黒鉄と驟雨。聖女の大嘘?
やっぱりドラガ・セルシコートは凄かった。
なにあれ?
光の弓が出現したのも訳わからないけど、それ以上にさ、光の矢が天から降ってきたんだけどさ。
「あれ?聖法は攻撃に特化したモノはなかったんじゃ?」
天から降り注ぐ槍のような攻撃・・・あれはどう見ても大量殺戮可能なレベルでした。
ジュライアは攻撃性のある聖法はないって言ってなかっただろうか。
もしかして、あれが本当に奇跡というやつなのか?
「まあ、基本的にはそうやね。聖法には攻撃は本来存在しないんやけど、でも確かにあれは聖法や」
アケミちゃんが僕の独り言に答えてくれた。
おじさんになってるから割と独り言が多かったりするんだけど、こうやって笑顔で、あら可愛い。返してくれると気分は良くなるね!
戦争中と気付いてすぐにテンション下がるけど。
「どういうこと?」
「実のところあれは彼女固有の聖法、てところやね」
「そんなのあるのかよ。神から授けられたにしてはだいぶ偏りあるな」
神が与える力というのは不公平というのは『タージャボルグ』の件からも身をもって実感しているが、さっきのは聖法の概念さえ覆してるだろ。
良いのか神様。平等なんて糞食らえとでも言わんばかりに色々おかしいと思うけど。
まあそれはさておき、戦争は彼女の一撃で戦いも終わりに向かってるのかな?
僕は逆転狙って魔法とスキルを練り上げまくってだんだけどな。
空を見上げると、良い感じに黒い雲がもくもくしてる。
うん、初めてやったにしては良い過ぎる出来だ。
太陽を隠しているため周囲は物凄く不気味な雰囲気を醸し出している。
今にも降り出しそうだけど・・・これ、途中で止めたらどうなんだ?
「アラハちゃんはそのまま継続しててくれればええで。突然やめると危ないしなぁ」
僕の疑問にアケミちゃんがが回答してくれた。
あれ、時々思うんだけど、僕の心読まれてない?
聞こえますかー、聞こえるなら返事してください!
・・・返事はない。聞こえてないのかな・・・今度聞いてみようかな・・・
「ちなみに、なんで?」
「途中での止め方わからんやろ?失敗したら行き場を失った魔力が暴走して割と大変なことになるで?・・・あと言ってなかったんやけど、実は鎧蟷螂の大群はさらに800おるで。ほーら、遠くに見えてこんか?せやから最初の計画通り、一発逆転にかけて魔法を止めないでな」
にこにこ笑いながらなんか恐ろしいことをさらっと言った気がする。
魔力の暴走?!
・・・ん?んんんー??!
それ以上に800?!!
今倒したのは200くらいだから、4倍だと?!
たしかに先ほどよりも広い範囲で大きな土煙りが上がっている。
すでにジュライアの火達磨作戦、クラリスの投岩作戦はもう品切れなのでできない。
うっわ・・・ドラガ・セルシコートの聖弓何発撃てば勝てるかな。
ちらっと聖女ドラガ・セルシコートを見ると青い顔をしてへたり込んでいるではないか。
あれ?ちょっとちょっと。もう動けそうにもないかのような雰囲気じゃないですか?
いつもの強気の表情はどこに行った!
まさか、あの技1発限定かよ!
たしかにえげつないパワーだったから仕方ないか・・・?!
こりゃ、僕の魔法が炸裂しても倒せなかったら詰みだな。
だけど、そんなことを思いながらも大群に気がついて絶望的な様子の周囲とは違い、僕は確実に勝てる。そんな気がしていた。
スキルをさらに発動。
魔力を練り上げる。
なんの神なのかは知らないが、僕を勇者にしたんだったら、確実にここを乗り切れるんだろうな?
勇者ってのは、魔王以前に、その辺の魔物に倒されて終わるような称号じゃないだろ?
本来だと僕は魔王以前に殺されるらしいが、それについては置いておこう。
ここで言いたいのは、本の中の勇者の話だ。
・・・英雄譚の勇者は負けない。
それに倣いたい。
なんて言っても、こんなとこでくたばるなんて、死んでも死に切れないからな!
少しずつ、黒い大群が町へと押し寄せてきている。
遠くからは黒の塊が向かってくるようにしか見えなかったが徐々にそれが鎧蟷螂であることがわかり始める。
先に到着していた200体の鎧蟷螂はなんとか冒険者と傭兵たちによって倒し切れたが、皆満身創痍といったところだ。
無傷であるのは後方の建物の上にいた者くらいだろう。
弓使いとか聖女様やワートラム教の使徒さん方。そして僕とジュライアとその部下とアケミちゃんとクラナゼット。あと騎士団たちも居る。
・・・たぶん酒場でタコ殴りした騎士団長もいるが僕の方がさらに後方なので見つからずに済んでいる。
クラリスはなんだかんだ聖女様にボコられた鎧蟷螂の残りを地上で棍棒をフルスイングして対応していたために傷だらけだ。なんで最前線にいるんだあの子。1級冒険者は最後尾だろう。まあいいけどさ。僕は3級なのに最後尾だし。
なんか僕とジュライア、アケミちゃんに至っては本当にただいるだけ状態なのが申し訳ない。
ジュライアの雇った面々でもいれば話は違ったのに・・・見栄えの問題で。何もしてない奴が多ければ、僕が何もしてないのは目立たないもん。
「あいつ、なんもしてねぇな!」
「いてもいなくてもかわんねぇだろ」
「【ろくでなし】、結局一番後ろに居やかった。弓より後ろってどう言うことだよ」
「そんなこと言ってる場合じゃない!逃げるぞ!!」
弓使いの冒険者たちはストレスの捌け口を僕に定めたようで、罵りながら町の方に降りていった。
さすがの冒険者ももう勝てないと気がついたのか、気がついた者から逃げの態勢である。
「とはいえ、もうどうにもならないな」
「ぬか喜びさせなかって!なんで二段構えなんだ!」
「・・・仕方ないだろ。逃げるぞ、皆ばらばらに逃げれば助かる可能性がある」
僕の登っていた建物の下あたりを騎士団の面々が走り抜けていった。
最後に発言したのは酒場でたこ殴りした酔っ払い騎士団長様ではないか。
こっちには気が付かずに冒険者たちと同様に逃げ出していた。後を追うように部下たちが続く。
団長さん、逃げ足、速。
この前線にいるのは僕らと聖女様と使徒たち、まだちらほら逃げ遅れた冒険者と傭兵くらいだが、すぐにその姿もなくなるだろう。
町の外にももう誰もいないらしく、クラリスが再び慌てながら戻ってくる。
「やっと見つけた!最後の最後まで女の子残して逃げるなんて、冒険者のみんな酷くないですか!?」
「今は非常時だからな。正直逃げないのがおかしい。でも、残りの数匹全部クラリスが倒してたな。よくやるもんだ」
「えへへ、どうもです。アラハさんたちの場所わからなかったので、最前線に戻っちゃいました、流れで!」
前半は頭おかしいぞお前って意味で言われてたんだと思うけど、後半だけを取ったらしい。
そんなやりとりをしてる間に聖女様も使徒たちに担がれて建物を降りていた。
最後に聖女様が僕を見て、苦痛そうに歪んだ顔で僕を見つけるや否や目を見開いていた。
怖。
どういう表情よ。夢に出てきそうだぞ。
え、あの光の矢って使うとそんなに痛いの?
そんなこと思いながら、違和感を覚えた。
魔力の練り上げがうまく行かなくなってきた気がしたのだ。
操作限界かな?
そろそろ発動しちゃお。
聖女様を見習って、天に向けて右手を掲げ、指をぱっちんっ!と鳴らした。
その瞬間、せき止めていた何かがあふれ出すような感覚に見舞われる。
別に悪い感覚じゃないからいいけどさ。
でもって、うん。我ながら良い音が鳴った。
指パチン!て、ちょっとかっこつけちゃったぜ。
「な、なんですか?あれ!!?」
「おいおい、すげぇな。あれでどうなるのかは知らねぇけど」
「手に入れてすぐに雨の魔法とあのスキルを組み合わせてるなんて、面白いこと考えたなぁ。確かにこれなら行けるかもしれへん」
アケミちゃんは気がついたようだ。
遠目から見ただけで何が起きてるのかわかるんだな。そして僕がなぜこれを一発逆転の切り札にしたのかわかったところを見るに、本当に頭の中読んでるんじゃないかと思ってしまう。
「天から劇場の緞帳が降りてきたみたいです!」
黒雲は数キロメートルは離れているであろう鎧蟷螂の大群の真上あたりにあったが、指を鳴らした直後から、天より黄色から灰色、黒へと色を変えながら帳の如く降りてきていた。
まだ遠いからそんな風に見えるのだろう。
ただ、あれは雨だ。
天から降り注ぐ恵の雨・・・とはいえないが分類するなら雨だろう。
我が一族の得意分野である雨の魔法を思い出しながらやったら、思いのほか成功した。
ちなみにこっちまで雨は降ってきていない。
まあここに落ちてきたら大惨事になるから、風に煽られてもこちらにはこないような位置で調整している。
量を増やして勢いを変えて見たり、少し弱めて魔力の消費を弱めて後続に控えてみたり、色々やってみた。
この雨、もしも人間が触れていたら大変なことになっていたことだろう・・・
そう、ただの雨ではない。
【塩酸】スキルと雨の魔法を組み合わせた、塩酸の雨だ。
少し薄まってはいるが、普通の生物なら表面が焼け爛れるだろう。
地響きが少しおさまったような気がした。
黒い塊が徐々に動きを止めたのだろう。
雨に驚いてただ立ち止まったわけではない。
おそらくもう絶命しているのだ。
「ど、どうなったんですか?!」
「どう言うことだ?わけわからねぇ・・・何が起きたんだ?雨じゃなかったのか?」
「あれは塩酸の雨やね」
「え、塩酸?!」
「なんですかそれ!?」
ジュライアは顔を引きつらせていた。
クラリスがクエッションマークいっぱいになっているようだが、僕にもちゃんとした説明ができないので、スルーすることした。
表面が焼け爛れたくらいで、なぜ絶命するのか。
そもそも、鎧蟷螂も焼け爛れるだろうか?
否。
あることに、このスキル試してる時に気がついたから、確信して僕はこの作戦に出たのだ。
スキルを試していたとき、ゴキブリが表面が塩酸で溶けた段階ですぐに絶命したのを見たとき、ふと思ったのだ。
「昆虫の特徴、鎧蟷螂の特徴、それに鉄と塩酸の関係をよく知ってたなぁ?」
にこっと笑いかけてくるアケミちゃん。
どうやら本当に知っていたようだ。
昆虫や魔物は人間と同じように息をしている。
魔物に関しては呼吸自体してないような奴もいると思うが、鎧蟷螂はしているタイプの魔物だ。
鎧蟷螂はベースが昆虫だ。
では昆虫であれば呼吸はどこでする?
昆虫おそらく全身、もしくは特定の皮膚から息をしているんだろう。
皮膚が溶けてその機能果たさなくなれば、水に沈んでいる状態と変わらない。
つまり、窒息死する。
そして、鎧蟷螂の表皮は鉄でできている。
鉄は塩酸で溶けるのだ。
全部を溶かすことはできなくても、表皮が溶けて、呼吸ができなくなれば次第に動けなくなり、死ぬ。
すなわち、800の大群は皆窒息死したのだ。
・・・鎧蟷螂に酸への耐性がなくてよかった。
魔法の効果はいつのまにか消えていて、天を覆っていた黒雲は散り初めていた。
遠くには身動き一つしない、黒鉄が地を覆っているのが見える。
あれだけの大きな魔法を初めてやったのに、特に何も疲れた感じもしない。
「魔法てチートだな」
「さすが勇者やなぁ・・・これなら魔王も倒す未来がすぐにでも見えてくるっちゅーもんやで?」
「アケミちゃんならもっと楽に倒す方法とか実はあったんじゃない?」
彼女は終始試すような雰囲気を出していた。
倒せないという割には何か余裕があったのだ。
「なんのことやろ?まあ、そんなことより、この後始末が重要だと思うで?鎧蟷螂の大群を一瞬で葬れるなんて知れたら、魔王の部下がアラハちゃんを殺しに来るのは間違いないで?」
「ええぇ!!そもそも魔王てもういるの!?」
たしかにこんな魔物の大群がいきなり押し寄せて来るあたり、いろいろおかしいとは思ったけど・・・
勇者が現れる頃に魔王は誕生することになるが、それにしたって、こんなしょぼいおっさん捕まえて、すぐに魔王と戦う状態になるなんて無理過ぎるだろ。
そりゃたしかに、魔王がすでにいて鎧蟷螂の大群を瞬殺できる人間がいるなら、勇者の可能性があると危惧してそんな人間を倒しに来るとしても不思議じゃない。
僕が魔王でも、勇者なんて出てきたら殺せるなら先に殺そうと全力で来るはず!
英雄譚同様に、勇者が勝てるギリギリの敵が順番通り訪ねてくる、なんてのは本来おかしいのだ。
「ま、ここの後の処理は私に任せてや?はよ、他の連中に紛れて逃げるんや、まあ、しばらくはこっちには誰も近づけさせない方がええでぇ」
にっこり微笑むアケミちゃん。
何するのかは知らないけど!隠蔽してくれるならそれに越したことはない。
「よくわかんないけど、頼めるなら、頼むわ!」
「はいよー、そんじゃー、早くここから立ち去ってなぁ?ハリーハリー」
「は、はりーってなんですか?」
「よくわからんが、みんな行くぞ!アケミちゃんに尻拭いしてもらう!」
「アラハさん!随分情けないセリフですよ!」
「ったく、しょーがねぇ奴だな!締まりがねぇ!」
そう言いながら、僕たち3人はアケミちゃんとクラナゼットを置いて建物から降りて、町を抜けるべく走り出す。
いやぁ。ちゃんと仕事した後は清々しいな!
後始末は丸投げだけど!
全力で逃げ出す僕たちを見ながらアケミちゃんはどう思っているんだろうな。
情けない勇者、と思っているんだろうな。
あれ、やっぱり後始末までできないと面白くないな。今後は後始末もできるようになりたいものだ。
そんなことを思いながらも、僕は全力で誰もいなくなった町を駆け抜けた。
次第に人の気配がしてくる。逃げ足の遅い連中がまだ町の中にいるようだ。
まあもう逃げる必要もないのだけど。
雨が降ったこともあまり認識できてないらしく、必死に逃げる姿が目に入る。
冒険者も逃げる時は本気だな。
ちゃんと戦略的撤退という言葉は辞書にあるらしい。
まあ、本当の意味で使えるならそもそも200体の鎧蟷螂に対峙などしなかった気もするけど。
・・・まあこの際そんなことはいいんだけどさ。
それにしても、そんなに他の冒険者が撤退してから時間が経ってないとはいえ、追いつけるとは思わなかった。
なんで追いつけたんだ?
・・・その答えはすぐにわかった。
「逃げるなど!お前ら本当に冒険者か?!差し違えてでも鎧蟷螂を倒さなぬなどありえない!」
広場にて演説を行うものがいたのだ。
お、おぅ、まさかの冒険者ギルドマスター!シルベスターではないか!
生還したのにも驚きだけど、まだ戦おうというのか?
愚かしくも冒険者を奮い立て良いと扇動していた。
「っち!まだやってんのか。まあもう戦いは終わってるしどうでもいい話だけどよ」
「事実を知っていると、なんであんなに戦わせようとしているのかと不思議に感じますね」
「まあ必死に町を守ろうとしてるんだろうね」
クラリスが呆れたような困惑したような表情でシルベスターを見やっていた。その隣にいるジュライアも、覆面で見えないが、おそらく同じ表情をしていることだろう。
でもって僕も同じようになっていると思う。
すぐにでも戦いは終わったと伝えてあげたいところだが、なんで鎧蟷螂が死んだのか調べようとして近づかれたら大量の塩酸の蒸発した猛毒ガスで被害が増えてしまう。
あ。アケミちゃんはそこまで気が付いていたのか!さすが魔人。お見通しだったのか。
でもって、変な噂が立って最後に残っていた僕らを魔女狩りのように捕縛、その後、炙り上げとかされてしまったら堪らない。とか、僕の普段の評判がここにきて悪い方向に展開するのを頭の中で妄想してしまった。
・・・そういや風向きが町に向いてなくて本当によかったな。そこまでは考えてなかったわ。
ふと思い返してゾッとした。
いや、結果オーライだ。今は考えないでおこう。
それよりも、今すぐに戦場だった場所まで引き返されても困るから、ギルドマスターの扇動を今すぐ終わらせて王都まで全員でまで避難するか、なんとか戦場に近づけさせずに日常に戻ってもらうしかないな。
少なくともアケミちゃんがどうにかしてくれるまで頑張らないとまずい。
しばらくは戻らない方が良いてことだったけど・・・しばらくとは?どのくらいの時間がしばらくなのか?あれだけ塩酸ばらまいたらどれくらいで通常の状態になるのだろう。
てかそもそも今アケミちゃんか何をしてくれているのか。アケミちゃんは塩酸のガスを浴びても大丈夫なのか?とかいろいろ浮かんできてしまった。
僕、意外と疲れてるのかもしれない。
なんも考えずに飛び出して来ちゃったんだよね・・・
まあいい、今できることをやらないと。
思いつくことはあるにはあるが、正直僕が出しゃばっても無意味なことばかりが浮かぶ。
となると、僕以外に体を張ってもらう他ない。
しかし、クラリスやジュライアじゃ僕と同じことになるだろう。
ギルドマスターに直接話しかけるのは無理そうだし。
この場合、人望のある活躍できそうな知り合いは闇市のラバリアさんか、聖女ドラガ・セルシコート、あとはファルビル王国の騎士団長様とかしかいない。
・・・僕はそもそも知り合いが少ないからなぁ。
とは言ってもラバリアさんにはそもそも今から王都まで行く暇はない。僕が歩いて行くなら今からでは夜も深くなってしまう。
それに王都に行っても会えないだろう。闇市場は出入り禁止だし。
ラバリアさんを闇市場の外で見たことがないし。無理だな。
聖女様はさっき大技放ってダウン中だしな・・・いつまでダウンしてるのか知らないけど、頼んで何かやってくれそうにもない。使徒たちに担がれてたしな・・・あれは多分当分動けないのだろう。
探すだけ探しては見るけどさ・・・そもそも頼んでもあの聖女様が願いを叶えてくれるとは思えないけどね。
騎士団長とか、出会って2秒でマジギレして襲って来そうだよな。
・・・酒場であれだけタコ殴りにしたし。顔には傷はついてないから、ぱっと見はわからないけどさ。
それに、呪われた武器奪っちゃったし。
となると・・・あ。僕にできることないわ!
仕方ない。
最終手段だけど、この町から逃げようかな・・・
あの惨状を見に行った人はご愁傷様ということで・・・
そんなことを思っている時だった。
近くで揉めたような声が聞こえてきた。
しかも聞いたことある声である。
「なんで撤退した!!?」
「し、しかしこのままでは、聖女様のお命も!」
「ワタクシがなんだというの!?まだもう一撃くらいならやれた!!!」
「しかしそれでも、あの大群には敵いません!今すぐここから逃げませんと!!」
「・・・っ!!!」
聞き耳を立てつつ声の方に向かうと、どうやら聖女様が使徒にキレているところのようだった。
・・・ふむふむ。なんと・・・これはチャンスだ。
意外なところにチャンスは転がっているものだ。
「クラリス、ジュライア。ちょっとここで待っててくれ」
「え?アラハさん!?」
「まあ、なんかやることがあるんだろ。待ってようぜ」
ついて来ようとするクラリスをジュライアが引き止めてくれたらしい。
僕はニヤッと口角を引きつらせながら声の出どころに向け足を向かわせる。
そして、咳払いで調子を整えてから口を開く。
「これはこれは聖女様。お忙しいところ申し訳ありません。ご報告してもよろしいでしょうか?」
「・・・君は!」
突然現れた人物に聖女様が目を見開いていた。
そんなに驚くか?まあいいだろう。話を進めるとしよう。
「鎧蟷螂の大群は滅ぼされました」
「な、何?!嘘だ!!あれはどうにもできない!今に大群がここに来るはずだ!!」
「嘘ではないですよ。その目でご確認いただければ幸いですが、無理にとは言いません。そもそもここで何時間待っていても襲って来ないので、それでも確認はできるとは思いますがね」
「それが本当だとしても・・・」
「聖女様!このような者の話を信じてここで待つなどあり得ま」
「黙って!」
使徒が僕の言葉など聞くなという伝えようとしたが、聖女様は聞く耳を持たない。
そりゃそうだ。
絶望を目の前に、自分にとって都合の良い話が提供されれば食いつく。それが人間だ。
「・・・あの大群、おそらく600から1000はいたはずだ。この短時間で滅ぼしたとなると、それはもはや勇者か魔王の所業といえよう。それを行った者を、最後に残ったお前が目撃したということだな?」
聖女様がニヤッと悪そうに笑う。
僕が最後まで残っていたことを聖女様はその目で確認していた。だからこ今回の僕の作戦は成り立つ。
それに、聖女様の言う通りで、勇者か魔王クラスでないと、あれらを瞬殺などできまい。
魔王が鎧蟷螂を滅ぼすとは思えないだろうから、勇者があの場に居たということになる。
つまり、勇者がいたということになる。
そう・・・勇者がいたというなら、聖女は黙っていない。
勇者と宗教はセットだ。
というのも、歴代、ワートラム教に限らず多くの宗教家は勇者と共に魔王を討伐するパーティを組むことが多い。
今までそのように歴代の魔王を倒してきたわけだが、それにはいくつか理由がある。
魔王を倒したときにいたパーティに当該宗教家がいたとなると、当該宗教の信者が増え、寄付金も増えるということだ。いたって利益重視ではあるが、それが事実。
つまり、勇者を見つけたら、宗教家はパーティに自分を入れてくれと勇者パーティに名乗りをあげるのだ。
結局のところそれがこの世界の宗教というものだ。
救いを与えるということもそうなのだろうが、基本金だ。金がなければ信仰も糞もないのだ。
そして、特定の宗教の息がかかった聖法師が増えれば、勇者や魔王の出現に気がつける。そして気がついた宗教が先手を打つことができる。そしてまた金に繋がるのだ。
それに勇者側としても聖法師がいたほうが、なにかと便利だ。
聖法は強くはない。そもそも攻撃には適していないのだから。
しかし、他者の弱体化や回復、不死系の魔物に対する浄化技、魔素の検知など、使えるところではかなり使える。
しかし、勇者もどこの宗教でもいいわけではない。
毎回同じ宗教を選ぶわけではないのだ。
それは。性格や戦闘スタイルとして相性の良い聖法師を選ぶからとも言われているが、最も多いのは最初に出会った聖法師を選ぶということらしいと聞く。
実際、子供向けの英雄譚でも最初に出会った聖法師と旅に出るし、歴史書でもそんなことが書いてあった。
どんなに聖法師毎に個人差があるとは言っても、聖法師同士で比べるとさほど違いがないからだ。
まあ、ドラガ・セルシコートは別格だろう。
他の聖法師にはない固有の攻撃技まで持っているわけだからな。
勇者なら彼女を放ってはおかないだろう。
ましてや、最初に出会ったとなれば・・・彼女は選ばれるのはほぼ間違いない。
つまり、魔王の出現前に現れる勇者を見つけることはワートラム教のドラガ・セルシコートもまた勇者を探しているはずなのだ。
そして、僕が勇者を目撃したと思っているのであろう。
目撃以前に・・・僕が勇者なのだが、ステータスを確認することは聖女様でもこの場ではできない。
その勘違いを利用させてもらおう。
「僕は鎧蟷螂の大群を一撃で倒した者を目撃しました・・・とてもではないですが、人間離れした力の持ち主です。英雄譚でも、あれほどの力を持つ勇者はなかなかいません」
「なんと!!」
「一撃でだと!!!?」
「嘘だ!!」
「嘘ではありませんよ、使徒の皆様方、世の中は不思議なことに満ちています」
「この男の話は嘘ではないのだろう」
「セルシコート様!?」
「こんな身分もしれぬ輩の話など聞きいれる必要はございません!!!」
「黙るのは君らだ。事実、鎧蟷螂の大群の近づく音は聞こえるか?地響きだって感じられないだろう」
「いや私は感じます!」
「私もです!」
「それはお前らが震えているからだ。怒りか嫉妬か、恐怖か。感情に流されすぎだ」
「なっ!?」
「セルシコート様!!!」
「この男は嘘は言ってない。スキルを使わずともわかる。だが、気になるなら」
聖女様、は使徒たちをぎろりと睨んでから、僕を射貫くような視線を向け、口を開いた。
「『語れ』」
【懺悔の強圧】発動したな。
でも不思議と、先ほど食らった時よりも全然不快じゃない。
聖女様も力尽きてるからかな?
余裕で、抗える。
「ええ。事実です。ただ、現状では勇者に取り入るのは難しいかもしれません。そもそも彼女は姿を消してしまいましたからね」
「ほう?まだ出現が確認されていなかった勇者が初めて出現した同時に、討伐難易度が非常に高い鎧蟷螂の大群を一瞬と言えるほどの速さで討伐しておきながら、名声を求めるでもなく、固有攻撃聖法を持ち最後まで戦っていたワタクシを無視して姿を消すと?」
聖女様が顔を歪める。
この顔、戦場から退く際にも見せていたな。
何か思うところ引っかかるところがあるのだろう。
まあどうでも良いけどさ。
「ええ。しかし。その行動には理由があるでしょう。今回の勇者は能力だけでパーティを選ばないのかもしれません。性格、特に戦闘スタイルなども相性として見ているかもしれません」
それを聞いた聖女様はスキルの発動をやめらしい。違和感がなくなった。
壁にもたれかかると、天を仰いでつぶやくように口を開く。
「可能性を言ったらキリがない。ワタクシは勇者に見出されるだけの活躍はしたと自負している。・・・にもかかわらず、私に目をつけないのであれば、それは・・・ワタクシは論外ということであろう?」
自重気味にククッと僅かに笑う聖女様。それに対して使徒たちが「そんなはずありません!」「自信をお持ちください!」「聖女様を選ばぬ勇者など!存在価値もありません!!」などと、宣う。
いや、言いすぎじゃね?存在価値がないとまで言われるほどじゃないかと・・・君らを救ったわけですし・・・
子供みたいな、使徒たちの反応に苦笑いを浮かべつつも思考を巡らせる。
まあたしかに、普通に考えれば聖女様本人が自負するように、聖女様は選ばれるだろう。なんてってさっきの技は半端じゃない。
僕が勇者として戦う気があるならば、まず確実に聖女様をパーティに入れるだろう。
まあ、魔法で僕が戦わないのであれば、という前提があるわけなので・・・魔法が戦闘で使えないなら僕は聖女様選ばないだろうなぁ。
僕、少なくとも魔法がなかったら魔王の配下とかとすら戦えるほどの力ないし。
かといって、聖女様の目の前で魔法使ったら聖女様に殺されそうだし。
まあ、そんなぶっちゃけ話はしないけどね。
「この後あなたが、どのように行動するかで勇者があなたを選ぶかどうかぎ決まると、僕は思いますよ」
「もうすでに結果はわかっているよ。勇者がワタクシの前に現れない。これが事実であり結果だ。ワタクシにとっての真実は変わらない、勇者がいないという事実は変わらないのだから!」
薄らと涙を浮かべるドラガ・セルシコート。
この人は、いったいどんな思いで勇者を待っていたのだろう。
今までの印象とは打って変わって、少女らしさが見え隠れする。
そういえば、聖女様はいくつくらいだろう。十代と言われても別に驚きはしないが・・・
ふと、いじめているような気分になってしまった。
目の前に勇者がいると教えてあげたくもなるが・・・
いやいや、感情では動いてはいけない。
「・・・真実は自ずとその場その場、また個人毎で変わります。真実は経時的に変化するものですよ?・・・結果を、事実を今後変えれば良いのですからね」
「君は、何が言いたいのさ?!」
キッと僕を睨む聖女様。凄まれても、まあ、彼女にはもうまともに動く力もないだろう。だから怖くない。話を続けようじゃないか。
「引き続いて可能性の話をします。しかし、これはおそらく可能性が高い。聖女様は、なぜ勇者は姿を救った町の皆の前に見せなかいのか。なぜ聖女様の前にも現れないのか」
「・・・前者についてはわからないが、ワタクシを見限ったからだろ」
「いえ、違うと僕は思いますよ。聖女様は見限られてなどいない。勇者は人々を救いたいからこそ、今回の鎧蟷螂の大群を鎮圧した。しかし、それは最初からやればよかったはず。1撃で倒せるのですからね。しかしそれはしなかった。それに、このタイミングで現れたとなると、以前からこの町に入っていたと考えて間違い無いでしょう。そして、聖女様が大技を放つ前に、本当であれば鎧蟷螂の全滅は可能であったはず。それをしなかったのは、皆の前に現れたくなかったから、また聖女様の力や行動を見たかったから、そうではないでしょうか?」
「だからなんだというんだ!」
せっかちだな。使徒さん方もイチャモンつけだそうにしているのが表情から見え見えだ。
僕の口から出まかせをちゃんと最後まで聞いてほしいものだ。
「なぜ、鎧蟷螂はこの町を襲ったのでしょうか?」
「王都に向かおうとしていたのだろう!」「そうだ!そうに違いない!」「だから私たちはここで決死の食い止めを行ったのだ!」
使徒たちが食い気味に答出す。
ふん。かかってくれてよかった。
「そうでしょうか?僕は、王都を単純に狙っていたとは思えません。なぜなら、ヘイトを溜めてもも一切の進路変更がなかった。たかだか経由地点であるなら多少の迂回をしても良かったはず、でもそれはなかった。つまり、それは・・・ここ【メルの町】が終着点であったからだと、僕はそう思います」
実際はわからないけどさ。こじつけでも、それっぽければ良いのだ。
この場合、事実がわからない以上、真実と思えることを提供する。
「なぜこの町を狙ったと貴様は思うんだ・・・?」
「それは簡単です。そして、それが勇者が聖女様の前に現れない答えだと思います。・・・勇者がこの町に居たからです。勇者がいたからこの町は狙われた」
「な、なんだと?」「出現が我々でも感知できていなかったのに?!」
「鎧蟷螂がそもそも大群をなすことがおかしい。そしてあれだけヘイトを溜めても進路変更がない。つまり先導する者がいて、その者の意思が介入しなかったため行軍に変化がなかった。そんなことできるのは、魔王はすでに出現しており、魔王が統率した軍だからと考えるのが妥当です。もしくは魔王の配下の軍勢と言ったところでしょうか」
アケミちゃんが言ってたしな。魔王はもういるって。
「魔王がすでに出現しているだと?!」「それも感知できてないぞ!」「出まかせだ!!!」
出まかせだけどさ。可能性は高いよ?アケミちゃんが言ってたもん。
魔人のアケミちゃんの言葉に謎の信頼をおいている僕も一瞬、アレ?とは思ったもののの、このまま突っ切るしかない。
「・・・今まで、魔王が誕生する前には勇者は出現してんだ。すでに力をつけた状態でな。今回のことが魔王の仕業で、勇者が強いのにも納得はいく。単純にワタクシたちが勇者も魔王も出現が感知できずにいたんだ。わかりやすい話だ」
「しかし!」「聖女様!!そんなはずは!!」「こんなに近くにいて気がつけないなど!!」
「検知できないこともなくはないんだろ。それが事実だ」
どうやって検知してるか知らないけど、まあ聖女様も納得しているので、そういうこともあるのだろう。
「聖女様。話の続きですが、なぜ、勇者は聖女様の前に姿を現さないのか、それは、魔王がここに軍を差し向けた段階で薄々わかるのではないでしょうか?」
「・・・魔王もそうだろうが、聖法師は勇者の位置がわかる。魔王にしろ、聖法師にしろ勇者が近くない限り気がつかないと言われているけど」
「そう。今回、聖法師は勇者も魔王の位置も確認できていない。それはなぜか」
「魔王の位置情報はともかく、この町に居て、近くてわからなかったとなると・・・聖法師が勇者の情報を隠したんだろうな。毎回あるらしい。取り入るまではほかの宗教に横取りされないように勇者の囲い込みだな」
聖法師は勇者のいる周辺に攪乱の意図を付与した聖素をばらまくことにより他の聖法師からの感知聖法から妨害することができるという。
これは知っていた。そういう利益のために行動するのが宗教家だと歴史書に書いてあったし。
「つまり、今回。最初に勇者を見つけたのは魔王の息のかかった聖法師だと思います」
・・・とも言い切れないけど、ここは言い切るのが話の流れを握るには必要だろう。
偶然とか、目を付けたくて妨害したとか、そんなのはこの際排除する。
「そんなバカな!!!?」「神に力を受けておきながら魔王に寝返るなど有り得ない!!」「そんなこと、今までに起きたことなどないぞ?!」
そして、この流れでは、その偶然や取り入りたいから妨害したとかは出てこないだろうな。皆さん興奮しちゃって頭がまともに働いていないのだろう。こちらとしては都合が良い。
「前例がないから今後起きないという保証はどこにもないだろ。事実それが怪しい。つまり、君が言いたいのは、ワタクシやこの使徒どもが魔王の息がかかっている可能性があるということだろう」
「残念ながら。僕だけでなく、勇者もそう思っているのでしょう。だから有能であるはずのあなたの前に現れない。敵であるかもしれないから」
「だとしたら、もう今回の勇者は聖法師を味方につけないんじゃないか?もう、ワタクシは選ばれない・・・」
顔を歪めながら聖女様がクククッと静かに乾いた笑い声を漏らす。
「いえ、まだです。この【メルの町】の混乱を収め、尚且つ、他の宗教に勇者が出現したこと、魔王が出現していることがばれなければいいのです。そうすれば勇者は聖女様を選ぶ可能性が高まります。・・・もしも僕が勇者ならそんな行動をとってくれた聖女様を選ばないわけがないですね」
まあ、選ぶかと言われたら、・・・選ばないんだけど。ここはその期待を利用させてもらう。
酷いだろうが、仕方ない話だ。ばれてしまったら僕が殺されるかもしれないから・・・
まずは自分の身が第一だ。他人はその前提が担保されていて初めて考慮する。
「鎧蟷螂の大群が討伐されたのならば、勇者によるものだと他の宗教家も思い、この【メルの町】に集まって来て勇者を探すが、妨害されている上に勇者本人も出て来ないとなると、見つけられず、手をこまねいているうちに更に他の宗教家も集まってくることになる。誰が敵で味方なのかわからない状態じゃ、誰も選べない、か」
「そうです。しかし、鎧蟷螂の大群の討伐が誰にも知られないならどうでしょう?このことを知っているのは魔王の息のかかった聖法師と聖女様たちだけです。仲間の選定にはかなりやりやすくなります。その上、少なくとも、その状態にしてくれたのが聖女様であるなら、どうでしょう?」
「そうなれば、勇者はワタクシを選ぶ、か。なるほど・・・」
「聖女様!この者の言葉に騙されてはいけません!!」「そうです!もう事実は変えられません!!」「いや、そもそもこの男が言うように鎧蟷螂の大群が討伐されたということ自体がまだ誰も確かめていないではないですか!その前提を確認してからでも遅くはないでしょう!」
「馬鹿か?もしも、鎧蟷螂の大群がまだ健在ならすでにこの町は蹂躙されてるだろうが!そうでないとしても全く地響きもない。もう鎧蟷螂は居ない。それが少なくとも今わかる事実に近い真実だ」
「し、しかし!勇者でなければもうあの大群は倒せないではないですか!討伐されたとなったら噂が勝手に広まります!ごまかせないでしょう!」
「それもそうだ・・・」
「僕に考えがあります。大群が来た、としか分かったないわけですから、数までは分かっていません。つまり、襲来したのがまた400やそこらだったとしたらどうでしょう?聖女様がもう一度あの技を放って殲滅した、とすれば問題ないはずです。聖女様は最後の方まで前線に残っていたわけですから目撃者はいません。例え遠くから空を見ていた人がいても聖女様がそう仰り、事実鎧蟷螂は死んでいるのであれば、それは真実として当人達は見逃したんだと思うことでしょう」
ここは賭けだな。聖女様に嘘をついてもらうことになる。
このドラガ・セルシコートにだ。
「・・・ほお?ワタクシに嘘をつけと?」
僕を凝視し、にやっと笑う聖女様。
どういう意味がある顔なのかわからないが・・・ここは畳みかける場面か。
「嘘とは、見かけ上事実と不和がないのであれば、それは事実イコール真実として皆に刻まれます。嘘も方便です。ねじ曲げた結果が世界を救うなら、その嘘は本物とすべきでは?あなたは事実を告げるだけの神の傀儡ですか?」
こちらもにやりと笑って見せる。だてにおっさんとして生きてない。こういう場面には少女には負けるわけにはいかない。
「・・・嘘を暴く存在であるワタクシに、嘘を大衆に広めろと?」
不意に聖女様の顔が少し歪む。泣きそうな表情に近い・・・その反応は良くないな・・・おじさん別に泣かせようとしてるわけじゃないんだけど・・・
使徒たちは僕をキッと睨む。
き、気まず・・・いや、もう後には引けん!
「ある意味、神の思し召しかもしれませんよ?」
「・・・そうだとして、神はずいぶんと意地悪だな、全く相変わらずだよ」
突如、目をこすり、いつもの自信に満ちた表情でククッと自重気味に笑う聖女様。
「しかし!聖女様!嘘は神を欺く行為!決して貴女は謀りはできません!」
「できないことはないよ。嘘の1つや2つ、毎日ついてるようなもんさ。人間は欲望の塊だ。大小あるが生きてるだけで罪なんて呼吸するように犯してる。それが大悪か否かが問題なだけだ」
「な!そ、そんな、聖女様!!?」
悪を断罪していた人間が突如、自分に対しては妥協したような場面である。
これでは矛盾もありそうなものだが、まあ、なんだかんだ、聖女様はそういうところもあるだろう。だからこそこの提案をしているわけだ。賭けでもあるけど。
「し、しかし!死骸がすでに600や1000あるのであれば事実はねじ曲げなどできません!」
出たな、しかし野郎め。その対策もできている。
「聖女様は当分戦場に人を近づけさせなければ良いんですよ。その間に死骸をどうにか減らします。減らすのは僕の方でやります」
「偽装をするのか・・・なるほどな。お前ら。この男の言う通りにするから手伝え」
「聖女様!!」「なんと言うことだ!!」「神への冒涜だ!!」
「神が助けてくれるか?神が助けてくれるなら、第二派の大群だってワタクシが倒せた筈だろう!だがこの体たらく!!神は別になんでもしてくれるわけじゃない!人の生き死には人が決めるんだ!今は世界中の人の命がかかってる!嘘の1つや2つで神の冒涜だなんて馬鹿なこと言ってるなら人類が滅ぶぞ!お前らは神のためだけに生きてんのか?神のために生きてどうすんだ馬鹿野郎!!」
・・・宗教家、しかも聖女のセリフとは思えないが、これがドラガ・セルシコートだ。
「まあ、まとまった所で話を進めましょうかね。聖女様はギルドマスターを止めて、他の人を戦場に行かせないようにしてください。理由はなんでも良いです。使徒さん方は町の人が、聖女様の言葉を無視して戦場に向かわないように妨害してください」
「お前ら、やれ。いいな?」
聖女様が一睨み威厳を発揮している。凄いな。権力者って怖いね。
「・・・はい」「承知しました」「この命に変えても、実行します・・・」
分かってはいたけど、これもはや聖女崇拝じゃん。神を全否定している少女のいうことを聞く宗教家たちよ・・・
そんなことを思いながら、僕はその場を後にする。
アケミちゃん。どうにかって言ってたけど、どうすんだろな。まさか、死骸を全部なかったことにとか、そう言うことする気じゃないよな?それだとちょっとまずいな。聖女様が倒したと言うことも言えなくなってしまう。
アケミちゃんの元に戻るか。
しばらく経ったし。
僕は、クラリスとジュライアの元まで戻ると経緯を説明しながら戦場へと戻り始めたのだった。
「え!?戻るんですか!?」
「ジュライアの言う通りだよ。やらないといけないことがあるから、アケミちゃんにできるかわからないけど、魔物の数減らすように頼まないと」
「アケミなら問題ないだろう」
なぜかアケミちゃんに信頼を置くおっさん2人である。
その背後からおどおどしながらクラリスが付いてくる。
さて、戦場では今どうなっているのだろう・・・
空を見上げると、もう、黒い雲は影も形もなかった。
上手くいくかな。いや、いかせないといけないか。
そんなことを思いつつ、僕ら3人は歩き出す・・・




