サイド:『かつて世界を滅ぼしかけた暗黒龍』
暗闇の中、私はあの時のことを思い返していた。
「誰かが裏切ったぞ!!」
それを聞いた時、なんの冗談かと思ったものだ。
親兄弟の繋がりより濃いとされる我らの結束だ。
裏切れば死を意味する。
これまでの歴史でも裏切りはなかったのだが、今回のそれは事実だった。
・・・次代の神龍は奪われた。
私たちはルードゥドラゴンを神龍と呼んでいる。
・・・神に等しき龍、ルードゥドラゴンはその死と同時に次世代を産む。
数十年でルードゥドラゴンは寿命を迎えるが、現在は生まれてから死ぬまで【神龍の館】内で過ごし、私たちに恩恵として龍の鱗を与えてくれる。
神龍の鱗は上位龍であるため、魔法や武具の材料として高額で売れる。
神龍の供物費用や私たちの生活費になっている。
神龍の死は、私たち龍を崇める一族にとっては神聖なものだ。
死から生へと転じる様はまさに神聖以外には形容しがたい。
通常、何事もなくそれを見届けるのが私たち一族の勤めだ。
単純に囲って保護するというわけではない。
そもそもこの世の中でルードゥドラゴン、神龍に敵う存在はほとんど居ないのだから、心配すること自体がおこがましいというものだ。
しかし、唯一、神龍が死んだ直後に産み落とされる卵は人間の掌ほどの大きさで、その上に生物としては弱い状態であるため、極めて無防備となる。
なにしろ生まれてくる子は龍という存在ではなく、下位種族の竜だ。
しかし、魔素を蓄えることでルードゥドラゴン、神龍と言われる龍種という存在へと進化していく。
本来龍とは、なろうとして竜から進化出来るような存在ではない。
現時点でも龍と言われる存在は数ある歴史書を読み返したところで数えるほどしかいないのだ。
だからこそ、龍になることが約束されているルードゥドラゴンはまさに特別な存在と言えよう。
だからこそ私たちはその子竜に仕え、魔素を多く含む魔石を与えて進化を促し、育て親として、この世界に仇を成すことのなき善良な神龍を育てるのだ。
・・・それが、何度もルードゥドラゴンに滅ぼされかけ、奇跡的に人間が手にした平和への道だ。
殺してしまうという手を考えた時代もあったようだが、子竜を殺すと思わぬところから復活すると記録されている。
その場合、保護が遅れれば暗黒龍になっていただろうとの記述を見つけた。
それであれば代々育てた方が良いに決まっているのだ。
人間が育てる前はルードゥドラゴンが暗黒龍と呼ばれていた時代があった。
暗黒龍が通る場所は、どんな楽園のような地であっても地獄の如き灼熱地帯へと変貌を遂げ、天は暗黒に満ち、激しい雷鳴と稲光が走る。そして地には灰が降り注ぐというのが何年も続くという・・・
暗黒龍と神龍は進化の系統が違うのだろう。
良き人の手で育てることで神龍となるが、そうでない場合は暗黒龍となる。
人類、私たちの祖先が神龍の卵を手に入れられた事は本当に幸運だった。
決して世界を滅ぼすような存在に卵を渡してはならない。
神龍になるか暗黒龍になるかは、全て育て親によって決まるのだから。
名前は違えど見た目の違いはない。だが、性質は大いに異なる。
「まさか。裏切るとはね、カーネル」
私は怒気をはらんだ声を発していた。思った以上に私は怒りが抑えられないらしい。冷静でいたつもりだったのに。
人気のない森の中、私は目の前で倒れている黒いローブに身を包んだ男を踏みつけて睨む。
カーネルは私の反応を見て嗄れた声で笑いながら言い放った。
「・・・お前たちを裏切ったかもしれないが、本来の姿、暗黒龍になる事は自然の理。むしろ今までの神龍などと養殖していたこと自体が不敬不徳」
「ぬかせ!!お前は世界を滅ぼしたいのか?!」
冷静という言葉はもはやどこかへ行ってしまった。
いや、今すぐ切り捨てていないだけ、まだ私は冷静か。
「・・・あぁ、わかってるじゃないか。滅ぼしたい・・・滅ぼしたいとも!こんな世界!神の支配する世界など!!」
感情的になりローブがはだけると、片目は潰され、耳は切り取られた 、顔全体が灼け爛れたゾンビのような男の顔があった。
残った片目も火で炙られたのか良く見えていないという。
以前にも見たことがあったが、いつ見ても酷い。
急に高ぶった感情が冷めてくるのがわかった。
「神を憎むのは勝手だ。だが、他の人を巻き込むな。さあ、卵はどこにある?まだ孵化していないだろう」
孵化してしまった場合は取り返しがつかないのだ。
早く、早く取り返さなければ・・・
「多くを巻き込まずして神に攻撃はできぬ!!世界を滅ぼして神に理解させてやるのだ!!口が裂けても、卵の場所を言うものか!」
「いくら言っても無駄か?」
「拷問にかけられようが、何をしようが無駄だぞ!私はこんな姿にされても、告白することなどなかったのだ!絶対に、ありえない!」
この男の顔はその昔拷問にかけられた時のものというのは知っている。
かつて魔王を倒し世界を救ったカーネルが神を恨む理由も・・・
たしかに、これ以上カーネルから聞き出す事は出来ないだろう。ならば、楽にしてやろう。
「ならば、カーネル。安らかな死を」
「ふ、ふふ。レイティーよ。こんな裏切り者にも安らかにと宣うか」
「それが私の仕事だからな」
「ふ、ふふ、やれ!!は、はははっ!!!!神に、命の一撃を、くれてやるっ!!!!絶対支配者など、いらない!!!」
私はそれを聞いてから、剣をカーネルに向けて構える。
勇者カーネルは、身体を損傷してなお、年老いてもなお、仲間の中でもトップクラスの強さを誇っていた。
油断はできない。本気でカーネルの心臓に向けて渾身の一撃を放つ。
驚くほど簡単に剣がカーネルを貫く。
突き刺した直後、カーネルの尻切れの笑い声がこだまする。
なおも笑っているかのような表情を浮かべる顔にいら立ち、剣で首を刎ねて、胴体から切り離した。
カーネルの周りは血の海になっている。その海に私は一人で直立していた。
「かつての勇者が神を恨み憎む、か」
心がざわつく、何か違和感がある、しかし、カーネルは死んだ。裏切り者は死んだ、あとは卵を探さねば。
・・・生まれてからでは、遅いのだから。
ヒビが入った時点で悪に渡っていたのであれば・・・世界は終わりだ・・・
龍は強い。その中でも、暗黒龍を倒せるのは・・・いるとしたら勇者くらいか・・・
その勇者も今私が刎ねた。
この世界はもうダメかもしれない。
私は焦燥感に駆られながら、その場を後にした。