1章〜 エピローグ 〜
先ほどまで戦場だった場所は静かになっている。
静かと言っても、あたりからはしゅわしゅわと音を立てて何かが溶けている。
そして、臭気も強烈だ。
塩素ガスが出てるからなぁ・・・
そんな場所をうちは1人で歩いている。
普通の散歩だ。
・・・まさかなぁ、酸の雨で虫の気門を潰して窒息死させるとは思わなかったなぁ。
それも800体ほどを瞬殺なんて、うちも思いつかんかったよ。
途中吹き出して笑ってしまいそうやったで。魔法を見たこともなかったような人間が、ここまでいきなり成長するとはなぁ。ほんまに思わんかったなぁ。
・・・それにしても、なんでやろかぁ。
うちが経験した未来とだいぶ展開が違うんよね。
こんな大規模行軍なんてなかったはずやし。
酸で辺りは酷いことになっている。植物も死んだ状態だろう。
うち、酸耐性があってよかったわぁ。
なかったら歩いてるだけでも酷いことになっているやろな。
じきに鎧蟷螂の800の死体の山までたどり着いた時、一際大きいが、蟷螂とは明らかに違う生き物が微かに動いていた。
黒い大きな蜘蛛。
遠目では気がつかんかったなぁ。うちの感知能力もこの体じゃあまだまだやな。
・・・それにしても、まさか魔王軍の中でも厄介な奴がこんな時期から活動してるとは思わんかった。コイツ、本来なら魔王の軍門に下ったのはだいぶ後やったし。
そりゃこんな虫の大群操るってなるとコイツくらいしかおらへんけど、となるといよいよおかしな話しやで。
この蜘蛛の名前はアランドール。虫王とも呼ばれていた者だ。
虫王というだけあり、一定数の虫の魔物を操ることができる。
・・・まだ生きているが、すぐに息絶えるやろな。死ぬ前に聞いといたろ。
「アランドール。これはどういうことや?」
「グ、グブブ・・・ダレカハシラヌガァ・・・コレヲ、ャ、ヤッタノハ、オマエダナ、ユウシャニハ、マダデキナイ」
・・・驚いたなぁ、勇者を狙ってここに来ていたんか。
てか、うちがやったわけではないんやけど、あえて否定する必要もないやろな。
「すぐに死ぬで?早く答えないと捨て台詞も吐けなくなる」
「フッ・・・イマニ・・・ミテイロ、グブブ・・・ミライカラキタマオウサマガ、オマエナド・・・フンッ!・・・セカイニハメツヲモタラス・・・」
それだけ言い残すと、微動だにしなくなった。
・・・これは、これは困ったなぁ・・・
未来から来た魔王なんて・・・展開が読めなくなってもうた。誰やねん。未来からくるとかチートやん!めんどくさいわぁ!て、うちもかぁ!?
セルフツッコミをいれてから、再度思考を巡らせる。
・・・だとするとこの世界の魔王はすでにうちの知る魔王とは別の者ということなんかな?
もしくは、魔王自体が未来から来たんやろか?
この世界にはうち以外にも未来から来た者が少なくとも1人はいるというのもまた厄介やなぁ。
アランドールからは聞き出せなかったけど、真っ先にこんな大軍で勇者を消そうとしたと思われる行動からも、かなり慎重な性格が伺えるなぁ。
うちの知る魔王と言えば、悠長に勇者が育つまで待ってやろうとしとったからなぁ。
・・・アランドールが操れた虫の数は最大値で魔物の種類にもよるけど・・・鎧蟷螂なら1200前後やったかな?
と言うことはやで?つまり、今回は全力で勇者を倒しに来ていたっちゅうことやな。
・・・うちの知る限り、未来の世界で勇者が出没した場所から勇者を逃さないといけないかなぁ?
・・・いや、さらに悪い方向で考えるなら、魔王の協力者が既に聖法師の中にいるんやろか?
それは厄介やなぁ。大体歴代の勇者は聖法師とセットでギリギリ魔王倒せるくらいやったし。
聖法師まで敵に回ったってなると厳しすぎるな。逃げられへんし。
・・・勇者には力がないと思っているうちに、新魔王様を懲らしめてやらないといけなさそうやなぁ。
無論、アラハちゃんはすでに強い力を持ってるんやけど・・・情報は重要や。フェイクを掴ませたらこっちが多少有利になるはずや。
死骸周囲に向けてうちの魔素を撒き散らしておいたろ。
うちがここで魔素を撒き散らしておけば、魔法で何者かが大群を葬ったと思うやろな。
・・・実際には全く違う力で倒されたなんてばれてはまずいからなぁ。
まぁーばれたところで、誰にもアラハちゃんを殺させたりはせぇへんけどなぁ。
うちよ居た未来の世界のようにはさせへんよ。
・・・見ず知らずの魔王さんよ、勇者を殺しても、意味ないねんで・・・
ふと思い出して悲しくなる。
今はそんなこと考えている場合じゃないね。
・・・それにしても、本来魔王だったはずの子はどこに行ってしまったんやろか。
とても殺されたとは思えんけどなぁ。
もし殺されたのだとしたら・・・
遠くを見ると、赤い三日月が薄ら暗くなりつつある空に見えていた。
夜が近づいている。
まるで、この世界が未来の世界よりも酷い世界になるような、そんな嫌な予感が脳裏を過った。
・・・いかんなぁ、嫌なことを考えてもうた。
それはさておきや!
アラハちゃんがそろそろ町の人ら、留めておくの難しい頃合いやろかぁ?
大群全部片付けたらまずいやろうけど、少しくらい掃除しておいたろ。
きっと、このままだと最後まで残ってたアラハちゃんに変な疑惑とか抱く者が出てくるかもしれへんしな。特にドラガ・セルシコート。
あいつは未来の世界でも面倒な奴やったもん!
とはいえ殺すわけにもいかへんし。
とりあえず、あいつにはアラハちゃんがやったなんて情報が行かないようにしないといけへんな。
とりあえず町の人間を欺くところから始めないとな!
「【発散崩壊】」
周囲の鎧蟷螂とアランドールの魔核を残してザッと3分の1程度の死骸を残して死骸が風に吹かれるように散っていく。
うわぁ。魔素がえらい減ったなぁ。
この身体、燃費が悪いわぁ。
「まあ、しゃーないか。さてと、魔核集めて帰ろか」
とは言ってもかなりの数の魔核が落ちている。
「取り残したらもったいないからなぁ。【収束捕縛】」
魔核が勢いよくうちの手元まで次々と飛んでくる。
「それ!【次元収納】」
うちの体に当たりそうになった瞬間から忽然と魔核は姿を消し、まるで何もなかったかのように次々と飛んできた魔核から消えていく。
よし。
これはうまく行ったようでよかったで!
もはや魔素切れやけど。
まあそのうち回復できるしよしとしよか!
「クラナゼットー、その辺に魔素以外の気配があったら消しとしてな」
ぐるる!と唸ってから、とても小さい体から出るとは想像がしにくい「ごぁぁぁぁあ!!!!」と一鳴きすると、シュワシュワと音を立てて燃えた場所がいくつかあった。
アラハちゃんの力が顕在化してカケラに物質変換したもんが落ちていたという表現が正しいんやろな。
「意外とアラハちゃんのチカラの断片残ってるんやなぁ。魔素よりは薄いはずなんなけど・・・さてと、魔素振りまいて帰りましょか」
指をパチンッとならす。それを合図にして魔素を広範囲に撒き散らした。
「あちゃーやり過ぎてもうた。魔素災害が起きそうや」
ごぁぁぁぁ。
クラナゼットが気分良さげに鳴く。
「クラナゼットは気分がいいかもしれんけど、人間世界ではこれ、あかんやつやで?まあ、バレるよりはええやろ・・・」
そういうことにして、うちとクラナゼットは町に向けて、歩き出した。
アラハちゃん、どういう判断にしたんやろ?
冒険者ギルドマスターとドラガ・セルシコートと妙なことになってないとええけど。
まあ、大丈夫やろ、さすがに!
と思った、うちの楽観思考があっさり裏切られたことに気がつくまで1時間と掛からなかったのは余談やね。
まあ・・・途中経過がなんであれ、世界が救えるならそれでええやんな?
クラナゼットを抱き抱えながらうちはきっと満面の笑みを浮かべていたと思う。
「な。クラナゼット。今度こそ・・・うちがこの世界を手に入れるで」
そう・・・何度も何度も繰り返し世界を移動して、試してきた。
そして、糸口はつかんだ。
。
・・・今度こそは上手くいかせる。
それに・・・
「アラハちゃんを殺すのは・・・何度繰り返しても、詰まらんかったしなぁ・・・もちろん殺されるのも飽きたで・・・」
アラハちゃん、今度こそ邪魔させへんで。
うちが魔王としてこの世界で君臨するんや。アラハちゃんやない。
いや、違うか・・・うちの考える理想の世界には・・・
ふと、何度も考えてきた事を否定する。
まあこんなこと・・・・・・誰も知らなくでいいか。
うちだけが知っていっれば良いこともあるのだから。
・・・ふと切ない気持ちが襲い、クラナゼットを強めに抱きしめる。
クラナゼットもどうした?という表情でつぶされながら見上げてくる。
「痛くなかったか?」
ぐらぁー。と一声鳴くと、問題なさそうに尻尾を振っている。
そんなに強く締め付けてないから大丈夫だったみたいやね。
・・・今回から、うちは、うちの願望とも戦わなくてはいけないんやから・・・
「うち、がんばるで、クラナゼット」
ぐらぁあ。とクラナゼットは機嫌よさそうに声を上げる。




