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合言葉ってそんなガバガバでいいんですか?


大男を逆に騙して、金を巻き上げた直後にまだ混んでいない酒場に僕は足を踏み入れていた。


・・・【ヤールドの酒場】。


僕がこの【メルの町】に辿り着いてから約10年。それよりももっと昔からある酒場のせいか、少しくたびれた店構えで、さらには周りの建物もくたびれているような場所なのだが、夜は冒険者や町の商人などが集まり、それなりに栄えている。

この小さな町やその近くで仕事をしている者たちが仕事帰りにやってくるからだ。



しかし、この時間は人がほとんどいない。酒場の時計は午後3時を指し示している。


・・・なにしろ、まだ日も暮れていないのだ。


この時期は少なくともあと2時間は暮れることはない。

大概は仕事が終わるのも大体2時間後となるためこの時間は誰もいない方が普通だ。



なぜこの時間から開店してるのかはかなり謎なのだが、営業中というのが事実な以上細かいことは気にしなくていいだろう。



ちなみに僕は節約のため滅多に酒場で食事はしない。

でも、月に1回程度だろうか、いやもっと少ないかも知れないが、気が向いた時だけ【ヤールドの酒場】に来るのだ。



・・・人が沢山いるのはあまり好きではないから、この人気のない時間に、何の動物だかわからない肉を炒めたものを少しの酒と一緒に飲んで、誰もいない閑散とした空間を楽しんだりしている。



「マスター!一番安い果実酒と肉炒めくださーい!」



酒場の静寂を破壊しながら、大声で店の奥に向けて告げると一瞬の間をおいて「ふぁーぁい」という小さい声がかすかに聞こえてきた。


これはマスターの声だ。


店の奥からほとんど物音一つしなかったので、誰もいない可能性やマスターが寝ている可能性や死んでいる可能性すらも否定できなかったが・・・ちゃんと生きていたようでよかった。


ここのマスターはかなり高齢である。平均寿命を超えていて60歳後半か70歳近くなのではないだろうか?

ちなみに、一度聞いてみたが、本人が年齢を把握していないためわからなかった。


・・・ピーク時間にはアルバイトや料理人たちがたくさん入るので問題ないようだが、この時間は1人で切り盛りしている。料理の下準備とかもお爺さんがやってると考えると、なかなか老人も侮れないなと思う。


何度も言うようだが、今誰もいないのは客がいない時間だから問題ないのだろう。


店の奥に目をやると、店と厨房をつなぐ通路をゆっくりとお爺さんが横切る。


僕も将来はこんな酒場で余生を過ごしたいものだ。

・・・そのためには資金を集めておかなくてはな。


正直、お爺さんに将来の自分を投射するために酒場に来ていると言っても過言ではない。



まあそれはさておきだ。

先程の事件から察するに、おそらく本物であろうことが確定したといってもいいのではなだろうか?

短剣『タージャボルグ』を一瞥してから僕はいつもの席に腰を下ろした。。


座ったのはカウンター席の一番右だ。


ここは僕のいつも座る席である。

厨房のお爺さんの姿を見やすいようにというのもある。


断っておくが、決して老け専やゲイと言った特殊性癖は持ち合わせていない。

あくまで、将来の自分が行うかも知れない仕事の偵察なのである。




しばらくすると香ばしい匂いが厨房からしてくる。



やはり、何もしてなくてもお腹は空くから・・・あぁ、美味しそう。

嗅覚を刺激して僕の食欲を急激に増幅している。




・・・30分くらい経っただろうか、いやもっと経ってるな。


マスターがぷるぷる震えながら肉炒めを持ってやってきた。

やはり、おっそい。けどまあ仕方ない。もちろん震えているのは通常運転だ。



「お待ちどぉ」



ぶどう酒らしきものも一緒に持って来てくれた。



さて食べるか!


僕は木皿の上に盛られた肉のお山を見てうっとりした。



あぁ、やっぱりお肉は良い!冷えてるけど!焼き終えた後になんの時間があって冷えたのか不明だがまあいいだろう!うまいからね!


このために生きていると思ってしまいそうになる。

なんで温かいうちに出してくれなかったのかといつも思うんだけど、まあいい。うん、うまいからね!



普段の生活では、基本的に食べられる雑草がメインになっている僕にとって、たまに食べる肉は最高だ。そう、例え冷えててもだ。


え?根に持ってなんかいませんよ?


ここに気まぐれのようにやってくる理由は肉のためでもある。

たまに食べないと体に悪い気がして、節約を押して、ここにくるのだ。



一口大に切ってある肉を口に放り込み、咀嚼する。その度に肉汁が舌の上でじゅわっと広がる。冷えてるのに・・・逆に凄いよなぁ。



何の肉かは知らないが、安いのに冷えても美味い。



もう一切れの肉を口に放り込み、ぬっるいぶどう酒に口をつけたあたりでトリップしかける脳に不和が訪れる。


ガタン。


他に客がいないのに30分以上待たされた挙句に冷めた肉炒めにぬるいぶどう酒が出てきた時点で思考になんとなく違和感発生してはいるのだけれど、そうじゃない。マスターだけの時はこれが通常運転だから別にいいのだ。


違和感・・・それは誰かが酒場に入ってくるのがわかったことによるものだ。



入り口の観音開きの扉が開いたな・・・


ふーん、この時間でも来る人はいるもん?


僕自身は棚に上げての違和感である。



今まで何回もこの店に来たと思うが、この時間には正直店主にしか会ったことがない。

ふと、この町に来た当初、混む時間帯に来てしまい他の冒険者と一緒に飲み会になったことを思い出した。


・・・あの時は、お金もないのに見栄を張って散財する羽目になったっけ。


良いのか悪いのか、よくわからない思い出を回想しつつ食事を進めていると、足音が明らかに近づいてきていた。



あれ?まさか僕に用だったりする、のか?


いやいや、そんなわけはない。



【ろくでなし】と罵る以外で僕に話しかける人間はここ数年ほぼゼロなのだ。

言っておくがちゃんと数人ほど例外がいるからね。



そう思いながらも、警戒はしておく。今入ってきたのは知り合いじゃないと思う。



そんなわけないだろうけど、まだ信じ切れてないのだ。このさび付いた短剣がそんな問題を引き寄せるのか?ということを・・・本当に『タージャボルグ』なのかということを・・・



そう思って足音の主がどのような動きをするか予想していると、やめて頂きたい結果になった。


椅子を1つあけることなく僕の真横に座ったのだ。


・・・一瞬思考が止まった。


ひぇえぇぇっ!!!何で真横に座るんだよ!!他の席空いてんだろ!!?ガラガラだぞ!?


何かあったときのために準備はしていたものの、いざこういう対応を取られるとツッコミを入れたくなってしまった。



長年ソロプレイばっかりだった僕は、正直コミュ障気味なのである。

知らない人が何の用事かも知れず、パーソナルスペースに入って来ると戸惑ってしまうのだ。



その人物はなぜか僕の席の真隣に腰を下ろしたのだ。

口撃するでもなく、単純に話しかけて来るでもなくただ、座ったのだ。



な、なんか余計に恐怖心を煽るスタイル・・・!



『タージャボルグ』のスキル発動するにしてももう少し自然な形での問題発生というのはないのだろうか?


あり得はしたけど、結構強引な問題の引き寄せ方だという感想を抱いてしまう。



ちらりと横目で見ると、それは黒いローブに身を包み、フードを目深に被った顔が一切見えない、いかにもな不審人物だった。



い、いやぁぁあ!!いかにもぉぉおお!!!



しかもより驚いたことがある。一瞬心臓が飛び跳ねだ。

その人物の袖から見える唯一の素肌は手指。だが、全て第一関節から下が切断されていて、皮膚も古傷だろうが爛れたようになっている。



ひ、ひぇえ??ちょっ、ちょ、ちょちょっと、えぇ?いやいや普通に怖いんですけど・・・これ、コミュ障気味じゃなくてもビビるよね?!ホラーじゃん!!


恐怖を感じたものの、全然気にしてませんよ~ということをアピールするべく必死に肉炒めを口に無理やり頬張る。口の中パンパンである。もはや味もあまりわからない。


その状態で若干震えながらその人物の出方を横目で伺っていると、男もこっちを振り向いたのがわかった。そして、たぶん不審者と目が合ってしまったのだろう。

たぶんというのはフードでこちらからは顔さえ見えないからだ。明らかにあっちはこっちを向いている感じである。


驚きのあまりうぷっ!と吹き出しそうになったのをぐっとこらえる。


横目で見てる状況で目が合ってしまったっぽいので、めちゃくちゃ気まずいなという気持ちに苛まれた。

いや・・・こ、こっわ。不審者やん・・・


そして不審者が話しかけてきた。



「・・・時間よりだいぶ早いではないか」



この不審者、半端じゃなく嗄れた声である。

かなり聞き取りにくいが、たしかにそう言った、と思う。


決してマスターに向けての注文をしたのではない、と思う。

耳の遠いおじいさんにかけるような声の大きさじゃないし言葉からしてお食事内容でもなかった、と思う。



ということは、僕に話しかけてるよねこれ?

知り合い?いやいや知らないよ?え?知り合い??もしかして、知り合い?ジュライア?いやクラリス?


この町で割と親交のある人物のことを思い浮かべたが全く該当しない。

ジュライアが若干見た目がカスッたけど、ここまで不気味なやつじゃない。たしかに良い勝負はしてるけど!


え?ちょっと合わないうちに大変なことになっちまったのか?

声に聞き覚えないし、違うな、絶対違うって・・・彼らだったら僕、それはそれは悲鳴上げるわ。その声と指どうしちゃったの!?っていう話ですよ。



頭をフル回転させたが、僕の脳内は次の言葉を紡ぎ出して、声にまで出そうとしていた!



すみません。ごめんなさい人違いです!ほんと怖いです!!!



紡ぎ出された最適解はこれだ!

声に出せなかったけどさ。

だって口の中いっぱいなんだもん。決して怖いからとかじゃない。ないったらない。


黒ローブの男は僕の反応を待っていたようだが、突然の出来事に驚いて無言でいたところ、どうやら僕が当該人物と確信してしまったようだ。



「合言葉を言え。ヤマ」



今度は聞こうと思っていたせいかちゃんと聞こえた。


だが、理解はできなかった。



合言葉?!知らないよ!!いやもう絶対人違いだって!人違い確定!


僕は口の中に肉が詰め込んであったが、もごもごしながらも怪訝そうな反応をしてやった。


「かっはぁ?」



「ふふ、・・・間違いないな。これが例のブツだ。わざわざこうやって間接的に取引する理由はわかっているだろうな?しっかり運べよ」



ふふ、じゃないよ!ちょっと!!合言葉なんて言ってないよ?!



ガバガバ過ぎる取引に一瞬固まってしまった。


すぐさまローブの男は足早にその場を離れていくのを止めようと席から立ち上がったが、椅子の脚に引っかかり転びそうになるのを踏ん張ったところ、食べ物が変なところに入ってむせ返った。


っ?!!!み、水っ!水!!!


ぶどう酒を飲み下してローブの男を追いかけようとしたが、もたもたしている間に男の姿なかった。


走って店の外も確認したが、夜ならいざ知らず、まだ日もあるうちは目立つ格好であるはずの黒いローブは、見当たらなかった。



「うわぁ・・・人違いで変な奴に変なもん渡されちまったよ」



・・・これ、持ち逃げしたら組織的な奴らに追われて大変なことになるやつじゃねぇか?

いやーな想像をしてしまって血の気が引いた。


この街には組織犯罪集団がいるが、あそこまでやばそうな奴はこの街では見たことがない。



ここで初めて渡された物を確認した。

分厚めな布に厳重に包まれた手のひら大の物体である。



・・・でもまあ、とりあえず中を見てみるか。

ま、まあ?それくらいは許されるでしょう?



好奇心に負けてしまったなんてことはないったらないんだからね。



なんだかんだ、少しドキドキしていた。


・・・いやたぶん動悸かな?さっきの人めっちゃ怖かったもんな・・・ホラー的な意味で。


それはさておき、中身を見ると・・・それはヒビの入った赤や青、緑、黄色の螺旋模様のカラフルな卵だった。



う・・・うわぁ、キモい卵だな・・・なんかヒビが入ってるしって、ぇー・・・なんか、コツコツ中から突く音が聞こえるんですけど・・・


食用かと思ったが明らかに生きている。



見たことない卵だけど、たぶん魔物かな?


これは食用の鶏の卵とかではないのは間違いないだろう。

こんな衝撃的な毒々しい色の卵は見たことがない。

今すぐ町の外に投げてなかったことにしたい!!



街中に魔物を連れ込むなど、割とまずいのである。



そういう領律というか、暗黙の了解がある。



領律もあるのかもしれんが、みんなが知らないような領律まで知っているような教養は僕にはない。


街の入り口の衛兵に見つかって大騒ぎになっているのを稀に見かけるから、少なくとも持ち込みはダメだろう。



レベル2の冒険者が行ける砂漠地帯のサンドグリズリーの子どもは小さくて可愛いけど、大人になると僕の身長の3倍くらいになって、その上めちゃくちゃ獰猛で、飼い主だった者をも喰らうらしいと、昔、駆け出しのころに冒険者と飲んだ際に聞かされた。



僕は基本的にレベル1の冒険者の入れるような簡単なエリアにしか行ったことがないから、実物は見たことがないわけだが、今思えばその話を聞いたおかげで今の見栄を張らない生活ができているのかも知れない。



からかわれた可能性はあるけど、今の僕に判断できるとしたら、少なくとも魔物は持ち込みダメ、絶対。ということだ。手を出して良いことはないのである。



「街にいる子どもが欲しがったりするんだよなあ、魔物って。見た目可愛いのがいたりするから」


とかつぶやいてみた。意外と冷静な声が出た。

うん、もう大丈夫だ。落ち着いてきた。



小型のネズミの魔物で可愛らしい姿をした奴が迷宮一階層にいるのだが、もちろん、そんな可愛らしい奴らでも数多くなると危険な生き物だ。


別の国の、それも都で小型のネズミが下水で大繁殖したせいで都自体が滅んでしまったことがあると聞いたことがある。


小さなネズミが沢山集まった程度で滅びるような柔な国だったわけはないらしいので、正直原因が何だったのかは知らないが・・・まあ、これも尾鰭背鰭ついた噂話かも知れないな。

魔物はちっさくても怖いよっていうのを伝えるためのメッセージが込められた作り話の可能性もある。



・・・それはさておき、誰かに見つかる前にこんな代物はどうにかしたい。



僕は現状を考えて、一つの結果にたどり着いた。



・・・その前に残ってる飯食って、勘定だな。



とりあえずすぐに平らげた。もはや味わからねー・・・もったいない。



さて、今回料理の金額が銭貨25枚だから、結構さっきのお金余るな。上等上等!


僕はせっかくのご馳走を急いで平らげ、最後の一口を飲み込んだ直後にマスターを呼んで会計を済ませた後、料理ではないものを追加注文をした。



「マスター。勘定!あと、麻袋かなんかないかな?」


プルプルふるえながらマスターは返事をくれた。


「25ユルねぇ。毎度・・・ほぉ?麻袋だってぇ?そうだなぁ・・・芋の入ってた泥だらけの麻袋ならあるよぉ」



ユルとは、お金の単位だ。銭貨25枚にあたる。

お金を渡しながら僕は頷く。


「それでいいよ、もらえるかな?」



「ゴミだからなぁ、構わないよぉ」



すぐにぷるぷる震えながら厨房から大きめな麻袋を持って来てくれた。


かなり迅速である。


料理もそれくらい早くして頂けたらありがたいな、とかは言わないでおいた。麻袋をもらっておいてそれはないだろうとさすがの僕の良心が痛んだのだ。


もらった麻袋はたしかに泥だらけで所々穴も開いてる。

・・・


とりあえず、タージャボルグを鞘からゆっくりと引き抜き、麻袋にちょっと腕を通せる程度の穴を作って頭からかぶってと・・・

何をバカなことをやっているのかと思ったのかマスターはきょとんとしていたが、見飽きたのか厨房に戻っていった。



さてさて、自分でも何やってるのかわからなくなりそうだからもう一度考えを反芻しよう!



僕の作戦はこうだ!


僕がローブの男になりすまして、本当の取引相手に卵を渡す!


実に単純である!



ちなみに卵はさっきまではこつこつと鳴っていたが、今は不気味なほどに大人しい。


僕がヒビを入れてしまった可能性を考えて、麻袋の一部を短剣で切って卵を包み、その上で元々の厚手の布で巻き直した。


もともとの布だけだとすぐに中身が見えてしまうからね。少し厳重に包んだのだ。


元々包んであった布はその辺の雑貨で売られてるような安い布だから、新たに麻布が巻きついていても特に取引相手に不自然には思われないだろう。



さて、相手の合言葉は知らないが、こっちの言う合言葉は【ヤマ】とわかってるから問題ない。


ブツさえ滞りなく渡れば僕には何の損害もないはず!

ヒビが入ったのはちょっとまずいけど!



タージャボルグのスキル【真実遭遇】によって勝手に色々巻き込まれ体質にされて可能性がどんどん濃厚になっているようだけど、これで回避してやるぜ!



僕が欲しいのは高ステータス武具とアクセサリだけだ!謎卵じゃない!目指せ老後安泰マスターなのである。



しばらく店の中の物陰に隠れて待っていると、やたらきょろきょろと辺りを見渡すだいぶ太った男が入ってきた。



・・・あー、多分こいつだわ。


あからさま過ぎて笑いそうになってしまうほどに怪しい。

まだ客が来る時間じゃ無いというものあって、さらに怪しさが増している。



その男はさっきまで僕の座っていた席に座ると、マスターを呼んでぶどう酒と肉炒めを注文していた。


なるほど、席の場所と注文した料理が重要だったのか。

完全にさっきの僕と同じ行動である。


注文したもの、30分は出てこないからね。



『タージャボルグ』よ、お前は絶対本物だな。

こんな偶然を呼び寄せるとはね、嬉しいやら悲しいやらだぜ。



とりあえず、さっきのローブの男同様に隣の席にゆっくりとした動作で座って、僕は演技を開始した。



「よてぇぇぇんよりはぇぇんじゃねぃがぁぁあ?」



あれ?嗄れ声を再現しようとしたら謎の上ずった訛り口調になったんだが。


あれだ。僕はそういう声真似とか下手なんだよね。

まあご愛嬌ってことで許してくれるだろう。しらんけど。



「お、おう!お前か、相変わらず見事なローブだな、それに、その、今日は特にアクセントが効いてる」



まじか!知り合いだったのかよ!?これじゃ騙せないってこと・・・か?て、いやぁ?!騙されてる?!!


ローブというかただの麻袋だよ?!アクセントだと思ってるのは多分泥だよ!!



もはや泥だらけの麻袋被った謎訛りの変質者なんですが、ツッコミがない点で黒ローブの男の人望が伺えますね。えぇ。まあ不審者であるという点は変わりないか!なるほど!


いや待てよ?それとも小太り野郎よ、嫌味かおい?嫌味なのか?


いや、焦りからも推測されるのは・・・こいつはただの馬鹿だ!たぶん人違いにも気が付いてない!


ここに来て、もはやプランなど考えなくても良いレベルに馬鹿が来てくれたので助かった。



ん?いやさすがに待てよ?

相変わらずとか言ってるから、知り合いだろ?ならなんで黒ローブの男もこの太っちょ男と僕を見間違えたのか。

こいつら目が悪いとかって次元じゃねぇぞ。



見た目はそっちのけで声とかしか聞いてなかったのか?

いや声すら聞いてないから入れ替わりも気がついてないわけか。

節穴な上に耳の穴も詰まってるんじゃなかろうか。



まあどうでもいいや。

さっさと用事を済ませよう。


「あいことばぁんはぁぁ・・・ヤマァン!?」



おっと、ちょっと調子に乗りすぎてちょっと嗄れ上ずりのオカマっぽくなってるんだが、きょろきょろ小太り男は間髪入れずに答えた。



「カワァン!」



え、なんかちょっとこいつも触発されてオカマっぽくなってるのは何故なのか。


てか合言葉が判明した。

【山】に対して、答えが【川】かよ。下手したら誰でもわかるような合言葉だな。



取引ガバガバだよ。



必死そうな形相で、汗をだらだら流している小太り男を見て少し警戒していた自分がアホらしく思えてきた。



いやぁ、もう色々怖いわ。ホラー男からのデブ馬鹿の落差よ!


あぁ・・・さっさと卵渡して帰りたい。急に気が楽になった。



「まちがいなぃなぁんあんぁんあぁああん?!しっかり運べよぉん?ぉぉぉおん!!?」



「あぁぁん!!任せろぉお!!」



自分でももう何が何だかである。

いわゆる興が乗りすぎたというやつですね。


気が抜けたせいで何でもあり状態になってる自分にちょっとは気を引き締めろと叱責したいところである。



しかし、それにも乗って来てしまうこの小太りの男は取引に全く向いてない。


側から見たら泥麻袋オカマと小太りオカマがじゃれあってるという強烈な状態だ。

裏取引をするにはあまりに目立ちすぎている。



あー、たぶんこれ、そんな大きな組織的犯行じゃねぇわ。



完璧に僕の気は楽になったので、卵を手渡す瞬間に割れない程度かつヒビが入るかもしれないような勢いで男の目の前に叩き落としさっさとその場を駆け足で離れた。



「お、おい!中身がなんだかわかってるのか?!割れたらどうするんだ?!大事に扱え!」



小太りは急に青ざめて常識的なことを言い出した。

ここまで来てから素に戻られても、逆に驚きである。


・・・おっと、てことは中身のことをわかってるのか、ただの運び屋てだけじゃなかったらしい。


焦りからか普通の喋り方に戻っている。

ちょっとまずったな。調子に乗るのは良くないね。


でもまあ、乗り切るしかない。

僕は気持ちを引き締めて言葉を紡いだ。



「なぁにぃい?!そんなことで割れるようなもんじゃねぇだらぉほぉい!!?割れたとしたらお前が割ったってことだじぇえ、いいなぁ?!ふざけてっと、目ん玉くりぬいてケツの穴に詰め込んじまうぞ!?」


ここは勢いで乗り切る!乗り切って見せる!!


「そ、それもそうだな?!悪かった!忘れてくれ!」



適当なことを言っても納得してくれるあたり、こいつ、アホと違うか?まあ、ヒビ入ってたらお前が悪いってことで頼むぜ。まあヒビ入ってるんだけどさ。



理不尽な罪のなすりつけを行なってから僕は早々に立ち去ることにした。


逃げるように、素早く酒場を後する。というか逃げてるんだけどさ。



すぐさま近場の裏道に入っいくつか曲がり角を経由してから追手がいないことを確認、麻袋を脱ぎ、念には念をと、その場で麻袋は切り刻んで、切れ端は少し歩いて町の中で生活ゴミを燃やしている人に頼んで燃やしてもらった。


そして、帰路についたのだった。


はー、なんか疲れたわ。


空を見れば、少し暗くなり始めていた。


勇者って、こんなにも色々と巻き込まれなきゃいけないのかよ

・・・『タージャボルグ』、お金沢山手に入ったら捨てよ。決定だ。


そう、僕はこの時楽観的に考えていた。


『タージャボルグ』を捨てれば全てが元通りだ、と。

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