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サリセルーガの大穴への挑戦?

【グレアム】に着いた翌日、僕ら4人と1匹は【サリセルーガの大穴】を囲むように存在する冒険者ギルドにいた。


【サリセルーガの大穴】は大穴というだけあってその名の通り大地にぽっかりと開いた穴だ。


直径50メートルほどはあろうかという大きな穴であり、下に降りるには梯子を使うしかない。

飛び降りるとかでもいいのかもしれないが、底までも50メートルくらいはあるだろうから、死んでもおかしくはないのでおすすめはしない。


ちなみに【グレアム】の冒険者ギルドは内外からの移動を制限をするためにその大穴を取り囲むよう壁の役割と果たすであろう頑丈で背の高い建物があるだけである。


ここには飛行系の魔物は存在していないため冒険者ギルドは天井を作っていない。


「さてと、全員冒険者登録は済んでるし、そろそろ行きますか・・・」


【サリセルーガの大穴】に限らず、ダンジョンに入るためには冒険者登録が必須となっている。


僕はバンダナを頭に巻き、目立たないように緑とベージュのチェックガラのシャツとダボダボのズボンを身に着け、大きなリュックをよっこらしょっ!と背負って3人の後ろにくっつく形になっている。


いつも僕が持ち歩いているロングソードは今回は持っていない。代わりにボロボロのタージャボルグだけを腰に携えている。


そして、アケミちゃんの手の中にはクラナゼットが、クラリスの腰にはレイピアが、ジュライアの腰には僕のロングソードが収まっている。

なおジュライアに関してはいつもの覆面自称着ぶくれと異なり、甲冑で全身を覆っている。


なぜこんなことになっているかと言うと、簡単に言えば僕が勇者だとはばれないようにだ。


迷宮の攻略を更新するにしても、4級冒険者になるにしても、目立ってしまうと魔王軍に目をつけられてしまいかねないから、僕はただの運び屋に徹するということなのだ。


見つかったとしてもアケミちゃんがなんとかしてくれそうなものだけど、たくさんの魔法を使うことは現在の幼い体ではできないらしいのであてにし過ぎない方がいいのだろう。


また、例えバレても魔王軍に本来の能力がバレるような噂が回らないように、皆のそれぞれの力を隠すことにしたのだ。


クラリスは本来は棍棒や拳などの打撃的攻撃得意としているが今回は僕の手に入れた高ステータスのレイピアを渡してあるので、レイピア使いに扮している。細身の長身というのもレイピア使いと言われてしっくりくる。


ジュライアは本来聖法師だが、小デブということもあり体格的にはロングソードが似合っている。まあ本人はただの着膨れと言ってはいるけどね。デブはみんなそういうんですよ。ええ。


アケミちゃんは魔人だから、正直物理攻撃も魔法攻撃もお得意だけど、今回はそれを隠すことになっている。

クラナゼットは可愛らしい子猫に扮してはいるが(いつもと変わらないっちゃ変わらない)がその実、生ける災害こと魔獣である。

アケミちゃんはそのクラナゼットを使役するモンスターテイマーということになっているが、僕からしてみるととも元からそんな感じだと思うのだが気のせいだろうか。


そしてそして僕はと言えば、とても地味な運び屋だ。そう・・・この中で唯一の非戦闘員である。

設定としては会社の金を横領して捕まったが悪運強く脱走に成功。残念なことにその後正規の仕事に就けない中年、という感じである。


僕だけストーリーがあるのはなんでなんだろうね。アケミちゃんとジュライアがノリノリで勝手に決めて、すでに風の噂として昨日流布したらしい。なんでだよ。

そのせいか知らないけど街中を歩いてた時に微妙な視線を感じた気がしたよ。


まあそれはさておき、そろそろゴマでもすろうかとアケミちゃんに近寄る。決して可愛いからではない。なかったらない。


アケミちゃんに近づくと、クラナゼットがグラァ?と鬱陶しそうに鳴き声を上げる。

いや、この場にいる全員が僕に対して鬱陶しそうにしている気がする。


み、みんな演技がえぐいなぁ・・・


まあ?こういうプレイと思えば割と良い。良いのである。美少女たちからの放置プレイ!最高である!


あんなに慕ってくれていたクラリスでさえガラの悪そうにツンツンした感じで・・・あれ、なんだろう胸が締め付けられるな。


アケミちゃんはと言えば謎の方言を隠すためか完全に無口であり、それどころか表情まで無である。でも可愛い。


ジュライアも表情は甲冑で見えないが、舌打ちだけはやたらと聞こえてくる状態だ。

・・・なんなんだよこのおっさん。


そんなこんなで【サリセルーガの大穴】に入ることになったわけだ。




冒険者ギルドを経由してから大穴に向かって移動するとすぐに青空が見える。

そして最初に目に入るのはもちろん大きな大きな穴。


「真っ青な空に、真っ黒な大穴・・・ね、複雑な気持ちと明快な分かれ目か」


ぽつりとひとりごちると、アケミちゃんが反応してくれた。


「アラハちゃん、詩人やねぇ」


アケミちゃんが無表情のローテンションではあるが、いつも通り可愛い声を出す。

整ったお顔がまた可愛い。


ああもう。ギャップ萌え。



そんなことを考えているとみんなが梯子を下り始めるので急いで僕もでっかいリュックを背負ってよいしょよいしょと下りていく。


この大穴を下までたどり着くとそこには階段がいくつも点在している。

蟻の巣のように穴が地下に伸びているイメージだ。それらを降りると第1階層となる。


1階層以降は横に伸びる天井の高い洞窟状の構造になっていて、特に法則性もなく下に降りる階段がたまに現れる。それらを降りることによってはそれぞれ行き先が異なることもあればどこかで繋がることもある。


そんなわけで大穴の下まできたので手近な階段を降りることになった。

さて、これでようやく1階層に到着だ。


見渡すと横に続く洞窟が前後に続いている。

そして、しばらく歩けばどこかで下へと続く階段がまた現れるのだ。


この迷宮はそれを繰り返す。


現在は諸事情あって10階層が最大攻略階層らしいが、まだ下へ続くことはわかっているらしい。


大穴に入ったあたりの1〜2階層ではそれなりに冒険者の姿も目撃できたが、しばらく下に向かって歩いていると冒険者の姿もまばらになってくる。


出てくる魔物が1階層からすでにかなり強いというのが原因だろう。そしてさらに下層に行くほど強くなるのだ。


普通の3級の冒険者が集まった程度では正直1~2階層辺りが限界なのだろう。


ちなみにあっという間に現在は7階層あたりまで来ているわけだがその間ほとんどはクラリスが無言でレイピアを片手に出てくる魔物をいとも容易くひたすら狩っている。

レイピア自体が高ステータスだからということもあるが、クラリスが超怪力少女だからというのもあるのだろう。

間合いの外なら石を投げたりレイピアが出す衝撃波のようなもので撃退し、間合に入ったら全力の拳で粉砕するのだ。


「恐ろしい子・・・」


小声でガクブル震える僕である。なお、ジュライアもほとんど僕と同じで歩いているだけだ。

なんなら、魔核を拾っている分僕のほうが働いているまである。


なお、一度クラリスの攻撃から逃げてこちらまで来た魔物もいたが、クラナゼットが瞬殺していた。例えたくさんの魔物が押し寄せたところで今度は最大戦力のアケミちゃんが攻撃に回るだけなので万全も万全である。


ただ、基本的にはアケミちゃんは攻撃に回ることはないだろう。


そう、あれは2階層だったか、運悪く後ろから接近してきたような魔物がいたがアケミちゃんが無言で一瞥するだけで魔物は文字通り硬直するので、素の隙に甲冑を身に纏ったジュライアが重いはずの甲冑をものともせずにロングソードで叩き切ったり突き刺したりして倒しているのだ。


それを目撃した他の冒険者たちが目を見開いてジュライアの闘気に魔物が身動きを取れなくなったと騒いでいたっけ。

なんというか、ジュライアは美味しいところだけ取っている状態なのだ。


というのも、アケミちゃんの魔法でジュライアの甲冑の重さはほとんど感じない程度になっているらしいし、筋力も増強されているらしい。僕にもその魔法をかけてほしかったのだが、アケミちゃん曰く「トレーニングやで!」ということで僕は魔核などの荷物をひたすら持たされている。そう、完全にただのおっさんは僕だけなのである。


周りに人がいないことを確認してから、そろそろ良い頃合いだろうと口を開く。


「さて、そろそろ攻略組とかに出くわしそうだし、そろそろアケミちゃん、魔物を僕にけしかけてくれるかな?」


その瞬間、アケミちゃんがにこぉっと破顔する。


大天使降臨~!


「了解やで!アラハちゃんの勘もええ感じやね!ちょうどこの一個下の階層に2パーティおるんよ。事前情報で攻略組『百の傷』と『大蛇殺し』の2パーティやろな。強烈な印象を残したってや!」


『百の傷』は攻撃力の高い2人の剣士と盾持ち3人のパーティだ。確か8階層を最初に踏破し、9階層に乗り込んだのが彼らだったらしい。

そして、『大蛇殺し』が1人の斧使いと弓使い1人と盾が2人の4人パーティで、現最大攻略階層の10階層に踏み入れたのが彼らだ。


どちらも現在は人数が少ないが、実際のパーティとしての人数はもう少し多いらしいが、この【サリセルーガの大穴】は動き回るには広めとはいえ、洞窟状のためあまり大人数では攻略がしにくいのだろう。


この2つのパーティがお互いにこの【サリセルーガの大穴】の攻略を目指して我先にと挑んでいるのだ。


だが、ここ1か月ではどのパーティも10階層から11階層に行くための通路と思われる場所の魔物にやられ、死人を出している状況なのだとか。


そんなことを考えていると、アケミちゃんは意気揚々と指パッチンをした。


・・・その瞬間に地響きが起きる。


僕はリュックを下ろし、呼吸を整える。ついでにリュックで丸くなっていた背中を伸ばす。


「さて、やりますか」


地響きが徐々に大きくなる。近づいてきている・・・


「魔物には防御と攻撃、速度の強化と狂暴化の魔法をかけてあるから、戦おうとかせんようになぁ!」


アケミちゃんがさらっと凄いことを言い出した。


「あ、あれ?強化しすぎでは・・・?」


「この辺の魔物は弱すぎるんや!そのくらいしないと下の階パーティに簡単に倒されておしまいやで!」


3級冒険者がぎりぎり倒せる魔物は決して弱くないです!と言いたいけど、魔人であるアケミちゃんにとってはその程度の魔物は雑魚なのかもしれない。


「・・・まあそうか」


「アラハさん頑張ってください!」


先ほどまでつんけんしていたガラの悪そうな少女の顔から無邪気な感じの表情で僕を応援してくれるクラリス。


「まあ、多少の傷なら治してやるよ」


こちらは平常運転のジュライアだ。


「みんなありがと、ほんじゃやりますか・・・って、え?!」


そう言おうとした瞬間地響きのなる方角から大き目の石が飛んできたので、全員がさっと避ける。

石の飛んできた方向から歪な長い角の生えた巨大なピンク色の鼠が走ってきていた。


毛並みも異常に悪く、逆立っているように見える。・・・いや!?逆立っているのではなくて毛だと思ったのは大量の鼠の手のようなものだった!!

全身の毛という毛が薄ピンク色の鼠の手のようなものに置き換わっていて、不気味にもほどがある!


「いやいやいや!あんなのいたっけ!?」


大鼠は確かにいたけど、灰色のスタンダードな鼠を大きくしたような感じだったと思う。

あんな禍々し感じの奴ではなかった!


「・・・ちょっとやり過ぎたかもしれんなぁ」


アケミちゃんがあははっと軽く笑う。


「「「ちょっとじゃない!」」」


もちろん全員でツッコミを入れてから僕は死に物狂いで走り出す。

リュックはアケミちゃんたちに託し、一人で下の階層に向かう。その後を、人間の2倍程度の大きさの奇怪な大鼠が追いかけてくる。


ちょうどアケミちゃんたちの真横を通過したが、彼女らには目もくれず僕だけを追ってきていた。

アケミちゃんの話では僕だけを追いかけるようにしてあり、僕でも倒せるとのことだしアケミちゃんたちが少し遅れてついて来る予定だからさほど心配はない、はずだったのだけど・・・。


「普通に怖いわこんなの!!!化け物じゃねえか!」


ふと後ろを振り返ると、先ほどまで無数の鼠の手がたくさん生えているのだと思っていたが、血色の悪い人間の手のようなものに変わっていてうねうねと、のたうっているではないか。

そして大鼠の口からは涎がだらだらと流れたまにその涎で滑って転んだりしているがすぐに体勢を元に戻して一直線に僕を追ってきている。


・・・もう完全にホラーである。


「ふざけすぎだろ・・・!」


僕は1人、薄暗い洞窟を走りながら悪態ついていた。

天井がうっすらと発光しているため道は見えるが、遠くまで見通せるわけでもない。


ただ、事前にアケミちゃんに言われたルートで階段を降りていき、9階層までたどり着くと比較的強い魔物がいたのだが、バケ大鼠に驚いて皆逃げているため僕も走行しやすい状態だ。

そして、前方30メートル程度先に冒険者の姿を視認すると、僕は渾身の演技をしながら彼らに近づく。


「うぅ、うぁあ!!!!?殺される!!殺される殺される殺される!!!あがああぁあっうぁああああ!!!!」


そう言いながら全速力でその冒険者パーティをの真横を横切る。

その冒険者パーティも何かが近づいてくる地響きと化け物大鼠から逃げていた魔物たちを倒している最中だったが、僕が横切った後、大鼠に遭遇して攻撃態勢に入って進行を妨げてしまったのか悲鳴をあげながら壁や天井に吹き飛ばされていた。


「はぁ、可哀そうに」


『百の傷』だか『大蛇殺し』のどっちかわからないけど、死んでないことを祈るよ。


そんなことを思いながら全速力で僕は洞窟を駆け抜ける。

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