朝から予期せぬ場所で、非日常?
朝起きると、いつも通りの生活が僕を待っていた。
布団から起き上がるとじめじめした空気と近くの広場で子供たちが遊ぶ声が聞こえてくる。
外はだいぶ快適な空模様のようだ。
・・・ふむ。そろそろ起きよう。
『タージャボルグ』を手に入れたその瞬間からの怒涛の非日常ラッシュが到来していたので、もしかしたら目が覚めたら見知らぬ裸の女が添い寝してるくらいはあるかと割と本気で思っていたんたが、まあさすがにそれはなかったようだ。
じっとりとした薄く硬い布団が俺の眼下にある。
おもらししたわけでは決してない。
干していないので、じめじめしているのだ。
決して、見ず知らずの女が、俺が寝ている間に現れて小便を垂れて行ったわけではないのだ。
まあ、小便はさておき、見知らぬ不法侵入痴女が添い寝してても正直願い下げなんだけど、低身長巨乳美少女ならしょうがねえ、というところだな。
いや?むしろありか?あぁそれはありだな。大きいおっぱいはだいたい正義だと思う。
そんなわけのわからない妄想に耽りながら、僕は部屋から出て共用の便所へと向かった。
この共同生活住居は寝床としての個室は存在しているが、便所や水浴びの場所、水汲み場、台所などは共用なのだ。
現在この共同住居には僕を含めて2人しか住んでいない。
大家さんは、他にも共同住居を持っていて、そちらの方が新しくて綺麗なため一切こちらは管理せずにあちらで生活している。
まったく、良いご身分である。
便所の扉の前まで来ると、扉には拙い文字で『女が使用中につき男は立ち入り禁止』と書かれた板が掛けられていた。
ほう。クラリスが使用中か・・・
ということで僕はなんの躊躇もなく扉を開けて突入した。
「ぎゃぁぁぁあっ!!!!?ま、またっ?!!扉に掛けてあった文字を見なかったんですか?!」
僕が入るとそこには汲み取り式便所に今まさにしゃがみこんでいる女がいた。
きっ!と僕を少し涙目で睨み股を隠している。
また!と言われるにふさわしく、僕は彼女が便所にいるのをわかって突入することが多々ある。
というかもはや日常、毎日の話である。
「はあ、これで低身長巨乳美少女だったら良かったのにな」
目の前にいるのは俺より身長が高く、貧乳。まあそれが体形としてはかなりバランスは良いんだけどね。
顔も、まあ、全然嫌いじゃないんだよ。むしろ好み。顔は好み。
ただ、やっぱ乳は欲しいよなぁ。あと年齢が若すぎる。
どれもどうしようも無い話である。
「ちょ、ちょっと!何残念がってるんですか!!?毎度毎度なんなんですか!?さすがに毎回驚きますよ?!」
「あぁ、気にしないで、ちなみに便所の前に掛かってたあの文字な、『アラハはいつでも使って良いですよ』って書いてあるんだよ」
「え!!!?私が読み書きできないからって嘘を教えてたんですか?!」
完全に傷ついた表情をしてるな、さすがに悪いか。
「嘘だよ、ちゃんと教えた通りのことが書いてあるさ。さてと小便小便っと」
「そうなんだ!よかった!嘘じゃなかったんだっ、て!!!なんで普通に用を足そうとしてんですか?!私がいるのに?!!」
「何言ってんだ、男女差別反対!!」
「区別と差別は違います!!」
「何言ってんだ?それダブルスタンダードっていうんだぜ?」
「え?なんですかそれ?!いや、そういう意味わからない言葉にはだまされません!!出てってくださいよ!」
まあ、毎回似たような感じのやりとりなのだが、僕は全く懲りず、クラリスが半ギレというのは日時茶飯事となっている。
用を足した後、2人で便所を後にするのがいつもの事なのだが、
だが、今日はいつもとは違った。
ズダンッ!!
「おい!てめぇら!!命が惜しかったら金を出さねぇか?!」
突如、便所の小窓から闖入者が現れたではないか。
「ほっぉおお!??」
「きゃぁあぁぁあああ!??」
愚息からプシャーッ!と迸る聖水。
窓は木製の板がはまっていて、左右に動くようになっていただけなので簡単にはずれるのだが、勢いよく闖入者の頭が板を突き破って現れた。
僕は吹き飛んできた扉と大声と男にビビって我が聖水を控えめに言ってもびちょびちょになるほど手に引っ掛けてしまった。
よく考えなくともこっちの方でもかなりショックである。
手がびちょびちょだよ!!!?
なるほど。誰も入って来ないはずなのに、用を足してる最中に誰かが入って来ると、これほどまでに驚くものなんだな。
クラリスの気持ちが少しわかった気がするよ。
それにしても、こんな時までですか?
いやさすが伝説の『タージャボルグ』である。
絶賛スキル発動中かよ。
あの短剣・・・部屋に置いてきたんだけどな。
まさか・・・持ってなくても発動するのか?
それとも適応距離内だからか。ま、まあ今後確認しよう。
クラリスを見ると驚きのあまり驚愕の形相で汲み取り式便所に落っこちそうになっている。
どうやら少し腰が抜けているようだが、しっかりと股は隠している。
これはこれでセクシーだね。うん。
年齢がストライクゾーンで身体条件もストライクゾーンだったら最高だった、などと思ってしまう余裕すら出てきていた。
非日常に早くも適応してしまっているのでは無いかと、少し不安になる。
それに比べて、クラリスは非日常に慣れてなさすぎる。これで冒険者になるっていうんだから先が思いやられるなぁ。
それに、下にぼっとんして肥溜め塗れになるのはやめてくれよ?汚いからな。
そう思いながら、僕はそっと彼女に我が聖水の付加されたびちょびちょの手でしっかり支えてあげた。
ホーリーハンドか・・・ふふ。それはさておき。
さて・・・、まずは対話が基本だよな。
パーソナルスペースも犯されていないし、町中で出会った大男の時くらいの余裕はあるな。
というか少しコミュ症が発動しても割と平然を装えるけどね。年を取るとそのあたりは意外とうまくいくんですよ。
「えーっと、誠に申し訳ないことにですね、ここは貧乏人がいるような賃貸の共同生活住宅でして。お金はないですよ?」
「うるせえ!いいから金になりそうなもんをよこせぇ!!」
・・・ふう、話が通じそうにないな。まじかぁ。
胴体が通りそうにもない窓から顔だけ出して脅してきてる時点で理性的ではないが・・・。
てか、こんな場所を狙う時点で意味不明なんだけどさ。気づいてくれないかなぁ。ここ便所なんだよ・・・ものすごい間抜けな状態なんだよ・・・?
『タージャボルグ』のせいだろうけど、神による盤上への悪役配置があまりにも無理やり仕立ててくる感じで、不安を抱くよ。
こんなクオリティの悪役の登場だとすると、この先どうなるんだろう・・・ちょっと笑いそうになるのを頑張って抑える。
「今手持ちにあるのは今月の稼ぎ分のニエルガ貨が4枚と銭貨が数枚です、この子も最近この街に来たばかりで無一文でして、旅の途中でであった僕がお金を貸している次第です」
僕はクラリスにウインクで話を合わせるように指示を出す。
「何言ってんですか?私がアラハさんを雇ってるって契約の紙にもっんぐぅ?!」
全然伝わってなかったので、片手で口を塞いで強制的に黙らせることにした。
ホーリーハンド!!
「かみ?あぁ、神のお導きで出会った僕たちに加護あれ~!えぇ、素晴らしきかな!素晴らしきかな!!」
ごまかせる気はしないが、とりあえず突然大声で神に祈っておいた。
「ごちゃごちゃ言ってると殺すぞぉ!!あぁ?!」
あぁ、もう!怖いな!窓が小さいから多分入ってこれないと思うけど!シュールで怖いわ!
でもまあ奇跡的に、多少お金を持っている彼女に僕が雇われている状態というのは伝わらずに済んだようで終始僕の方しか視線を送ってこない。
ふむ・・・ならば、とりあえず適当に切り抜けますか。
僕は今日も今日とて、中途半端に頑張ることにした。
「さっさと、金をだせぇぇ!!」
小窓でばたばたと暴れる男に、さてどうやってご帰宅願おうか。
・・・あ。僕の聖水が窓枠にあんなにかかってたのか。
強盗の服にもびっちょりついてしまっているようで、染みていた。
朝から我が愚息より放たれた聖水は勢いが違うよ!下手したら上向きなら天井まで飛ばせると思う。
まあそれはさておき、ちょうど良い状態だし、この案で行くか。
「はっ!!?お兄さん、忘れてました!!」
一大事とばかり、クラリスを後方に投げ飛ばしつつ大声で驚きを表現する。
「な、なんだ?!あぁ?!」
突然の行動に強盗も少し驚いている。
そりゃ下半身露出してる2人がいる時点で少し驚いてはいたとは思うが、男が女の方を投げ飛ばして突然大声出し始めたのだ。
どう考えても異常事態である。
「そこの窓なんですが!ネズミや害虫が入って来ないようにと、この娘が接触性の人間にも効く猛毒を塗っちゃってたんですよ・・・ほら、窓に触れた服、湿ってませんか?」
男は猛毒という言葉にビクッとして、窓の枠に触れた自分の体を触り出した。
「ぬ、濡れてやがる!!?」
まあそうだろうな。
それはさっき驚きで立ち上がった時に予想だにしない方向に激しく飛び散ってしまった我が聖水なのだが、気がついてないんだろう。
「大変だ!!!ここには解毒薬がないんですよ!!1時間もしないうちにこのままでは死んでしまいます!!」
おろおろする僕。
行動が不安定な人を見てると相手もまた不安になるというやつである。
激しく動揺してあたふたして見せる。
「な、なな、なにぃ?!くっそ、こんなオンボロの家なんか襲うんじゃなかった!!!」
さらに暴れ出しそうな男を僕はさらに追い詰める。
オンボロだとわかってるなら来るな!!と突っ込みたくなるのをぐっとこらえて僕はつづけた。
「まずい!!非常にまずいですよ!早く教会に行って解毒してもらってください!」
「ば、馬鹿野郎!!?ワートラム教会なんかに行ったら殺されちまう!!!」
この街にある【ワートラム教】の教会には解毒聖法が使える聖法師がいる。
特に、彼女の場合は能力が高いらしく、ワートラム神の加護を受けた聖女様とも言われている。
本人はそんなに聖女という単語が好きではなさそうであったが、そんなことは知ったことでは無いので、もしも会う機会があったら聖女様と呼ばせてもらうことにする。
そんな聖女様の話だが、その実そんなに聖なる存在っぽくはない。
なぜかというと、この街に住んでいれば嫌でも耳にすることなのだが・・・
「あの女は悪と判断したらなんの躊躇もなく、人を殺すんだぞ?!それに、あの女には・・・!畜生ぉぉおこんなところで死にたくねぇえ!!!」
そう。この街の聖法師、つまり聖女様は恐れられている。
まあ、悪人に対して、という前提はあるのだけども。
本来の聖法師は神により聖法のいう力を与えられる代わりに、神の教えを広め、その言葉で人を癒し、救うのが仕事なんだけどさ。
あの女と呼ばれた聖法師・・・聖女様ことドラガ・セルシコートは【懺悔の強圧】とかいう生まれながらに、いまだかつて誰も所持したことのないスキル、先天性固有スキルを持っている。
レベルの高い鑑定のスキルを使うと、鑑定スキルを使用された者の保有するスキルが固有スキルかどうかも、世界で何回目の発現かどうか等もわかるらしいのだが、その結果、聖女様は物凄い能力者であるという事がわかったわけだ。
ちなみに、【懺悔の強圧】の内容は、『スキル発動者を前にして、悪人は悪事を全て包み隠すことができず懺悔してしまう』というものだ。
悪人の定義は不明だけどね。
つまるところ、この街で悪人に該当する人であったら大怪我や毒などで瀕死になっても、教会には行けないのだ。
なんてったって、悪人は彼女を前にすれば、悪事を暴かれてしまうのだから・・・
普通の聖法師なら治すくらいならしてくれそうなものだが、ドラガ・セルシコートは悪人を即座に殺す、もしくは痛ぶって、苦しむのを眺めて見殺しにするらしく、悪人は教会に近づくのも言葉にするのも嫌がる。
悪人たちは聖女様が嫌いだが、排除しようと動くことはない。
当初そんな事案もあったが、スキルもスキルで非常に厄介だが、聖女様自身も武力的な意味で驚異的なまでに強い。そして、その取り巻きも信仰心の塊で強いということで買収のしようもなくまさに鉄壁な状態なのだ。
悪人が取りうる手段はこの町を出ていくか、ひっそりと聖女様やワートラム教に関わらないように過ごしていくことだけなのだ。
そんな、聖女の皮を被った悪魔とさえ呼ばれている彼女のことは、世間の噂に疎い僕も知っているし、おそらく目の前の男もそれは知っているはずだ。
なぜなら、僕はこの男を街中で結構前に数える程度だが見かけたことがあるからだ。
この町の人でないなら知らない可能性もあるが、この男は知っている筈だ。
それに男からこの反応が返ってきたことからも、作戦は成功したと言っても過言ではない。
『タージャボルグ』を手に入れた直後に出会った大男は新顔だったが、今目の前の男はこの街の事情を知っているはずなのだ。
知らないのであれば、知らないことで焦るように、知っているなら知っているからこそ困る状態に追い込む。その精神状態で時間に余裕がないことを煽るのは僕の常套手段である。
・・・この状態だと煽るだけ煽っただけなので、むしろ危ない状況になったと言えよう。
しかし、僕は狼狽する男をただ単に刺激したかったわけじゃない。
僕はこの絶望的状態を把握させてから希望を与えるために煽ったのだ。
「・・・そうでしたね、でもお兄さん!僕なら良い情報知ってますよ~!!ここだけの話ですがー!他言無用ですぜ?解毒聖法を使える聖法師が、もう一人、今この街にいるんですよねぇ!」
絶望の中に一縷の望みを・・・食いつかざるを得ない状況を提供する。
ちょっと最後はゲスい顔になってしまったが、こんな状況じゃあ、この状況ではこの男はそんなことは気にしないだろう。
「な、なんだって?!それなら!紹介しろ!」
ふう。かかったな。
あぁ、もちろん紹介してやろう。
「しかしお金が多少かかります・・・教会とは別で一時的にやってくれるらしいので・・・」
「か、ね・・・今はない、くっ」
「しかしですね、僕のツテでならニエルガ貨3枚で、1回きりですが、解毒聖法をやってくれるそうです!お金は差し上げますので、どうか僕たちを襲うのはやめてもらえますか?」
「い、いいのか?!ああもう二度と襲わない!」
「ええ、この建物には毒以外にもいろいろと厄介なものがあったりしますのでね、次は気がつかずに死んでしまうかもしれませんし、仲間たちにもよろしくお願いしますね」
「わかってる!くっ・・・」
少しふらつきながら強盗が窓枠から抜け出した。
「ほら、頭がフラフラするでしょう?毒が回り始めてる証拠です」
そりゃ、体より頭を下にして怒鳴ったりしてたらふらつきもするだろうさ。
「ほ、本当だ!!!?し、死にたくねぇ!」
そんなことも気がつかない男は、ニエルガ貨を3枚を掴みとると、焦りの表情ですぐにその場を後にした。
ふう。まったく、話が通じないかと思って焦ったぜ。
僕は強盗が去った後の窓枠に木製の窓を嵌め直し、サッと閉めると、ふぅと息を撫で下ろすのであった。ニエルガ貨は昨日大男から奪った物なので、どうでもいいし。
まあ、あとはアイツがうまくやってくれれば解決だ。
強盗に入った後ろめたさの上に、お金も貰って命を助けてもらったと勘違いしたこともあって、もうここにさっきの男が来ることはないだろう。
朝から厄介なことだよ、全く。
「小便、引っ込んじまったよ」
僕は軽くため息を吐いた。
いや、ほとんど出し切ったのか?
おもむろに手を見ればもう乾いていた。




