります!便所に侵入してくる変態ですけど!!」
「変態はさっきの強盗だろ?」
「いや変態はアラハさんです!」
正直、少し変態なのは否定しない。まあ勉強になったのなら良かったよ。
「変態の話題はさておき。この前から言ってたけど、今日から迷宮の地下2階に行くけど。いいか?」
話題を無理やり変えることにした。変態ワードからおしっこだったのではないか?という疑念にたどり着いてしまわれると困る。
「も、もちろんです!」
ちなみに、ここまでの会話は全てお互い下半身丸出しである。便所は、床に2箇所穴の開いた部屋で、その2つを仕切るものはない。
男女2人がその穴に跨り、しゃがみこんでいる図はなかなかシュールだろう。おそらくもう少し質の良い共同生活住居なら男女でそもそも便所は分けてある。
どんな場所でもさすがにこんな男女が同時に事をすませる状態はありえないし、さすがに違和感あるはずなのだが、クラリスはもはや気にしていなかった。
この子。世間知らずで忘れっぽいけど、順応は比較的早いんだよな。
「でも地下2階はほとんど魔物もでないような空間なんですよね?」
たしかに、あの場所は入り口に近いからほとんど狩られていて魔物はいない。
「ちゃんと勉強してるな」
「えへへ!」
ご機嫌そうで何よりだ。
用を済ませたのが同時だったのか(僕は結局絞り出そうとしても出てこなかった)、同時に立ち上がり便所の外へと歩き出した。便所で用を足した後の拭く用の葛の葉もそろそろ取ってこないとな・・・男の僕しかいなかった時の何倍も速く蕗の葉がなくなっている。
町を出て少し歩くと蕗だらけの草原があるから取り放題ではあるのだが、取りに行く回数が増えると少し大変だ。
そんなことはさておき、契約の話を再度しておくべきか。
「契約する時にも言ってあるけど、僕が教えるのは一攫千金ではないからね。強い魔物がいない方が正直良いんだ」
『タージャボルグ』のお陰で今後一攫千金の場面に出会すのは夢でもない可能性があるけど、まあこれはクラリスに言う必要はないな。
まあーでも今から教える方法は、今後は使えなくなるかもしれないんだけどね・・・
僕が勧めようとしたのはギルドの常時ある依頼を数こなすことだ。
だが、冒険者ギルトに登録中の現在生存している冒険者の数はそんなに増え続けているわけではないが、最近は魔物の数が減ってきていることもあり、元々ギルド持ちで出していた簡単で安価な常時依頼は、今後賃金が発生しなくなってしまう可能性が出てきていた。
というのも、つい先日、ギルドで話題になっていたのだ。
とてもタイムリーな話題であるが、すでにクラリスとのレクチャー契約後であった。
クラリスに伝えても「大丈夫です!」の一点張りである。なにが大丈夫なのかはよくわからないが、とりあえず契約は続行している。
ちなみに、なぜそんな変化があったのかといえば、どうやらギルド本部からの案らしい。
必要なくなってきているという点を挙げていたが、経費削減のためにそれを推し進めたいというのが本音だろう。それ故に、ほぼ確実に実行されてしまう話でもある。
そんなこともあり、ギルドでのその件とともに僕を【ろくでなし】と呼ぶ者たちがさらに増え出したという弊害まである。そのうち【浮浪者待ったなし】とか呼ばれるのも時間の問題な気がするわ。とかネガティブな考えまで浮かんできている。
元から活躍しておらず、簡単な依頼ばかりやっていて、冒険者らしい仕事をまともにしてない奴だと知れ渡っていたせいで、そもそも細々生きてただけなのに、知れ渡った原因て何だったんだろうな・・・まあいいか、過去のことはもはやわからん。
まあ何にせよ『タージャボルグ』を売ってくれた店主然り、僕は弱者であると判断した奴らに馬鹿にされているわけだ。
簡単なことをやっていることの何が悪いのかはわからない。そもそも、それだって仕事であることには変わりないし、誰かがやらないといけないことなのだ。
それなのに、今度はそのうちに今まで稼いでいたやり方が使えなくなるかもしれないのだ。困った話だよ。
・・・でもまあ、ちょっと見たところの運動神経や年齢などを考慮して、クラリスなら僕より強くなる可能性を十分秘めているから今はこの方法を教えておいて損はないだろう。もともと初心者向けの依頼であり、初歩を教えるには最適だからだ。
このことはクラリスにも話してある。
「そうでしたね!でも、少しでも稼げるなら前々からみんなやってたのではないですか?」
クラリスが最もらしい疑問を口にする。たしかに普通はそう思うよな。
「冒険者は危険と隣り合わせというイメージだろ?実際そのイメージ通りに冒険する奴が多いから、結果的に命を賭した一攫千金みたいにな事をする奴が多くなってるんだよ。というか大半そうだな。冒険者は見栄を張る生き物だから・・・でもそんな見栄を捨てて条件を絞ればそんなリスクはだいぶ低くなるってわけよ。どこまでリスクをとる必要性があるのか、リスクは常に付きまとうけどさ。リスクにも大小があるからね。命と技能と装備などなどと共に天秤にかけて釣り合う範囲のリスクをとることが重要なんだよ」
中庭まで歩いてきて、井戸を目指す。
クラリスが汲み上げた水を手に取って、うんうんと、便所後の手を洗いながら僕の顔をじっと真剣に見つめている。
僕もすぐさま井戸の水で手を念入りに洗い流す。たぶん僕の髪くらいまで愚息からの噴水が来てた気がしてならないので正直髪とかも洗いたい気持ちになるが、ここは我慢しとこう。
突然朝からなんで髪洗い始めたんだってクラリスに思われるからね。
ちなみに・・・僕が今やっているような仕事を継続してずっとやっている人間はまずいない。見たことがない。だからこそ、冒険者達の視界にすら入らないような低級の魔物しか出ない地下2階は穴場だったのだ。もはや初心者しか来ないからね。
「契約時にも言ってるけど、僕が提供するのは毎日質素な生活かもしれないけど、比較的低リスク低リターンで健康に長生きする方法だ。今後はどうなるか、不明だけどね」
「冒険者として、冒険すればするほどリターンも大きいですけど、死ぬ可能性も高くなるんでしたね!だからアラハさんは簡単で低リスク低リターンな手法で細々ながら確実に生きる方法を教えてくれる、そういう契約でしたね!」
「そうだ。だから、冒険者ギルドが同様の内容で常時出ているような最も低級の依頼をこなすことが重要なんだ。今まではなくなることもなかったからね。もちろん、さっきから何度も言うようにこの手法は今後使えないかもしれないけど、初心者向けだから、基礎として良い勉強になるだろうさ」
毎日のように冒険者ギルドは迷宮や街中の下水、街を出た道などに出没しやすい魔物の討伐依頼を出しているが、それらの依頼は一個一個が時間がかかる割には単価が低い。
下手したら冒険者じゃなくてもできるしな。とは言っても一般人はまあ普通やらないけどね、ノウハウがなければ下手したら弱い魔物にだって負けて殺されることもあるし、魔物が出るってことは強いのも出るかもしれないのだから尚更だろう。
それはさておき、毎日それなりの量が貼り出されるから今までの依頼と合わせて、冒険者総出で掛かっても1週間掛かってもで全てが終了することはないだろう。
そもそも駆け出しの冒険者が受けることが多いが、冒険者のレベルが上がって迷宮の新しいエリアに行けるようになると、より良い報酬の依頼や魔物の素材などが手に入るため、皆そちらに行く。
そのため、常に仕事は余っているのだ。
正確には、余っていた、という過去形の方が正しいか。
最近はなぜかはわからないが、明らかに魔物が数を減らしていているために冒険者ギルドはこの依頼を無くそうとしているのだろう。だが、あまりに不自然な魔物減少の仕方で、どこかに潜んでいるのではないかと疑うほどだ・・・
「でも、迷宮ってだけで、正直ちょっと、不安です・・・」
今までは座学だったため、魔物というだけでクラリスが少し尻込みしていた。まあこれが迷宮に対する一般人の反応という感じだ。
商人のように移動する生活をしているのであれば大型や強力な魔物に出くわすこともあるかもしれないが、普通に生きているくらいなら運が悪くない限りは小型動物ほどの魔物には出くわすことはあれども死を意識してしまうほどの魔物にはまず出会うことはない。迷宮は魔物の巣窟。一般人であれば入ることはない。
それくらいに今は小さな町という町でも整備されている。各町に冒険者や兵士、傭兵、自警団などを一定数が置かれて定期的に周囲を狩りすることがほとんどの国で規則化されたためだ。
冒険者にまつわる状況が変わりつつある今、なんでこの子は冒険者になろうとしたのか、と思いたくなる気持ちもなくはないが、魔物を怖がっているくらいの方が長生きはできるだろう。
冒険者が長生きするには、僕的に、そういうことだと思うからね。命を大事にしないやつに命がそのまま居くれる方がおかしいと言うものだろう。
そんなことを思いつつも口には出さない。何度も座学で言ってきたからね、たぶんクラリスもわかり始めてはいるだろう。実行するかどうかは本人次第ではあるが・・・
なぜクラリスが冒険者になりたいのかは本人からは聞いてない。いろいろ聞くのは無粋というものだろうと、僕は思っているから・・・
朝食のクズパンを2人で分けて食べるとすぐに軽装に着替えて家を出ることにした。『タージャボルグ』は置いて行く。非日常に強制参加させられたら困るからね。さっきの強盗と出会したのは『タージャボルグ』の効果範囲内だったからだと思いたい。
+++
そんなこんなで僕とクラリスは冒険者ギルドに来ている。
クラリスはこの街に来て1週間だが、昨日まではひたすら僕によるマンツーマン講義とか適当な武術訓練だけで冒険者にすらなってなかったため、今日が初の冒険者ギルドの施設への訪問になる。
キョロキョロと辺りを見回すクラリスを引っ張って受け付けてで書類と羽ペンを貰ってから近く机に2人で陣取った。
「あの、アラハさん。これはなんて書いてあるんですか?」
おろおろしながらクラリスが聞いてきた。
クラリスは文字の読み書きができないため、冒険者になるための書類もまともに書けない。
まあ、この世界における識字率というものはかなり低いから仕方ない。冒険者だとほとんどの人が依頼くらいは読めるようになってはいるがそれでも読めないともいる。そして書けない人はもっとたくさんいる。
大概は冒険者ギルドの職員に読んでもらって、それによる受け答えで記載してもらうのだが、僕がいるので問題ない。
職員にやらせると手数料取られるからね。貧乏人はちょっとでもお金はケチらないといけませんよ、えぇ。数少ない選ばれた貧乏人は経済は回さなくてもいいと思ってる口だ。そう。僕のように少数派であれば良い。僕みたいな考えの人間が増えたらそれはそれで一大事だと思うんだよな。
経済回らないからみんな困るでしょ。
足の引っ張り合いみたいなのは推奨できないが一部の人間であれば許される。これぞ選民思想なのかもしれないけど、問題になることはないだろう。
「年齢を書けって書いてある。だが、これはこの数字でいい。次は名前だ」
僕はスラスラと20歳と記載する。
「なんで20?私14歳なんですが・・・」
目を細めて困惑の表情をしてくるクラリス。ギリギリ数字は読めるんだったな。
「20歳から行ける場所があるんだよ。今からクラリスは20歳だ。いいね?冒険者証明書は身分証だからな、普段の生活でも20歳と名乗ること、わかったかい?」
「そういうことなんですね。わかりました。ちなみになんですが・・・私って何歳に見えます?」
困惑した顔でクラリスが僕を見てくる。
「風俗嬢みたいなこと言うね」
「ふ、風俗嬢?!あ、アラハさん、そんなところに行ったことあるんですか・・・??」
さらに困惑するクラリス。
「ないけど。風俗嬢はそういうこと言うっては聞いたことあるよってだけだから、気にしないでいいよ」
まあ、実際行ったことないよ。貧乏だもん。
そんなやりとりをして申請書を書き終えギルド職員に提出すると、職員のお姉さんは直後にクラリスの名前が掘られたくすんだ銀色をしたプレートを持ってきてくれた。
最初にもらった時も思ったけど、ほとんど一瞬で名前を金属に刻み込んで渡してくるんだよな、きっとものすごい職人がいるんだろう。とか思ったけど、どうやら聖法によるものらしい。
よくわからないけど、聖法が使えたら冒険者としてギリギリの生活しなくても済むんだろうな。ジュライアが羨ましい。
聖法が使える数少ない友人を思い浮かべていると、クラリスがにこにことご機嫌な声を上げた。
「これで私も冒険者ですね!」
とても嬉しそうだが、冒険者になったからといってそれで終わりではなく、これが始まりなんだけどね。
と、まぁ水を差すのも悪いから言わないけどさ。
そんなやりとりをした直後、早速だが現在迷宮に来ていた。
この街のギルドが管理する迷宮、【メルストークスの魔窟】の地下1階に降り立ってからクラリスはそわそわしている。
「私、変じゃないですか?!さっきからここを通る人たちがじろじろ見て笑ってくる気がするんですが?!」
「まあ、一般的には変だけど、問題はないよ」
「え?!どこが変なんですか?!」
「まあ、軽装備過ぎるかもしれないね。多分迷宮に入る装備とは言えない。でも僕も比較的露出が多めな軽装備だから、気にするな」
「・・・良いんですか・・・?」
普通は、様々な毒に触れないためや魔物からの攻撃に耐えるために厚着や重装備になる傾向がある。
素早さ、機敏さに関係する技能を活かすために軽装で行く場合もあるが、その場合は他の盾となり得る重装備の者と共にすることが多い。
そのセオリーからすると、僕ら軽装2人組は無知な存在だろう。
・・・それに【ろくでなし】の僕と一緒にいると言うのがそもそも変かもしれない。基礎さえ教えられたらすぐに彼女は解き放ってあげなければな・・・
まあそれでも、クラリスが覚えているかはわからなかったため、軽装で良い理由も伝えておくことにした。今、僕は少なくともクラリスの先生だからね。
「僕たちの行く場所には強い魔物は出ないし、毒持ちもいないから問題ないよ」
「わかりました・・・でもさっきから通り過ぎる人たちの目がむかつ、気になりますね!なんでこの扉開けて進まないんですか?」
結構前から僕たちはある扉の前にいた。その扉は簡単に開こうと思えば開けるのだが、僕たちはかれこれ20分は待っている。時計がないので正確な時間はわからないが、大体それくらいは経っただろう。
なぜこんなところで待っているかというと、【メルストークスの魔窟】には複雑な機能があるせいだ。
「もうそろそろかな・・・」
目の前の扉は、扉の前である一定の時間を経過してから扉を開けると別の道に行けるのだ。僕もよく気がついたもんだ。冒険者になり立ての頃に扉の前で尻込みし過ぎて、いざ開けた時と、それ以降に別の日に扉を開けた時で行き先が違うことに気がついたので検証した結果である。たぶん誰も気がついてないだろうな。
この扉の先には時間で変わる場所もそうでない場所も基本的に強い魔物は居ないし良い材料もない。そとそも時間でルートが変わる事はまず知られていないため、
「私が開けても良いですか?!」
クラリスがやる気なのでさせてあげることにした。まあ、なんとなく冒険者らしい感じがしたのかな?それも良いことだろう。
体当たりするように扉を開けて、走って中に入るクラリスを微笑ましく思いながら扉の中に入り扉を閉めようとして予期せぬ事態に気がついた。
・・・・へ? ・・・ん?・・・んんんん!?
ど、どこ?
扉の中に入ってしばらく進んでから僕は異変に気がついた。
見知らぬ場所にいたのだ。そして、事態に気がついたときには扉を閉じてしまっていた。閉じただけなら開ければいいんだけど、扉は跡形もなく無くなっていた。
や、やべぇぇえぇぇえ!!帰れねぇ!!ってか、ここどこだよぉぉおお!!!!?
「なんか、蒸し暑くないですか?」
「そ、そうだろ?」
とりあえず、ごまかす事にする。今日はよくごまかすな・・・・
いや、ここどこだよぉぉおお!!!!?
たしかに蒸し暑い。僕はじっとりと冷たい汗をかいている。
妙に気温が高く、湿度まで高いと思われる場所だ。もしかしたら火山エリアなのかもしれない。
しかしだ、火山エリアなど、【メルストークスの魔窟】にはなかったはずだ・・・
若干どや顔をしていたさっきの自分が馬鹿らしい。
何が起きたかって?突然予期せぬ場所に来てしまった僕とクラリスなのである。いやもう、全くここがどこだかわからない。
出入り口になるはずだった扉は消滅、どうしたら良いやら・・・
周囲は光る鉱石のおかげで明るいが、遠くを見渡せるほどではない。これは【メルストークスの魔窟】と同じだな。そして、道幅は狭く、曲がれる場所が複数存在する。
迷宮歴とした迷路のような構造にでもなっているようだ。
・・・出会い頭に魔物と遭遇したりしたらまずいな。軽装であることからも、一般的な魔物に一撃でも食らえば致命傷を負う可能性が高い。
回復薬はこの世の中にはあるにはあるが、そんな安価なモノでもなく、3級程度までの冒険者は大概持っていない。もちろん僕も持ってない。
それに、流通している回復薬は、効果はたしかにあるが即効性は期待できない。1ヶ月かかる傷が2週間で治る程度だ。致死的な傷には無意味なのだ。つまり、致命傷イコール死である。
「次は何をするんですか?」
そんな結構やばいことになっているとは露ほども思うことなく、興奮気味のクラリスが僕に質問してくる。綺麗な純粋な瞳である。
く、くぅ、正直僕が聞きたいんだけどぉ!とは言えないしなぁ。
「先に進めばわかるさ!」
とは言ったものの、わかるかなぁ・・・わかる気がしないなぁ・・・
少なくともこんな場所は見た事がない。類似するような場所の噂さえ、【メルストークスの魔窟】では聞いたことがない。
そもそも普段そんな深く潜らない僕だから知らないって可能性もあるけども。
今日は地下2階迷宮内の行動について学ばせるはずだったのに・・・!
やばいな、止まってるわけにもいかないし、警戒して前に進むか。
意を決して、進むしか、道がないという判断を下し、僕は重くなりつつある口を開いた。
「さて、冒険しますか」
「冒険者として冒険しちゃいけないじゃなかったんですか?」
くすくす笑うクラリスとは対照的に僕は苦笑いである。
意図せずしてハラハラドキドキの冒険になっちゃってるんだよなぁ・・・言えないけど。
あー、あっちだ、で、こっちだ、そっちは何かって?そ、そっちは何もないよ・・・と思わせてこっちが正しい道だったりするんだわ、など適当にクラリスを騙しながらしばらく歩くと、地底湖のような開けた場所に出た。とは言っても、比較的小さな湖だ。町のワートラム教の教会敷地より小さいかもしれない。しかしまあ、随分とお洒落な雰囲気の場所ですこと。
「わぁ、綺麗!!」
クラリスが興奮するのもわかるなぁ、女子、こう言うの好きだよね、よく知らんけど。
空間全体は光る鉱石に照らされているが、水中にもあるのか中からも光輝いている。
ふと、近くで光る鉱石に近づくと非常に熱かった。
この光る鉱石が熱源だったのか・・・
こんな不思議空間、少なくとも僕は聞いたことがない
それに魔物の姿もここに来るまで一切なかったし、鳴き声などもなく、もちろん何かが潜むような感じさえしない。
・・・まてよ?
ここにきて、1つ思い浮かぶことがあった。
そういえば、こんな昔話にあったな。
「勇者が剣を手に入れた地底湖」
勇者に関する話は好きだったからな。有名な話はもちろん、そんなに有名じゃない話も割と詳しい自信がある。この地底湖はマイナーな方の話に出てくる。
「なんですか、それ?」
「昔話さ。勇者がもとから持っていた剣を湖に投げ入れると女神が現れて、より強い剣をくれるっていう」
今思えば、勇者が何を考えてそれまで共に歩んできた愛剣を湖に投げ捨てたのかは全くわからないんだけどさ。
それは昔話だから、そう言うこともあるだろうという謎の論理で読み飛ばしてしまっていた。
「勇者の湖!かっこいいですね!!それがここなんですか?!」
「いや、あの話の舞台は隣の国にある迷宮だったはずだけどね・・・ただ、本を読んでた時に思い描いた風景と似てるんだ」
光る地底湖。そこにたどり着くまでには迷路のような道のり。
思い返してみるとほとんど同じなんだよなぁ。
ここでさらに思い浮かぶ例の件である。
あぁ、もしかしたらタージャボルグのスキルのせいかもしれない。家に置いてきたのに、まさか発動している?
もしスキル発動だとすると、これは本当に・・・
僕はいつも使っているロングソードを鞘から抜き、岸に近いあたりの湖に投げつけた。
まあ、何も起こらず、湖の浅瀬に刺さるだけだろう。そう、そんなことを考えたその瞬間のことだ。
ん、ん?!
急に視界が揺らぐ。
ぐにゃりと気持ちが悪いほどに。
地震かと思ったが、どちらかというと目眩だろうか。立っているのがやっとな状況だ。
「な、なんですかこれ?!」
クラリスのいた場所を確認すると、もはやへたり込んで唸っている。
無理もないか。僕と同じ状態になってるとしたら激しい目眩に襲われているのだろう。
目線を放り投げたロングソードに向けると、知らぬ間に宙に浮いていた。
なんで浮いてんだ・・・
「・・・うっわ、まじか」
ロングソードは刀身に大きなひびが入り、湖の中から光る何かがそのひび割れた場所を補って、ロングソードはさらに伸び、太くなっていた。
それを見て、なぜか僕は手を伸ばさないといけない気がした。いや、こんなとんでもない状態になっている剣に手など普通は伸ばしたくないはずなんだが、不思議と、無意識に手は伸びていて、愛用のロングソードだったその剣の柄を掴んでいた。
掴んでからさらに、脳を揺さぶるようなぐらつきが大きくなり、意識が揺さぶられ過ぎて刈り取られるのを感じた。
うっぷ。吐きそ・・・これが意識が飛ぶ前の最後の感情だったと思う。
どのくらい時間が経ったのだろう。
「アラハさーん!起きてくださいー!!」
僕はクラリスの声で目を覚ますことになった。
「クラリス、えっとここは・・・」
すっと目が覚めた。頭がものすごくすっきりしていて、良い目覚めという感じだ。おっさんになってきて、ここまですっきりと目覚めたのはいつぶりだろう。
起床時はいつもなんとなく気怠い感じがしていたのが、今はない。目の前におっぱいがあったら即座に揉み倒せるくらいには目が冴えている。
目の前には困惑した表情のクラリスがいる。胸はないので、僕も息子も何も反応しない。まあそれはさておき、・・・寝てたけど、一体何があったんだっけ?
辺りを見渡すと、ここは地下2階、時間で行き先が変わる扉の前で倒れていることがわかった。
・・・そういえば、扉の中に入ったら全然知らないところだったんだっけ。
昔話に出てくるような、実際には見たこともないような湖があって・・・
はっとして、右手のロングソードを握ると、柄が割れていた。それだけでなく刀身は金属の質が変わっている。
少し全体的に白っぽい?それに、太く長くなっているし、傷一つない。
今まで使っていたロングソードはもっとくすんでいて、傷も結構入っていた。
・・・中子も太くなったせいで柄の部分が割れたのか。
そんなことを考えているとクラリスが「あれ、その剣そんな感じでしたっけ?」と問うてきたが、「いや、もともとこんな感じだったよ」適当に返しておいた。説明しようにもよくわからんし。
僕自身、何が起きたのかよくわからないのであまり深彫りされたくないという気持ちと勇者の剣については触れてほしくないという気持ちから、本日何度目かわからないごまかしを行うことにした。
「何も覚えてないんですけど、扉の中に入らなかったでしたっけ??」
「まあ、こういう不思議な体験ができるぞー、ていうことを教えたかったんだ、さてと、目的地に行きましょうかね」
予定だった場所を変更し、目的地と言いつつも別の場所を目指すことにした。
この扉の先には行きたくない。・・・なんとなくね。
となると、行き先は低級の魔物がちらほら出るようなとこにしとくか。
僕は同じ地下2階の魔物が出現するエリアに向けて歩き出した。後ろからそわそわしながらクラリスもついて来ている。
もはや他の冒険者の気配はない。こんなしょっぼい場所には見栄張る冒険者様は来ないのである。
というのも、ここら辺は発生したばかりの不完全体の魔物が多く戦利品も少ないし、通常の魔物が少ないためにあまり一般的に役立つ経験も詰めない。そしてこの先にはさらに下層につながる道にも繋がっていないからだ。
新規の目的地周辺まで来ると、膝から下の両足がないスケルトンがカラカラと音を立てながら這っているのが見えた。
お、いたいた。
「この辺の魔物は不完全でな。あんな感じで、一見して誰でも倒せるような状態になってるんだ」
「なるほどです!あれなら初めて魔物を見る私でも倒せそうです!」
倒しても血や肉が飛び散らないし悲鳴もあげないし、骨といっても人骨っぽくはない。ゴブリンなどの種族の骨に見えるため、初心者にはよほどでない限りは戦いやすいだろう。
ただ、近づき過ぎるとがっつり襲いかかってくるからその辺は注意が必要だ。完全体のようには動かないから逃げやすいけどね。
「さて、クラリス、君の武器は棍棒だ。こういう相手には都合がいい。わかるかな?」
「はい!骨には打撃が効きそうです!」
・・・感覚で答えてるなぁ。ちゃんとは座学聞いてなかったな?と思わずにはいられないが、大体合ってるので問題ないだろう。
「そうだね。その通り。それにその辺で手に入る棒状のもので代用ができるからな、初心者にはちょうど良いだろう。まずは僕が見本を見せるから」
そう言って、僕はさっきまでロングソードだった剣を割れた柄でしっかり挟み、抜けないようにして這っているスケルトンに向かって走って叩きつけるように斬り込んだ。
スケルトン斬撃より打撃の方が効くから、わざわざ叩きつけるような動作にした。
それによって、頭蓋骨辺りに当たれば乾いた音を立てて骨が砕けるというように、どうなるのかはよくわかっていたので、僕は若干どや顔だったのだが、結果として・・・僕のあまりの衝撃に激しく顔を引き攣らせることになった。
ドゴォォオンッ!!!!!ゴゴゴゴゴゴッ!!!
叩きつけた瞬間、割れてはいるものの鞘で包んでいたはずなのに、剣先から強力な衝撃波のようなものが発生し、不完全スケルトンは木っ端微塵なのはもちろん、迷宮の地面をえぐり、付近にも無数のひび割れを作っていた。
「ナニニィィィコレァァァァシュゴイイイ!!!?」
マジ絶叫である。しかし、クラリスからしてみたら気合入れにも聞こえたのかもしれない。
「あ、あぁぁ!?アラハさぁん?!こ、こんなにしないとスケルトンて倒せない感じですか?!」
クラリスは目を見開いて迷宮内の傷痕を指差している。もはやスケルトンだったものは影も形も無い有様なので、当然とも言えよう。
「ぇぇえ?!いや、あはは。ま、ちょっと力み過ぎたな!なーに、これの100分の1くらいで十分だよ!」
辛うじて演技で親指を立ててウインクでごまかす。いや、たとえ100分の1でもオーバーキルで間違いないだろう。
・・・いやいやいや!なんなんこれ?!僕のロングソードが高ステータス武器に変わってるんですけど?!
ドッと出てくる額の汗を拭いながらとりあえず癖で腰に下げようとしたがやめた。
手に持って移動しなければならないか。
どういった条件で今のような惨事を作り出すのかわからないため非常に困る。
もうなんなんだよ!
僕のロングソードはどうやら伝説級の武器へと変貌を遂げてしまっていた。
購入するとか、偶然見つけるとかじゃなくて、自分の持ってた物が変化するとは思わなかったなぁ。